えふえふ | ナノ



大切なのは勢いと愛情と

※実機君
※漆黒


 無意識に漏れたため息が、肌寒くなってきた夜空に消える。久しぶりに訪れた闇の空を見上げては、むき出しの二の腕を擦ってはウリエンジェが熱い息を掌に吹き出しては熱を生み出そうと擦る。
本日は快晴。雲一つなく、星々と月が自由に天頂で輝きを放つ。気分転換に飛び出したのは良いが、夜も、小さな星に囲まれた恒星も、見るだけで思い出すのは1人の男である。
この世界すら救った英雄の1人、闇の戦士こそ暁の盟友の一員の冒険者である。

「……はぁ」

 あの光り輝く恒星はまるで彼の写し身だ。人々に囲まれている様も、どこにいてもその輝きで見失わないのもそっくりである。指先から冷えてきたが、その冷たいと言う感覚さえ忘れては彼はため息を深く、深くついた。悩みの種は最近の英雄の友人関係にある。
 英雄は好色であるとはよく言ったものだ。いや、英雄だからというよりも、本人の資質だろう。仲間であるアリゼーやアルフィノは勿論、簡単に人を信用しないサンクレッドや、あのひねた性格をしたヤ・シュトラですら、彼の前では無防備な笑みを向ける。
仲間だけではなく、いく先々で人助けをしては、人々の中心に立つ姿も見てきた。種族も関係なければ、年齢も関係ない。そんな彼の姿を不安な気持ちで眺めるしかなかった。
 ウリエンジェも、英雄のことを想う1人である。始めはあまり接点を持たなかったが、遠巻きに人々の前に立ち進む姿を見ていた。暁の仲間たちに続き「私も彼と親しくなりたい」と考えたこともあったが、本当はそれだけでは納まらない感情なのはわかってはいた。
歩きたかったのは隣だ。聡明な参謀としてでもない。そう、一生のパートナーとして選んでもらいたい。そう、秘めやかな野望が生まれていたのだから。
 だが、今回の第一世界での旅で分かった。自分だけだと思っていた強い感情を持つ「男」が、他にもいるのだと。
目の前で嬉しそうに尻尾を振る小柄なミコッテの男は水晶公。この世界に暁の賢者たちを、いや愛しの英雄を呼ぶために長い歳月をとして孤軍奮闘していた賢人である。
 知識や情報でサポートする分では、ヤ・シュトラやタタルだっている。自分にしかできないことと言えば蛮神や妖精などの伝承や歴史、そして幼なじみから受け継いだ白聖石の研究。
第一世界から帰還するため、白聖石の研究をするように求めたられた時は嬉しくもあったが、手につかない日だってあった。その度にベーク=ラグに心配されもしたが、ウリエンジェは弱々しく微笑むだけ。その珍しい表情から、焦りと不安と、寂しさが第三者にも伝わった。
 今だって、仕事に追われ心配ごとに気を揉まれて、眠れていなかった始末。あまりに暗い表情をしていたものだから、心配したサンクレッドに酒場まで連れられたところだ。目の前に出された麦酒の水面を眺めていたが、映っているのは隈だけではなく、赤く泣きはらした目をしたエレゼンの男。そして正面には、眉をハの字にして酒を飲む姿を待っている気のおける友人の姿であった。

「お前、酷い顔してるぞ」

 自らは一気に酒を煽り、長い腕を伸ばしては目元を撫でてくれる。自覚はしていたが、最近眠れないし意味もなく涙を流す回数も増えた。今だって、彼が、闇の戦士が年相応な女性や男性と楽しそうに話している姿を、遠巻きに見えたのだ。
 「とりあえず気が紛れるまで飲もうぜ」と父親の風格が出てきた友人が笑う。元から面倒見がよかったが、更にお節介になったと仲間たちの苦笑いしているほどだ。
ウリエンジェの、英雄に秘めた感情をどこまで知っているのかはわからないが、誰かがいた方が気も紛れる。1人だと、またあらぬことを考えては沈んでいく一方。ピクシーたちの元へ行って、弱みを握られても恐ろしい。そうなれば、社交性のあまりないウリエンジェは必然的に独りになってしまうのだから。
 ヤケ酒でもしてしまおう。発泡酒を勢いよく半分まで煽ったところで、コツコツとヒールが木の板を叩く軽快な音が近づいてきた。周囲で騒ぐ酔っぱらいたちの笑い声に紛れてはいたが、やけにそれだけははっきりと耳に届いたのはお告げだったのかもしれない。

「お2人は、闇の戦士様ご一行ですよね?」

 急に話しかけてきたのは、長い金髪のアウラの女性だった。丸く大きな目に長い睫毛で、まるで人形のようにも見える可愛らしく小柄な女性。短いスカートから覗く足は細く、男なら声をかけられて悪い気はしない。
そんな彼女は、真っ直ぐにウリエンジェを見つめ、目をパチクリと瞬かせるのだ。

「貴方が噂の……」
「私が、何か?」
「すみません。闇の戦士様はご一緒では?」
「ん? 今日は外に出ているとは聞いたが、帰ってきたところは見てないな。何か急ぎの用事か?」
「いえ。ならば待っています。ありがとうございました」

 丁寧に頭を下げて去っていくところを見ると、追っかけの1人なのだろうか。頬杖をつきながら「羨ましいねえ」と冷やかすサンクレッドを見つめながら、ウリエンジェは表情に影を落とすばかりだ。

「あの……、」
「ん?」
「あの方は、いかなる女性が好みなのか、ご存知ですか?」
「女性? アイツが?」

 サンクレッドは知っている。かの戦士は同性愛者だ。女性には声をかけたりチャラついた態度も取るが、それは自分の性癖を確認しているらしい。どうあがいても、恋愛対象は男なのだという。
それに、彼が今夢中になっている男の名前も知っている。泡の消えた麦酒を見つめる友人を見つめながら、ため息をついて笑うしかできない。

「ははーん。知ってるか? 闇の戦士様は、想い人がいるって噂だ」
「そうなの、ですか?」
「身近にいる、物知りで寡黙なエレゼンだってよ。頭を撫でてやれば喜ぶところが可愛いってさ」
「エレゼン……まさか、アリゼー様? もしやアルフィノ様……」
「そうか。お前はそういう奴だったな」

 どうにか気づかせようとしても、自分への好意にストイックな先生は気づかない。首を傾げては双子の姿を思い浮かべるのである。酔いが回って赤くなる頬に、涙の膜を貼り始めた黄金の目。
少しまずいかもしれない、と正面から椅子を動かして隣へと移動すると、頭を撫でて気を落ち着けようと努力するサンクレッドの姿は周囲からは注目を浴びる。それでも、彼の気を落ち着けるのが先だ。そうでもないと、彼を溺愛する戦士様に大目玉を喰らうのはわかりきっている。
しばらく無言で目を閉じては、優しく大きな男の手の感覚に身を委ねていたガタイのいい優男。酔いが回ったこともあり、ポツリポツリと少しずつ呂律の回らない舌で言葉を紡ぎ始めた。

「あの方の手は心地よいですが、簡単に撫でてはくださいません」
「頼めばいいだろ」
「……背の高い男に言われても、気色の悪いだけでしょう」
「言ってみるだけならタダだぞ」
「いけません。あの人に、嫌われたら……」

 顔を手で覆い、さめざめと泣かれては寝覚も悪い。椅子をくっつけてはゆっくりと抱きしめて心臓の音を聞かせてやれば、少しずつ落ち着いては深く息を吐き出す。まだ嗚咽は聞こえるが、涙を流すことはないだろう。リーンよりも手のかかる大きな子供だ、と見えないところで笑うと周囲へ「見せ物じゃない」と睨みをきかす。イケメンで、闇の戦士の仲間なだけでも目立つのに、仲睦まじくくっついていると否応にも視線は集まってしまう。
 それでも酔ったウリエンジェは気づかない。感情のままにサンクレッドの背中へと腕を回しては、甘えるように額を擦り付けてくるのだ。

「かのお方は子供も守備範囲なのでしょうか」
「お前酔ってるだろ。一度水でも飲めって」
「私はシラフです。からかわないでください」
「いいから落ち着け」

 ポンポンと背中を叩いてやれば、大きな幼子は徐々に落ち着きを取り戻す。ゆっくりと息をつけるようになった時、やっと自分の置かれた状況に気づいては、顔を赤くして胸を強く押し返してきた。
しばらく無言が続き、落ち着いた頃には咳払いを一つ。「失礼しました。忘れてください」などと言われても、珍しく衝撃的な発言をした姿など忘れられるはずもない。それでも大人の対応を返しては「わかった。忘れる」と出来立ての綺麗なメニューへと視線を落とす。

「食べたいもの言え。なんでも奢ってやるから」
「あの方の手作、いえ。貴方のお好きなものにお任せします」
「わかった。本命のリクエストは夕食に頼んでやる」

 周囲から見てもわかりやすい両片想いの友人には、苦笑いを浮かべるしかできない。本人がいたら絶対に口にしない甘え方に微笑ましい思いを抱きながらも、通りかかったウエイターを呼んで彼の好物と、野菜と自分用の肉を頼む。
元から目立っている2人である。それでも何も言わずに笑顔を浮かべ、頭を下げて去っていくヒューランの女性に礼を言い、メニューを下ろした時だ。服の袖を、くいくいと引っ張られる感覚がした。

「もっと、撫でていただけますか……?」
「おう」

 ここまでくれば、どうとでもなれ。下がる頭頂を包み込む大きく骨張った男の手に、ウリエンジェは目を閉じる。動かず、何も言わず、ただされるがままのペットでも相手にしている気分であるが、時折熱い吐息が吐き出されることより、気持ちはいいとわかる。手入れが疎かな傷んだ髪を慰めていると、先ほどとは別のビエラの女性が酒のお代わりを運んできて、無言で去っていく。チラリ、と2人のことを見ていたが上品な微笑みを崩さなかったあたり、プロ意識が高い。
 2人の男が仲睦まじくひっついている姿を見ては嬉しそうな女性も集まってきたし、そろそろ店にも迷惑がかかるかもしれない。早く落ち着かせて、食事を終えたら部屋へと帰そう。プランを立てて一人頷いた時だ。遠くから走ってくる、見慣れた男の姿が見えたのは。

「やっときたか」
「やっときたか、じゃない! 何してんだ!」

 大股でずかずかとやってきたのは、噂の闇の戦士である。2人の仲を引き剥がすように分け入ってくると、どかりと横に座り込む。急に優しい手の感触がなくなり、不安な表情をするウリエンジェと、両手をあげて「降参だ」という意思を見せるサンクレッド。フーフーと鼻息荒く、まるで野犬のように世話焼きな兄貴分を睨みつけながらも、酔って冷静な判断すらできない聡明な博士を抱きしめる。
頭を強く抱きしめられ、息苦しかったらしい。ケホケホと小さな咳を漏らしては、逞しい腕を叩いては、自由にしてもらえるようにと訴える。目の前のライバルに威嚇をしていたため反応は遅れたが、やっと彼の主張に気づいて手を離せば、熱に浮かされた顔が見える。

「あの」
「ん?」
「もっと、もっと撫でてください……」

 もう相手が誰であるか認識もしていないらしい。スリスリと頭を擦りよせては静かに目を閉じる。「喜んで」とゆっくりと頭へ手を乗せては、乱れた髪と精神を宥めるように下へと手をゆっくり動かす。手は大きいが、本を扱うために荒れてはいない。だが古書の匂いが染み付いた袖が心地いいらしい。徐々に和らいでうっとりと目を閉じられた綺麗なオリーブ色の瞳。

「……、さん……」

 撫でている手が、心地よい人の手だとすぐにわかった。急に闇の戦士の名前を呼んでは、涙を流すのだ。心地よい力加減と、愛用している召喚の極意の書かれた古書の匂いはよく覚えている。酔っていてもわかるほどに。

「よしよし。泣くなって」
「泣いてなんか、」
「最近会えなくて、寂しいって思ってくれてる?」
「あの人とは、お互いに、この世界でやりたいことが違うのですから」

 いつもは気丈で優雅な知将の珍しい姿に驚きはするが、一緒にいて安堵してくれるのは嬉しいものだ。ましてや片想いの相手である。喜ばない方がおかしい。まだ撫でてくれているのがサンクレッドだと勘違いしているが、その方が話しやすいことだってある。

「これは一緒に部屋で食べような」
「……はい」
「夜は何が食べたい?」
「あの方の、手作りなら、なんでも」
「嬉しいこと言ってくれる」

 流されての発言だろうが、それでも素直に頷いてくれるのは嬉しい。もう飲みきれないと判断された、飲みかけの麦酒をサンクレッドから受け取り、一気に煽ると船を漕ぎ始めた彼を膝の上に抱き上げる。
酔った様子はないが、仄かに赤い頬と座った目より酒が回ったことはわかる。アルコールでテンションが上がる彼は、今の美味しい状況も合間って暴れるかもしれない。少し身構えたところで、ギュっと腕の中の筋肉質な男を幸せそうに抱きしめるのだ。

「なぁ」
「ん?」
「今告白したら、忘れるかな」
「お前が言うことだから、覚えてるんじゃないか?」
「本当に? じゃあ、ウリエンジェ」
「?」

 酔ってはいるが、名前を呼ばれたことで反射的に振り返っては、見上げて首を傾げる。まだ目の前にいるのが待ち焦がれた戦士様だとしても気づいてはいない。「なんれしょうか……」と舌足らずに言葉をつむいでは、フワフワと思想がままならない頭で微笑むのだ。そんな子供のような無防備な姿を見て、ニッコリと満面の笑みを浮かべたと思えば。

「好き」
「……はい?」
「キスしていい?」

 周囲に聞こえるほどの、はっきりと強い音色で告げる豪胆さは、さすが英雄と言える。驚き料理を取り落とす者もいれば、酔っ払いによる口笛も鳴り響くわ、女性の黄色い悲鳴も響き渡り店主が困った顔で鎮めにかかっている。ニッコリと微笑んでは水を口に含み、答えも聞かずに口移しで喉へと流し込む。惨事と言っても過言ではない光景に、サンクレッドが頭を抱えては苦労の絶えないため息を吐き出す。ただでさえ闇の戦士という肩書で目立つというのに、これ以上の悪目立ちは今後の行動に支障すら来すかもしれないというのに。この男は何も考えず、刹那主義で行動しすぎではないだろうか。
 周りの喧騒も気にせずに、英雄は机の上に残された料理たちを見やり、塞がった両手の代わりに口笛でウェイトレスを呼ぶ。キザな方法ではあるが、誰も嫌な顔をしないのは、彼の人徳と積み重ねた努力の賜物。すぐにやってきたこのテーブル担当になってしまったビエラの女性が、崩れない営業スマイルでやってきた。

「おねーさん。お持ち帰りで」
「お持ち帰りのトレイと……毛布をお持ちいたしますね」
「ありがと」

 「コイツもお持ち帰り対象なのか」とポツリと呟き、苦労性で面倒見のいい彼は苦笑いを浮かべる。お持ち帰り商品である彼は、目をパチクリとさせては自分の現状もわからぬまま、男らしい腕にしがみついた。

+END

++++
22.10.8

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