旧人達の会話
魔王だ魔王討伐部隊だなんだ‥‥
唐突な先生とライトの会話にワイトとシェラは驚愕するより他なかった。しばらくして、
「ま、待てよ!魔王ってまさか、snow・e・o・wの伝承の悪魔クリスタルのことか!?」
ワイトがそう叫び、
「そうだよ」
と、先生が頷く。その端で、
「そうだよじゃないでしょう先生!?貴方は何を言ってしまっているんですか!?」
レトは先生の両肩をガシッと掴みながら叫んだ。
「あっ‥‥」
レトに言われて、先生は慌てて自分の口を手で押さえる。
「遅いです!!」
レトは額に手を当て、恐る恐るワイトとシェラに振り向いた。
二人は当然、今からこの件を追及したい、と言うような表情をしている。子供は興味津々になる話だろう。
「まあ、私だって考えなしにべらべら話しているわけではありませんよ、そこの先生さんと違ってね」
そうライトが言うので、
「嘘言えよ!?あなたも喋りすぎなんだよ!」
すかさずレトはツッコミを入れた。
「いえいえ、本当ですよ。いつだってそこのお二人の記憶を消す事は可能なのですから。ですからどこまで話しても‥‥ねえ?」
ワイトとシェラはライトに冷笑を向けられる。二人は思わず凍り付くような気になった。
本当はライトの発言を咎めるべきなのであろうが、
「君達、ごめんよ。こっちの事情も話すと約束したが、ここは諦めてもらえるだろうか‥‥」
収集がつかなくなることを恐れ、レトは二人にそう言い、
「で。大変申し訳ないが、チョコ君がいじめられていた理由は聞かせてほしい。こちらの事情は話せないが‥‥その代わりに礼はするよ」
「な、なんかズルい」
当然、シェラは小さくそう言う。
「だよね‥‥ほ、本当に申し訳ない‥‥」
レトは顔を青冷めさせながら謝り、
「でも、とにかく私は君たち二人をここから無事に帰してあげることを優先したいんだ。私が今のままの私で居れる内に。チョコ君の話を聞き次第‥‥」
そこまで言い掛けてレトは言葉を止めた。
なぜならば、ワイトとシェラの体が急にぐらりと揺れ、床に崩れ落ちようとしたからだ。
レトは慌てて二人の体を支える。それからライトの方を睨み、
「ライトさん!急になんてことを!」
と、怒鳴り付けた。だが、ライトは表情一つ変えず、
「貴方の行動を否定するわけではありませんが、レトさんのやり方は昔から回りくどいのですよ。その二人を宥め続けていては埒があきませんし、貴方がそんな子供に頭を下げる必要ありません」
「だからって!私が気付かなければ二人は床に倒れていたんだぞ!?」
「レトさんがちゃんと気付く想定でしたまでです」
「想定ってそんな曖昧なっ‥‥クソが!」
ここで言い争っても仕方がないとレトは思い、悪態を吐いた。
「チョコさんについてのことは、この二人の記憶を勝手に見させてもらいましょう。その方が早い。それで、二人が目覚めるまでに私達に関する記憶は全部消す‥‥手っ取り早いでしょう?」
ライトの言うことは確かに効率が良い。だが、
(こんなのは正当な行動ではない‥‥)
そう思いながら深くため息を吐き、
「勝手にしてくれ」
そう言った。それを見ていた先生が、
「ごめんよ、レト。僕が安易にべらべら喋ってしまったから」
「いえ、私もうまく立ち回ることが出来ませんでしたから。それに悪いのは全部、そこの変態です」
「おやおや、レトさんはいつも私のせいにする」
そんなやり取りをした後で、
「ところで、チョコ君がモカの子孫と言うのは本当なんですか?」
レトは先生に聞く。
「ああ、本当だよ。モカのひ孫になるようだ」
「そう、ですか。全然気付かなかった。似てないなぁ」
レトはそう言い、
「‥‥ウィズ君はそのことを知っていたのか」
ウィズがチョコを『罠』だと話していたことを思い浮かべた。
「ウィズ?」
先生が不思議そうにレトを見る。ワイトとシェラが居た為、先生に小屋での話ーーウィズに会ったこと、チョコとフユミのことをまだ話していないことをレトは思い出し、
「実はーー‥‥」
◆◆◆◆◆
先刻の小屋での出来事をレトから聞き終えた先生は眉間に皺を寄せ、
「そうか‥‥彼もまた、僕ら同様になんらかの術で生きているんだね。そして、やはり僕らを恨んでいる」
「ええ。雪終戦なんて言い回し、気に食わないでしょうね。近年起きているsnow・e・o・wの廃止騒動‥‥もしかしたらウィズ君が元凶なのでしょうか?」
レトの言葉に先生は考え込むような素振りを見せ、
「有り得るね。でも、それでも僕は歴史を守りたい。せめて、この街だけは。snow・e・o・wなんて、誰が言い始めたのかは知らないけれど、でも、その歴史は確かに、僕と彼女が生きた証なんだ」
鎧を纏った胸元に手を当て、その下にペンダントとして掛けている指輪に触れた。
過去に思いを馳せる先生を直視できず、レトは気まずそうに視線をちらつかせ、黙り込んでいたライトと視線が合う。
それはまた、気まずいものであった。なぜならば、
「その彼女の命を運悪く奪ってしまったのが私ですね」
悪びれず言う。
「ライトさん!」
レトが怒鳴るも、
「いいんだよ、レト。僕らだって、彼から奪ってしまったのだからね」
先生が柔らかく微笑んで言うため、レトはそれ以上、何も言えなかった。
「それよりも、この子達の記憶から情報を得るんだろう?時間も遅いし、早く済まそう」
「そうですね‥‥何かモカやウィズ君の手掛かりが掴めたらいいんだけど」
レトはそこまで言い、
「そういえばライトさん、あの時あなた、チョコ君の記憶を見て、それでモカの子孫だと知っていたね?何が見えたんだい?」
そう聞けば、
「あの時レトさん、他人の人生に興味はないだとか、他人のプライバシーを勝手に覗くやり方は嫌いだとか言っていましたよねぇ?」
嫌みっぽく言われ、
「はいはい、そうだったね。モカの子孫って知らなかったから仕方ないじゃないか」
「まあ、先にこの二人の記憶を見ましょう。早く済ませて、この二人を帰してさしあげたいのでしょう?」
「‥‥」
ライトの言う通りに事が進むのは気に食わなかったが、確かに今はそれが先決なので、レトはそれ以上言い返さなかった。
しかし、レトはライトによって気を失わされたワイトとシェラを見つめ、
「いや、やっぱり私はやめておくよ。先生とライトさんでやっておくれ」
「え?でも、何か情報を得たかったんじゃ?」
先生に不思議そうに言われて、
「やはり私の領分じゃないと感じたまでです。他人の記憶を本人が知らない内に見るのはね。知りたい情報は、やはり本人の口から聞くか、自分で調べるまでですよ」
レトはそう言い、
「本当に、レトさんは変わらないですね。成長が無いと言いますか。はっきり言いますが、貴方のその性格では、厄介事を引き受けていくだけで、情報の一つや二つ、手に入れるのは難しいと思いますがね。今年のsnow・e・o・wの日までに解決しなければならないのでしょう?本当に間に合うんですかねぇ?」
ライトに肩を竦めながら言われ、
「なんとかしてみせるさ。って言うかライトさん、早く剣の中に戻れば?」
「結構長い間、外に出ていませんでしたからね、もう少し遊ばせて頂きますよ」
そう言ったライトをレトは無言で睨み付け、
「はぁ、何を言っても仕方無いか」
ため息を吐きながら、
『大体、レトレトに任せたのすら間違いなんだよー。君ごときに悪魔を制御できるはずがない』
先刻、ウィズに投げ掛けられた言葉を思い出す。
(確かにその通りだな)
そう思いながら再びため息を吐き、校長室から出ようとした。
「レト!?こんな真夜中にどこに行くんだい!?」
慌てるように先生に聞かれ、
「ライトさんじゃないけど、私も一人になるのは久々なんですよね。毎日ライトさんが背中で口やかましかったですし。朝か昼になるかわかりませんが、ちゃんとライトさん連れに戻って来ますから。先生、すみませんがしばらくライトさん見張ってて下さい。あと、その二人とチョコ君とフユミ君のこともよろしくです」
「えっ!?待ってレト!?」
先生が言うも、レトはバタンとドアを閉めて行ってしまった。
「ほ、本当に行っちゃった‥‥まさか、君と二人にされるとは‥‥」
先生はちらりとライトを見る。
ワイト達も居るには居るが、全員眠って気を失っている状態であるから数には含めなかった。
ライトは何も言わず、無言でソファーに腰をおろして足を組む。
「クリス‥‥いや、今はライトだったか。君、レトとうまくやれてるのかい?あれからずっと一緒に行動しているにしては、レトの方はなんだか疲れているように見えるし‥‥やっぱり、レトには負担だったかな」
先生はその場に立ち尽くし、段々と声のトーンを落としながら言うも、
「レトさんに負担を掛けている、という認識があるのなら、その質問は愚問でしょう」
冷ややかな声でライトにそう返された。
先生は俯き「‥‥だよね」と、小さく言う。
「ですが、あの子はよくやりますよ、本当に呆れるぐらいにね。たった一人で文句も言わず、この私を封印し続けているのですから。他の人間であれば、頑張ってもせいぜい十年程が限界でしょう」
それからライトは苦笑し、
「ですから、人間嫌いの私もあの子の行動をずっと見ていたら、ついつい可愛がってしまいますよ。まあ、あの子は私を嫌っていますが。だからこそ、あの子以外の人間は未だ、好きにはなれませんねぇ」
先生は「なぜ?」と聞こうとしたが、その答えはすでに自分の中で出ていた。
「見ていて可哀想な時代もありましたよ。世界の為に世界の悪を背負い、平和を守っているのに、蔑まれ、気味悪がられ、恨みの言葉を吐かれ‥‥ね。それでもあの子は私を封印し続けている。それでいて、廃ることなくああやって自分の意思を持ち続けている。貴方には出来ないでしょう?過去に固執する勇者さん?」
含みを込めた言い方をされ、その言葉が先生の胸に突き刺さる。
まるで「お前のせいだ」と言われているようで‥‥
「君にだけは言われたくないね、悪魔。結果がどうあれ、君が彼女の命を奪った事実は変わらない」
と、今まで穏やかな目をしていた先生の目に、憎悪の色が浮かんだ。
「ごもっともです。しかし、貴方がそんなだから、あの子ーーレトさんに自由は無いのですよ。それに私が大人しく封印されているフリをしてあげていることで世界は平和なんですよ?レトさんがいなければ、この街一つ簡単に滅びてしまうんですから。それをお忘れなきよう」
「ふん‥‥その時は再び僕が君の前に立つさ」
そんな先生ーー勇者の言葉に、
「‥‥人間というのは本当に嘘つきですよね。レトさんは恩師である貴方を絶対に疑わず信頼している。それを利用して弱々しいキャラを演じ、レトさんの未来を奪い続けている。あの日の真実を知らないまま、ね」
そのライトの言葉を最後に、二人の会話は終わる。
一室には、ギスギスした重苦しい空気だけが流れた。
◆◆◆◆◆
「レト、大丈夫だろうか」
一時間程、無言の空間が続き、ぽつりと先生が言い、
「レトに着いていかなくて良かったのかい?」
と、ライトに聞く。
「私が居るとレトさん煙たがりますし、一人で頑張ると仰られたのですから好きにやらせてあげたらいいでしょう。あの子、頑固ですしね」
「僕がこんな体じゃなければ、追い掛けれたんだけどね」
先生は息を吐いた。
「‥‥ライト?」
ふと、ライトの視線がドアの方にあった為、先生は疑問げに名前を呼ぶ。
「いやはや、気付かなかった。ドアの向こうに誰か居ますね、しかし、いつから」
ライトは目を細めて言い、
「僕らが気付かないはず‥‥まさか、ウィズか?」
先生はそう思い、ゆっくりドアの方に向かうーーが、ギィ‥‥と、ドアは部屋の外に居る主により開かれた。
そこに立っていた人物を見て、先生はぽかんと口を開け、
「君‥‥チョコ、さん?」
‥‥と。部屋の外に立っていたのはチョコだった。
彼女は俯いていて、表情は見えない。
「妙ですね、気配を全く感じない」
「あの、チョコさん?」
俯いたまま何も言わないチョコの名前を、先生が疑問げに呼べば、チョコはゆっくりと顔を上げた。
それはもう、にっこりと満面の笑みを浮かべて。
先生はチョコのことをよく知らないが、チョコに接触したことのあるライトは彼女がこんな風に笑うはずがないことを知っていた。
そして案の定、
「久しぶりだねー、せんせ」
と、チョコは笑顔のまま先生に言う。
「っ」
先生は言葉を詰まらせ、チョコの前から後退した。そして、
「その口調、ウィズなのか?」
そう聞けば、
「あれー?レトレトは居ないんだー」
チョコーー否、彼女の姿をしたウィズはケタケタと笑う。
「貴方、先刻に死にかけましたのに、よくもまあ再び私の前に立てますね」
ライトが言えば、
「この姿だったら安心だからねー。さすがにこの子の身体を傷付けるのは無理だよねー」
「いいえ、中身が貴方であれば躊躇いなく‥‥」
「待て!」
ライトの言葉を先生が遮り、
「チョコさんは学園の生徒であり、ましてやモカの子孫だ。それに今ここでどうこうしても、ウィズ本人をどうこう出来るわけじゃない」
先生が言い、
「そうそう、せんせの言う通りだよー」
「君とチョコさんは一体どんな関係があるんだ?」
「赤の他人だよー。ただ、モカの子孫って知ってただけでー、チョコはボクのこと知らないしー、ボクの手のひらで踊らされていることも知らない普通の女の子だよー。まあ、色々と手を加えたからー、ちょっと変わった女の子、かなー。はぁー。大昔に切り捨てた『罠』だったから放置してたけどー、まさか今さら役立ってくれるとはねー。こんなだったら、ずっとこの子の身体を使ってたら良かったー」
ウィズはそう話す。
「一体、君は何をしようとしているんだ?」
先生の問い掛けに、ウィズは口の端を上げて、
「それ、わざわざ聞かなくってもわかってるよねー?snow・end of warーー雪終戦ーーなんてゲスな嘘くそ話が気に食わないだけさー」
それを聞いた先生はライトを横目に見て、
「確かに、語られている話と違い、悪魔や魔王と呼ばれたクリスタルはこうして今も存在している。けれど、全ては彼女が願ったことだ。彼女の願いを、僕らは守らなければいけない。特に、僕と君こそが‥‥」
ーーダンッ!!
先生の話をもう聞きたくないという風に、ウィズが地面を大きく踏みつける。
「せんせ。あの日、あんたならなんとかしてくれると思ってた。妹を救ってくれると思ってた。なのに!!あんたもクリスタルも、あの日、妹を見殺しにした奴ら全員許さない‥‥嘘にまみれた英雄譚の歴史を覆し、無下に見殺しにされた妹‥‥これは、復讐だ!!」
ウィズはチョコの姿で、声で、あらんかぎりに叫んだ。
「ウィズ!それは違っ‥‥!」
先生が否定しようとした時には、目の前に立っているのは怯えた顔をしている少女だった。
「え‥‥あ、あの、私‥‥こ、ここは?」
それはもうウィズではなくチョコ自身で。
彼女は先生の怒鳴り声に怯えた素振りを見せる。
ましてや見知らぬ鎧姿だ。
「‥‥あ」
先生は我に帰り、頬に冷や汗が伝う。それから慌ててライトの方に振り向くが、
「!?」
ライトの姿は忽然と消えていて、更には、
「え?あれ‥‥?」
チョコの疑問の声。
視線の先は、一室のソファーで気を失っている、ワイトとシェラにあった。
先生はだらだらと汗を流す。なぜならば、
(この状況‥‥これじゃあまるで‥‥)
「あ‥‥あ‥‥誘拐!?」
先生の考えをチョコが口に出して叫んだ。
いつの間にか夜明けの光が窓から射し込み、二人を照らす。