雑多 | ナノ



最高の万能薬


 のどかで辺境の王国である、プププランドはいつも平和そのものである。
王国といっても、権限はないに等しい民主主義。むしろ自由すぎて少々難儀な問題が起きているくらいである。
平和、とはいったが問題がないわけではない。天災と言うか人災というか、若干1名様がやんちゃをする。近隣の星を巡回して帰ってくるや否や、皆から異口同音に1人の名前を聞かされ、泣きつかれるのだ。「カービィが」と。
破壊活動をする、など犯罪行為をするわけではないのだが、国中の食料を全て食い漁られるというのは、立派な災害だ。破天荒な麒麟児は言うことを聞かない。やりたいように寝て、やりたいように食べて、やりたいように遊ぶ。ただ一人、ライバル兼お守り役な恋人の言葉を除いて。
 だが、今回は援助を求める声どころか、飛び付いて送迎の挨拶をする彼の気配すらない。まるで住民が消えた村かのよう。騒がしい彼がいないからおかしいとは思っていた。
唯一ハルバードを見つけて様子を見に来た大王だけである。
顔を見ると、まるで当然の義務かのようにカービィの名前をだし、面倒くさそうに告げた。

「カービィが床に伏せている?」

 トラブルメーカーがいなくなった途端に、国が閑散として見えるのはおかしな話でもあるが、実質この国は元が静かすぎるのだ。

「詳しくは知らんが、ここ最近体調を崩して寝込んでるんだと」
「そんなに酷いのか?」
「知らねーよ。『熱がすごいから移る』の一点張りだ」

 いつもは殴り合いの喧嘩までする仲だというのに、見舞いには行ったようである。おそらく、ご丁寧に彼の好物であるトマトやスイカを沢山持っていったに違いない。お人好しの暴君はそういう人だ。

「どうせ仮病だろ。みんなに心配してほしいーと、大袈裟にいってるんじゃないか?」
「だが、本当だったら国民の全滅は免れない」
「まぁ、アイツが寝込むってなると新種のウイルスだろうが……」

 よく寝るなんでも食べる一年中元気一杯の健康体トラブルメーカーが恐れるとしたら、宇宙広しといえども毛虫くらい。そんな彼が倒れた、となると他の者は一溜りもないだろう。毛虫のこと以外だが。

「見てくる」
「帰ったばかりだし、休めよ。茶くらいは出せるぞ」
「彼をつれてからまたお邪魔する」

 休むよりも職務、いやカービィのことを優先するのは相変わらず。意固地なところがあるので、いっても聞かないところは本当にそっくりである。
人のことを優先して、自分のことは後回し。本当にお人好しばかりの国である。

「やれやれ。お前も大変だな」
「慣れると楽しい」
「まあいいが、うつされんなよ」
「善処はする」

 善処をしたところで体調を崩すものは崩すのだが、意固地な彼は以下略。「もう何も言わないから早く会いに行ってこい」と含み笑顔で手を振れば、マントを翻して何も言わずに背を向ける。
表情は読み取れなかったが、クールな騎士の慌てた一面に、見守るような優しい笑みが漏れた。

 城からそう距離はない。歩いてもさほど問題のない場所に、わかりやすくあるのがお椀をひっくり返したかのような白い建物。存在を誇張するほど大きくはないが、丘の上にぽつりと建っているそれを誰もが知っている。星の戦士の家、いや寝床である。
締め切られた家の扉を叩けば、ひょっこりと黒い卵が顔を出す。少し間の抜けた顔をしているが、見慣れた仮面を見ると表情豊かに顔を綻ばせた。

「お帰りなさい〜」

 まるで家に家族が戻ってきたように迎え入れると、ぽよぽよと部屋を跳ね回り器用に戸棚を開けて回る。
ティータイムの準備をしてくれているが、一緒に跳ね回るピンク玉はいない。
まるで初めて訪れた場所かのように、世話しなく部屋を見回すとクッキーの山と紅茶の花畑を作り終えると、締め切った寝室を見つめた。

「彼なら寝ていますよ〜」
「大丈夫、なのか?」
「元気ではありますが、問題が〜」

 問題、というわりにはいつもの笑顔は崩れない。仲良く同居している友達だから、パンデミックが起こっていたら心配しているだろう。
疑問を抱きながらも扉を控えめに叩くと、名前を呼ぶ。
小さな物音と、布の刷れる音に、深く布団を被っていたものだとわかった。
眠っているのにも疲れたのか、浅く目を閉じていただけなのだろう。

「その声、メタ?」

 聞こえてきた声は、いつもの快活さは欠片もない。
ぼんやりとした抑揚のある声は、夢に浮かされているようだ。取っ手を引くのを躊躇ってしまった。

「ダメだよメタ……来ちゃダメ……」

 弱りきった声はなかなか聞けない故に、違和感と不安がひしひしと沸き上がってくる。無理矢理扉を開けようとした手を引いてしまえば、グーイが困った顔をする。
ついつい、甘やかしてしまうのは彼の悪い癖であり、病人の特性でもある。

「そんなに辛いのか」
「鼻がずるずるいうよぉ……あと熱い……」
「薬は?」

 薬、という言葉を聞くと唸り声がピタリと止んだ。身じろぎの音ひとつしなくなったが、もしや狸寝入りのつもりなのだろうか。
本人が黙秘権を貫くならば仕方ない。横で含み笑いを浮かべている友人にでも聞いてみようと思う。

「して。本当の様態は?」
「ただの風邪です〜。熱はありますが、食欲のほうがあります〜」
「ほう」
「うわぁぁん! グーイのバカぁ!」

 悲痛な叫び声なんて関係ない。容赦なく扉を開け放つと、大量のお見舞いの果物だった物と、負けず劣らずに積まれた薬箱の山。一体何人に催促をされたのだろうか、見ていて察する量だ。
ネタばらしをされてなお、被害者面をして籠城戦を続けるつもりなのか。亀のように布団を被っては、こちらを睨み付けていても可愛いだけだ。

「要するに、薬を飲まされたくないから、ただをこねて閉じ籠っていたのか」
「チガイマス」
「そうか、わかった」

 ハンデミックは免れたが、どうも子供の理由で拗ねていたらしい。
もしかしたら、デデデや他の者が無理矢理飲ませようとしたのかもしれない。その為の面会謝絶だったのだろう。
さすがに何度も強要されるのは可哀想だと思ったから、やることはひとつである。

「口を開けろ」
「やだ!」
「薬の時間だ」
「絶対やだ!!」

 そんなくだらない理由なんてくそくらえだ。強行手段で無理矢理嚥下させて、布団に押し込むに限る。きっと苦いものを飲ませれば静かにはなるし、完治するしで一石二鳥である。無理矢理にも柔らかい口を開けようとはするのだが、いつもは簡単に開く口がテコでも動かない。
それならば、といつもは強固な仮面を外すとゆっくりと口を開いた。

「ん」

 何も言わずに小さく口を開けると、まるで子供のようにおずおずと真似をする。舌が出てきたところで、勢いよく吸い付いた。
ゆっくりと、深く唇を合わせると、伝わるのはカービィの異常に上がった体温と、メタナイトからの甘い味。唾液を押し付けて器用に流し込んできたと思えば、役目を終えたら恥ずかしげに離れていく。
自分から仕掛けてきた割には随分と臆病である。再び捕まえようとしても、強くを押されて、無言の眼光はやめろの合図。他の何をしても許してくれる優しい彼が、唯一本気で怒り狂うのだ。

「甘いっ」
「……熱い」
「だ、大丈夫だよ! うつさないから!」
「お前が決めることでもないだろう」
「ね、もっかい!」

 急に元気になったが、まだ鼻の頭を中心に赤みは引かない。キスだけで治るなんて、童話だけの話。期待はしていなかったが、病は気から。少し元気は出てきたようである。
再びせがまれたが、断る理由もない。だが、再び唇を絡めあう前に素早く口に水を含むと、次は苦い水を乱暴にねじ込んだ。舌触りのよくない部外者の登場に、異変を感じて引こうとするが、恋人が深く求めて来るのだ。がっちりと掴まれてしまい逃げることもできない。身をよじって抵抗しようとも腕を掴まれて押し倒す。
 いつものカービィならば反転させることができるが、今は力が入らない。無抵抗のままに喉に流れ込んで来る薬と、追い討ちのように流れ込む水に抵抗をすることができなかった。
やっと解放されたのはいいが、空気を吸った瞬間に感じたものは一つだ。
 苦い。

「うわああああああん!! 苦い苦い!」
「私も被害者だが」
「騙したな!?」
「薬を飲まないお前が悪い」

 水を飲みほして苦味を洗い流そうとするメタナイトの澄まし顔に、恨めしい視線が突き刺さる。徐々に口内から薬の味が消えてきたころに、仕返しと言わんばかりに腕を掴み、コップを手放させては勢いよく吸い付いてきた。
 少し残っていた甘味は、彼の唾液に残っていたものか、それとも彼自身のものか。苦味を上書きする感情が味覚と共に流れ込んで来る。
受けるだけで抵抗を見せなかった彼だが、弱い力で押し返してきて、徐々に強くなっていく。拒絶ではなく、答えるという形で感受してくれることが嬉しくて、ついついがっついてしまうと、強くを抓られた。
さすがにお怒りがきたならば離れなければいけない。今度は鋭い怒声とギャラクシアが突き刺さるだろう。

「えへへー口直しー」
「やめろ。苦い」
「これはメタのせいでしょ!」

 懲りずに何度も額に降り注ぐキスの雨に、顔をそらして抵抗を示すが怒る気配はない。それならば、と調子に乗って何度も繰り返し愛情表現をする。彼も観念して動きを止めると、嬉しそうにすり寄っては何度も何度も口をはむ。

「薬も飲んだなら大人しくしていろ」
「じゃあ一緒に寝よ!」
「嫌だ。治してからにしろ」
「じゃあ、明日! 治すから!」

 その自信がどこから来るのかはわからないが、彼ならやりかねない。苦笑いをして頭を撫でてやれば、嬉々としてすり寄ってきた。
熱いが、それは2人とも同じだ。深い赤い色と薄紫の体を摺り寄せあい、抱き合う。ゆっくりと繋がれる手と、覆いかぶさって来る布団にギョッとして、抜け出そうとはしたが、火事場の馬鹿力で押さえ込まれてしまった。

「でも、やっぱり、今日も一緒じゃ、ダメ?」
「ちゃんと治すと約束できるか?」
「するから!」

 病人のわがままは聞く気はないのだが、恋人のわがままなら仕方ない。熱いため息を吐き出して、大人しく腕の中に落ち着くと肩、足の装備を外してはベッドの下に鈍い音を立てて落とす。ガラン、と軽い音を立てて冷たい床へと落ち、白状にも主人を置いて床の冷たさを堪能する。

「今日は一段と熱いな、子供体温が」
「メタ冷たいー。言い方が特にね」
「お前は、優しくしてくれるのだろう?」
「うん、絶対に」

 手の甲に、額に、瞼に、唇に。何度も羽のように唇で愛撫を繰り返しては腕の中に閉じ込める。柔らかい熱に包まれていく様は、まるで食われているような感覚に陥ってしまう。

「寒いよりも、熱い夜の方がいいでしょ」
「冗談は休んでから言え」
「メタもちゃんと休まなきゃいけないでしょ? おかえり」
「……ああ、ただいま」

 今更ではあるが、一番聞きたかった言葉に目尻が下がる。
この挨拶がしたいがために、会いにきたと行っても過言ではないのだ。やっと聞けた言葉につい気を緩めてしまえば、目の前に広がるのは、部屋の天井とカービィの赤い顔。押さえつけられた体は熱に浮かされて動けず、動かす気もない。

「大丈夫だよ。明日の朝には休めるから」
「期待はしていないがな」



 翌朝、嘘か誠本当に彼は1日で完治した。
よほど強い薬だったのか、薬と相性がよかったのかは本人すらもわからない。意気揚々に朝から暴れ始めた人災の襲来に、今日も住民たちはてんやわんや。帰国しているストッパーを探せども、船があれども姿を見せない。
 もしや星の戦士すら倒す病原菌にやられたのではないか、と密かに噂をされる中、事情が知っている者が現れ、いつものように城の甘味を食らいつくしだしたのだ。
今やっと捕獲して縛り上げているのだが、反省した様子も病み上がりだった気配もない。デデデは頭を抱えながら眺めていたのだが、口を割らない彼に、痺れを切らせて問いかけた。

「治ったのか」
「えへへ、おかげさまで」

 もぐもぐとせわしなく口を動かす病人を思わず殴りそうになったが、すんのところで耐えることができた。おかげさまも何も、見舞いに行ったのに果物だけを奪った上に、薬を飲まなかった者が何を言うのか。
もう怒る気力も失せて玉座に深々と座り込めば、「お腹空いたの?」と頓珍漢な言葉がかけられる。この野郎。

「で。メタナイトは?」
「風邪が移って寝込んでるよ」

 悪そびれもなく言い放つと、また1つケーキを口へと放り込む。幸せそうな満面の笑みでしっかりと咀嚼すると飲み込んでいく。シュークリーム、スポンジケーキなど栄養にならないものばかり。せめてキャロットケーキなど、野菜が入っているものを選べば気休め位程度にもなるだろうが、きっと寝込んでいる彼が好まないのかもしれない。好みは聞いたことはないが。

「お前ってやつは……」

 まんまと風邪をうつされた彼は、出航もせずに療養中。きっとこうなるだろうという未来は見えていたのだが、こうも現実になってしまうと笑いすら浮かばないというものだ。
しかし、その体調不良の病人を放っておいて、彼はここで何をしているのか。問いただしたところで帰って来るのは腹のたつくらいのとぼけた表情と、咀嚼音。

「大丈夫だよ。ボクが寝ずの看病をするよ」
「で。その看護師は今ここで何をしているんだ」
「メタの栄養調達?」

 何を言ってるのかわかりたくはなかったが、理解をしてしまった自分が憎い。
わざわざ甘いものばかりを選んでいるところは、彼の優しさなのか欲望なのかはどうでもいい。まるでハムスターのように頬袋を膨らませてゆく姿を見ているのは可愛らしくて面白いのだが、代償として城のデザートが全て失われるというのは対価としておかしい。

「食べていくんじゃなくて持っていけよ」
「いいの! こっちの方が食べさせやすいから」

 薬はないが、栄養源は足りているから大丈夫だろう、とデデデは諦めて非干渉の意思を貫くことにした。
バカップルとは付き合いきれない。兵士たちを呼びつけると、調達させる食料のメモを作ることに専念した。

+END
20.4.4

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