雑多 | ナノ



うつくしいもの

※クリア後サレ生存捏造
※設定捏造
※性格丸い



「ヴェイグは、まだサレの面倒を見ているの?」

 マオの突拍子もない問いかけに、ヴェイグはやっと顔を上げた。

 あの、世界を巻き込んだ純愛騒動は収まった。無事にクレアも元の姿に戻せたし、種族間の溝も修復されて以前のような生活も取り戻した。マオやティトレイはあれ以来、頻繁に遊びに来る。「ポプラさんのピーチパイは最高だ!」などと舌鼓をうつところ、相当気に入ったらしい。笑顔で料理を振る舞うポプラを見ていては、孫ができたようで嬉しのが表情より現れていた。クレアも嬉しそうで何よりである。
 話に上がった男は、最終戦で止めを刺さずに生かした男の名だ。
「殺せ」と喚く男にかまっている暇もなく、一刻も早く世界の崩壊を止めなければ。金切り声も風の音と同格となり聞こえる。急いで歩を進めたから手遅れになる前に止められたのかもしれない。すべてが終わって戻ってきた頃に、目が覚めて逆上したトーマと交戦しているところに遭遇。慌てて2人を取り押さえては兵に引き渡したまでは覚えている。相も変わらず世界を呪うような「殺せ、早く殺せ!!」という叫びから逃げるように立ち去ったから。
 それからユージーンから連絡がくるまでは、彼らのことは忘れていた。

『奴が、サレがお前を呼んでいる』
『どうして奴が……』
『わからん。まともに会話をする気もない相手だ』

 答えを聞く前に、疲れ切った彼の表情から行かざるをえなかった。決して近くはない王都まで馬車で赴けば、美しく整備された道と、変わらぬ城の荘厳な姿が見えてきた。以前は余裕などなかったために、景観を美しいと思う余裕などなかったのに、今は鳥の鳴き声から風の音まではっきりと感じられる。守り切った世界のはこんなにも美しいのか。「今度はクレアも連れてこよう」とひっそりと口角を上げては、到着するまで目を閉じることにした。
現在、城主のいない城の情勢はいいとは言えない。そこに癇癪持ちの爆弾2つの面倒を見る余裕などないのだ。
 肌寒く陽の光も入らない城の地下。隔離牢の中で座り込む爆弾の1つは、美麗な男だ。見た目だけは美しいのだが、如何せん切れ長の目と釣り上がった口角から残虐な性格が滲み出ている。近づく者を全て切り刻む、という強い意思と恨みの気に冷や汗は流れるが、確か彼は最後の戦闘にて深傷を負った後遺症で、フォルスの力がうまくコントロールできなくなったらしい。
 彼ほどのプライド高い男が、大人しく捕縛されることを良しとするわけがない。だが、コツコツを足音を狭い空間に響かせながら鉄の扉へと近づくと、あの時のような怨嗟の声も聞こえない。

『誰だい?』

 舌を噛み切って死ぬこともせずに、冷たく動物の腐臭すらする狭い牢に、甘んじて投獄されていたのは、この時のためだった。初めて聞く優しい音色に背中が粟立つが、悪意は感じない。

『ヴェイグをつれてきたぞ。何の用だ』
『本当、に? ならば、早くここから出しておくれよ』
『そんなこと許されるわけがないだろう』
『ヴェイグの顔が見たいんだ。ねぇ、会いにきてくれたということは、君も同じ気持ちだろう?』

 「今、奴は力が使えない」と耳打ちしてくるユージーンに、無言の首肯で答えると、ゆっくりと扉が開かれた。彼にはずいぶんと手を焼かされているために、これ以上の心労は御免被るのだろう。ギィ、と鈍い音を響かせながら、重く錆びた鉄の扉が開く。中からさらに、水と微かな腐臭が漂ってきたがすぐに気にならなくなった。急に抱きついてきた彼の姿を見つめてからは。
 何のしがらみもなくなった今、改めてサレを見つめれば、際立つのはその端正な顔だ。今はみすぼらしい白黒の囚人服ではあるが、元の気品は失わない。思わず見惚れてしまったが、自我を保とうとを勢いよく張った。
心境が変わると、見え方も変わる。風景だけではなく人にだって当てはまること。思わず土埃がついたこめかみを指で拭うと、嬉しそうに目を細めては口角をあげた。

『待っていたよ、お人好し君。僕を、ここから連れ出してくれ』



 彼の2人で住む家に迎え入れてからは、ずっと一緒の部屋で眠っている。元々この家には部屋が少ないし、見張りという名目もあるが、人には大っぴらに言えない感情もある。

「彼なら今は寝ているわ」
「ふーん。お城で捕まえてたほうがいいと思うけどナ」
「……」
「『目を離したら、何をするかわからないから』ですって」

 黙々とパイをつつく彼の通訳である彼女は、沈黙から的確に意思を読み取る。香りのいいストロベリーティーを3人前テープルへと置くと、「そこはピーチティーじゃないんだ」とマオが茶化してくるが、顔を上げずにパイに夢中。
 自家製の果実より作られた甘いお茶に舌鼓を打ち、懐かしい思い出話や近況報告の談笑をしていると、あっという間に時間が過ぎていく。柱時計の鐘の音を聞いたのも、何度目かわからない。楽しい時間はあっという間。「今度はユージーンたちみんなも連れてくるね」と席を立とうとした時だった。隣の部屋から物音がしたのは。
この家にいるのは数がしれている。ヴェイグ、クレア、そして今は。

「ヴェイグ。起きたらいないじゃなんて酷いじゃないか」

 部屋から唐突に現れた、ねっとりとした声音の男。今は軍服を脱ぎ、見元引受人と同じタートルネックを身につけているが、元王の盾でも有名な非情の貴公子、サレである。嗜虐思考があり、人に対して情もない男が、何故ここまでヴェイグに執着するのか。前は明らかな憤りと恨みが見て取れた。だが、彼を直接使命してきた理由も、殺意よりも得体の知れない不明確な思考も不気味である。ただ、このスールズという田舎町を壊さずに、彼らの側に居続ける理由は、彼だけが知っている。

「お茶の時は呼べと言っただろう?」
「……」
「まーただんまり」
「『マオがいるから、お互い気まずいだろう』って」
「……フン。僕は気にしない」
「ボクが気にするの!!」

 この2人は前から対峙すると馬が合わない。人の怒りを煽るのが本領のサレだ、相性がいい相手もいないだろうが。珍しく本気でマオが激昂して、椅子を思い切り引いては倒す。子供が感情的になっただけ、と気にした様子をお首にも出さないところが、また少年の怒りを刺激する。を膨らませては、プンプンと机から背を向けて椅子へと座り直し、怨敵の顔を見ないようにと努める。

「ところで、あの首の輪はなんなワケ?」
「……ユージーンからもらった」
「なんでも、弱いフォルスの力は難なく封じる効果があるそうよ」
 
 まるで犬猫のような扱いを受けてもなお、元王直属の最強のヒューマは癇癪一つ起こさない。それどころか、見せびらかすように自らチョーカーを引っ張っては、目を細めるのだ。

「首の輪は、僕を飼いたいという意思表示だろう? なら、ちゃんと面倒を見てもらわないと」
「なーにー? 被虐思考にでも目覚めたワケ?」
「勘違いしないでくれよ。ヴェイグだけは、特別なんだ」

 余った袖を振りながら膝の上に乗り体を横にすると、逞しい男の体に全身でもたれかかってはうっとりと目を閉じる。嫌がるかと思いきや、ヴェイグもわざわざ椅子を引いては机との間に男が1人入り込めるほどのスペースを開けるのだ。クレアも慣れているようで、もう1人分のお茶を取りに行ってしまった。誘拐、脅迫、傷害などの悶着があった男を難なく受け入れるとは、この2人のメンタルは鋼並らしい。

「ねえ、ヴェイグ。美味しい?」
「……」
「僕もほしいな」

 顎を引いては上目遣いをし、小首を傾げては可愛らしく食べ物をねだって見せる。顔は端正で中性的でも、如何せん彼の本性知っていては全て台無し。顔を歪めて嫌悪を示すマオとは違い、ヴェイグは落ち着いたものだ。

「……クレア。もう1つあるだろうか」
「察しが悪いね。君が食べているものが欲しいんだ」
「……」

 クレアはサレの奇行にはもう慣れたもので、持ってきたのは湯気の立つ紅茶だけだ。要望通りの無糖の濃いめストレート。香りだけわかる完璧な味に満足しながら、素直に「ありがとう」と告げると、再びヴェイグへと向き直った。

「あーん」

 口を小さく開いては赤い舌を覗かせ目を閉じれば、まるでキスを待つお姫様のよう。舌の上に乗せてくれという意図での行動なのだが、如何せん彼にはうまく伝わらなかった。現在進行形で咀嚼中の桃を含んでは、目の前の端正な顔を包みこんでは同じものをくっつけた。

「ん……」

 突然の温もりを拒絶するわけでもなく、受け入れては歯形のついた桃を奪い去る。目的はこちらではない。邪魔者は早々に噛み砕いては唾液と共に喉へ押し込み、ゆっくりと舌を絡ませて角度を変えては唇を味わう。ヴェイグが身を捩って逃げ出そうとすれば、を両手で包み込んではさらに深く吸い付いてくる。まるで食いちぎるまで話さないワニだ。
「クレアとマオが見ている」という言葉は口から出ることはない。チュ、チュとしつこいまでに唇を吸い、キスマークを残していく。やっと離れたと思えば、うっとりと目元を紅く染めては満足そうに自らの唇を舐めとった。

「ウフフ。美味しい……」
「……サレ、みんなの前ではダメだと」
「なぁに? 先に仕掛けてきたのは君だろう?」
「お客様がいるんだし、普通に食べさせて上げたらよかったんじゃないかしら」
「む」
「あはは! そういうところが可愛いよ、ヴェイグちゃん」

 顔は整っている為、同性であっても優しく綻んだ笑みにはつられて紅潮してしまう。いつもはサディスティックな嘲り笑いしか見ないのだ。珍しいものというのは、人の気を引くには十分すぎる理由にもなる。
 サレは2人が住む家に来てから、やたらとヴェイグに接触を望むのだ。キスもその1つで、特に食事の時に口付けを強請っては、雛鳥のように咀嚼している食物すら奪い去るのだ。その癖がついてしまい、つい自ら口移しをしたのだが、これも彼の策略だったのだろうか。嵐のフォルスは伊達じゃない。この破天荒な男がきてから調子が崩されっぱなしで、ヴェイグのクールな表情にも目に見えた焦燥と、紅く染まったが見える。

「それにその物言い。2人きりならいいの?」
「……」
「図星、かな?」

 無言は肯定。確信犯は静かに笑う。首筋に唇を寄せて「自分のものだ」とマーキングの雨を降らせると、満足出来ずに再び薄く開いた唇へと吸い付いた。
ヴェイグも決して嫌悪の表情を見せない。敵同士であり、クレアを攫った張本人でもあるが、その行動に個人の感情はなかった。もう終わったことだと割り切っている。
 今は「どのような関係なのか」と問われても返事をするのが難しい。敵ではないが、仲の良い家族というわけでもない。居候というには傍若無人で我儘。まるで使用人かのようにクレアを顎で使うものだから、何度か喧嘩にもなりかけた。それでも。

「愛しているよ、ヴェイグ」

 彼から意図の読めない言葉が、簡単に口から飛び出す。
友情や愛など、非情の擬人化のような彼には一番縁のないもの。それでもサレは、毎日のようにヴェイグの耳元で甘くさ囁く。「もう、君がいないとつまらないよ」と悪意のない囁きは、愛の告白の響きを持っていた。
 恋愛経験のない若者、いや敵対していた者としては戸惑うしかない。チラリとクレアとマオに向けられたヴェイグの視線には、許しを乞うものが含まれていた。かつて、剣を向けては殺し合った相手と、まるで恋人のような馴れ合いをする仲になってしまったことへの断罪。それでも2人はヴェイグの本心がわかる故に、何も言わない。マオに至ってはジットリと舐め回すような目で2人を、特にサレを睨みつけてはため息をつくのだ。
 この中で、マオが一番彼との時間が長い。昔から非情で、どうして王の盾で甘んじていたのか不思議な男だったのだ。それが、ついには愛や情を囁くようになったのかは皆目見当がつかないのだ。混乱もする。それでも子供の感受性というものだろうか。難なく彼の異常を受け止めては、小言以外は言わないのである。

「サレも丸くなったネ」
「力が使えないんだ。お人好しを利用して回復を待つしかなんだろう?」
「それ、本人を前にして言うことカナ」
「聞かれても助けてくれる。この2人は筋金入りの善人さ」

 回復なんて嘘だ。この体の異常は永続的なものと、軍医にも告げられている。だが、彼は力を取り戻すという夢想を盾に、今日も彼を脅す。「手放せば、何をするかわからないぞ」と。手を離して欲しくないのが、たとえサレのほうであっても。
 チラリとクレアの顔を盗み見るが、いつものように聖母の笑みを浮かべるだけ。本心を隠している様子もなく、2人のやりとりを微笑ましい兄弟喧嘩を見つめる姉の顔だ。サレに対する、怒りも恨みもありはしない。
 ヴェイグの戦士らしい筋張ったに手を這わせると、うっとりと恋する乙女のような熱視線を向ける。その目にはもう憎しみなどなく、寂寥感に染まっているのだ。あの、負けて全てを失った日に、彼の背中を見つめていた時のように。

「……誰も傷つけなければ、ずっといればいい」
「フフ。じゃあずっといるよ」
「ああ、ずっと」

 好かれている自覚はあるが、余所余所しさが拭えない。これは一時の気の迷いだ。同情と困惑が、恋愛感情として倒錯しているのだろう。美人も三日見れば飽きるという。いつ元に戻り、クレアへとなびくかわからない、時限式の感情。
壊れる前に壊してしまうのも一興であるが、初めて壊れるのが怖いと思ってしまった。そこに有るという確証がほしくて、目元に、に、唇に指を這わせて形を確かめていると、唐突に唇に温もりが落ちる。
「寂しいのか」と心を見透かしたような言葉に涙腺は緩んだが、これ以上醜態は晒す気はない。「イチャつくならボクは帰るよ」とため息をつくマオの言葉も必死な2人に届かず、クレアが笑顔で手を振り見送るだけだった。

++++

22.3.5



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