えふえふ | ナノ



隠し味は花の味

※皇帝女体化



 しんしんと雪が降る夜。夜空を見上げると、星の代わりに雪の結晶が宝石のように夜を彩る。冷たくは有るが、雰囲気もある。もう冬まっただ中なのだと思えば、一層と寒くなってきた。マントを抱き込むとただ目的もなく散歩をしていた。
 もう乾ききった枯れ葉の上を歩くとパキパキと音が鳴る。空を見上げながらも転ばないように枯れ木たちの間を歩いていると、目の前に見えたのは金と紫のマントに包まれた女だった。
 「皇帝」と声をかけようと、手を挙げた時だった。突然腕を掴まれ、皇帝に城へと招待された。一体何を考えているのかはわからない。だが断るという選択肢もなく魔法で転送魔法へと引きずり込まれてしまった。
 通されたのは広い食堂。数個のランプで照らされた場所では、薄暗いのは仕方ない。動物の剥製や青銅鎧、髑髏のアンティークが置かれた部屋では不気味さをかき立てられる。それでも慣れてしまえばどうという事はない。通された席は、いつもの長い机ではなく伸ばせば手が届く距離の机だった。これでは一般人の食卓と変わらない。
 並べられた料理は、どれも湯気を立てていて食欲をそそる。まだ名前もわからないような高級食材を使用しているのだろう。王の食卓に喉を鳴らすと、座るようにと促される。てっきり自慢されて終わりだと思っていた。
「ここには部下がいない」
「じゃあこれはお前が」
「冷める前に食え」
 やっと発せられた言葉の意味を確認しようにも、睨みつけられて杖を突きつけられてはできない。どうやら彼女が作ってくれたらしい。料理をする皇帝を想像し、笑う顔を抑えながらも席に着くと彼女も支度を始めた。
 マントを脱いで、鎧を外し、部屋着になると豪華な角の冠も外し脇に置く。蛇と角だけがおかれている姿は不思議な感じではあるが、角が生えていない「人間」の姿の彼を見ることが何よりも新鮮だった。煩わしそうに頭を振り、腰まである長い金糸を振り乱す姿は、息をするのを忘れるほどに美しい。
 悪魔を模した鎧を脱げば、ぴっちりとした黒いタイツのような服が顔をだす。体のラインを誇張するそれは、彼女が女である事を示唆する。
細い腰を誇示しながら支度を終えて手袋を外すと、綺麗な白い手が現れる。黒いマニキュアで彩られた爪が映えて、一層肌の色を際立たせる。「何をジロジロ見ている」と笑い、席に着く表情は酷く穏やかで、純粋な子供のようだ。
 前掛けを身につけてもみあげを耳へとかける。拍子に見えた形のよい耳には、ピアスがつけられていてキラリと光る。
 そこまで凝視してしまっていることに気が付き、慌てて顔を逸らすが赤い顔を指摘されて逃げ道がなくなってしまった。どうとでもなれ、と乱暴に武器を下ろすとワイングラスが鼻の先に突きつけられた。
「つげ」
 こうなるとは薄々わかっていたから何も言わない。ワインへと手を伸ばして蓋を開けると、ゆっくりと傾けて注いでいく。赤と黒が混じった色に、果汁の香りと酒の匂い。良質なものだというのはわかるが、きっと途方に暮れるような値段の果実酒なのだろう。恐ろしくて落としそうになってしまった。
赤い血のような酒を注ぎ終えると、満足そうに置いてボトルをひったくられた。反応出来ずに固まっていると、目がどんどん細くなり眉間の皺が深くなる。
「何をしている。私の酒が飲めんのか」
 地を這うような声で近くにおかれたワイングラスをもぶんどられたと思えば、ワインが見る見るうちに半分注がれてしまう。満足そうにグラスを置くと、「早く手に取れ」と催促された。
慌てて持ち上げれば、チン、と軽快な音を立ててグラス同士がぶつかり赤い水面が揺れた。乾杯をしたかったのか、そう理解する間も貰えずに彼女は嬉しそうにワインを嚥下していた。
「今日は、どうしたんだ?」
 いきなり引きずり込まれた時は、また我がままをふっかけられるのかと思った。「炊事洗濯をしろ」や「掃除はどうした」と最近召使いのようなことを言われることが増えた。
そう思っていると「眠るまでそばで見張っていろ」や「散歩につき合え」と不思議な命令もあった。断る理由もなかった。見張っていられるなら、一緒にいられるならいいとまで考えてしまい、快諾していた。それが彼女の命令をエスカレートさせる原因になっていたのかもしれない。
 今日は一段と様子がおかしい。自分から家事を率先してすることはなかったのに、料理をするとは。あの傍若無人で暴虐無比な皇帝が、人の為に何かをするなんて考えられない。何か裏が、そう料理になにか仕込んでいるのではないだろうか。疑心が生まれてしまえば消える事はない。そう思えば口をつけるのを躊躇ってしまう。
「どうした。食べないのか」
 これ以上渋れば怪しまれる。
 慌てた心で肉にフォークをさすが、すり抜け逃げられてしまう。大きな音を立てて取り押さえると、乱暴にナイフを入れて切り分けていく。斜めになってしまい、切り口もギザギザしていて汚いがしょうがない。食べられたらいいのだ。微かに香る花の香りに食欲がそそられるが、それも不安要素となってしまう。
 そのまま自らの口に運ぼうとして。
「あーん、なーんて……」
 笑顔で彼女の方へと向けることにした。
 恥ずかしいことではあるが、命には変えられない。それに前々からやってみたかったことである。上目遣いで様子を伺えば、唖然と口を開く呆れた顔が見えた。
 したたる高級な美酒は白いテーブルクロスへと与えられて、徐々に色を変えていく。惚ける彼女の姿が珍しくて、赤く染まっていく頬を見つめていた。が、これは殴られるかもしれない。徐々に青ざめて下がる手を追うように目が伏せられ、睫毛が震えて唇が物言いたげに戦慄いた。もう諦めよう、と肉汁を滴るごちそうを置こうとすれば、甘い匂いが鼻をくすぐった。
彼女の顔がすぐ傍にある、そうわかった時には肉の塊は消えていた。
「……マナーも知らんのか。無知な奴」
 赤く染まった頬を逸らしながら、口を拭う姿に理解した。彼女は、この悪ふざけを享受してくれたのだと。悪態をつきながらもゆっくりと咀嚼して、赤い舌が唇の舐めると、油で淡い赤が強調されて光って見える。卑猥な光景に顔が熱くなってきた。
 また、上品な口が小さく開かれる。混乱した頭で状況を飲み込めずにいると「早くしろ」と怒られる。慌てて次を先程よりも大きな音を立てて、雑に切り分けるとゆっくりと差し出してみる。次は、すぐに近づいてきて肉を奪っていった。
「うまい、か?」
「……当然、だ」
 目を伏せて頬張る姿に微笑んでいると、両頬を膨らませながら睨みつけられた。上目遣いになってしまい、恐怖もなにもない。拗ねた子供のような表情で、肉を奪わせないとそっぽを向く姿に、胸が締め付けられる思いだ。
 乙女のようにときめいていると、彼女の持つ銀の食器が肉を切り分けていく。音も立てず、静かに丁寧に、フリオニールとは全然違う。王としてのマナーを学んだ彼女には雑作もないのだろう。食器を掴む細い指に、肉を見つめる長い睫毛に、垂れ下がる金色のもみあげに目を奪われていると、油の滴る肉の香ばしい香りが鼻先に突きつけられた。
「褒美だ」
「え、いや、これはお前の」
「私の物が食べられないのか」
 怒るというよりも拗ねた子供だ。化粧で彩られた大人の顔が、頬を膨らませる稚拙な行為によって台無しだ。幼い皇帝の行動に思わず頷いて彼女の食器から肉を奪う。
 1、2、3。咀嚼する度に肉と仄かな酒の味が混ざり合う。このワインを使って焼いたのだろうか。柔らかく、生焼けの部分もある食べた事のない絶品料理に頬が蕩けてしまうようだ。
「私好みに焼いたが、お前はどうだ?」
 汐らしく返事を待つ姿に驚きながらも「うまいよ」と素直に答えてみる。
純粋に微笑む姿に心を打たれ、口が開いてしまい「汚い」と罵られる。それでも、彼女は満面の笑みを浮かべていた。
「フフ、これで貴様も私の虜だな」
「餌で釣れると思うなよ!」
「それはどうかな?」
 嬉しそうに笑う姿が綺麗で可愛くて、相手が皇帝だと忘れてしまう。
 心を奪われ好きになってしまったのは、この冷酷無比で美しい敵の国の王だった。
「野菜も穀物も、まだまだある。今のうちに精をつけておけよ」
 食べさせ合いに味を占めたのか、嬉しそうにサラダを突きつけてくる。口を開けるまで引いてはくれないのはわかっていた。満更でもなく、すぐさま口を開くと手皿をしながら舌へと乗せてくれる。
 恋人というよりは、子供の世話を焼く母親のようでもある。複雑な気持ちになりながらも果物を手に取ると、口へ運ぶ前に彼女の水水しい唇に吸い込まれてしまった。
「貴様も、私に献上しろ」
 どうあっても自分で食べる気はなくなったらしい。「次をよこせ」と口を開けて待つ雛鳥に頬が緩みながらも、近くにあったソーセージを差し出した。

 全ての料理を食べさせ合い、自分でも食べてを繰り返しているうちに、なくなってしまった。「片付けておけ」とだけ言い残し、早々に浴場へと消える暴君を見送り、諦念のため息をつく。
 そうだろうとは思っていた。料理をしてくれただけでも貴重なため、これ以上の文句は言えるはずがない。
すぐさま水を溜めて洗剤で泡の風呂を作ると、順番に皿を沈めていく。縁に金の装飾がしてあったり、やたらと軽い銀の食器から随分いいものを使っているのかがわかる。
 割らないように、だが汚れが残らないように全神経を使ってスポンジを滑らせると、背中から何かがのしかかってくる。
何か、なんて改めて言うものでもないだろう。
「どうだ。手伝ってやろうか」
背中から張り付く白い姿に、思わず感嘆のため息が漏れてしまった。体を押し付けるのはわざとだ。首に腕を回して抱きつく姿は、死刑を執行する悪魔に思える。
 妖しい、人を誘う悪魔が耳元で笑う。
「いや、いいよ」
「そうか。今日は泊まっていけ」
「わかっ……え?」
 聞き返そうと振り返るが、彼女の姿はなく貯蔵庫から酒を取り出しているところだった。思わず手を伸ばすが、掴めるものは何もない。言われた事を理解しようとはするが、頭が回らない。
(泊まる? ここに? 二人きり、だぞ?)
 声をかけられずに独り言をもらしていると、思い出したように彼女が振り返る。
身につけているのは、バスローブ一枚だけである。
「湯浴みが終われば、私の寝室までこい。」
「いや、お前……」
「約束だぞ」
 命令、ではない約束が胸をつく。
太腿までの短いバスローブをまとい直して彼女は再び部屋から姿を消した。
 言葉の意味はわかる。そこまで子供じゃない。
それでも、色仕掛けという罠なのかからかいなのか、そこまではわからない。期待している自分自身がバカらしくも思えてしまう。
 別に、彼女とは恋仲でもないのに。告白すらできないのに。
 強くぶつかった食器同士が、大きく響き頭を揺さぶる。
考えるのはよそう。何かしていれば自ずと煩悩は消える。ガチャガチャと音を立てて食器に当たり散らすと、水で手が痛む。それでも心の痛みよりはマシだ。

 言われたように風呂を借りた。予想以上に広い浴室に、いくつもある浴槽。まるで風呂に執着する東の島国のようだ。そこを意識しているのかはわからなかった。
ピンクの色がついた浴槽に体を沈めれば、少しヌルヌルとした感覚がまた気持ちがいい。洗剤でも入れているのだろうか、それとも薬なのだろうか。仄かに花の香りがして、体が熱くなる。
 いつもと雰囲気が柔らかい彼女を見て、興奮しているのだろうか。頬を叩くが、湯よりも熱い顔に違和感。雄すらも反応をしてしまい、泣きそうだ。
 彼女を長くは待たせてられない。簡単に体を洗うと、慌てて着替えて飛び出した。広く長く、扉がいくつもある城では有るが、彼女の部屋はわかる。一番奥にある大きな扉。玉座の部屋の奥に彼女の部屋は有る。
「すなまい、待たせた……」
 まるで魔王を討伐しにきた勇者のように警戒して扉を開け放つと、レースが張られた妖しいベッドの上で何かが動く気配がした。どうやら仮眠をとっていたらしい。近づこうとすれば、呻き声が聞こえて身を起こすのが見えた。
「ん、きたか……?」
 うっすらと見えるレース。胸と股間、大切な部分だけ黒い布で覆われて、あとは透ける布を被せている程度。赤い顔とピンクに染まった肌が対照的で、荒い息は発情した動物。
隠している、というには布が小さく、見せつけていると言うのが正しいだろう。
フリオニールに気がつくと、腕を広げて胸を曝け出す。先を尖らせ自己主張をする胸に、思わず唾を飲み込んだ。
「早くこい」
「お前、その恰好……」
「ふむ。なかなか雰囲気が出るだろう」
 肩の紐を引っ張ると、布が揺らめき胸に自然と視線が集まってしまう。見てはいけない気になって視線を逸らすと「こっちを見ろ」とお怒りの声がかかる。
「早く来い。我慢出来ないのではないのか」
「何が」
「……私が、食べ過ぎたか」
「何の話をしているんだ?」
 首を傾げていると、引き出しに入れてあった小さな小瓶を取り出した。どこにでもあるものを出されても、よくわからない。首を更に傾げると蓋を開けて鼻先に向けられた。
まるで、風呂や食事中にしていた花の香りと似ている。まさか。
「気がつかなかったか? 貴様の料理に一服盛ったのだ」
「ならお前も食べて……!」
「だから、我慢できないのだ……貴様だけ、盛らせるつもりだったのに……」
 赤い唇から漏れる熱い息。紫に瞳は情欲を映しており、舌なめずりをする音が鼓膜を犯す。
 間違いなく、これは興奮剤だ。風呂にも入れてあったとなると、高揚する気持ちも頷ける。料理に盛っていたなら、ほとんどは彼女の腹の中。一番苦しいのは彼女自身だろう。
 薬に頼ってまで求めてくれたのだ。盛った薬を自ら接種してしまうほど、恋人のような行動な嬉しかったのだろうか。
ここまで素直じゃない本音を伝えられると、嫌でも理解しなければいけない。
 彼女にここまで愛されているのだと。
「早く、早く鎮めろ……」
「それは、もしかしなくても」
「奉仕をしろ、と言っている……私が満足するまで寝かさんからな……」
 手招きして抱きついてくる細い体を、ただ抱き返すしか出来ない。おさわりの許可を貰った所で、急いで脱がしにかかると手を叩きおとされた。
「馬鹿者。雰囲気というものがあるだろう。がっつくな」
「どうすればいいんだよ……」
「キスをしながら、など、そういう行為が思いつかないか」
 どうやら彼女は雰囲気を重視したいらしい。なかなかないおねだりに答えてゆっくりと啄むと、嬉しそうに鼻を鳴らす。
「そうだ。いい子だ……」
 ご褒美だ、と露出していく肌にお預けをくらっていたが、もう我慢出来ない。犬のように飛びつくと、首に吸い付き、肩ひもを一気に引き下ろす。
「今度は、俺がお前を食べたい」
「……そういう臭い台詞はいらん」
「いいじゃないか、嬉しそうだし」
 形のいい胸に吸い付くと、なによりも甘い味がした。

+END
++++
18.1.1


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