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"とても優しい目をしています。
人のことを大切に想える、優しい目を。"
そう言って、ふわりと微笑んだ彼女を見た時、心が感じた事のない温かさに包まれた。
けれど、それと同時に──────…………
上忍待機所「人生色々」
そこのソファに腰掛け、窓の外を眺めながら先日彼女と食事に行った時の事を思い出す。
お店の定休日に合わせて彼女の元へ行き、ハンカチのお礼を口実に食事に誘った。
ゲンマとどうなったのか気になっていたし、何より彼女の事を知りたいと思っていたから。
そうしてお酒を飲みつつ他愛もない会話を楽しんでいた時、ずっと気になっていた事を聞いてみた。
そこまでしっかりと人の目を見て話をするのは何故なのか…と。
聞いた話は決して明るいものではなかったが、それを話している時の表情は親父さんと友人に対して感謝の意が込められていて。
いじめられ、人を信じられなくなってもこれだけまっすぐ前を向いて生きているのは、彼女の事を大切に思っているその2人のおかげなのだと。
そして本来持っている彼女自身の強さなのだろうと、そう思った。
(…ホント、曇りのない瞳をしてるよねぇ…)
そんな事を思いながら話を聞いていると彼女が俺の目をまっすぐ見据える。
『…ですから、はたけさんは優しい方なんだと知ることも出来ました』
「……え?」
『とても優しい目をしています。人のことを大切に想える、優しい目を』
どこまでも黒く、澄んだ黒曜の瞳。
柔らかく笑むその表情。
そうして彼女の口から紡がれた言葉を聞いて、心が今まで感じた事のない温かさに包まれた。
…しかしそれと同時に何故か居心地が悪くなり、その瞳から逃れるように視線を逸らした。
照れるな…と咄嗟に理由づけてみたものの、自分でもよく分かっていない、この感情。
彼女の事をもっと知りたい、この心の温かさをもっと感じたいと思う自分と。
………その瞳に見られることに怯える自分と。
(困ったねぇ…どーも)
自分自身の気持ちに戸惑い深くため息をついていた、その時。
「よう、カカシ。なぁに黄昏てんだよ」
窓の外に向けていた目をチラ、と声がした方へ向ける。するとそこには、いつもどおりタバコを咥え顎髭を貯えたアスマの姿。
「ん〜?ちょっとね…自分が分かんなくて」
「お、天才忍者はたけカカシでも自分が分からねぇなんてことあるんだな」
そう言ってドサリと俺の横に腰掛けたアスマ。
その横顔を見ながら「…コイツ、紅と付き合ってるんだよなぁ…」とボンヤリとした頭で考える。
「……男に見つめられて喜ぶような趣味は持ち合わせてねぇぞ、俺は」
「俺だってないよ」
「じゃあなんで見んだよ」
「…アスマってさ、紅を好きになったきっかけって何?」
「……あ?なんだ急に」
「いーから。どこで好きだって気付いた?」
俺の質問にアスマはタバコをふかし、暫く沈黙した後ボソリと呟いた。
「きっかけか……そうだなぁ……初めて泣いた顔を見た時だったかな」
「………泣いた?」
「ああ。ほら、アイツ気強いだろ。それに職業柄泣く事なんて許されないからな。…そんなアイツが一度だけ泣いた事があったんだよ。それ見て、守ってやりてぇなんて思ってな」
「…………へぇ」
人を好きになるきっかけなんて人それぞれだが、まさか紅の泣き顔が理由だったなんて。
そう表情には出さずに驚いていると、アスマがニヤリと笑みを浮かべる。
「……なんだよ、名前のことか?」
「………まぁ、ね。」
「"気になる"から"惚れた"に気持ちが変わったのか。こりゃあお前を狙うくノ一共が黙ってねぇだろうな」
「いや、流石にそこまでは変わってない。
…けど、前以上に気になる存在ではあるかな」
あの瞳に見つめられる事は未だに慣れないが、それでも彼女の事をもっと知りたいと思う。
俺も名前で呼んで欲しいなんて、小さな嫉妬心を抱いたり。
彼女にも俺を意識して欲しくて、去り際にあんな言葉を耳元で囁いたり。
まだ、たった一度食事をしただけの仲だというのに。
そんな事を頭で考えているとアスマがタバコを咥えながら言葉を発した。
「まぁお前が誰かに興味を持ったってだけで俺からしたら驚きだったからなぁ。惚れるのも時間の問題だろうな」
「俺イマイチ惚れるって感覚が分かんないんだけど。惚れる瞬間って分かるもの?」
「ああ、わかる。落ちる感覚っていうモンがな」
「落ちる?」
その言葉に疑問を抱いていると、アスマがこちらを見据え
「心にな、落ちんだよ。ストン、ってな」
そう、笑みをこぼしながら自身の胸に親指を突き立てた。
「……落ちるねぇ……」
自分にもその感覚を味わう時が果たしてくるのだろうかと、疑問を抱く一方で。
アスマの言うようにその時は案外近いかもしれないとも思う。
早く彼女に会いたいなんて、そんな事を思う自分がいるのだから。