―――仙台駅

改札から少し離れた場所で、一泊分の荷物を纏めたキャリーケース片手に時間を確認する。

待ち合わせ時間から5分…あの"責めるほどでもない遅刻をする"癖が昔と変わらないのであればそろそろ来る頃だろうと思いながら、今朝視た夢の内容を反芻した。
高専で夜蛾先生と硝子先輩の2人と再会し、そこで夜蛾先生にはゲンコツを、硝子先輩には両頬を摘まれる"夢"。

……否、これはこれから起こる"未来"だ。

夜蛾先生とは度々会っていたが、硝子先輩やその他の関わりがあった人達とは一切の接触を断っていた。
だからこそ硝子先輩の呆れたような…少しだけ怒りの感情が混ざったような表情を夢で視た時、何とも形容し難い感情に苛まれ暫くベッドから起き上がれなかった。

と、その時道行く人達より頭ひとつ分飛び抜けた人物を視界の端に捉え、漸く来たかと視線を送る。少し後ろには昨日会った伏黒くんと虎杖くんの姿も。

「あ、いたいた!名前ー!!…って、なんか荷物少なくない?」

『遅刻してきて第一声がそれですか……荷物は1日しか滞在しない予定なので。こちらも仕事がありますし』

「えー、呪術師戻るんだから辞めるって言えばいいじゃん」

『戻るだなんてまだ一言も言っていません。それに辞めるにしろ、そんな直ぐに辞められるわけがないでしょう』

ただでさえ急な休みを申請した時嫌味を言われたのだ。これで明日付で辞めますなんて言おうものならどんな悪態を吐かれるか。
そう彼に対して呆れていると、後ろにいた虎杖くんが顔を覗かせた。

「五条先生、このお姉さんが今朝話してた人?」

「そうだよ悠仁、これから呪術師として復帰することになった名前ちゃんでぇ〜す!」

『貴方が人の話を聞かない人だと言う事はわかりましたから、少し黙っててもらえますか?…はじめまして虎杖くん。苗字名前です。よろしく』

「ッス、虎杖悠仁って言います。よろしくおなしゃす!」

言いながらお辞儀をして笑顔を向けてくれた虎杖くんに、少しだけ心が痛んだ。
今朝彼から待ち合わせ時間の連絡を受けた時、虎杖くんが宿儺相手に自我を保てていることや高専に通うことになると事前に聞いていた。この子がこれから進むのは地獄の道だ。…宿儺の器となってしまったばかりに。





そうして新幹線に乗り、今現在東京へと向かっているのだが…出発して早々に頭を悩ませていた。

座席は2席ずつ並んでいて、伏黒くんと虎杖くんは同じ高専に通う事になる同級生だから必然的に私が彼と隣の席になるのは分かる。
分かるのだが…延々と話しかけてくるのだ。
最初の内は相槌を打っていたが次第に面倒になり、元々関わりを持ちたくないとも思っていた為無視を決め込む事にした。

それでも尚、彼は1人で喋り続けている。
…延々と1人で。

「でさ〜僕ってこの通り最強で何でもできちゃうナイスガイなんだけど、そんな僕がなぁんで教師やってるか気になんない?気になるよね?」

『………』

「聞こえてる?ねーってばぁ名前〜」

『………』

「名前ちゃ――ん『っ、はいはい聞こえてますよ!!大体貴方が教師になった理由なんて―――』

耳元で何度も呼びかけられ流石に限界が来てしまい、返事を返しながら振り向く…と同時に、口に何かを押し込まれ柔らかく甘い味が口内に広がる。
咥えさせられたそれを手に取り見ると、その正体は白い大福で。

『……何食べさせてるんですか』

「なにって喜久福。イライラはお肌によくないよ?ほら食べて食べて」

これ僕のおすすめ。
そう言いながら大福を頬張る彼に誰がイラつかせてるんだと心で悪態を吐きながらも、折角だからと手元にある大福を口に運ぶ。

……確かにこの人が選ぶだけあって美味しい。

高専時代、甘党だった彼からよく甘いものを強引に渡されていた。硝子先輩からは「餌付けされてんじゃん」なんて笑われていたっけ…と記憶を反芻していた時、不意に口元に何かが触れすぐに去っていく気配。

それを目で追うと彼が白い粉のついた指を自身の口に持っていき、赤い舌を出して舐めている姿。


「ついてた」


―――ドクンと、一つ脈打つ心臓。


(……っ、一々動揺するな……っ)

距離感なんてまるで無い、"初めて"会った人間に対しても。…この人はそういう人だと分かっていたことだ。

「で、僕が教師になった理由は『私は意味のない話はしない、聞かない主義なので。要は貴方に全く興味がないということです』

早まる鼓動を必死に抑えぴしゃりと言い放つ。それでも彼は気にも留めず、組んでいた足に肘をつきながらくつくつと喉を鳴らすように笑う。

「辛辣だねぇ、僕は名前にこんなに興味を抱いてるのに。…じゃあ今から君の言う"意味のある話"でもしようか」

その言葉と同時に纏う空気が変化する。これから言われるだろう言葉が容易に想像できるほどに。
逸らしていた視線を戻すと、目隠しをした彼が口角を上げてこちらを見ていた。

「名前ってさ、呪術師は辞めても要監視対象でしょ。まったく関わりがなくなるなんてある訳ないよね」



「――……未来が視える呪霊、"霊鬼"に憑かれてちゃあね」



……やっぱり、その話か。

高専の呪霊リストに載っているから、全て忘れたとしても霊鬼の存在については知っているだろうと思っていた。伏黒くんには説話の一部を伝えていたし、それを知ったら彼なら自ずと答えを導き出すだろうということも。

「生まれる前に憑かれちゃうなんて、名前って運ないね〜ウケる」

『………』

全然ウケるような話じゃないというのに、この人はもっと言葉を選べないのだろうか…そう思うも、そういえばと昔の記憶が蘇る。



――「キッショ、混じってんじゃん」――



…初めて会った時の第一声もロクなものじゃなかった。
横暴な態度やキツい口調はなくなったものの、結局のところ根本的な性格は昔と変わらないのだろうと納得していると、彼が話を続けた。

「で?そこまで複雑に絡んでるなら視えてるんでしょ、未来。どうなの?今も視えてんの?」

『今は視えません、基本的に寝ている間に視るので…それに視えても直近のものだけで、断片的です。昨日も伏黒くん達が呪霊に襲われるところは視てましたが、貴方が来る事は知りませんでしたし』

「なるほどねぇ、視えるって言っても全てじゃないってことか。霊鬼と縛りでも交わしてる感じ?」

『……そこまで貴方に教えるつもりはありません』

霊鬼に憑かれている事は知られても、それ以上話す気も、教える気もない。どの会話がきっかけで過去を思い出してしまうか分からないからだ。
暫く互いに何も話さず沈黙が続いたが、やがて彼が「…じゃあ質問を変えようか」と一言呟くと徐に顔を寄せてきた。

『っ、なんです「やっぱり僕ら何処かで会ってるよね?」

昨日と同じように鼻先が触れるくらいの距離で同じ言葉を言われ、ドキリと心臓が跳ねる。

「名前と会ってからずっと感じててさ、違和感っていうか…確信めいたもの?」

……小さく、囁くように。
私以外誰にも聞こえないような声で。


「……名前って―――「五条先生達、菓子あるけど食うー?」


突然頭上から声が降ってきて、慌てて彼から距離を取る。
見上げると後ろの席に座っていた虎杖くんがお菓子片手にこちらを覗き込んでいた。

『ありがとう、折角だし頂こうかな』

礼を述べながら彼の手から菓子を受け取る。
…今のありがとうは、"いいタイミングで話しかけてくれて"という意味も含めて伝えた。

――危ない、感が鋭い人だから"何か"は感じ取ってる。

やはり側にいるべきではない…呪術界と関わりを持つ事になっても、彼からはどうにか距離を取らなければと改めて心に誓った。



(2021.2.17)

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