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ふと感じる、視線。
気付いてねーと思う方がおかしいだろ。
ここ最近、よく足を運ぶようになった店。
ガチャガチャと騒がしい場所が好きじゃない俺にとって、静かで落ち着きのあるこの店を見つけた時は穴場じゃねーかと心で喜んだ。
しかしどうにも気になる事が一つある。
それは―――………
(………まーた見てやがる)
店の看板娘にあたるだろう、その女。
なぜだかソイツにいつも見られている気がする。
…いや、"気がする"ではなく完全に見られてる。
視線こそ合わせた事はないのだが、こっちは忍として長年やってきている身。気付かないわけがない。
(……一体なんなんだ。俺、どっかで会ったことあんのか?)
そう考え頭の中で記憶を探るも、まったく思い当たる節がない。しかしこうも毎度見られると流石にこちらも気になってしまうわけで。
ちょうど聞きたいこともあった為意を決し、声をかけようと顔を上げた。
パチリ。
初めて交わった視線に、ソイツは目を見開きあたふたとする。
………そんな動揺すんなら見んじゃねーよ。
「……おねーさん、ちょっといいか?」
そう言ってこっちに来いと手招きすると、怯えた表情を見せこちらに近づいて来る。
『はい、なんでしょう?』
「…南瓜の煮物って、味付け変えた?」
『………へ?』
「いや、いつもと少し違ったように思えて気になってな」
そう、気になっていたというのは俺の好物でもある南瓜の煮物について。
和食屋であるこの店には必ず俺の好物が用意されている。それだけでも十分なのだが、その味がまた絶品で。
煮崩れをしていないそれに箸を通すと、スッと綺麗に2つに割れる南瓜。
その片割れを口に含むと、最初に感じるのはなめらかな舌触り。そして広がる南瓜そのものの甘みと、それを邪魔することのない上品な味付け。
初めて食べた時その美味しさに感動したのだが、今日はまた一段と美味かったのだ。
何かが違うような…しかし何が違うのかさっぱりわからないのだが。
とにかく、いつもと違うそれに純粋に疑問に思った為女に問いかけてみたところ、返ってきた声はとてもか細く、弱々しいものだった。
『あの…味付けは特に変えてはいないのですが…申し訳ありません。今日、普段と異なる者が担当致しまして…』
顔を上げると、今にも泣き出しそうな表情をしていて。そして女は再度『申し訳ありませんでした』と謝罪の言葉を口にすると、深く頭を下げた。
(…もしかして、勘違いさせちまったか…?)
怒っている気なんて更々ないのだが、よく人相が悪いと言われるこのツラ。それに普段と味が違う、なんて言ったらそりゃ怒ってると勘違いされても仕方ねーか。
そう思い、若干罪悪感に苛まれながらその女に向け言葉をかける。
「いや、いつもより美味くて聞いたんだ。どこが違うかは自分でもよくわかんねーんだけどな。
…だから頭を上げてくれ。謝られても困る」
俺の声に反応して頭を上げたソイツは、これでもかという程目を見開いていた。
言われた事が理解できていないようで、暫くじっと見つめられること数秒。
その空気が耐えられなくなり、早急にこの場を去ろうと金を渡し店を出る為扉の方へと足を進める。
『あっ、あの…ありがとうございました!』
店内に響いた少し大きな声に振り向くと、自分の出した声の大きさに自分で驚く女の姿。
「ああ……ごちそうさん」
ソイツに向けそう声をかけ、扉を開けて店を後にし歩きながら先程の事を考えた。
「………変な女」
満たされた腹と、妙な女への戸惑いを胸に。
さぁて、午後も頑張るか。と気合を入れる、
そんなある日の昼下がり。