昼時のHoliday


「よーし!あと三十秒で昼!あいつ遅れて来たらぶん殴ってやるんだからん!」

喫茶店の前でウキウキするようにフユミは言い、隣でチョコはオロオロしていた。

「やあ、待たせたかな?」

すると、フユミの予想を裏切りレトがやって来たので「ちっ」と、フユミは舌打ちする。

「チョコ君は久し振りだね」
「あ‥‥は、はい」

やんわり微笑むレトと、少し緊張した様子のチョコ。

「ちょっと待ちなさいよ!なーによ、この純情チックな雰囲気!」

と、フユミが間に割って入る。

「こらこら、フユミ君。チョコ君がビックリしているよ。とにかく挨拶は後にしよう。中に入ろうか」

レトが言い、

「は、はい」

そう頷きながらチョコが喫茶店の扉に手をあて開けようとした所で、

「ーー!危ない!」

レトは何かに気付き、咄嗟にチョコを抱き抱えるようにして扉から飛んで離れた。そのすぐ後で、

ーーバンッ!!ドスッ!
物凄い勢いで扉が開き、扉をぶち破るかのように人が飛んで来て地面に転がる。

「あ!?」
「あらん!?」
「おや」

チョコ、フユミ、レト。
三人はその人物に見覚えがあり、それぞれに反応した。
地面に転がり呻いている人物。それは、スキンヘッドの男、リドだった。

「また君か。君もこの喫茶店が行きつけになったのかい?」

そう、頭上から声がして、リドは慌てて飛び起きる。

「てっ、テメェ‥‥ヘラ男!?」

リドはレトを見て言い、それからフユミとチョコ、見覚えのある人物を見て驚いた。しかし、

「今はテメェらに構ってる余裕はねえ!」

それから再び、リドは喫茶店の中に駆け入る。

「‥‥あ、あの人、怪我してた」

オロオロしながらチョコは言い、

「また厄介事か‥‥」

レトはため息を吐いて、

「フユミ君。私は中の様子を見て来るから。君はここでチョコ君と居てあげて」

そうフユミに言い、

「あらん?大丈夫なわけ?」
「ああ。大丈夫。なるべく早くランチが出来るようにしてくるよ」

それだけ言い、レトは一人、店に入った。
チョコは不安そうに、フユミは特に心配する様子なく、喫茶店の前で待つことにする。
レトが中に入ると、

「この前より酷いな‥‥」

状況を見て眉間に皺を寄せた。

ツン‥‥と、鉄の臭いが鼻を掠める。
テーブルや椅子はごちゃごちゃにひっくり返ったり半壊していた。
店員達は怯えてカウンターの奥に引っ込んでいて‥‥
店の中央にはリドと、彼が先輩と呼んでいたオレンジ髪の男、センドが立っている。
その周りには刃物だ鈍器だを持った男が数十人居た。

(二人相手に数十人とか‥‥大人げないな)

レトは目を細める。
状況を聞く間もなく、殴り合いだ叩き合いが始まり、センドは確かに強いが、先日の人数とは違いすぎる。
大人数相手にはさすがに体力を消耗しきっていた。
それに‥‥

ーードーン!!
見かけ倒しのようにリドの方は弱いらしく、今度は壁の方に飛ばされている。

「ねえ、どっちが悪いんだい?」

壁に叩き付けられたリドにレトは聞いた。

「ぐっ‥‥う、んなもん、あいつらに決まってんだろ!この前みたいにまた、この喫茶店に暴れに来た大人数相手に先輩は喧嘩してんだよ!店員が脅されてて‥‥先輩は静かな空間が好きだから、キレちまってよぉ‥‥」

息を切らしながらリドは言う。

(なんで大人数で喫茶店に暴れに来るんだ?酒場で暴れるシチュエーションならよくあるが。そういえば、男達が壊した店の前の看板や貼り紙が新しくなってたな。またそれ関連か?)

snow・e・o・w関連の看板や貼り紙を壊したり破り捨てたりする連中がいることをレトは思い浮かべた。

「先輩!!」

隣でリドの切羽詰まったような声がして、レトははっと顔を上げる。
大人数の男の何人かが手にするナイフや鈍器が一斉にセンドに向けられていた。

「やれやれ。さすがにやり過ぎだな」

レトはため息を吐く。
それからすぐに足元に落ちていた安っぽいナイフ二本を拾い上げて走り、男達に向けてナイフを踊らせた。

「ーーなんだぁこのチビ!?」

男達は急に乱入して来たレトに言い、しかし、レトはセンドを横目に見て、

「さて。見た感じ、君は強い。強い人と肩を並べて一緒に戦うのは久し振りだ。私はここにランチをしに来たんだ。怒りっぽい連れが居てね‥‥早くこの男達を大人しくさせたいんだが、協力してくれるよね」

センドに言えば、

「‥‥いきなり現れて協力だ?面白いこと言うじゃねえか坊主。まあいい、テメェも強そうだな」

センドは口の端をあげて笑い‥‥レトとセンドはとにかく大暴れした。


◆◆◆◆◆

「ーーで。いったい何があったんだい?」

パンパンと、服についた埃を払いながらレトは店の奥に引っ込んで隠れていた店員や、暴れ終えたセンドに聞いた。
しかし、店員達はガタガタ震えて出てこようとしない。

刃物だ鈍器だを持った男が数十人、床に転がっているから仕方ないだろうが‥‥
それに、三日前とは状況が違いすぎる。
三日前はセンドの拳で片付いたが、今回は相手の数が多く、武器は多彩。

引っくり返ったテーブルや食器、飛び散った血痕‥‥
レトはため息を吐き、

「やれやれ。君に聞くしかないか」

と、センドに目を向けたが、

「さてな。理由は知らねえなぁ」

彼はそう答えたので、レトは首を捻る。

「知らないって、君、当事者だろう?」
「オレはただ、この前ここで飲んだ珈琲を気に入ってたから注文待ちしてただけだ。そしたらズカズカ大人数が店内に入って来やがって騒ぐから黙らせようとしたまでだ」
「‥‥」

センドの発言にレトは頷き、

(まあ、この前の暴れっぷりを見て‥‥ただのキレやすい男だな。嘘ではないようだ。仕方ない。明日からは立て続けの暴動の理由を自分で調べるとしよう。その方が早い)

そう思った。
恐らく、店の奥に引っ込んでいた店員達も詳しくは知らないだろう。
レトはキョロキョロ店内を見渡し、

(しまったな‥‥これは、フユミ君はまだしも、チョコ君を中に入れるわけにはいかないか)

やれやれとため息を吐いた。

「おい」

どうしたものかとレトが悩んだところで、センドに声を掛けられる。

「坊主、テメェ、その腕っぷし‥‥何もんだ?」
「何って、別に君や床に転がってる人達と変わりないだろう?」
「暴れた奴の中で、テメェだけが無傷だ」
「‥‥」

言われてレトは腕を上げながら自分の体を確認した。

「いやね、女の子を二人待たせてるからさ、汚れるわけにはいかないだろう?そう思ったら自然と相手の攻撃を避けれたのかもね」

ニコリとレトは笑って言ったが、当然そんな返答で納得できるわけもなく、センドはギロリとレトを睨み付けている。
しかし、レトはお構い無く踵を返して店から出て行った。


「あっ、やっと出て来たわねん。あんたが店に入ってから約十五分よ!どんだけ女の子を待たせるわけ?」

店を出た瞬間、やはりフユミからの皮肉が飛んできたが、

「あ‥‥ぁ、え、と‥‥こ、これは‥‥」

その隣でチョコが申し訳なさそうな顔をしてソワソワしている。
二人の手にはソフトクリームが握られていた。
チョコはイチゴ味で、フユミはチョコレート味のようだ。

「あんたが遅いから悪いんだからね。待たされて退屈だったから買って来たわよ、あんたの分はないからね」
「ああ、別にいいよ」

どうやら二人は喫茶店での騒動中、離れた売店に行っていたようで、中で起きていた騒音に恐らく気付いてはいないだろう。
ーー多分、なんとなく察していたフユミの配慮かと思われる。

「ところで、お腹はどのくらい空いてるかな」

レトが二人に聞けば、フユミは顔をしかめ、

「あ・の・ねぇ!あんたデリカシーないの?女子にする質問じゃないでしょ。まあ、まだそこまで空いてないけど、コレ食べちゃってるし」

そう答えた。

「わ、私も‥‥朝ごはんを食べたから、まだ‥‥」

チョコは視線をちらつかせながら言う。
レトはうんうんと頷き、

「そっか。なら良かった。予定変更だ、もうちょっと時間を置いてから別の店でランチをしよう。私はもう一度中を覗いて来るから」

そう言うので、

「あ、あの、レトさん、中で何があったんですか?」

リドが店の中からぶっ飛んで来た所までを見ていたチョコが疑問を浮かべて聞いてくる為、

「まあ、たいしたことじゃないし、後で話すよ。それよりチョコ君。溶けてるよ」

レトに言われ、チョコは慌ててコーンに垂れていたイチゴ味のクリームを舐め取った。その隙に、

「‥‥先にチョコ君と雑貨屋に行っててくれるかい?後からすぐに行くよ」

と、フユミに小声で伝える。
フユミは目を細めたが、すぐに、ふんっと鼻を鳴らした。数秒後、フユミは満面の笑みを浮かべ、

「ねえ!この前話してた、チョコりんが贔屓にしてる雑貨屋に連れて行ってくれない?どうせこいつの用事はなーんか知らないけど遅くなるわよ。ね、ね?いいかしらん?!」
「え?い、いいけど‥‥でも‥‥」

チョコは困ったようにレトを見るので、

「私もすぐに行くよ」

と、レトは微笑む。

「あ、場所を‥‥」
「あの時ぶつかった‥‥私がチョコ君と初めて会った場所だよね?」
「は、はい」
「なら、大丈夫。覚えてるよ。じゃあ、二人は先に‥‥むぐ」

二人を送り出して店内に戻ろうと考えていたレトだが、口の中に冷たさと甘さが一気に広がり、目を丸くして固まった。
側でフユミも目を丸くしてぽかんと口を開けていたが‥‥

「ちょちょちょ、ちょ、チョコりんー!?」

慌ててチョコの両肩を掴み、フユミは自分の方にチョコを引っ張る。
ーーベシャッ‥‥と、地面にフユミとチョコのソフトクリームが落ちてしまう。

「あ、ごっ、ごめんっ!」

ソフトクリームが落ちたことに対し、フユミは謝るも、

「ってか、チョコりん何してんのよん!?か、か、間接キッス!?」

フユミはチョコの両肩を掴んだままガタガタと揺らす。
何を思ったのか、チョコはレトの口に食べ掛けのソフトクリームを突っ込んだのだ。

「え!?そ、そんなんじゃないよ!?」

フユミの発言にチョコは顔を真っ赤にし、

「な、なんだか、レトさん疲れてたみたいだから‥‥その、甘いものは疲れに効くって‥‥」
「まっ、まあ!?なんて世間知らずなのかしらん!?チョコりん可愛いんだから!そんなこと軽々しくしちゃダメよん!?とにかく行くわよチョコりん!」

フユミはかなり立腹しており、チョコの腕をぐいぐい引っ張って雑貨屋の方へ向かう。取り残されたレトは呆然と立ち尽くし、

「おやおやレトさん。いいように振り回されていますね」

せせら笑うかのようにライトに言われるも、

「‥‥ライトさん。私は疲れてるように見えるのかな」

そうライトに聞いた。しかし、返事は返ってこなくて‥‥
レトはため息を吐き、再び店内に入った。


店員達がせっせと割れた食器の片付けや倒れたテーブルなどの位置を戻している。
店の隅で負傷したままのリドが壁に凭れぐったりとしていて、センドは気絶したままの男達を店員に借りたのであろう、分厚いロープでぐるぐるギュウギュウと締め付けていた。
センドは顔を上げ、再び店内に入って来たレトに気づき、

「テメェ、帰ったんじゃなかったのか?」
「いや、少しね。やはり君‥‥いや、君達にもう少し話がある」

そう、センドとリドを見て言う。再びセンドに睨み付けられ、

「まあ、店の中を片してからだけどね」

肩を竦めてレトは言った。


◆◆◆◆◆

「はいどうぞ」
「ーーで。なんでテメェが店員をしてやがる?」

店内を片付け終え、気絶したままの男達も警察に引き渡し、扉にはcloseの看板を掛け、店内には店員の他に、レトとセンドとリドだけが残された。

「君が言っていたんじゃないか。この前のコーヒーが旨かったって」

センドとリドの前にホットの入ったコーヒーカップを置き、レトは自分で淹れたアイスコーヒーを持って席に着く。センドが訝しげな顔をしていると、

「じ、実は先輩‥‥この前の、このヘラ男が淹れたもんでして‥‥」

絆創膏だガーゼだを所々にベタベタ貼り付けたリドがコソコソと言い、

「ーー?なんだ?テメェら知り合いなのか?」

首を捻らせてセンドが聞いた。
最初、リドがチョコ達と対峙していた時、レトとセンドはお互いの身長の都合上、間にリドが居たため姿が見えていなくて。

先日の喫茶店での際も、センドの方はレトの姿を見ていなかった。
一応、今回が正式な初対面である。

しかし、レトとリドはなんだか説明するのも面倒で、『知り合いなのか?』の問いに、とりあえず頷いた。

「で?オレらになんの用がある?」

センドがレトに聞くも‥‥
カチャカチャ、ドプッ‥‥

「暴れて疲れたし、まずは飲もうじゃないか」

シロップを2個、ミルクを4個、次々アイスコーヒーの中に垂れ流していくレトを、センドは半眼で、リドは顔を引きつらせて見ていた。

「聞きたいことは一つだけだよ」

カチャカチャとストローで中をかき混ぜ、レトはニコリと笑い、

「多分、さっきの連中もsnow・e・o・wに対して暴動を起こしていたんだろうけど、君達もその風習を壊したい連中なんだよね?」
「っ!?」

レトの発言に思わずリドが立ち上がろうとしたが、センドがそれを止める。リドのその反応で簡単に答えは入手できた。
レトはストローでアイスコーヒーを吸い上げ、それから、

「そうそう。悪魔クリスタルなんてものを讃える組織が居るそうでね。もしそんな組織に知り合いが居たらでいいんだけどさ、『この地には本物の悪魔がいる』とでも伝えておいておくれ」

それだけ言い、レトはコップに半分飲み残したまま立ち上がり、

「お前、ヘラ男、全然意味わかんないぞ?ナメてんのか?」

リドがそう言ってくるが、

「ただの戯れ言さ。じゃあ、女の子二人を待たせてるから今度こそ行くよ」


◆◆◆◆◆

レトが去って数分。
黙々とセンドは珈琲を飲んでいて、

「だから聞いてますか先輩!?珈琲ゆっくり飲んでる場合じゃないですって!あのヘラ男、組織のこと‥‥」
「ウルサイぞ、リド」
「いやいやうるさくもなりますよ!?」
「何者かは知らねえが、ほっときゃいい」
「なんでそんな適当なんですか!?」

先輩が話を全然真面目に聞いてくれなくて、リドはとうとう頭を抱えて嘆くように叫ぶ。

「オレはそんなことより、この珈琲の淹れ方が気になるんだよなぁ。今度見掛けたらとっ捕まえて聞くか」
「先輩の珈琲バカ!!!」


◆◆◆◆◆

「小さくて、まるで小屋みたいで可愛いと私は思うんだ」

雑貨屋の前に着いたチョコは嬉しそうにフユミに言い「そうね」と、フユミは頷いた。しかし、

(可愛い小屋)

フユミから見たら、どう見ても街中の通りにある小さなボロ小屋である。むしろ、廃墟だ。
窓ガラスは割れ、屋根は傾き、周りの草は伸び放題。

「お婆ちゃん!」

嬉しそうに言いながらチョコはミシッと音を立てたドアを開けた。

「え!?なっ、何これ!?チョコりん、危な‥‥!?」

開かれたドアの先の様子にフユミは一気に全身が冷えるような思いになったが、驚愕が勝る。
そこに床などなく、足元には全面、真っ暗な穴しかなかった。
しかし、チョコは床のない道を歩いている。

そして、店の中は‥‥



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