疑惑のHoliday
よく晴れた朝。今日は学園は休日。
その為、街中は休日を満喫する若者で賑わっている。
そんな光景を、レトは先日から行きつけとなったあの喫茶店から眺めていた。
カランと氷の音を立てて、レトはアイスコーヒーを口に運び、
「やあ。少し肌寒くなってきた気がするけれど、君達はまだ半袖なんだね。足も出ているし。やはり若さかな?でも、風邪をひかないようにね」
そう、ニコリと笑い、先程から自分の座る席の横で仁王立ちしている人物に言った。
「なぁーにが肌寒いよ!確かに秋だけど、まだそこまで寒くないわよ。あんた、この前もその暑苦しいコート着てたじゃない。それに、肌寒いと言いながら、あんたが飲んでるのアイスコーヒーだし!って言うか!やっと見つけたわよん!」
と、レトの座る席の横で仁王立ちで居る人物ーーフユミが言う。
「見つけた?ふむ、私を探していたと?確か君は、チョコ君と一緒に居た子だよね」
「そうよん!チョコりんの親友!フユミよ!あんたに話があるのよ。前、座るわよ」
フユミは勝手に相席した。
「話、ね。でも、フユミ君」
「‘君’とか呼ばないでよ!あたしは乙女よ!?」
「すまないね。だが、私は女性にも男性に対してもそう呼ぶのが癖だから、許しておくれ」
レトはそう言い、
「で、話は戻るけれど。私は今からここで朝食を摂るつもりなんだ。だから‥‥うん、すまないけれど話とやらはその後で‥‥」
「何を食べるわけよ」
「え?」
「な・に・を、食べるわけ?」
バンバンと、フユミはメニュー表を右手で叩き、レトを睨み付ける。
「これだけど」
レトはメニュー表を指差した。
それは朝食らしい食パンとゆで玉子のセット。
「なかなかにショボいわね」
ボソリとフユミが言い、
「まあいいわ、あたしも同じのを頼むわ。飲み物はー‥‥当然ブラックよねん」
「ブラック?」
レトは驚くようにフユミを見る。
「何よ。そーいえば、あんた。それ、ミルクどんだけ入れてんのよ。なんかもう、コーヒーってか、カフェラテ?」
「ミルクは4個」
「4‥‥ちょっと待って、ガムシロは?」
「2個」
「あまっ!!甘ッッ!!」
そんな会話を繰り広げつつ、フユミもモーニングを注文し、数分して運ばれて来て、二人は食事を始めた。
「ってか、朝ごはんがこんだけで足りるわけ?あたしにはちょっと物足りないかも」
マーガリンとジャムを塗った食パンをかじりながらフユミが言い、
「朝から食べ過ぎたら昼が腹に入らないんだ。昼は肉が食べたいからさ」
「ワオッ。なーんかあんた、食生活偏ってそうねぇ‥‥チビだし。ブーツ履いてちょっと背を誤魔化してるし」
「君はなかなかに馴れ馴れしい子だね」
「それが取り柄なのよん」
互いに淡々と言い合いのようなものをして‥‥
しばらくして、フユミは鋭い眼差しでレトを睨み付け、
「あんたさぁ。あたしとそーんなに歳、変わんないでしょ?学校、行ってないわけ?」
「‥‥」
「それにこの前、短剣を持ってたわよね?その背中の剣も。剣なんて持ってるの警察官ぐらいでしょ?オモチャなわけ?」
「‥‥」
レトは何も答えずに黙々とゆで玉子の殻をめくっていたが、
「チョコ君から何も聞いていないのかい?」
「ん?チョコりんから?偶然会っただけの人とだけ聞いたわ」
「ふむ」
レトは頷き、
「私は記憶喪失でね。ただ、つい最近記憶喪失になったようだ。医者にも看てもらったけど、記憶が戻るか戻らないかは時間の問題って言われたよ。家族が居たのかどうかもわからなくて、国を転々と旅してるんだけどね。なかなか手掛かりは掴めない」
そう、チョコにした説明と同じことをフユミに言った。
「ふーん」
フユミは興味なさげに相槌を打ち、
「でもさー、それって嘘でしょ。チョコりんは騙せそうだけど」
ニヤリと口の端を上げてレトを見る。レトは柔らかく微笑み返し、
「おや?何故そう思うんだい?」
「あんたがあたしと同類だからよ」
「同類、ね」
フユミの言葉にレトは微笑し、
「まあ、君の言うことはよくわからないが、私は記憶喪失だーーそういうことにしておいてくれないかな?」
「はんっ、認めるってわけね。なーんか胡散臭い奴」
警戒心を剥き出しにしながらフユミは言い、しかしレトは微笑みを絶やさず、
「話って、チョコ君のことかな?」
そう聞いた。
「まあ、そりゃわかるわよね。あんたとあたしの繋がりなんてチョコりんしかないわけだし。むしろあんたの名前もまだ知らないし」
「はは。口の減らない‘お嬢さん’だ。そういえばそうだったね。私はレト。さあ、話を始めてくれるかい?生憎、こう見えても忙しい身でね」
レトの言葉にフユミはふん、と鼻を鳴らし、
「‥‥それにしても、立て続けだな」
ボソリとレトが言うので「は?」と、フユミは目を細める。
「いや、なんでも」
レトは首を横に振った。
あの喫茶店での騒動後ーー‥‥三日ほど前にワイトからもチョコの話で引き止められたのだから。
レトは再びフユミに話をするよう促した。
「あたし、転校生なのよ。この街に来てまだ指で数える程度。あんたがチョコりんのことをどこまで知ってるか知らないけど、何かチョコりんについて知ってることはない?」
そうフユミに尋ねられ、
「難しい質問だ。私も彼女に会ったのはたった二回だからね。一度目は別の店で食事をして、二度目は君も居たあの時だ。それ以降、会っていないな」
「ちょっと待ちなさいよ。一度目の出会いでなーんでいきなりチョコりんと食事をしてるわけ?あたしだってまだ一緒にチョコりんと学園以外で食事したことないのよ!?」
妙な所で突っ掛かって来たフユミを無視してレトは、
「恐らく、この街の住人‥‥学生達とかは、チョコ君がいじめられてる理由を知っているんだろうね」
そう言って少し間を空け、
「ワイト君を知っているかな?チョコ君と同級生らしいけど」
「ワイト‥‥あ、メガネんね」
フユミは頷く。
「彼は三日ほど前に、授業中の時間だというのになぜかこの喫茶店に居てね」
「‥‥あ!あの日ね。ふふん、メガネん、あたしに負けるのが悔しくて早退してたってわけねー」
成る程、彼がここに居たのはフユミが原因かと、詳しい経緯はわからないがなんとなくレトは察した。
それから一つ咳払いをして、
「何も知らないなら、チョコ君に優しくしない方がいい。チョコ君は病気なんだ。彼はそう言っていたよ。よくわからないけどね。それがチョコ君がいじめられている理由なんだろうけど」
それを聞き、フユミは目を丸くしている。
(‥‥病気?あの時、雑貨屋でラッピングしてもらったとチョコりんは言ってたけど、ゴミ袋だった。病気。何か関係が?)
フユミには何か思い当たる節があるようで、レトは残り僅かなアイスコーヒーを飲み干し席から立ち上がった。
「!?ちょっとあんた、どこ行くのよ」
「ん?何か思い当たったんだろう?じゃあ、私はもう行くよ。時間も結構使ったしね」
「ちょっ!」
フユミも慌てて立ち上がり、
「あんたね!チョコりんの話をしてる途中よ!チョコりんに興味ないってわけ?」
「はぁ」
フユミに凄まれ、レトはぽかんと口を開け、
「興味と言うか‥‥彼女とは少し話しただけだからね。知り合いでもないし」
「!?」
そう言ったレトの表情は微笑んでいたが、フユミにはそれが酷く冷たいものに思えた。フユミはワナワナと全身を揺らし、
「少なくともねぇ‥‥あの子はあんたに興味持ってるわよ?あたしはあんたを初めて見た時、怪しい奴と思った。剣とか持ってる時点でね。でも、そう言ったあたしの言葉をチョコりんは上の空で聞いてたし、あたしと居る時のチョコりんは、まだ少しよそよそしい。でも、あんたを見た時のチョコりんの表情には‥‥何かしら感情があったわ」
フユミは早口でそこまで言い、それから、
「だからあんたしか思い浮かばなかったのよ。チョコりんのことを相談する相手」
小さな声でそう続ける。
しばらく沈黙が続き、レトはため息を吐いた。
「成る程わかった。君はチョコ君のことが大好きなんだね。まるでお姫様を守りたい騎士みたいだ」
そう言ってやる。
「待ちなさいよ、それじゃあまるであたしが男みたいじゃない!?」
「いやいや、女性の騎士だって居たかもしれないだろう?」
睨み付けてくるフユミにレトはヘラりと笑った。
それからフユミもため息を吐き、三日ほど前の話をした。
チョコがゴミ袋を持っていた話を。
「ああ、そういえば、チョコ君と初めて会った時、彼女は小さなゴミ袋を持っていたな」
忘れていたよと、レトは言う。
「はぁ!?」
それにフユミは眉を潜め、
「街中の通りにある小さいボロ小屋からチョコ君がゴミ袋を提げて出て来てね。雑貨屋とチョコ君は言ってたな」
「ちょっ、ちょっ、ちょっ!?はぁー?あんた疑問に思わなかったわけ!?」
「雑貨屋のお婆さんにお世話になってると言っていたから、手伝いで掃除でもしてたかと思って。ちなみにそのまま食事に誘ったよ」
「ゴミ袋持たせたままー!?」
世間知らずと言うか、常識がないと言うか、とんちんかんと言うか‥‥
ツッコミが追い付かなくてフユミはぜーはーと肩で息をした。
「要は、その雑貨屋を見に行ったらいいんじゃないかな?気になるんだったらそれこそチョコ君とね。店主のお婆さんとやらに話を聞いたらいいんじゃないかな」
「なら、あんたも来なさいよ。今日は学園は休みなんだから。今からチョコりんを迎えに行くわよん」
「いや、だから時間‥‥」
フユミは無理やりレトの腕を掴みぐいぐいと引っ張る。
レジに行き、フユミはレトの分の食事代もバンッと出した。
「あたしの奢りよ。この前のジュース奢ってもらったから、これで貸し借りなしよん。お礼なんか言ったらぶん殴るから」
フユミは言い、レトを引っ張ったまま喫茶店の外に出る。
「フユミ君。一つやっておきたい仕事があるんだ。昼には済むと思うから。昼からで良ければ一緒にチョコ君の所に行ってあげるよ」
「‥‥」
レトの言葉を聞き、フユミは半目でレトを見て、
「嘘じゃないでしょーね?」
「はてさて。まあ、君はおっかない子みたいだからね。約束は守るよ。昼にこの喫茶店で待ち合わせでいいかな?チョコ君も連れて来てランチを済ませてからでもいいね」
フユミは瞬きを数回し、
「あんた‥‥食生活、本当に大丈夫なわけ?」
「コーヒーが飲めたらそれでいいんだよ」
そうレトは答えた。
それから、フユミと昼頃に落ち合うことを約束し、フユミはチョコの元へ、レトは用事の元へ向かう。
◆◆◆◆◆
ピンポーン。
フユミはチョコの部屋のチャイムを鳴らした。
『はい』
インターホン越しからチョコの声がして、
「チョコりん、あ・た・し。フユミよん」
『え!?ふ、フユミさん!?』
思いも寄らぬ来客にチョコは当然驚く。
「ちょっとさー、今日は休みじゃない?一緒にランチでもどう?時間潰しの間、チョコりん家にお邪魔してもいいかしらん?」
『え、あ‥‥大丈夫だけど。ちょっと片付けるね』
チョコは慌てて部屋を片付け、しばらくしてから玄関の扉を開けたーー瞬間、
「きゃー!チョコりん、かーわーいっ!」
「ひゃあ!?」
フユミがチョコに飛び付いて来て、チョコは驚きの悲鳴をあげた。
「ちょっ、ちょっ、フユミさん離れて!」
「あはは、いいじゃない女の子同士なんだしー」
(いやいや、フユミさん男‥‥)
しばらくしてようやくフユミは離れてくれて、
「だってチョコりんの私服が可愛かったから、つい」
と、フユミは笑う。
白い上着の胸元には複数のリボンの装飾があり、太ももまであるスカートの端々にもリボンがついていた。
「あれ?そういえば、フユミさんは休日なのに制服?」
「あたしにはコレが一番似合うからねん」
フユミは胸を張って言う。
「そ、そうなんだ。じゃあ、立ち話もなんだし、中にどうぞ」
と、チョコはフユミを促した。案内されたのはチョコの私室。
所々にリボンが飾られたり装飾されている。
「フユミさん。急に来るからビックリしたんだけど‥‥」
コトン。チョコがテーブルにジュースの入ったコップを置いた。
「実はさっき、あのレトとかいう変人に会ってさー」
「え!?レトさんに‥‥?」
それまで落ち着いた態度だったチョコの目が大きく見開かれる。
「あっらーん?チョコりん、なぁにその反応。まっさかー、あの変人に興味あるわけ?」
「え!?ち、違うよ。この前レトさんに助けてもらった時、お礼を言い逃しちゃったから‥‥」
「ふっふーん。なら好都合。そいつに会えるように手配したから」
「え?」
「あいつもランチに誘ったのよん」
「え!?」
意外だと言うような表情でチョコは驚いた。
「す、凄いね、フユミさん。レトさんって、なんだか捕まえにくいタイプなのに‥‥」
「あたしに掛かれば容易いものよ」
それから一時間程、チョコとフユミは他愛のない話を続ける。
最初こそチョコはよそよそしい態度であったが、徐々にそれが解けてきているようにフユミは感じた。
「にしても、チョコりんってホントにリボンが好きなのね」
フユミはチョコの衣類や部屋を見回して言う。するとチョコは嬉しそうに微笑み、
「うん‥‥大好きなんだ」
と、柔らかく言った。
(‥‥さて、と。まあ本題はレトと合流してからにするか)
フユミはそう思い、
「よーし!チョコりん、じゃあそろそろ行くわよん!」
もう時期、時刻が昼を回るのを確認し、そう言う。
◆◆◆◆◆
「それにしても、レトさんは昔からなんだかんだお人好しですよねぇ」
「急になんだい、ライトさん」
「いえ、自分も余裕がないのに若い子供達の相手をして。最近では見ていて笑いを堪えるのが大変です」
「ライトさん?へし折るよ?」
「ほら、レトさん。神聖な場所で言うべきではありませんよ」
(‥‥誰のせいだ、誰の)
誰も居ない真っ暗などこかの洞窟。
そこに建てられた小さな石碑の前でレトはライトとそんなやり取りをしていた。
「しかし、そうか。こんな所に居たのか」
レトは目を細めて石碑を見つめる。
「もう、会うつもりはなかったから。君はこの地で、どんな生を送ったんだい?」
語りかけても、石碑は返事を返さない。
レトは苦笑し、背中に背負った剣ーーライトを石碑の前に掲げた。
「二度と見たくはなかっただろうが‥‥すまない」
「酷い言われようですね」
「私達が守ったものは、今も続いているよ」
レトはそう言い、静かに目を閉じる。
「妙ですね」
すると、ライトはそう言い、
「確かに彼はここに眠っています。しかしまるで、肉体の破片だけがここに在る」
そう続ける。
「肉体の破片?いったい君はどんな死に方をしたんだ?モカ」
それから時刻は経ち、重い足取りでレトは暗い洞窟から出た。
そこはエタニティ学園の裏門に繋がっている。学園を見上げ、レトはため息を吐いた。
パタパタと、羽音がレトの耳を掠める。それは黒い翼を持つコウモリだった。
「やあ、レト。会ってきたかい?懐かしかったろう?」
そのコウモリはそう声を発する。
「はい‥‥先生。でも、確かにモカの墓ですが‥‥先生、モカは普通に生を終えたわけではないのですか?」
先生と呼ばれたコウモリは数秒間を開け、
「僕がこの学園に戻った時にはすでに彼は亡くなっていた。ただ、彼の子孫はこの学園に通っているよ。でも、誰も墓参りに来ない。一体、誰がここに墓を建てたのやら‥‥」
「子孫‥‥その子は?」
「ちょっと待ってね。季節が巡り、沢山の子達を見て来たからごちゃごちゃでね。再確認も兼ねて調べてくるよ。歳だなぁ‥‥」
「すみません。ちょっと今から用があるので、後から窺ってもいいですか?」
「ああ、都合のいい時でいいよ」
それからコウモリはライトの方を見て、
「君ともまた、語り合いたいものだね」
「ご冗談を。貴方は誰よりも私を憎んでいるくせに」
「そんなことはないよ。それを言うなら、君こそ僕を恨んでいるだろう?」
しばし重たい空気が場を包み、
「じゃあ、また後程」
コウモリはパタパタと、学園の上へ上へと飛んで行った。レトはそれを見上げ、
(時々、わからなくなる。私のしていることは正しいのだろうかってね‥‥)
そう思い、
「さて、お嬢さん達を待たせては悪いし、行くか」
思考を切り替え、街中の方へ足を向ける。