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―――父はいつも言っている。
"美味しい"の言葉が聞けるなら、この店の味を
求めてくれる人が一人でもいるのなら。
俺はこの店を死ぬ気で守るんだと。
ふわり、と初夏の爽やかな風を肌で感じる。
両の手に持っている物を極力揺らさないよう、目的の場所まで足早に向かう。
"お弁当を販売しようと思う"
そう父が宣言し、それを始めてから1ヶ月。
お店自体も忙しい中で何故お弁当を販売するのか…という質問に、父はこう答えた。
「忍の人は中々思った時間に食事がとれなかったり、待機中も外に行けないだろうから」と。
その言葉には、いつも里を守ってくれる人達を想う気持ちが込められていて。
それを聞き、私も父のように求めてくれる人達の為に精進しなければ、と再度心に誓う。
そうして今現在、両手に持っているお弁当を届けにある場所まで向かっていた。
それは―――………
『……ここ、だよね……』
目の前の建物を見上げると、そこには"人生色々"という看板。忍者候補生の子供達が通うアカデミーに併設されているこの上忍待機所。それが今回配達を受けた場所なのだけれど……
(流石に緊張しちゃう……)
私のような一般人がそう易々と足を踏み入れていい場所ではないはず。けれど注文を承ったからには、きちんと届けなければならない。
意を決し、建物内へ足を進め階段を上る。そして部屋の前に辿り着くと一つ深呼吸をして、ノックをする為手をあげた、その時。
ガラリと音を立てて目の前の扉が開く。と、同時に頭上から柔らかな声が降ってきた。
「こんにちは、待ってたよ名前ちゃん」
顔を上げると、そこには右目を弓形にして笑んでいるはたけさんが立っていた。
『……、あ…こんにちは、はたけさん」
「ごめんね、わざわざ。重かったでしょ」
『いいえ、これくらいなんて事ないです。ご注文頂きありがとうございます』
そう言ってお弁当が入った袋を差し出すと、彼はそれを受け取りながら「ありがとう」と一言呟いた。
少しだけ鼓動の音が早まっていたのをなんとか落ち着かせようとする。
"名前ちゃん"
自然に呼ばれた自身の名前。…けれど彼が私の名前を呼んだのは、これが初めてだったから。
なんとなく気まずくなり、もう一度お礼を言ってこの場を去ろうとした時、部屋の奥から別の声が聞こえた。
「お、カカシ御用達の和食屋の弁当届いたか?」
視線を向けると、はたけさんよりも大柄な男性がタバコを口に咥えながらこちらを覗き込んでいた。
「…ああ、そうだよ。ハイこれ弁当ね。紅と先食べてなよ」
「なんだよ、お前が気になってるっていう娘さんを拝「余計なこと言わなくていいから」
そんな二人のやり取りを見つつ、挨拶をせずに帰るのもどうかと思いその男性に向け言葉をかける。
『初めまして、雅亭の
「ああ、俺は猿飛アスマだ。よろしくな」
そう言って向けられた笑みは優しい色を含んでいて、幾分か私の緊張を解してくれた。
「カカシから聞いてたんだよ、雅亭の飯はうまいって。で、弁当始めたって噂聞いてコイツが頼もうって言い出してな」
『そうなんですね、ありがとうございます』
「いや、礼を言うのはこっちだ。おかげで弁当来るまでの間普段見れないカカシの――「はい、ストップそこまで。それ以上話すな」
「なんだよ別にいいじゃねぇか。ただの会話だろ?」
「話してる内容がダメだって言ってんの。…名前ちゃん、下まで送るよ」
これ以上話が広がるのが嫌だったのか、はたけさんが外に行こうと促す。
用は終えているし、何より私自身もこの場違いな空間から早く抜け出したかったのもあり、はたけさんの言葉に頷いた。
『では、私はこれで。猿飛さんも今度ぜひお店の方にもいらしてくださいね』
「ああ、また行くよ。…それとな、俺のことはアスマでいい。名字で呼ばれんの慣れてねぇんだ」
『そうなんですね…わかりました。ではアスマさん、失礼します』
そう言って再度頭を下げると部屋に背を向け来た道を歩き始め、階段を降りていた時、隣にいるはたけさんに声をかけられる。
「ホント、わざわざありがとうね」
『いいえ、むしろお礼を言うのはこちらです。父がお弁当を始めたきっかけは忍の人達の為でしたから』
「へぇ、そうなの。じゃあまたお願いしようかな」
『はい、ぜひ』
そんな少しの会話をしただけだったが、待機所から外へと出る扉までは然程距離がない為、直ぐに辿り着いてしまった。
『送ってくださってありがとうございます。ここで大丈夫ですので』
わざわざ見送ってくれるなんて律儀な人だな、なんて思いながら彼を見上げる。すると、じっとこちらを見つめられること数秒。
『……?どうしました?』
首を傾げて問いかけると、スッと目を逸らしながら頭を掻く彼。何か言いたげにしているが、なかなか言葉がでてこないようで。
「あー…っと、そう、ハンカチ。あれ今日持ってきてなくて。悪いけど、また次の機会でいいかな?」
少しの間を置いて出てきた言葉は、言い淀む程のことではないようなものだった。
本当は別に言いたいことでもあったのでは…そう思うも、それを聞ける程私と彼の関係は深いものではなく。
『はい。お忙しいでしょうし、はたけさんの都合のいい時で大丈夫なので』
「ああ、ありがとう。…それとさ、俺の事も「カカシさん、何してるんです?こんな所で」
その時、はたけさんの背後から聞こえた声。
それは私も知る人のもので、その声の主を確認する為身体をずらす。
「……あ?アンタ確か……」
『こ、こんにちは……っ』
予想通り、額当てをバンダナ風に巻き楊枝を銜えている彼だった。
最近お店で見かけなかったその人とまさかこんなところで出会す事になるなんて想像もしていなかった為、咄嗟に出た声が上ずってしまった。
「なんでアンタがここにいんだ?」
『えっと…実は「お弁当をね、届けてもらったのよ」
私の声を遮り彼に返事を返したのは、目の前に立っているはたけさんだった。
「弁当?あそこ弁当なんてやってましたっけ?」
「最近始めたんだって。だから待機中だし、食べに行けないから丁度いいと思って注文したってわけ」
「へぇ…最近忙しくて行けてなかったんで知りませんでしたよ」
二人がそんな会話をする中で、私は鼓動の音を落ち着かせるのに必死になっていた。
以前はたけさんに言われた言葉が頭の中でぐるぐると回って、彼と視線が合わせられない。
(興味があるって意識した途端、ますます話しかけづらくなっちゃった…)
とりあえず、早くこの場を去―――
「…で、今日は漸く落ち着いて昼も食いにいけるんで今からその店に行こうと思ってたんですよ」
……………え?
ピシッと身体が硬直したのが自分でもわかった。
お店に?今から?
私も今からお店に帰るところで…向かう場所が同じだから、それって―――
「アンタ今から帰るんだろ?じゃあ一緒に「あー…ゲンマくん、お弁当あるからソレあげるよ」
私が困っている事を察してなのかは分からないが、はたけさんが助け舟を出してくれた。
しかしゲンマさんはその言葉をバッサリと切り捨てる。
「"くん"って…変な呼び方しないでください。それに何言ってるんです、待機組の為の弁当でしょう。俺は外に食いに行けるんでいいですよ」
ほら、アンタも行くぞ。
そう言って歩き出したゲンマさん。こうなってしまった以上、一緒にお店へ行くという選択肢しか残されていないわけで。
『えっと…はたけさん、それじゃあ私も行きますね。またお店にもいらしてください』
「……ああ、じゃあまたね」
頭を下げてはたけさんに挨拶を済ませると、ゲンマさんの元へ小走りで駆け寄った。
***
ゲンマに駆け寄る名前の後ろ姿を見つめ、カカシは頭を掻きながら小さく呟く。
「……あー、あんな事言うんじゃなかったな」
自分の言った言葉で、自分自身が気付かされた気持ち。…しかしそれと同時に彼女もゲンマの事を意識するようにってしまったのも事実で。
正直二人きりにさせたくなかったが、こうなってしまった以上仕方がない。
出来れば彼女がゲンマに対して特別な感情を抱きませんように…そう思いながら待機所の中へと戻っていった。