10

   

***


(………笑ったのがマズかったか……?)

そう思いながら、足早に去っていく後ろ姿を窓から眺める。

結局以前感じた心に引っかかった"何か"の正体は分からないままで。余計にあの女の事が気になるようになってしまった。


(勘違い…ではねーんだよなぁ…でも名前って名前も聞き覚えねぇし…)


ああ、気持ち悪ィ。何かこう、手掛かりがあればいいんだが…

もうその姿は見えなくなってしまったが、それでも窓の外を眺めながらあの女の事を考えていた、その時。


バシッ


「……ッ痛!……おい、何しやがる」

「ぼぅっとしてるアンタが悪いんでしょ。それよりお弁当届いたなら早く食べるわよ!あ〜お腹空いた!!」


頭を叩いた事に対して悪びれる事もなく、俺の手に握られていた弁当を掻っ攫うとテーブルに広げるアンコ。

その匂いに誘われ奥にいたアオバとライドウも姿を現した。


「ハラ減った…片付けても片付けても終わんねぇし…コレ今日も帰れねぇんじゃねぇか?」

「ライドウ、不吉な事を言うな…今日こそは帰る、絶対帰る…」


テーブルに並べられた弁当を前に深くため息をつく。その目には隈がくっきりと表れていた。

任務で体を動かしてる時はここまで弱る事はない2人だが、今は書類仕事の山を片付ける為にこの3日間執務室に篭っているわけで。


(……そりゃ弱音も吐きたくなるか)


ま、今日こそ帰れるようにさっさと食べて仕事に取り掛かろう。

そう思いながら自身も椅子に腰掛けた時、ライドウが言葉を発した。


「…おいゲンマ、この弁当お前が頼んだのか?」

「あ?ああ、俺が頼んだ。なんだ?何かマズかったか?」

「いや、旨いなと思ってよ。どこの店だ?」

「雅亭」

「聞いたことねぇな。…今度その店連れてってくれよ」


マジで旨い。

そう言ってあっという間に平らげたライドウ。
いつもは食えれば何でもいい、なんて言っている奴がここまで旨いを連呼するなんて……相当雅亭の弁当が気に入ったのだろう。

しかし俺の心境は複雑なもので。


(あの店は静かで落ち着くから極力誰にも知られたくなかったんだがな…)


まぁでも、ここで嫌だと言うのもおかしな話か。


「ああ、わかった。また今度──「それ私もついてくわ!!」


俺の声を遮り嬉々として言葉を発したのはアンコだった。


「………いや、断る」

「ちょっと!!なんでライドウは良くて私はダメなのよ!?」

「あそこの店は静かで落ち着くから気に入ってんのに、お前が来たらうるさくなんだろーが」

「……ふ〜ん、本当にそれだけかしら〜?さっきそのお店の子を窓から熱〜い眼差しで見つめてたのはどこの誰だったかしらね?」

「…………」


…………コイツ、見てやがったか。

ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべるアンコに、あくまで何もないかのように返事を返す。


「……別に見ちゃいねーよ。単にぼぅっと外眺めてただけだ」

「そうかしら?女性と話してあんな風に笑うアンタ、中々お目にかかれないから当たってると思ったんだけど」

「別に俺だって人間なんだから笑う時は普通に笑う。変に勘ぐるんじゃねーよ。この話はこれで終いだ」


アンコの他にライドウ達も何か聞きたげにしていたが、それを言わせないようその会話を強制的に終わらせた。

そして弁当を食べようと蓋を開けた時、最初に目に映ったのは俺の好物。


(お、まさか弁当にまで入ってるとは思わなかったな)


ここ最近また忙しくしていて店に行けてなかった分、これを今食べられるのは純粋に嬉しい。

早速それを箸で挟み、自身の口に放り込む。

ああ、あの店の味だなと思いつつ味わっていると、ふといつもより美味く感じた。

……それは以前感じた事のある感覚で。


(…もしかしてこれ、前言ってたヤツが作ったものか…?)


なんとなく…本当になんとなくだが、きっとそうなのだろうと確信した。

そして自然と頬が緩み、再度ソレを口に放り込んでいると嫌な視線を向けられている事に気付く。

………しかも3人分の。


「……なぁに見てんだよお前ら」

「「「ニヤけるゲンマが珍しくて」」」


見事にアオバ、ライドウ、アンコの声が重なった。その発言を無視して表情を崩すことなく、黙々と食べ進める。


そして一つ、心に誓った。


……コイツらのいる時には今後弁当を頼むのは止めよう、と。

- ナノ -