人間界の夕1

「ぐぁあぁあぁあっ!!」

銅鉱山の奥…真っ白な一室にジロウの叫び声が響く。

「少年!」
「ジロウ!」

レーツとユウタが同時に叫んだ。

壁に埋め込まれている英雄の剣の欠けた部分…魔力を補完する紅い宝石にジロウが近付こうとしたした瞬間に事は起きた…

「反射的に投げてしまいましたが…おや、貴方は…」

丁寧な、だが、どこか感情の無い男の声。
何も無い真っ白な一室だと思ったが、よく見れば一つだけ壁と同化したような扉があり、そこからその男は出て来た。
出て来て……

「ジロウ、おい!!ジロウッ」

ユウタは慌ててジロウに駆け寄り、彼の名を叫ぶ。
ジロウはその場に膝を着いて腹部を押さえていた。
そこには、ナイフが一本刺さっていて、ジロウは痛みに顔を歪めつつも、

「あ、あんた…は…昨日の…」

扉から出て来た、コートを着た長身の男…すなわち、自分にナイフを投げ付けた男の姿に驚いた。

「ふむ。貴方は確か、新米くん、と呼ばれていましたね」

男は不思議そうに、腹部から涌き出る血を押さえるジロウを見る。
その男は、ジロウが昨日、死体と共に山道で会った男だった…

男はジロウから視線を外し、

「それに、おや、レーツさんまでご一緒とは」
「スケル…君はまだここに出入りしていたのですか」

レーツは低い声音で男……スケルに言った。

「ええ。ここはかつてのネクロマンサーの研究所。なら、そのネクロマンサーの子孫である私が使うことに意義があるでしょう?」

スケルのその言葉に、

(ね、ネクロ…マンサー。昨日、山道でテンマが言って…そして、レイルから貰ったノートに書かれていた…死体を使う…)

ジロウはスケルを見る。

「それで、どうしたんです?そんな子供二人を、こんな場所に連れて来て」
「君には関係のないこと。ここから出て行ってもらえますか?」

レーツは強い口調でスケルに言うが、彼は呆れるように笑い、

「ここは私の研究所です。勝手に荒らされては困る。特に…その宝石を持って行くのも、ね」

そう、壁に埋め込まれた紅い石に目を遣った。

「くっ…」

ジロウはナイフの刺さった腹部に手を当てたままヨロヨロと立ち上がり、

「あんたがなんなのか…レーツとどういった関係か……知んねえけど、オレには…その石が必要、なんだ」

そう、スケルに言う。
スケルは立ち上がったジロウが手にしている英雄の剣に気付き、

「なるほど。英雄の剣を完全な形にするのか……しかし、ふむ。貴方みたいなただの、そして無知である子供が…何百年も封印されていた、その剣の新たな使い手?」
「…」

ジロウは何も答えず、ただ、恐らく多くの情報を知っているのであろうスケルをキツく睨んだ。

「少年よ、下がりなさい。傷口が広がる」

すると、スケルに対して威圧感を醸し出すジロウの前にレーツは立ち、ナイフの突き刺さった腹部を気遣うように言う。

「スケル、聞きなさい。今だけは君の中に流れるネクロマンサーの血の好奇心を抑えて。でなければ、君も、いえ、全てが滅びてしまうかもしれない」
「…ふむ。レーツさんそれはもしや、黒い影の話でも?」
「!?…何故、君が…」

スケルの口から黒い影の呼称が出てきたことにレーツは驚きを見せた。

「まあ、とにかくです。英雄の剣を完全にして、人間が自由に天界や魔界に行けるようになったら少々面倒なんですよ」
「…まさか、君は…」

レーツが何かに気付くように言うが、しかし当然ジロウには、ましてやユウタには何がなんだかわからなくて。

「な、なぁ?!そんな話より、ジロウの…このナイフどうすればいいんだよ!?」

段々と流れ出る血の量が多くなっていき、ユウタは顔を青冷めさせながら言った。

「…ハルミナとネヴェル。二人なら治癒の術を使えます。二人に合流するまで、苦しいでしょうが決して抜かないように…」
「そ、そんな!?」

そんなの待ってられるかよ!と、レーツの返答にユウタは叫ぶ。

「お、オレは、大丈夫…だぜ。と、とにかく、早くあの石を…」

しかしジロウは英雄の剣の欠けた部分である紅い宝石を諦めてはいなかった。
そんなジロウにスケルが何かを言おうとしたが…

――ドンッ!!

「――ッ!!?」

大きな音と悲鳴が重なる。
いきなりスケルの体が吹き飛び、壁に叩き付けられた。

「な、なんだ?!」

何が起きたんだ、と、ジロウの体を支えながらユウタは辺りを見回す。

「英雄の剣を完全な形にするのは結構なことだよ」

すると、どこからか男の声が降ってきて…
その声に反応したのは、

「て、テンマ?!」

…ジロウだった。

(…気を、感じない)

そう思いながらレーツは視線だけをせわしなく動かし、

「ユウタ!!ジロウを連れてそこから離れなさい!」
「え!?俺?!」

レーツに名を呼ばれたことにユウタは驚きつつ、慌てて言われたように動こうとしたが…

「ぐあっ…?!」
「ユウタ!!」

しかし遅かったようで、先程のスケルと同じく、ユウタの体も吹き飛び、壁に叩き付けられた。

(これは…ハルミナちゃんとネヴェルがやられたのと同じっ…)

ジロウは先刻、テンマによって銅鉱山の岩壁に叩き付けられたハルミナとネヴェルの姿を思い出す。

「ありがとう、新米くん。わざわざ届けに来てくれたんだね」
「あ…」

掛けられた声に、行動に、ジロウはそれしか言えなかった。
いつの間にか背後にテンマが立っていて、ジロウの手に握られた英雄の剣をヒョイッと取り上げる。

「いいね、この場所は。流石は実験所。魔力に満ち溢れていて、傷も良く癒える。まあ、人間は例外だけどね」

テンマはニコリと笑い、ジロウの腹部に刺さったナイフを見た。

確かに、テンマがカトウに手当てしてもらった傷や、ネヴェルに負傷させられたはずの傷も、完治している。

「ねえ、新米くん」

ニコニコと笑ったまま、テンマは膝を着くジロウの前にしゃがみ、

「剣を抜いたら、全部話すって約束したよね」

それにジロウは、

――剣を抜いたら全部答えてあげるよ

…魔界に落とされる前の、この銅鉱山での出来事を思い出した。

「こうして無事、僕の手にこの剣は渡った。でも、ちょっと遅いし、君以外の観客も居るみたいだから、少しだけ教えてあげるよ…」

テンマは、傷の痛みに俯いて息をするジロウの前髪を鷲掴みにし、そして顔を上げさせ、

「この剣を使い、世界を元通り…一つにするのさ。人間界、天界、魔界をね。そして君達が黒い影と呼ぶ奴等も愉しく動いて…いや、動かしてくれるだろう。…おっと、動かないでよね」

そう話すテンマだったが、僅かにレーツが動くのを見て、ジロウの首筋に英雄の剣の刃を向ける。
それを見たレーツは当然動けなくて…。

「で。話に戻すよ。僕が何をしたいのか、わかるかい?」

テンマはジロウにそう尋ねた。
ジロウは眉間に皺を寄せ、
「わかん…ねぇよ…」

と、答える。

「だろうね。…世界が一つに戻って、三つの種族が今さら仲良く出来ると思う?無理だろうね。そしたら何が起きる?…争いさ。昔と、同じ。と言っても、どの世界も今は黒い影に飲み込まれて人口が減っちゃってるだろうけどね」

あはは、と、テンマは声を上げて笑い、

「そして結論。僕は世界を滅ぼしたい。…どうだい?新米くんからしたら到底理解できない話だろう?」
「…ああ、わかんねぇ…よ」

ジロウは息を切らしながらも即答した。

「それで、相談なんだけど、君は僕とパートナーになりたいんだよね。一緒に世界を滅ぼすパートナーにならないか?」

そんなテンマの言葉を、壁に叩き付けられ、その痛みにようやく立ち上がりながら、ユウタとスケルも聞いていて、レーツは動く機会を窺っていた。

「…んだよ、それ」

ジロウは掠れた声で言い、

「どうも、君が死ぬのはなんだか勿体無い気がするんだよね。だったらさ、パートナーになったら、君も君の望みが叶えれて、一石二鳥じゃないかな」

そう言って、テンマはジロウの返事を待つ。

「……馬鹿…やろー」
「ん?」
「バカヤローって、言ったんだよ、この、馬鹿」

そのジロウの発言に、テンマは笑い、

「あはは、バカにバカって言われたくないなぁ」
「あんたがバカだから、言ってんだよ。悪いけど、オレとあんたの考えは…違うみたいだ」

ジロウはそう言って、僅かな力ではあるが拳を振り上げてテンマを殴ろうとしたが、その拳は容易く掴まれて止められた。

「…世界を滅ぼすって、なんだよ…そんなこと、させるわけには、いかないんだ…オレは…ハルミナちゃんとネヴェルを自分たちの世界に帰すって、約束した。…だから…」

ジロウは真っ直ぐにテンマの目を見つめ、

「絶対に、ハルミナちゃんとネヴェルとの約束を…守る!!」

そう、叫んだ。
その叫びにテンマは目を丸くして、

「…なんだ、それ。ふふ、はは、あははは!小さな約束だね。君なんかがこの剣を持つのは勿体無いよ。まあ、君はこの剣を偶然手にする羽目になっただけだけどね…」
「そうさ…オレは、英雄じゃない。ただの人間だ。あんたにとって小さく見えても…オレにとったら、大きな約束なんだ」

ジロウは息を整え、

「テンマ。ちゃんと、話を…しないか?あんたが…人間なのかなんなのかは、知らない。でも、オレも…あんたのこと、嫌いじゃない。カトウだって…あんたを、心配してんだぞ…」

そう、テンマに訴え掛ける。

「…何度も言うけど、甘いよ、君は」

――ズッ…

「ぐふっ…!!?」

冷ややかに言いながら、テンマはジロウの腹部に刺さったナイフを引き抜いた。

皮肉にも、ナイフを刺したまま止血されていたが、抜かれたことにより地面にドバッ…と、大量の血が溢れ、ジロウはその場にうつ伏せに倒れる。

「少年!!」
「じ、ジロウー!!」

レーツとユウタの声が重なり、

「そうだ。部屋の外で待ってる観客も呼んであげようか」

そんな二人の叫びも気にせず、テンマは淡々と言い、宙に手を翳す。
すると、先程レーツにより開かれ、ジロウ達がこの部屋に入った時の空間が再び開かれて…

「きゃあっ!?」

女性の…カトウの声がした。
開かれた空間から、カトウ、ネヴェル、ハルミナの姿が現れる。

「…奴は!」

部屋に招かれたネヴェルはすぐさまテンマの姿を見つけて睨み、

「テンマさん!」

カトウはその名を叫ぶ。

「…ジロウさん!?」

そして、ハルミナは地面に倒れ、多量の血を流すジロウの姿に悲鳴を上げた…

そのハルミナの悲鳴により、ネヴェルとカトウも変わり果てたそのジロウの姿に目を見開かせる…

その光景にテンマは笑い…
レーツは怒りの表情を見せ…
ユウタは驚愕し…

…しかしスケルはテンマと同じように、口元を笑みで歪めていた……


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