7

 

***


「ええ─っ!?名前、その話本当なの!?」
『このみ、驚きすぎだよ……』

木ノ葉茶通りにある甘味処。そこに幼なじみの声が響き渡る。

雅亭は今日は定休日で、彼女もたまたま休みだった事もありこうしてお茶をしていたのだ。


「だってだって、相談あるからって言うから何かと思ったら……っ!まさか不知火特別上忍とはたけ上忍の名前が出てくるんだもん!そりゃあ驚きもするでしょ!!」


そう、彼女がこれだけ声を上げて驚いている理由。それは私がゲンマさんとはたけさんの話をしたからだ。

お店に来てくれているゲンマさんの事が何故か気になるということ。
その理由を同じく常連客のはたけさんが教えてくれたこと。

そうしてゲンマさんがどんな人か知りたくて、忍でもある友人のこのみに話を聞いてもらったのだ。


『…で、このみはゲンマさんのこと知ってる?どんな人なの?』

「あのねぇ、私は何の取り柄もないただの中忍なの。そんな私がはたけ上忍や不知火特別上忍と関わりがあるわけないじゃない。雲の上の存在よ!くノ一達の憧れの的よ!!どんな人かなんて私が知りたいわ!!」

『はたけさんは兎も角、ゲンマさんも凄い人なんだ…』


一般人である私の耳にも届く程有名なはたけさんの事は知っていたけれど、ゲンマさんも凄い人なのだとこの時初めて知った。

(このみに聞けば少しは知れるかと思ったけど…やっぱり自分で関わりを持って知ってくしかないか…)

そう思いながらお茶をすすっているとこのみが声を落としながらこちらに身を乗り出す。


「…名前、気をつけてよ?あの二人本当にくノ一の間で人気だから、変な反感買わないようにね?」

『うん、大丈夫。心配してくれてありがとう』

「本当心配だわ…あんた普段のほほ〜んとしてるから気の強いお姉様方の餌食になりそうで…」

『何言ってるの。そもそも恋愛感情にすら発展してない、ただの店員とお客さんなんだから。心配しすぎだよ』

「ほら、そういうところが危機感足りないって言ってんのに〜…」


ま、そこが名前のいいところでもあるんだけど。

そう言いながら、お団子を頬張るこのみ。こうして自分の事を心配し気にかけてくれる友人の有り難さを噛み締め、再度お茶に口をつけた。





夕陽に染まる街の中を一人歩く。
あの後このみと別れ、家へ帰る為足を進めていると前方に見覚えのある姿が目に映った。

銀色の髪を揺らしながらポケットに手を入れて歩くその人は、私を見つけると唯一出ている右目を弓形にする。


『はたけさん、こんにちは』

「こんにちは。良かった、丁度店に行ったら親父さんに出かけてるって言われてね」

『…?私に用事でしたか?』

「ああ、うん。……コレをね、届けに」


そう言って彼が取り出した物を見ると、そこには以前私が貸したハンカチが握られていた。

シワもなく綺麗に畳まれたそれを受け取り、頭を下げてお礼を述べる。


『ありがとうございます。…貸した時より綺麗になって返ってきた気がします』

「ふ、それは大袈裟だよ」

『でも、そのまま父に渡して下さればよかったのに。はたけさん、お忙しいんですから』

「え?…あー、いやね…今日お店お休みでしょ?ハンカチのお礼もしたいし、良かったら今から食事なんてどうかなぁと思っ──……」


途中で言葉を途切らせた彼を不思議に思い見つめていると、少しだけ頭を下げて私の方に近づく。


『……?どうし「もしかして甘い物でも食べてきた帰り?」


その言葉に驚きの表情を向け、何故分かったのかと彼に問いかける。すると彼は自身の鼻を指差しながら答えてくれた。


「俺、鼻いいんだよ。だから甘い香りが名前ちゃんからして、分かったんだけど…ってことはお腹空いてないか。今から食事に行ってもあまり食べられないよね」


間が悪かったな。

そう言って頭を掻きながら苦笑する彼を見て咄嗟に弁明の言葉を口にした。


『いいえ、確かに甘味処には行きましたが何も食べていないんです』

「……え?そうなの?」

『はい。友人が好きなので付き合っていただけで、私は甘い物が苦手でして…』


驚く彼に向けそう伝えると、少しの沈黙の後再度彼が口を開いた。


「じゃあ……今から食事でも、どう?」

『えっと、ですが本当に大した事をしていませんし、お気持ちだけで「ご馳走しなきゃ俺の気が済まないの」


ダメ?

そう言いながら首を傾げる彼を見て、これ以上断るのは逆に失礼かと思い渋々その誘いを受けることにした。





「…じゃあ、遠慮せずに何でも頼んでね」
『ありがとうございます、はたけさん』

あの後どこか行きたい場所はあるかと聞かれた為はたけさんが普段行っている場所でと伝えたところ、連れてこられたのはとある居酒屋さん。


「名前ちゃんってお酒飲めるの?」

『はい、人並みには』

「じゃあ少し飲む?」

『折角なので…いただきます』


正直お酒を飲めるのは有り難いと思った。
あの雨の日に少し話したとはいえ、彼の事を私はよく知らない。そんな人との食事は、やはり楽しむ以前に緊張の方が勝ってしまうもので。

だからお酒の力を借りてほろ酔い状態になった方が幾分か気も解れるだろうと、そう考えていた。

そうして頼んだ料理とお酒が運ばれてきて、食事をしながら何気ない会話をする。

こないだ出会ったアスマさんや、他の同期の方の話を聞いたり。私にも忍の友人がいるという事や、お店であった出来事を話したり。

しかしそんな中、ある事が気になり彼に思い切って問いかけた。


『…はたけさん、食事しづらくないですか?』

「え?なにが?」

『いえ、前から気になってはいたんですが…お店に来てくださる時もいつの間にか食事を終えていますし、今もマスクを外すところを一度も拝見できていないので』


そう、彼は常にマスクをつけたまま食事をしているのがどうしても気になっていたのだ。
気付いた時にはマスクの中で咀嚼をしていたり、グラスを持ったと思ったら次には飲み終えていて。


「あー…もう癖みたいなものなんだ。この下はね、あまり人に見せた事なくて」

『…見られたくない理由でもあるんですか?』

「うーん、そういうわけではないんだけど…なぁに、気になるの?」

『気にならないといえば嘘になりますが…それよりも美味しく食べれているか、食事を楽しめているかと、そちらの方が気がかりです』


提供している側としては、そこが気になってしまうわけで。食事は美味しく味わい、楽しめる事が重要だと思っているから。

彼は私の言葉に一瞬きょとんとするも、すぐに優しげな表情に変わり


「大丈夫だよ、ちゃんと美味しく食べれてるから。それにこうして名前ちゃんと食事が出来て楽しめてもいるしね」


そう言って目尻を下げ穏やかに笑む彼は、とても忍のそれとは思えないほど優しくて。
本当に里の誉れと言われる程の忍なのかと、失礼ながらにも思ってしまった。

とりあえず食事を楽しめていることにほっと息をついていると、彼が話を続ける。


「…俺も前から気になってたんだけどさ、名前ちゃんって人の目をまっすぐ見て話すよね。癖なの?」


その言葉に、ドキリと心臓が跳ね上がる。
言い淀んでいると彼が何かを察したのか「言いたくない事なら言わなくていいよ」と声をかけてくれた。


『いえ、そういう訳ではないのですが…少しお恥ずかしい話で…』

「……聞いてもいい?」

『はい…実は幼少期、いじめられていまして…』


このみが言うように私はぼけっとした性格をしていたからか、昔いじめにあっていた。

そしてそれが原因で誰も信じる事ができず、一時期このみでさえ遠ざけるようになっていたのだ。


『…その時父に言われたんです。"目は口ほどにものを言う"……と』

「親父さんが?」

『はい。相手の真意を確かめたいのであれば、その人の目をしっかりと見ることが大切だと。目には人の本心が表れる…お前を大事にしてくれる奴は、その目を見たら分かるはずだと…そう教えられました』


その言葉を聞いて心が少しだけ軽くなり、このみと会って避けていた事を謝罪した。
このみの瞳は私を捉えた瞬間涙が溜まり、すぐに溢れ頬にポロポロと零れ落ちる。

そうして彼女に「もう少し頼ってよ!!」と強く抱きしめられて。それは本気で私を心配してくれていた何よりの証拠で。

父が言っていたのはこういう事だったのかと理解したのだ。


「…なるほど。そういった経緯があったのか」

『はい、それからは常に人の目を見て話すよう心がけていて。…ですから、はたけさんは優しい方なんだと知ることも出来ました』

「……え?」

『とても優しい目をしています。人のことを大切に想える、優しい目を』


まだよく知らない、彼のこと。
しかし唯一出ているその右目はいつも優しい色を含んでいる事を私は知っている。

きっと忍として沢山の経験を積んできたからこそ、その瞳があるのだと。

見つめながらそう伝えると、途端に目を逸らされてしまった。


「……なんか、照れるな」

『…照れるはたけさんを見れるのも新鮮です』

「うん、ごめん。それ以上言わないで」


そのやり取りにクスクスと笑っていると、はたけさんもフッと笑みを溢してくれて。

初めは感じていた緊張感もとうに無くなり、穏やかに時間は過ぎていった。








「…そういえば、こないだゲンマとはどうだった?」

食事を終え帰路についていた時、隣にいるはたけさんにそう問われる。


『えっと…南瓜の煮物がお好きだと言うことは知れました』

「………それだけ?」

『はい、それだけです』


そっか。と何故か安心した表情を見せる彼を不思議に思いつつも、はた、と気づく。

このみに聞けないのなら、はたけさんに聞けばいいのではないかと。


『はたけさんって…ゲンマさんの事はよくご存知なんですか?』

私の言葉に、彼はぴくりと肩を揺らす。

「……あー、そこまで…親しくはないかな?働いてる部署も違うしね」

『そうですか…やっぱり、知りたければ自分で関わっていかなければ駄目ですよね…』


次ゲンマさんがお店に来てくれた時は、もう少し会話が出来るよう頑張ってみよう。
そう、心で思っていた時。


「…………名前」


ぽつりと呟かれた声に顔を上げると、はたけさんと視線が交わる。


『…?どうし「なんで俺だけ名字なの?」

「ゲンマもアスマも名前で呼んでるのに……」


そう言う彼の表情は、どこか不貞腐れているようにも見えて。その言葉の真意がわからず、首を傾げて返事を返す。


『はたけさんは、以前からはたけさんと呼んでいますし…ゲンマさんは名字を知りませんし、アスマさんはそう呼べと言われたので』

「確かにそうかも知れないけど、なぁんか俺だけ余所余所しく感じる。…ね、これを機に名前で呼んでよ」

『え?いえ、でも…名字の方が慣れて「いーから、ほら」


有無を言わさないその言葉に若干戸惑いつつも、彼がそう呼んで欲しいというのであれば頑なに拒否することでもないかと思い直す。


『……わかりました、カカシさん』


その名を呼ぶと、彼は嬉しそうに笑みを溢した。
そうして暫く歩いていると家へ辿り着き、送ってもらったこと、そしてご馳走してもらった事のお礼を述べて中に入ろうと彼に背を向ける。


「あ、待って名前ちゃん」


しかし呼び止められた為振り向くと、穏やかな表情の彼と視線が交わって。


『どうしました?』

「…いや、今日ハンカチのお礼って食事に誘ったんだけど…ホントはね、」


スッと近づいてきた彼が耳元で囁く。その言葉を数秒遅れて理解すると、途端に顔に熱が集まるのを感じた。


「じゃあ、おやすみ」


そんな私を見て彼は満足そうに笑うと、あっという間にその場から姿を消してしまった。
残された私は早まる鼓動を落ち着かせようとするも、先程言われた言葉が頭の中に響き更に顔に熱が集まる。



──────・・・・


「君の事をもっと知りたかったから。それが本心」


──────・・・・



(……このみが言ってた事、理解できたかも……)

きっと強いからとかそういった事以外に、こうしてストレートに言葉を伝えてくれること、そしてあの優しい眼差しが女心をくすぐっているのだろうと。


『……だから"くノ一達の憧れの的"なんだ……』


別に恋愛感情にまで発展した訳ではないけれど、こうも率直に言われてしまえば意識してしまうというもので。

ふぅ、とひとつ息をつくと、乱れる心を落ち着かせつつ家の中へと入っていった。

- ナノ -