白と黒の世界


暗闇の中、微かに声が聞こえるが、レトは目を開けることが出来なかった。それが自分に掛けられた声であることはなんとなくわかる。
聞き覚えのない声。だが、なぜか切羽詰まったような声。

(体が、重いな。全身、痛いや。ウィズ君の造り出した闇に引きずり込まれて‥‥私は‥‥)

そこまで思い出し、レトの意識は再び闇に呑まれそうになったがーー‥‥

「諦めないで!目を開けないと、死んでしまいますよ!!」

先程まで微かにしか聞こえなかった聞き覚えのない女性の声が、レトの頭に響く。

「‥‥う」

その声に導かれるかのように、レトはうっすらと瞼を開け、

「あ‥‥目が!!」
「起きたのか!?」

と、それは聞き覚えのある二人の声だった。レトはぼんやりと視線だけを動かす。

まず、自分は横たわっていた。
柔らかいベッドの上に。
そして、視界には初めて見る顔が映った。
肩辺りまで伸びた黒髪に軽くウェーブをかけた女性。恐らくずっとレトに声を掛け続けていた女性だろう。
彼女はレトの手を握っていた。

そして、横たわるレトの視界には映らないが、シェラとワイトの声もする。

更には、異様に真っ黒な天井。
よく見れば、ここはどこかの一室だが、壁から物から、色は全て黒と白しかない。

「ああ!良かった‥‥やっと意識が戻りましたね」

黒髪の女性は安堵するように言い、握っていたレトの手を離す。レトは彼女を知らない為、何も答えず、警戒するようにただ目を細めて彼女を見た。
すると、ヒョコっと、シェラがレトの顔を覗き込み、

「優男、大丈夫よ。この人は私達の担任のアネス先生」

と、説明する。

「せん、せい」

レトはぽつりと呟き、

「何で私はこんなところに‥‥君達も、なぜ」

痛みのせいでまだ起き上がれないレトが聞けば、

「私達だってわからないのよ。ただ‥‥」

シェラが言い、彼女は自分達の先刻の出来事を話してくれた。


◆◆◆◆◆

先刻、休日になぜか学園ーーしかも校長室に居たワイトとシェラだが、そのことはもちろん一緒に居たレトも知っている。
ライトが二人が先生やライトと関わった一連の記憶を消したはずだ。

疑問を感じながら学園の外に出たワイトとシェラが見た光景は、白と黒の世界。
学園の外に道という道はなく、家や街という形すら無く、ただそこは黒と白が入り交じっただけの、奇妙な空間。

そこで二人はチョコに会った。
しかしそれは、チョコの姿をしたウィズだ。

「リボン女!?お前、何持って‥‥」

チョコの手にはナイフが握られていて、血が滴っている。

「んー?レトレトぶっ刺したナイフだけどー。って、君たちはー、あー、チョコをいじめてるクラスメートの一部かー」

チョコはニヤリと笑い、

「な、何よ‥‥リボンちゃん、とうとうおかしくなったわけ?」

以前からチョコの行動の異様さを知っているのだろう。シェラはワイトの背中に隠れ、顔だけ出してチョコに言った。

「でもまー、あー、そっかー、かわいそーにねー。君たち、あいつらに関わっちゃったんだねー?そっかー。じゃあ、まあ‥‥仕方ないかー。君たちも、同罪だ」

なんて言われた時には、一時だけ消えていたはずのライトや先生に関しての記憶がワイトとシェラの中に甦っていて。
そうしてわけのわからないままチョコは姿を消し、誰も居ないこの白と黒の世界をワイトとシェラは怯えながら進んだと話す。

そして、たった一つ見つけた建物。
今現在、自分達が居る場所ーー。
ここは、街中の通りにある、あの小さなボロ小屋ーーチョコ行きつけの雑貨屋らしい。
何もなくなってしまったこの空間で、この小屋だけが存在していた。

そして、ワイトとシェラがこの小屋に入った時にはーー‥‥

「アネス先生と優男、あと二人がすでに居たのよ」

シェラはレトに言う。

「あと二人?」

レトは不思議そうに聞き、それからまた、視線を泳がせた。

「ワイト君の声はするが、なぜ、シェラ君と‥‥えっと、せんせいしかこの部屋に居ないんだい?」

その問いに、シェラとアネスは顔を見合わせて、

「だって、あなた身体中、血まみれで‥‥傷を確認しようと思ったら‥‥ねえ?」

シェラが肩を竦めてそう言い、「ああ、そうか」と、レトは状況を理解する。

「けれど、手当ての必要は無かったわ。あなたの傷、見る見る内にふさがっていったんですから。でも‥‥変な模様が‥‥」

アネスに言われ、

「はは、まあ、色々あって頑丈な体でね‥‥まあ、私の体のことは気にしないでおくれ」

そう言って、レトはようやくベッドから身を起こした。
いつも纏っている暑苦しい真っ黒なコートは脱がされており、今は下に着ていた灰色のシャツ姿で、コートの中にしまいこんでいた腰の辺りまで伸びた長髪が露になっている。

「私もだけど、ワイトや男連中はビックリしまくってたわよ!コート脱がせたら、出てきたのは女なんだからね」

シェラに指差され、

「君達が勝手に優男とか呼んで、私を男扱いしてただけだろう?別に私自身は自分は男だーーなんて言っていない。まあ、別に男だ女だ、どちらでも構わないが。それよりほら、私は起きたし、ワイト君も中に入ってもらったらどうだい?あと二人誰か居るんだろう?」

レトは言いながら、手元に剣ーーライトが居ないことに気付いた。
恐らくライトと先生だろうと思ったが、レトの姿を見て驚いたーーと言うのなら、誰か別の人物だ。
部屋に入って来たのはワイトと、

「ったく、面倒なことになってやがるな」

言葉通り面倒くさそうな顔をしたセンドと、物凄く嫌そうな顔をしたリドだった。

「ああ、なんだ、君達だったのか‥‥だったら」

ーーライトはどこに行ったのか、レトは考える。レトがウィズに痛め付けられていた時までは、確かに剣を背負っていたはず。

「おいヘラ男!!テメェここは一体なんなんだ!?テメェが帰った後、しばらくしてから周りが真っ黒に染まって、気付いたら街中この有り様だ!このガキ共から話を聞いたが、魔王だコウモリが鎧人間になっただーーしかもテメェは女!?」

誰よりも一番パニックに陥っていたのはリドだった。

「スキンヘッド君、落ち着きなよ。いまいち、私にも状況はわからないが‥‥ただ、これはチョコ君の身体を乗っ取っている人の仕業だ」
「リボン女の?じゃあ、なんだ?俺とシェラが会った、あの陽気に喋ってたリボン女の中に何かが居たって言うのか?」

ワイトに聞かれ、

「ああ。ここまできたら、もう隠す必要もないだろう」

レトはセンドとリドに視線を移し、

「ウィズ君と言う少年の姿をしたーー男だ。恐らく、君達の言うお偉いさんの名前と一致するんじゃないかな?」
「なるほどな」

と、センドは頷く。

「色々と説明すべきなのだろうが、すまないな。私もウィズ君にしてやられてこの場に居る。邪魔者はこの空間に追いやったんだろう。ただ、いつまでもここに閉じ込められていたら危険かもしれない。ちょっと外の様子を‥‥」

レトがコートに手を伸ばし、立ち上がろうとした時、

「駄目ですよ!まだ、安静にしていないと」

アネスに制止される。

「大丈夫。私は君達より‥‥」
「大丈夫じゃありませんよ!あなた、とても疲れきったような顔をしているわ」

そのアネスの言葉を聞き、チョコにも同じことを言われたことを思い出した。すると、

「ああ?このヘラ男のどこが疲れきった顔してんだよ!ヘラヘラしやがって!」

リドがすかさず言う。言葉通り、レトはへらっと笑った。

「ってかヘラ男!先輩に感謝しろよな!?先輩が血まみれでぶっ倒れてたお前を見つけてここまで連れて来たんだからな!」
「こんな空間じゃしばらく珈琲なんか飲めねぇ。お互い、それは嫌だろ?」
「えっ!先輩そんな理由だったんですか!?もっとこう、こいつなら何か知ってるから連れてって聞き出そうとかそんな理由じゃないんですか!?」

リドは頭を抱えて叫ぶ。そんな二人のやり取りを、ワイト達はオロオロと見ていた。
レトは苦笑し、バサッとコートを羽織って長い髪を再び入れ込み、

「確かにそうだね。他はどうなってもいいけど、コーヒーが飲めなくなるのは耐えきれないな。頑張って皆でこの空間から抜け出そうか」

そう宣言しながら立ち上がった。

「おい!!なんだよその理由は!」
「そうよ!他はどうなってもいいとか何よ!」

ワイトとシェラからブーイングを受け、

「はは。半分冗談だよ。とりあえず、この小屋から早く出た方がいい。ウィズ君がしでかしているとはいえ、チョコ君の身体を使ってるから‥‥チョコ君の闇を利用してるはず。たぶんチョコ君にとって思い入れの強い場所だけが形で残っていると思う。恐らくここはチョコ君の闇。彼女の記憶と心で出来た、光を捨て去る場所だ」
「光とか闇とか意味わかんねーぞ‥‥テメェの頭ん中が沸いてるとしか思えねえ」

リドが顔をひきつらせながら言う。リドだけでなく、皆、レトに対して同じ思いを抱いているはずだ。

(まあ、この子達からしたら私は非日常か)

レトはそう思い、ワイト、シェラ、アネス、センド、リドを順番に見る。

(確かに私達はチョコ君とウィズ君に関わりのある面子、か。先生とライトさんもここにいるのだろうか?)

レトは息を吐き、

「ところで、この小屋の他にチョコ君がよく行く場所とかわかるかい?」

ワイトとシェラ、アネスに聞いたが、

「ご、ごめんなさい‥‥チョコさんのことは、私もよくわからなくて‥‥」

アネスが言えば、

「あぁ?担任なんだろ?頼りねえな!」

リドが言い「うぅ‥‥」と、アネスは俯く。

「仕方ないわよ、アネス先生は先生だけど頼りないんだから」

なんてシェラが言い、アネスの立場をなんとなくレトは理解した。

「じゃあ、シェラ君は知ってるかい?」

次に聞かれたシェラは表情を険しくし、

「知るわけないじゃない!リボンちゃんのことなんか!学園なんてよく休むし、たまに来たかと思えばブツブツ独り言を呟いて!鞄の中身なんてグシャグシャになったリボンが詰まってるのよ!?教科書を開けと言われて、リボンを机の上に広げるような子よ!?気持ち悪いったらないわ!」
「‥‥」

初めて聞いたその情報に、レトは言葉を返せない。

「クソ面倒だが、闇雲に進むしかないだろ。ガキ共の事情なんてこちとらどうでもいい。とっととこっから抜け出して、この街とこの一件から手を引くだけだ」

センドはそう言った。
‘この一件’がレトは気になったが、今はそれどころではない。
こんな風にまとまりのない光景ーーそれこそがこの空間からの脱出を遠退けていくのかもしれない。
すると、

「夜になると、星が近くに見える丘がある」

それまで黙っていたワイトが口を開いた。

「星が雪みたいに見えるって、リボン女は、ブツブツ呟いてる時があった」

それを聞いたシェラは目を丸くして、

「え?ワイト、あんなボソボソ声、よく聞き取れたわね。まさか本当に、リボンちゃんのこと‥‥」

と、あの喫茶店でレトがワイトをからかったことを思い出し、

「違う!そうじゃない!誰があんな‥‥」
「星が雪みたいに見える丘、か。些細な場所でも探してみる価値はあるな」

レトが頷くと、

「っていうか優男!悪魔クリスタルとか、コウモリ男とか、魔王討伐部隊とか、詳しいこと聞かせなさいよ!ほんっとに意味わからないんだから!なんで私達、こんな非日常に‥‥」

不安そうな顔をしながらシェラに言われ、

「まあ、うん。追々ね」
「またはぐらかす気だな!」

ワイトがシェラに応戦する。

道形すらわからない白と黒の世界を、この六人で進むこととなった。


◆◆◆◆◆

エタニティ学園の正門を出た広場。
彼女はその地面に横たわっていた。何故かはわからない。
目を開けると、満天の星空が広がっていた。それはまるで、大地に降り積もろうとする雪のようにこぼれ落ちてきそうだと彼女ーーチョコは感じる。

「良かった、気が付いたかい?チョコさん。それとも‥‥ウィズか?」

と、チョコの視界には、桃色の短い髪と、この場に似つかわしくない大層な鎧を身に纏った先生の姿が映った。
先刻チョコはその姿に動揺し、逃げ出したが、

「‥‥」

光の無い目で、ただ静かに彼を見つめる。それからゆっくりと身を起こし、

「ねえ、お婆ちゃんは?」

そう、先生に聞く。

(お婆ちゃん‥‥レトが言っていた、小屋の中の白骨化した遺体か)

先生が考えていると、チョコはその場に立ち上がり、街中の方へと歩き出した。

「え!?ちょっ‥‥チョコさん!?」

一人で行こうとする彼女を慌てて引き止めようとしたが、

「あははー、無駄だよーせんせー」

背後からゆっくりとした声が掛けられる。先生は振り返り、

「ウィズ!チョコさんの体を解放したのか?いや、それより何をした?僕もチョコさんもなぜか気を失いここに倒れていた。しかも、学園外に出ても僕はこの姿でいられる‥‥それに」

先生は辺りを見回し、

「他にも、多くの人々が倒れている」

そう。この街の人々全てが気を失い、地面に倒れていたのだ。
ウィズはただ静かに微笑み、

「別にー、ただ、分別しただけだよー」
「分別?」
「そー。ってかさぁー?分別したのにせんせーがここに居るって、笑えちゃうよねー」

ケタケタとウィズは笑い出すので、先生は目を細めて彼を見据える。

「まあ、いーや。ちなみに、レトレトは違う場所に捨ててきたよー。あと他にもいろいろー。って言ってもー、指で数える程度だけどねー。はは、でもー、そっかぁ‥‥レトレトはー、何も悪気がないってことかー‥‥ふーん‥‥」

そこまで言ってウィズは先生の背後を指差し、

「ほらー、せんせー。チョコがフラフラどっか行っちゃうよぉ?せっかくここではー、せんせー学園の外に出てもその姿で居れるようにしてあげたんだからー。それに、ボクにはもうチョコは必要ないからー、どうなろうが知ったこっちゃないねー」

そうしてウィズは体を薄れさせ、その場から消えた。

「待てウィズ!君は一体っ‥‥」

伸ばしかけた手は何も掴めず、先生の声だけが空しく静まり返った街にこだまする。ウィズの気配はもうない。
先生は慌ててチョコの方を振り向き、フラフラ歩く彼女を追った。

チョコが向かった先は、やはり雑貨屋と称したあのボロ小屋で。
彼女は軋んで壊れた扉を開け、小屋の中に入った。先生は辺りを警戒しながらも、チョコの後に続く。
雑貨屋跡には、ショーケースの中に沢山のリボンやアクセサリー。
異臭が漂うこの場所をチョコは無表情で歩き、古く錆びたレジの奥にある和室の小さな部屋に入る。
そこに、白骨遺体があるのだ。

チョコは畳に転がる白骨化したそれの側に膝を落とし、ぼそりと「お婆ちゃん」と呼ぶ。
それを後ろから、怪訝そうな表情で見つめた。

(確かに、彼女はモカの子孫だ。けれど、あまりに違いすぎる。僕がこの街に戻った時、モカはすでに死んでいた。それに、チョコさんの両親も、死んでいた。そして、この雑貨屋は、すでに廃墟だった。チョコさん、君は一体、何を見ているんだ)

そこまで先生が考えていると、チョコは静かに立ち上がり、虚ろな目で先生を見つめる。

「どうして、人は人を殺すのかな」

なんて、先生は問い掛けられた。

「どうして、人は人を裏切り、傷付け、それに何も感じないのかな」
「チョコ、さん?」
「見た目だけ綺麗に着飾ったって、中身は変わらないわ」

言いながら、髪や衣類に結んであったリボンをチョコは外し、床に投げ捨てる。
そして、白を基調とした可愛らしい私服が真っ黒に染まった。

「誰も、私を解ってくれない。誰も、本当に欲しいものを与えてくれない。ただ、私から奪っていくだけ」
「‥‥」

そんな言葉を、先生は大昔、聞いたことがあった。それは、闇へと誘う言葉だ。

「そうか‥‥チョコさん。君も、君もこの世界に何も見出だせず、絶望しているんだね」

先生の言葉に、チョコは静かに頷く。

「僕もだよ。僕も、同じだ。彼女が願ったから、僕はここに居る。彼女の願いを、守らなければいけない。でも、彼女はもう、とっくの昔にいないんだ。だから‥‥本当はよくわかる。ウィズが今もなお、憎悪を纏っている理由が。僕だって本当は‥‥そうなんだ。僕だってーー」


ーー コンナ世界、滅ボシテヤリタイヨ ーー



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