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―――しとしとと、雨が降り注ぐ。
それはいつかの、カカシさんと初めてきちんと話したあの日のような雨。
「まさかそこまで進展してるとはねぇ…」
雨粒が窓ガラスを叩く様子を見ていた時、小さな声が耳に届き視線を戻す。
そこには片手に箸を持ち、もう片方の手で頭を抱えているこのみの姿。
「っていうか、みたらし特別上忍に並足特別上忍まで…名前、アンタいつの間に忍とそんなに交流持つようになったのよ」
『なんだろ…カカシさんとゲンマさんと関わるようになったら急に…』
そう、あのお二人と関わりを持つようになってから何故かその周りにいる人達とも接するようになった。お店に来てくれるのはとても嬉しいし有難い事なのだけれど、自分自身でもこの状況に少しだけ戸惑っていて。
「はぁ…まぁいいけど、とりあえず私その日任務で一緒に行けないから一人で頑張ってきなよ?」
『うん。このみが居てくれたら心強かったけど、頑張ってくるね』
アンコさんに頼まれた飲み会、本当は一人で行くのは凄く気まずい。初対面の人とあまり上手く話せないし、既にその日のことを考えただけで体に緊張が走るくらいだ。
(…でもお店以外でゲンマさんと会える機会って全く無いし…)
やはりここは一人でも頑張ろう…と心の中で意気込んでいた時、このみが再度口を開いた。
「で?名前は結局どっちが好きなの?」
『……え?』
「え?じゃないわよ!不知火特別上忍とはたけ上忍!!はたけ上忍は家にまで行った仲で、不知火特別上忍とも飲みに行く予定でしょ?それは恋愛感情が芽生えたからじゃないの?」
『カカシさんの家に行ったのはお見舞いだし、今度の飲み会も皆さんがいるから別にそんなんじゃ…』
「じゃあ、どう思ってるのよ?」
『どうって……それは……』
カカシさんを見て鼓動の音が早まったのは、ストレートな言葉と素顔が原因だったからだ。
…ただ、あの優しい瞳や微笑みを見ると心がホッと温まって。一緒に過ごす時間は決してイヤなものではなく、むしろ居心地が良く思える。
そう伝えると「なるほど、好きになる要素はあるってことね」と納得するこのみ。
「じゃあ、不知火特別上忍は?」
『ゲンマさんは……よく分からないの』
あの笑顔を見て心が苦しくなった。あれが何なのか、未だ自分でも分かっていない。
けど気になる存在で…そして、何処かで会ったことがあるような、そんな気がしてる。
『だから、それを確かめる為にも飲み会に行くの。ゲンマさんの事もっとよく知りたい。そしたらこの気持ちの正体も知れる気がするから』
私の言葉を聞いて、このみは眉を顰め一つ大きく息を吐いた。
「…まぁ、仮に恋愛感情が芽生えてどっちを好きになっても名前が出した答えなら何も言わないけどさぁ…」
『話聞いてくれてありがとうね、このみ。また何かあったら報告するから』
「ま〜たアンタはそうやってのほほんとして…本当心配だわ。よりによってあんな人気ある2人って…くれぐれも!くノ一には気をつけてよ!?」
『うん、分かってる』
お二人に対しての気持ちが何なのか分からないけれど、以前よりも近しい関係になったから変に誤解を受けてしまうこともあるかもしれない。
(このみは心配しすぎな気もするけど…まぁでも、少し気をつけたほうがいいかな)
そう思いながら目の前で食事を始めたこのみに習い、自身も箸を進めた。
辺りはすっかり夜の闇に包まれ、街灯が夜道を照らす。その明かりに照らされ銀や白に見える雨は先程より弱まったものの、細い糸のように天から地へ、そして私が差している傘へと真っ直ぐに降り注ぐ。
風もない為じっとりとしていて肌にへばりつくような、そんな雨だった。
(このみと話し込んで少し遅くなっちゃったな…)
父はきっと明日の分の仕込みも終え、もう寝ているかもしれない。朝も早いし私も早く帰らなければ。
少し近道をしようと人通りの少ない裏路地を入り家路へと急いでいた時、自身のものではない足音が耳に届いた。
傘を持ち上げ前方を見ると、微かに見える人影。その人は傘も差さずに雨をその身で受け止めながら、ゆっくり歩いている。…そして、雫を滴らせる銀白色の髪。
『………カカシさん?』
彼と私の間にはまだ距離がある。それでも忍である彼には届いたようで、ピクリと肩を揺らしてその場に立ち止まり少しだけ振り返った。
「……名前ちゃん、」
名を呼ばれ、やはりカカシさんなのだと分かり小走りで駆け寄ると、微かに感じる違和感。
彼の忍服はいつもより汚れていて、何かこびり付いたような…赤黒い何かが―――
「来るな!!!」
突如として響いた大きな声に、地面に足が張り付いてしまったかのようにその場から動けなくなる。彼はハッとしたような顔をした後、眉を顰め俯いた。
「ごめん怒鳴って…でも近づかないで欲しい…見ないで、欲しいんだ」
『……………』
汚れた忍服、こびり付いている赤黒いもの。
それが何なのか、彼が何をしたのか。
直ぐに理解して恐怖心が芽生えたけれど。
雨に濡れる彼の頬から雫が滴り落ちて。まるで怯えているような、泣いてるような、そんな瞳を見て。
―――このまま放ってはおけない。
心で思うと同時に、足が自然と前へ向かった。