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「……ありがとう、ごちそうさま」
そう小さく呟くと、カカシさんはお勘定を済ませ足早にお店を出て行ってしまった。
(………どうしたんだろう………)
私が綺麗だと伝えた後、一瞬……一瞬だけ彼の瞳が恐怖の色を帯びたような気がした。
けれどまたしても直ぐに逸らされてしまい、問いかける前に去ってしまって。
その表情がどうにも気になり、暫く彼が出て行った扉を見つめていると。
「ねぇ、ちょっと今の話なに!?アンタってカカシとご飯行くような仲なの!?」
アンコさんが身を乗り出して驚きの声を上げたことにより、ハッと我に返る。
『いいえ、そんな…以前ハンカチをお貸しした事があって、そのお礼にとご馳走になっただけです。…では、ごゆっくりなさって下さいね』
失礼します。
そう言って先程とっていた注文を厨房に伝える為その場から離れる。
ゲンマさんと久々に会えたけれど、特に何か話すこともなく。こうしてお店に来てくれても所詮は店員とお客。会話らしい会話なんて出来るはずもないと、少しだけ気持ちが沈む。
(…って、いけない。まだお昼時で忙しいのに…!)
テキパキ働かなければと自身に喝を入れると、カカシさんのあの表情やゲンマさんの事を考えるのは一旦やめ、厨房へと向かった。
そうしてお昼の忙しさも少しずつ落ち着いてきた頃、アンコさんに声をかけられた。
「名前!お勘定いい?」
『はい、かしこまりました』
直ぐにテーブルに近付くと、先程のように身を乗り出すアンコさん。
「ねぇ、ほんっとーにカカシとは何でもないの?」
『はい、アンコさんが思っているような関係ではありませんよ』
「そう……じゃあ良かったわ!」
『……何が良かったんですか?』
「あ、気にしないで!こっちの話よ!」
笑みを浮かべながらゲンマさんをちらりと見るアンコさんに、彼は舌打ちをして機嫌が悪そうにしていて。
このお二人はあまり仲が良くないのだろうか…そう思っていた時、不意に視線を感じた。
そちらを見ると、ゲンマさん達と一緒に来ていた男性と視線が交わる。
『……?あの、なにか?』
「え、いや……何でも……」
言葉を濁すその人に疑問を抱くが、ゲンマさんに声をかけられた事により気持ちが逸れた。
「あー…今日はうるさくして悪かったな」
『いいえ、そんな…こうして来て頂けるだけで嬉しいですから。また南瓜の煮物も食べにいらしてくださいね』
「ああ、また来る。それと弁当も注文した時よろしくな」
そう言って咥えていた楊枝を揺らし笑みを浮かべる彼を見て、一瞬息が詰まる感覚に陥る。
………そして、早まる鼓動。
(まただ……なんでだろう……)
ゲンマさんの笑顔を見ると、何故こんなにもドキドキしてしまうのだろう。
それに、やっぱりどこかで見た事がある気がする。…そう思うのにまったく思い出せない。
頭の中で必死に記憶を辿っていると、お勘定を終えた三人がお店を出ていこうとした為見送ろうと後を追う。
と、ゲンマさん達が扉を開け外に出るとアンコさんがくるりと振り向き、何やら小声で呟いた。
「ねぇ名前!2週間後のお店の定休日って空いてたりする?」
『……?空いてます、けど……』
「ホント!?その日ね、丁度飲み会すんのよ!同じ部署で働いてるヤツらだけの飲み会なんだけど…女私しか居ないし、来てくれない!?」
『え…っ!?いえ、でも私「お願い!!なんなら友達誘って来てくれてもいいから!!」
このとーり!!と手を合わせるアンコさんの勢いに押され、その日空いていると言ってしまった手前断るのも失礼かと思い渋々頷いた。
『…はい、私なんかが行ってもご迷惑でないのでしたら…』
その言葉に、アンコさんの表情がぱぁっと明るくなる。
「ありがとう!!じゃあ当日19時にお店に迎えに来るから!!」
よろしくね!と、彼女は私に背を向け、ゲンマさん達の後を追うように走り去って行った。
(どうしよう…勢いに任せて行くって言っちゃった…)
忍の方達の中に私が混ざるのは、明らかに場違いだろう。…けれど、この飲み会に参加すればゲンマさんの事を少しは知れるかもしれないと思ったのも事実で。
それに誰か知り合いを呼んでもいいというのなら、このみを誘って一緒に来てくれれば心強い。
(幸い次の定休日はこのみに会うし…誘ってみよう)
そう思うとゲンマさん達がいたテーブルを片付ける為踵を返し奥へと足を進めた。