えふえふ | ナノ



両片想いの葛藤

※漆黒
※惚れ薬
※実機注意



 妖精の国、イル・メグ。今日も虹色と幸せの国は平和そのものである。
太陽と月は空で追いかけっこをしているわ、周囲の可愛らしい妖精たちも、自由気ままに飛び回っては遊びまわる。まるで子供たちが無邪気に遊んでいる微笑ましい光景ではあるが、近隣にはまともな人間は近づかない危険地帯でもある。幻想的な巨大な花や、淡いピンクに色づいた空。綿毛がふわふわと舞い揺れる地であるが、生きて帰れる人間はほとんどいない未開拓地。ファンシーで美しい風景とは真逆な残酷さを持つのだ。
 そんな危険な場所を歩く人影があった。堂々と、迷わせてくるピクシーたちの幻影もなんのその。軽々と場所を暴いては、笑顔で挨拶を交わして奥へとずんずんと突き進む。
 この第一世界を救った闇の戦士、その人である。
入り口の小高い丘を上り切ったところで、やっと妖精たちが誰であるか気がついた。惑わしの幻影を解いては姿を見せ、興味津々で周囲を取り囲み笑うのだ。

「あら、妖精王のお気に入りさん」
「双子は一緒じゃないのかしら?」

 この国でのルールはとても少ないが、重要事項ばかりである。一つは、一杯楽しんで生きること。二つは悪戯に手を抜かないこと。そして、三つは、妖精王のお気に入りは盗ってはいけないである。
傷つけようようものなら、妖精王がどこから見ているかわかったものではない。いつの間にか隣に立っていて、彼と話すだけで妬くのである。何が沸点になるかもわからないが、それでも妖精たちは無邪気に近寄ってきては周りを飛び回るのだ。

「ねぇねぇ。ウリエンジェはいつ帰ってきてくれるの?」

 1人の若葉色をした妖精が近寄ってきは、宙に身体を踊らせる。まるで蝶のように自由に舞っては、飽きて空中に座る姿を目で追って空笑い。きっと次こそこの地へと住むと言えば、問答無用で草人とされて永遠の住人にされてしまうだろう。丸い目の奥に見える執着と欲望から容易に想像できてしまう。

「お前らはウリエンジェが好きだな」
「勿論! だーいすきよ! いつまでも、ずっと、ずっと、この国にいてもいいくらいにね」

 慌てて話を逸らしたのだが、大きな目が弧を描くだけ。このままでは本当にこの国の一部にされてしまう。慌てて話を逸らそうとするのだが「私も!」「私も好き!」「また寝ずに遊びたいわ!」と彼の話題が異口同音に飛び出す。

「この前も遊んでくれなかったのよ!」
「うまくいったら遊んでくれるって言ったじゃない。結果を聞いてきてくれるかしら?」
「結果?」
「研究に使って、薬を持って行ったのよ」

 女は集まると姦しいというが、ピクシーも同じ。きゃあきゃあと好き勝手に話だし、最近かまってくれないと言う彼に対する不満大会に発展し始めた。聞こえてきた薬というものが、何かはわからないまま「次きたら、紅茶に混ぜてやるんだから!」と不穏なことまで聞こえきた。すぐさま虫のように群がってきては「で、ウリエンジェはいつくるのかしら?」なんて聞かれて正直に答える者なんていないだろう。
 逃げ場を失い冷や汗を流す闇の戦士だったが、そこへ光を道を辿るように救世主が舞い降りた。小さく明るい橙色の光が舞い降り、闇の戦士の肩を紅葉のように彩る。一際強く輝いたと思えば小さな少女の形を取り、まるで取り付くように顔へと強い抱擁をする。

「あーん! 私の若木ったら、いつまで経っても呼んでくれないのだわ!」
「やあフェオちゃん。それどころじゃないんだって」
「アンタたち! 彼はわ・た・し・の! 若木なのだわ!!」

 陽炎のような薄い羽を戦慄かせながらを膨らませ、ぷりぷりと怒る姿は可愛らしい。腰に手を当てても、怒っているというよりは可愛さのアピールである。しかし、彼女は立派な妖精王。ここにいる妖精たちは、全て彼女の言うことに従い、間違っても怒りを買ってはならないのだ。
今の場合は、お気に入りの闇の戦士に危害を加える、困らせる、彼の気を引くということが該当する。随分とわがままであるが、怒らせない限りは強く頼りになる女王であるから、他の種族も頭が上がらないのだ。
 さて。強力なパトロンがきたところで、思わず笑顔になってしまう。呼ばなかったのはわざとであるが、来てくれるという健気さはいつ見てもサディスティックな感情を刺激される。

「好きな人にプレゼントしたいんだけど、ここに物珍しいものってないか?」
「まぁ! これがコイバナってやつ!?」

 妖精王への焦燥はどこへやら。すぐさま嬉しそうにやってきたピクシーを見れば、悪戯好きで残酷な面もあるが、好奇心旺盛な少女なのだとわかる。もうすっかり居ついていた歴史の先生への興味がなくなったかのように、次の話題に飛びついては闇の戦士にまとわりつく。四方八方から黄色い声が聞こえて、目眩を覚える始末だ。

「ねぇ、私の若木。いいものがあるのだわ」

 いち早く献上品を取り出したのは、我らの妖精王ことフェオである。体と同じ大きさで、両手で必死に抱きとめるので精一杯らしい。目の前にずいと小瓶が差し出された小瓶の中には、液体が見えるではないか。まるで星のようにキラキラと輝き、水のようにサラサラ。美しい調度品だと手に取ると羽を震わせた。愛しの若木が気に入ってくれたことが嬉しいらしい。

「これは?」
「うふふ。惚れ薬というものだわ」
「惚れ薬????」
「そう! たまに咲くお花の蜜におまじないをかけるとできるの。適当な人間たちに飲ませて、カップルを作って遊ぶのが流行ったものだわ」

 クスクスと笑う、無邪気な少女の笑みのなんと邪悪なことか。無理矢理人の精神を変えてしまう薬を作る技術力もさながら、躊躇いなく使用するその残酷さである。次から、急な飲食物は受け取らないでおこうと決意を新たにした。

「私たちのお墨付きよ! 仲の悪かった男女から、結ばれることのない異種族、同性にも効果バッチリだったのだわ!」

 桃色の液体はどう考えても自然にできたものではない。しかも無味無臭ときた。色が濃いものに加えれば、気づかれることなく一服盛ることができるだろう。こっそりと飲まされたであろう被害者には同情する他ない。

「へー。ちゃんと効くんだな」
「もう飽きちゃったからあげるのだわ」

 ずいずいと胸へと押し付けてきては、返品不可能だと無言で訴えてくる。もし本当なら研究し、原料を鑑定して量産するもよし。飲ませるもよし。結局後者の欲望に負けては受け取ってしまった。膨れっ面でこちらを睨んでくるフェオに「お礼に何が欲しい?」と尋ねれば「貴方がずっといてくれたらいいのだわ!」と言われてしまったので、冷や汗が止まらなかった。
捕まってしまえば、どうなるかもわかったものではない。他のまとわりついてくる妖精たちに恋話をせがまれる前にと、早歩きでイル・メグを去ったまでが一連の流れ。クリスタリウムについた頃には、すっかり太陽も天頂を過ぎていた。

 さて、持って帰ってきたからにはどうするかを検討しなくてはならない。
自ら飲んでみるわけにはいかないが、得体の知れないものを意中の相手に飲ませるのも気が引ける。
試しに、と興味本位でクリスタリウムでもよくいがみ合っていると有名な男女2人を口車に乗せては数滴だけ混ぜたジュースを渡せば、たちまち自分の気持ちを打ち明けては抱き合う両想いのカップルに早変わり。そして、数分後にお互いを殴り飛ばし、前言撤回をするツンギレカップルとなってしまった。
 もしかしたら本当はお互いが好きであり、自白剤の効果もあるのかと疑ってしまった。だが、今は心底嫌そうな顔をしている2人が、数分前までは一見仲の良いカップルだった。信じざるを得ない。一滴でこの効果なのだ。本物であることは間違いない。

「薬に頼るの、好きじゃねーけど」

 今も熱心に歴史書を見ているであろう彼の姿を想像し、思わず顔に朱がさすのだ。周囲から不審な目で見られないよう、足も自然も早くなり仮の自室へと向かう。彼のことを考えているだけでも、いつもと同じ道のりが短く感じる不思議である。
付き合いはまだ短いが、想いを寄せている時間は長い。ずっと知識の尻ばかり追っているから、人に興味があるのかもわからない。それでも、時折見せる微笑みに心を奪われるのには十分な理由だった。
 近くにいるだけではこの友人という距離から縮まらない。同性であっても気にせず告白出来る度胸はある男ではあるが、今回ばかりはフラれてしまえば立ち直れないかもしれない。そこまでに本気の恋をしてしまった。
だから、今回はイレギュラーな入手品である、魔法の愛の薬に頼ろうと至ったのだ。

「本当に惚れてくれたら、どうしようかな」

 性欲は強い方だが、ムードも大切にしたい。一晩限りの関係でも大切にしたいし、後味が残ることは好きじゃない。ただ、抱きしめて眠ることは許されるだろうかと妄想を巡らせ、勢いのまま蓋を外しては薬をパイ生地へと練り込む。無色無臭の不思議な薬は生地へと溶け、何の変哲もないデザートになる。愛は、いつもより籠っており、心なしか桃色に染まって見える。ただのフルーツパイであるが。

「そういえば、惚れてる相手を見たらどうなるんだろうな」

 食べなければ疑われてしまう。いや、それよりも得体の知れない物を意中の相手にだけ食べさせるのはどうかとも思う。万が一性欲促進の効果もあれば、片想いの相手と2人きりの部屋の中の状態にする予定だ。間違いなく不貞は起きるのは想像するに難くない。
 決意はした。試しにと一つ口にしてはゆっくりと味わって噛む。近くにいる者は誰もいない。「効けば1日は続くけれど、5分以内に見ないと意味はないのだわ!」と念を押されたし、製作者であるン・モウ族たちにも確認は取った。間違いはないだろう。
細かくパイ生地を噛み砕き、フルーツの甘さに舌鼓を打ちながら飲み込むが、味はいつもどおりに悪くはない。胃の中へと流し込まれた甘味を自覚したが、しばらく経っても体に異変は起きない上に、特に精神に変化があるとも思えない。足元に歩いてきては「キュウキュウ!」と菓子をせがんでくるカーバンクルを見たとき、なんだか心を締め付けられるような感覚に陥った。ああ、これが恋かと思ったのだが、むしろ急に怒り狂って噛み付いてくるかもしれないという、強迫感に近い。これは時間切れだったのだろう。

「うん。特に身体には悪くなさそうだ」

 他の皆にも配ろうと思った、種類の違うミートパイをカーバンクルへと差し出せば、肉食獣のようにガウガウと食いついてきてはあっという間に一切れを平らげてしまった。それだけでは飽き足らず、次を寄越せと袖に噛み付いては引っ張り恐喝してくる始末。美味しかったのならよかった、とパイを小型の可愛い猛獣では届かない棚の中へとしまえば、思い切り腕を噛み付かれてしまった。主人をなんだと思っているのだろうか。
 さて、大切なキューピットの矢となるアイテムを箱に詰め準備は万端。想い人はどこにいるかなんて、候補地は多くない。歴史を調べるためにイル・メグの借家か、この世界の理を知るためにクリスタリウムの書庫か、研究のために星見の間か。怒り疲れて眠ってしまった相棒を部屋に残して、廊下へと出た時だった。コツコツと上品な靴音が廊下の奥から聞こえてきたのは。
現れたのは、丁度探しに行こうと思っていた彼であった。小脇には大量の蔵書を抱え、こちらを見つけては嬉しそうに小走りでかけてきた。鍵をかけることも忘れて彼、ウリエンジェへと体を向ければ目の前で止まって深々と一礼。

「お疲れ様。1人?」
「はい。今から静かな場所で読書をしたいと思っておりました」

 彼の部屋は数階下なのだが、唐突に歩いてきたチャンスに闇の戦士の短絡な思考が更に鈍っていた。
連れ込む理由も彼が告げてきた通りであるし、誘い込む条件としてはうってつけである。急いで扉を開ければ、部屋の中と家主の顔を交互に見つめ、驚きに目を瞬かせる彼。なかなか動かない足は、悩んでいるというより困っているように見て取れた。

「パイを焼いたんだけど、俺の部屋にくる?」

 そしらぬ顔で、目の前で小首を傾げる彼の為に用意した暖かいパイの箱を持ち上げると、パアと表情が明るくなった。迷いも吹っ切れたようで、少し屈んでは匂いを嗅いでうっとりと目を細めた。味も匂い通りに素晴らしいものだろうと、妄想で笑顔になるくらいである。

「おや。美味しそうな匂いですね。是非ともいただきます」

 どさくさに紛れて剥き出しの焼けた背を押せば、ゆっくりと足を踏み出しては抵抗なく敷居を跨いだ。菓子で釣れるような性格ではない為、うまくいくとは冒険者すら思っていなかった。これは、彼の目的も同じくこの部屋だったことが一番の功績だろう。それはお互いに知る由はない。
 あいも変わらず殺風景なこの部屋。生活するための必要最低限な道具と、装備と、昨日の名残の裁縫道具と布の切れ端がまるで机を彩るパッチワークのように散りばめられている。あとはベッドの上で丸くなる可愛らしい小動物が1匹。そして、先ほどのパイの残香が充満しては食欲を触覚から刺激する。鼻をひくひくと動物のように動かしては、ウリエンジェも口元を綻ばせた。

「食欲をそそられますね」
「ああ。切り分けるから座っててくれよ」

 まるで物珍し資料庫にでもきたかのように、周囲を見回しては目を輝かせる予言詩学者には困ったものである。
あるものは歴史的遺物というには家庭的な塵芥である、アートのかけらもない散らかり方を見せる部屋をまるで美術館かのようにゆっくりと歩き回っては眺める始末。あまりにもソワソワと浮き足立って荷物を眺めているものだから、居た堪れなくなったのは冒険者である。慌ててパイを切り分けるために差し込んだナイフもそのままに、慌てて彼の腕を掴んだ。

「座ってて、くれ!」
「いえ、私は疲れていないのでお構いなく」
「何で首を傾げるんだよ! くそっ、なんか可愛いし!」

 「自分は何かヘマをしてしまったのですか?」と小首を傾げる姿に、闇の戦士様と言えど目を覆って悶えるしかできない。可愛いという男にとっては不名誉な褒め言葉も気にした様子もなく、注意を流しては再び部屋の中を歩き出した彼を止める術はない。甘い匂いを感じて起き上がったカーバンクルも、大好きなお客に気がついては後をつけて周るという悪化も見せたが、パイを机の上に置いたところでメルヘンな行進は終わりを告げる。
「準備できたぞー」と呼び掛ければ、微笑みながらも早歩きで駆けてきて、叩かれた椅子へと上品に座っては手足をそろえる。ロングスカートのようなローブが皺にならないよう整えては、ふと腰のポシェットから小さな箱を取り出した。

「私も、丁度新しい紅茶を持っていました。ご一緒にいかがでしょうか?」

 どうして茶葉を持ち歩いていたのかという疑問も持たぬまま、部屋主は二つ返事で頷いてはカップとポットを用意する。どれくらいの温度で蒸らすなどの知識は、料理人故にある。鉄製のポットを火にかけ、熱湯ができるまでの間に彼の隣へとわざとらしく身を寄せてはケーキを用意する。「邪魔だ」と噛み付いてくるライバル兼相棒は見て見ぬ振りだ。

「紅茶を待っているのもあれだし、先に食べてくれよ」

 出来る限り不自然にならないようにと気にかけてはいたが、いささか急いた勧め方になっている。それでも彼の「早く食べて、惚れてくれ」という焦った心中気づかずに、ウリエンジェは焼き立てのパイに手をかけた。
 一口食んでは、ゆっくりと白い犬歯に噛みつかれ、咀嚼されては糖へと分解されていく。喉を通過して胃へと入り込むまでスローで動いているように思えた。彼の程よく日に焼けた浅黒い喉を、パイだった欠片たちが通るのと同時に、冒険者もつられて嚥下する。この短い数秒の出来事が、まるで長い時間スローで再生されたかのような錯覚を覚えるくらいである。

「あぁ……美味しいです」

 ドクリドクリ。
何気なく、嬉しい感想のと共に、ほうと熱い息を吐き出す彼に視線は釘付けである。主に、唇を舐める舌にである。これは無意識かつ、片想い相手に対する情欲の現れだ、生理現象として許してやってほしい。
先ほどまで「ほしいほしい」とねだり、跳ね回っていたカーバンクルであるが、今はやけに静か。まるでこのパイに、得体のしれない薬が入っていると理解しているようである。ありがたいが、油断がならない相棒だと冒険者は横目で睨みつけては独りごちる。
 そんなことよりも、今は惚れ薬の効力が気になる彼である。出来るだけ正面になるように覗き込んでは、ソワソワと彼の吸い込まれそうな黄色い目を見つめる。
しかし、いつまで立ってもウリエンジェから変化は見られない。真っ直ぐ、真剣に見つめられて恥ずかしそうにを染めるのは可愛いらしい。だが、それ以上の反応を期待しているのだ、彼は。

「なんともない?」

 効力がないようだから、思わず訪ねてしまったことを後悔したがもう遅い。言葉はしっかりと彼の耳に届いており、きょとんと首を傾げては、パイと冒険者の顔を見比べるのだ。

「何がでしょうか?」
「いや、その、初めて作ったからさ。味とか」
「ああ。フルーツをふんだん使用した甘さに、サクサクの生地。私好みのオーダーメイド品は、お店では味わえない嗜好の品でございます」

 うっとりとに手を当てては味わう姿に安心した。仄かに赤く染まったも、片想いを拗らせた男には十分の破壊力と色気をもたらす。思わず顔を両手で覆っては、ぐうと唸って煩悩を抑えようと努力をする。側から見れば滑稽な光景であるが、勿論本人は至って真面目である。

「あー、その。全部食べてもいいぞ」
「皆さんの分はいいのですか?」
「皆には別に作ってる。これはアンタへのプレゼント」

 足元で、おこぼれをまだかまだかと待っている相棒は見て見ぬ振り。
懸念点としては、図体に似合わずに少食な彼だ、全部は食べられないだろう。そして残りを、そわそわと我慢できなくなり動き回る小動物に渡してしまわないかどうか。惚れ薬は少量でも効果はあった。なら少量だけでも体内へ馴染ませれば問題はないのだが、逆に食いしん坊に食べられてしまっては困る。そう思い、あと一切れだけ切り分けては残りを箱へと戻そうとすれば、ショックに全身の毛を逆立てる小動物が見えた。「みんなに配る分のミートパイ、やるから」と言い聞かせても納得がいかない様子。
 リボンを付け直して、食べかけではあるがプレゼントを渡せば、口を止めてはに菓子屑をつけては目を瞬かせるのだ。

「貴方からの、私だけのプレゼント……」

 彼の呟きは、無慈悲な鉄のヤカンによってかき消された。甘い空気に対する恥辱なのか、叫び声に似た音と白いモザイクのような湯気。慌てて駆けていく冒険者の後ろ姿より我に返り、慌ててフォークを動かす。
唐突に、机とウリエンジェの間に体をねじ込んできた可愛らしい青いウサギが、小さく口を開けるものだから、絆されて欠片を口に放り込んでしまった、「あ!」と戻ってきた冒険者が悲鳴ににた抗議をするが、貪食な青いカーバンクルは口を必死に動かしてゴクンと飲み込んでしまった。
惚れ薬が入っていることを気取られるのはまずい。平常心を保ったまま、柔らかいをぐいと両側から押しては言うことを聞かない毛むくじゃらの視界を、冒険者の顔いっぱいにすることが最善の行動である。

「全く……人の物を取るなよ」
「キュイ!」
「ウリエンジェはとられる前に食べることへ集中するとして。紅茶は俺が入れようか」
「いえ、私がやります。貴方も召し上がってください」

 ウリエンジェへと切り分けた1つをずいと進めてくるが、全て食べてもらわないと困る。「気にすんなって」と食い下がるが、逆にウリエンジェからも「そんなことを言わずに、お手伝いさせてください」と前のめりの姿勢で言われたら断れない。
 紅茶はどうしても自分で入れたい、というこだわりも感じる。後ろ手に何かを隠していることには気づかずに、薬の効果がびっくりするほど出ず、キャンキャンと犬のように吠える相棒を連れて、カップと隠していたミートパイを取り出す。一切れだけあげて、他はもう皆に配ってしまおう。一通りの準備を終えて、箱を大切そうに持っては星見の間へと行く旨を伝えれば、なんだか安心した表情が見えた。

「いってらっしゃいませ」
「ん。ゆっくりしてていいから」

 とは言ったものの、一分一秒でも離れている時間が惜しい。早口で「これ、みんなで分けてよ」と水晶公とベーク=ラグへと伝えて、いささか乱暴に箱を置いては、駆け足で自分の部屋へと戻る。途中で何人か、暁の血盟たちとすれ違ったから、同じ旨をさらに早口で告げると苦笑をされた。何を急いでいるのか、見透かされたような笑みを浮かべるヤ・シュトラには聞きたいこともあったが、今は部屋に戻ることが最重要任務だ。滑り込むように扉を開けては自室へと戻ると、扉を開けると同時に、良い香りが鼻腔をくすぐった。

「おかえりなさいませ」

 部屋に戻れば、お茶が準備されており、愛しい人が微笑んでいる。まるで新婚みたいだと言うくだらない妄想は、口の奥へと封印して。荒い息を吐き出しながら横へと座ると、差し出された質素なカップを手に取って、湯気を払いながらも嚥下した。

「うん。ウリエンジェの淹れてくれた紅茶もうまい!」
「本当でございますか? よかったです」

 初めて嗅ぐ香りであるが、基本的に食べ物に好き嫌いはない冒険者である。舌で、鼻で楽しみながら目を閉じて味わっていると、次に目を開いた時に目の前に眉を下げた彼の顔がドアップで見えた。思わず吹き出そうとしたのを察して、差し出されたハンカチを受け取る勇気もない。無理矢理口に含んだ茶を飲み込み終え、たまらず蒸せ帰っては背中をさすられる始末である。

「びっくりした……」
「その、初めての茶葉でしたので、何か違和感があるなどは……」
「いや? 普通にうまいよ。おかわりある?」

 素直に感想を伝えたのだが、大先生は納得いかない様子の表情を見せる。首を傾げながらも後ろ、正確には腰に下げた道具を気にしては、無言で首肯をしては残りの透き通った琥珀色の紅茶を注ぐ。

「そう、ですか」

 普段はポーカーフェイスなのに、あからさまに落胆する姿も珍しい。はじめはその程度の認識であったが、徐々に「片想い相手の彼が、自分のために用意してくれた物」という破壊力を自覚し、ただ幸せを味わうだけの作業となる。


**

「ねぇねぇ。まだあったはずの惚れ薬はどうしたの?」
「ウリエンジェが欲しいと言ったからあげたの!」

 妖精の国では、花びらと共に無邪気な子供たちが宙を踊る。本日、恋煩いの戦士がこの国を訪れたのは、朝方である。半日が過ぎたあたりで「そういえば」とピクシーたちの宝物を入れている倉庫の中身が減っていた件について尋ねれば、ケラケラ笑いながら1人の少女が素直に答える。

「全く、貴女は本当にあの人が好きね」
「ええ、勿論!」

 別に詰問しているわけでもないし、減って困るものでもない。久しぶりに惚れ薬を使った悪戯をしたいと思った、ただの思いつきである。なくても困らないし、ないならないで他の遊びをするまでだ。それがピクシーたちの刹那的で自由な子供の感情という名の原動力である。

「さーて。今日も若木のところに遊びにいくのだわ」
「妖精王ばっかりずるい!」
「私たちも外の世界に遊びに行きたいわ!」

 を膨らませて拗ねていたと思えば、舌を出して幼い拒否を示すフェオの行動に、すぐ諦めては他の玩具を探しに飛び出していく。きゃっきゃと笑い合う姿は幻想的で可愛らしいが、外の世界に出ればとんでもない混沌をばらまくから恐ろしい。
現に、アイテムだけが外へと持ち出されたが、振り回される人の心労は計り知れない。巻き込まれて心傷を負った者、何が起きたか理解することなく嵐に巻き込まれた者、期待して落胆する者。
 現在進行形で首を捻る2人のことなど忘れたかのように、悪戯っ子たちの楽しそうな笑いが薄明るい空へと響くのだった。


**


「おかしいですね……」
「おかしいな……」

 2人は背中を向け合い、同じタイミングで首を傾げながら、同じデザインの空の小瓶を振る。
妖精に化かされたのか、はたまた効果はもう出ているのか。真実は胸の中である。

+END

++++
お互いに惚れ薬を仕込む両片想い

23.1.15

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