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彼女と会ってから2週間。
あれから任務にも復帰して普段と変わりない日々を送っている。そうして一つの任務を終え報告書を提出していた時、背後から知った気配を感じ振り向いた。


「……なぁに人の家勝手に教えてんのよ」
「お、その顔はなんかあったな?」


視線の先には、口に煙草を咥えニヤリと笑うアスマ。


「なんかじゃないよ、まったく…アスマが余計なこと言うから情けない格好晒す羽目になったじゃない」

「でも久々に会えて嬉しかっただろ?」

「……………」


………まぁ、確かに。

まさか彼女が家に来るとは思っていなくて部屋着だったのが若干気まずかったが、アスマの言う通り中々会えずにいた彼女とゆっくり話せて嬉しかったのも事実だ。しかもわざわざ、手料理までご馳走になって。


(……あの味噌汁も……美味かったな……)


意外に共通点が多い彼女との間にもう一つ増えた、互いの好物。

母親から教わったと言う茄子の味噌汁はごま油の風味や出汁の旨味が絶妙で、そこに入っていた茄子はとろりと柔らかく。

身体だけでなく心にまで染み入るような、全てを包み込んでくれるような、優しい味。
大袈裟かもしれないが、でも本当にそう思ったのだ。


「……おい、何一人でニヤけてんだよ」

「……アスマには教えない」

「誰のおかげで名前と会えたと思ってんだ。気持ちに変化があったかぐらい聞かせろ」

「いや、まぁね…可愛いなぁとは思ったよ」


帰り際にまた苗字呼びになっているからと、何度も名を呼ぶように促して。口から俺の名を紡ぐ度に頬を赤く染める彼女を見て、純粋に可愛いと思ってしまった。


(名前ちゃんって本当、見てて飽きない──)


──────・・・・

『右目と違い真紅の瞳で驚きましたが、とても綺麗でした』

──────・・・・



その時、不意に彼女に言われた言葉を思い出し温まっていた心が急速に冷えていく。

………度々襲われる、この感情。

彼女といると心が温まるのに、どうにもあの瞳に見られると逸らしたくなる時がある。

「…?なんだよ、ニヤけたと思ったら急に暗ぇ顔し「別に、なんでもない」

声を遮り伝えると、首を傾げるアスマを残し任務受付所を後にした。




時刻は丁度昼時。
どこで食事を取ろうかと歩きながらも、頭の中では先程思い出した彼女の言葉が回っていて。


(………綺麗、ね……)


オビトから譲り受けた、この左眼が綺麗だと。じっと見つめられて言われたあの言葉は俺の心をひどくざわつかせた。

そんな自身の気持ちが理解できず頭を悩ませていた時、ふと顔を上げ目に映った景色に固まる。


「………習慣って怖いねぇ」


当てもなくフラフラ歩いていたのに、気付いたら雅亭に辿り着いていた自分に苦笑した。

まぁここまで来たならせっかくだし…と思いいつものように店の扉を開けると、初めて来た時と変わらない落ち着きのある店内。

…そして、他の客の注文を受けている彼女の姿。

扉の開いた音が聞こえたのか落としていた視線を上げ俺の姿を捉えると、こちらに近づいてきた。


『こんにちは、カカシさん』
「…こんにちは、名前ちゃん」


微笑みながら名を呼んでくれた彼女に、先程の感情はどこかに飛んでしまって。
促されるまま席に座りメニュー表を広げていると、一度この場から離れた彼女が温かなお茶とおしぼりを持って戻って来た。


『カカシさんがお店に来て下さるの、久しぶりですね』

「ああ、うん。中々忙しくてね…今日の日替わりランチは?」

『今日は鯵の南蛮漬けです。ここ最近暑くなってきましたし、さっぱりしていて美味しいですよ』

「じゃあ、それにしようかな」


そう伝えると彼女は再度笑みを浮かべ『かしこまりました』と踵を返し厨房へと向かう。
その後ろ姿を見届けた後、何気なく店内を見回してふと気付いた。


(…気のせいか?忍の客が増えてるような…)


そう疑問に思ったが、直ぐに自身の中で答えが見つかる。

雅亭が弁当の配達を始めてから、待機している者達がよく注文しているのを見かけていた。
きっとそこから忍の間で広まり、この店に足を運ぶ者も増えたという事なのだろう。

その事に素直に嬉しいという感情が芽生えるが自分しか知らない場所を知られたという思いもあり、何となくモヤモヤしてしまう。


(…その内アンコだとか煩いのに見つかる日がくるんだろうな…)


この店で口煩く絡まれるのを想像して小さく溜息を吐いた時、彼女が出来上がった料理を運んでくる姿が目に映った。

お礼を述べながらその料理を受け取ると、炊き立てのごはんや南蛮漬けの匂いに食欲を掻き立てられる。


「名前ちゃんは何か作ったの?」
『はい、今日は豚汁を担当しました』


最近厨房に立たせてもらえる機会が増えたと言っていたのを思い出し問いかけると、そんな返事が返って来た為豚汁が入っているお椀の蓋を開ける。ふわりと白い湯気が立ち、味噌の香りが鼻腔を擽った。

彼女がいる内に…と、それに口を付ける。たっぷり入ったごぼうや人参等の野菜に豚肉のコクと出汁の旨味が重なり、口の中に広がる。


「…うん、美味しい。流石名前ちゃん」

『流石だなんて…まだまだ修行の身ですから』

「いや、ホントに美味しいよ。……だからまた茄子の味噌汁も食べたいなって思ってる」


素直に想いを伝えれば、恥ずかしそうに笑う彼女。それを見てこちらもつい口元が緩んでしまう。

料理の美味しさと彼女の柔らかい笑みに心が温かくなるのを感じつつ、再度料理に手をつけようとした、その時だった。


「ん?……なぁによ、カカシじゃない!!」


背後から扉の開く音が聞こえたと同時に、自身の名を呼ぶ声が耳に届く。……それは、この店で聞きたくないと思っていたヤツのもの。

恐る恐る振り返ると予想していた通りアンコが居て、更にはゲンマとライドウの姿もあった。


「…ゲンマ、お前なんでアンコを連れてきたのよ」


この店の常連であるゲンマが教えたのだろうと思い苦言を漏らすと、咥えた楊枝を揺らし眉を顰めながらこちらに近づいて来る。


「俺だって不本意ですよ。コイツが勝手について来たんです」


そう言って親指を横に向けアンコを指したゲンマに深く溜息を吐いていると、一部始終を見ていた彼女が口を開いた。


『いらっしゃいませ。あの、3名様でしたらどうぞこちらに「あ、いーのいーの!私達カカシの席座るから!」


その声を遮りあり得ないことを言い出したアンコ。確かに俺がいる席は4人掛けの席だ。丁度3席空いているから座れるし、知り合いなのだから相席になっても何ら問題はない。

しかし静かに食事を楽しみたい俺にとってその提案は受け入れたくないものだった。

…それにゲンマと一緒というのも何となく気まずい。


「わざわざここに座んなくても空いてる席あるでしょ」

「なに固いこと言ってんのよ!別にいいじゃない!!」

「イヤ。俺は昼メシくらい静かに食べたいの」

「たまには誰かと食べた方が美味しいわよ!それに同じ席の方がこの子が後片付けする時ラクじゃない!!」

「…………」


まぁ…確かに名前ちゃんの労力を少しでも減らせるという意味では、その方がいいかもしれない。

小さく溜息を吐くと、俺とアンコの会話に戸惑いの表情を浮かべていた彼女に視線を移した。


「…名前ちゃん、コイツらここで食べるから。お茶とかお願いしてもいい?」

『……はい。かしこまりました』


そうしておしぼりとお茶を人数分持ってきた彼女がアンコ達の注文をとっているのを横目に食事を続けていると、アンコが彼女に話しかけた。


「私みたらしアンコっていうんだけど、アンタ名前は?」

「初めまして。和雅名名前と申します」

「名前っていうのね!ねぇ、名前って恋人いたりする?」

『えっ!?』


彼女が驚きの声をあげたが、アンコ以外その場にいた全員が驚いたのは言うまでもなく。
俺自身も危うく口に含んでるものを吹き出しそうになった。


『えっと……恋人は、いません』

「へぇ〜、じゃあ好きな人とかは!?」


初対面で、しかもまだ出会って数分の彼女に何故そこまでグイグイと聞けるのか。困っている彼女を見かねてか、ゲンマが口を挟んだ。


「……おい、アンコ。お前変なこと聞いてんじゃねーよ」

「うっさいわね!アンタもこの子の事気に「してねーよ!あれはお前の早とちりだって散々言っただろーが!!」


(……ああ、居た堪れない……)

彼女の気になる存在であるゲンマも目の前にいるし、これ以上話を聞きたくない。

アンコ達が言い合っている中、早くこの場から離れようと箸をすすめていた時、ふと視線を感じた。見上げると彼女がじっとこちらを見据えていて。


「……?名前ちゃん、どうかした?」

『あ、いえ……やっぱり綺麗だなぁと』

「……え?」

『なんというか、カカシさんの仕草や食べ方が…食事をご一緒した時から思っていたんです。…それに、手も綺麗だなって』


そう言葉をこぼすと、彼女は柔らかく微笑んだ。
──────瞬間、ざわりと心が掻き乱される。


(………ああ、まただ)


『…?カカシさ「そんな事言うの君ぐらいだよ」


さっと食べ終え釣りがでないよう支払いを済ませると彼女に礼を、ゲンマ達には「お先に」と告げ店を出る。


(……綺麗なんて言葉、俺からは程遠いモノだ)


早く彼女から離れようという気持ちから、歩みが自然と早まる。


言われた言葉に掻き乱されて、騒つく心に戸惑って。


そして…真っ直ぐ見つめるあの瞳を、恐れて。

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