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気が付くと、目で追っている。
気になるあの人。




人々が多く行き交い、賑わいを見せる木ノ葉大通り。そこより一つ脇道に逸れると雰囲気はガラリと変わり静かな空気が辺りを包み込む。

その通りには小さな飲食店が軒を連ねていて、私が働いている…もとい家でもある和食屋"雅亭"もその内の一つだ。

父が念願叶え、このお店を構えてから十数年。
お米の甘い香りと甘辛い醤油や出汁の匂いに包まれ育ってきた私は、いつかこのお店を継ぐのだという気持ちで日々を送っていた。


「名前、これ5番テーブルね」
『はい、わかりました』


厨房から手渡された料理をお客様の元へと運び終え、店内の状況を確認する為辺りをぐるりと見渡す。その時、ふいに視界に入ってきた人。


―――あ、また来てる。


木ノ葉の忍だという事を証明する額当て。それをバンダナ風に巻き、楊枝を銜えているその人。
最近このお店に来てくれるようになった人で、額当ての仕方が独特だからすっかり覚えてしまった。

…そして気付くと、その人を見てしまう自分がいて。

(……よかった、今日はこないだより元気みたい)

以前来た時は目の下の隈も酷く、それはもう疲れてますってオーラがダダ漏れで。
でも今日はそれらが感じられず安堵の息を漏らす…と同時に、話した事もないような人を何故こんなに気にしているのかと頭に疑問を浮かべていた、その時。


パチリ。


そんな効果音が聞こえてきそうなくらい、その人と目が合ってしまった。

(……っいけない!見てた事バレ―――)

「……おねーさん、ちょっといいか?」

そう言ってその人は私にこちらへ来いと促すので、何を言われるのかとお盆を持つ手に力が入る中その人のテーブルの前まで足を進める。


『はい、なんでしょう?』
「…南瓜の煮物って、味付け変えた?」
『………え?』
「いや、いつもと少し違ったように思えて気になってな」


そう言って彼が視線を落とす先には、南瓜の煮物が入っていたであろう小鉢。お皿に盛り付けられていた料理たちは既になくなっているので、全て食べてくれたということなのだけれど…

『あの…味付けは特に変えてはいないのですが…申し訳ありません。今日、普段と異なる者が担当致しまして…』

そう…今日南瓜の煮物を担当したのは料理長ではなく、この私だ。
長年料理長である父に鍛えられ、それこそ血反吐を吐くような努力をしてきた。お店の味を守れるよう、お客様に喜んでもらえるよう。
そしてここ最近漸く私も厨房に立たせてくれるようになったのだ。

とはいえ、まだまだ半人前。私が作った料理はきちんと父に味の確認をしてもらい合格点を貰ってからお出ししている。

けれど彼がそれを指摘した事は紛れもない事実で。お店の味を変わらず守らなければいけない私にとって、その言葉はグサリと心に深く突き刺さった。

『……あの、申し訳ありませんでした』

彼の気分を害してしまったと思い頭を下げ謝罪をする。しかし耳に届いたのは怒気を含んだものではなく、戸惑うような声だった。


「いや、いつもより美味くて聞いたんだ。どこが違うかは自分でもよくわかんねーんだけどな。だから頭を上げてくれ。謝られても困る」


その言葉に頭を上げると、先程の声色と同じように戸惑いの表情を浮かべていて。


「……あー、勘定いいか?」
『あっ……は、はい!』


言われた言葉を飲み込む前に、彼から手渡されたお金を受け取る。そうして店を出ようとする彼の背中に向け見送りの言葉をかけた。

『あっ、あの…ありがとうございました!』

少しだけ大きく出てしまったその声に自分でびっくりしていると、振り返った彼も驚いた顔をしながら

「ああ……ごちそうさん」

そう静かに声を発し、お店を出て行った。
彼が出て行った後の扉を暫く見つめ、先程言われた言葉を反芻する。

"いつもと違ったから"

最初に言われたその言葉が鋭く心に突き刺さったけれど、

"いつもより美味くて"

後に続いた一言によって溶けてなくなり、じわりと包み込まれるように心があたたまった、そんなある日の昼下がり。

  
 

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