えふえふ | ナノ



こわいもの

 最近続いていた寒気が、やっと和らいだ。ゆっくりと木々が芽吹いていく様が、まるで写真のように脳裏に焼き付いている。鮮明で、艶やかで、美しく。いつもよりも上着を着こんで不機嫌な顔を隠すことがなかった彼ではあるが、春の陽気よりも無彩色の冬のほうが似合っていたようにも思う。
 最近、やっと厚着をやめたことで機嫌が直ってきたが、次は日の光が眩しいなどと吸血鬼のようなことを言う。
神様でも太陽を消すことなんてできない。彼の前代未聞な我が儘は置いておくとして、

「皇帝は、寒さ以外に苦手ものはあるのか?」

 素直に教えてくれるなんて思っていない。そう、これは、ただの好奇心と悪戯心。
案の定、彼は頬肉を、眉を歪めて心底嫌悪感を現しては藤色の目を光らせる。

「ない。寒さも苦手というわけではない」
「あんなにベッドで丸くなってたのにな」
「生理現象に文句を言うな。何様のつもりだ」

 てっきり無視を決め込まれるかとは思ったが、返答がくるとは。だが、内容は想定通りのものであった。威厳を保つためにも間髪入れずに吐き出された言葉に、苦笑する。
 脈略のない笑顔に、警戒するのは仕方のないこと。表情は警戒色を映し、視線は反らさない。いつ何をしでかすかわからない獣が、今日はいつにも増して不可解な言動をするものだ。

「貴様の思想が怖いわ」
「そういえば、『まんじゅうこわい』という話を聞いたんだが」
「は?」
「クラウドの世界に伝わる話らしい」

 ああ。そういえば、偶然見た書物に、どこかの島国に落語というものがあると書かれていた。
相手の悪意を利用して、苦なく利益を得た才知を持つ者の話だったか。
それを元にするとすれば、「皇帝は、フリオニールのことが、好きである」。

「断じてない」
「そうか」
「貴様のその脈絡のない思想が怖い」
「そうだったらいいなと思ったんだけど」

 何を言っているのかわかりたくない、何が言いたいのかわからない。呆れて物も言えないとはこのことである。
 警戒されているのはわかっているのだが、1人で表情をコロコロ変えて百面相をする皇帝を見ているのは飽きない。ただ、ニコニコと笑みを浮かべていただけなのだが、思い切り足を踏みつけられてしまった。ヒールがすごく痛い。

「気色の悪いやつ。普段通りであれば、見てくれはいいものの」

 普段は表情を変えることなんてないし、どんな時でも感情は表さない。ましてや、「怖い」などという弱音は、決して見せない。
自覚はないのだろうが、暴露してくれることが嬉しい。

++++
まんじゅう怖い

フリマティで「君が頑張って隠してる、その弱くて愛しくて最高に可愛い所」とかどうでしょう。

20.4.23ƒ

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