えふえふ | ナノ



ハロウィンネタ

※ハロウィン



 10月末、もう数える間もなく11月がやってくる。太陽が落ちるのも早くなり、風も冷たく昼でも肌寒くなる季節である。むき出しの肩を冷たい風が撫でて、思わずくしゃみがもれ、慌てて体を擦る。個性豊かな恰好をしていた戦士たちも、揃ってマントや上着を着込み始め視覚的にも一体感が生まれた。
 人だけではない。緑色をしていた植物たちも見せ場を追え、紅葉した美しい葉が色あせて散っていくのが見える。赤と茶が舞い散る風景は妖精の踊りを見ているようだ。手を伸ばせばスルリと意図を持つかのように逃げていく。力を失い地面へと帰っていく様は、物悲しい気持ちになった。
 人でも自然でも、生き物一生を見ていると寂寥感を覚える。見上げるだけで落ちてきた茶色い葉が鼻の上に乗り乾いた音を立てた。
枯れた木の独特な匂いが鼻をくすぐり、嫌でも実感させられる。もうすぐ冬がやってくる。
林の入り口では、木々の一生が一望出来る。ぼんやりと非常食の木の実を積んでいく音に紛れて、ジタンの能天気な声が聞こえてきた。

「俺の国では元々は死者を供養する、悪魔避けをするという意味で始まった祭りの事なんだけどな」
「ふうん」
「おい、聞いてるのか?」
「聞いてるよ。ハロウィン、だっけ?」

 色とりどりの木の実から視線を外さずに、バッツが適当に答える。
 雑な返事ではあったが、話を聞いていただけでよかったらしい。気を良くしたジタンは、手の上で木の実を踊らせながら笑った。すかさず「仕事をしろ」とフリオニールに頭を叩かれたが、懲りるわけもない。脇を通るそよ風も同然である。

「お前のところにもあったのか」
「クラウドも知ってるのか?」
「俺の所ではただの祭りだ。子供が仮装してお菓子を貰いにくる」
「へぇ。アレクサンドリアでも仮装大会はあったけど、お菓子はなかったな」

 普段は話を聞いているのかすらわからないクラウドが、話に食いついてくるとは思っても見なかった。口を開けながら木の実のヘタを取って籠へと投げ入れる。
 山のようになった果物は、まるで一足早いクリスマスのオーナメントのように荒野を彩る。
赤い物、緑の物、黄色い物。ハロウィンという祭りでは、これがお菓子の山になるのだろうか。想像するだけで涎が出てくる。
1つに手を伸ばせば、すかさず槍の柄の部分が頭へと落ちてきた。恨めしい視線を後ろへと向けると、鼻を鳴らすフリオニールがいる。子供は、母親の目が光っているうちはつまみ食いが出来そうにない。

「なあ、面白そうだから俺たちもやってみねえ?」
「何を言っているんだ。戦いの最中だろう」
「そうだけど。戦ってばかりだと疲れも溜まって戦意も下がるって」
「そうだが」
「死者への追悼、ですか」

 男ばかりのこの場所には似合わない、澄んだ女の声に慌てて顔を上げる。声の主は、突然宙に現れたのはマーテリアだった。
普段は姿を現さない神様が何のようなのだろう。手から落ちた木の実にも気がつかず、ゆったりと浮かぶ光の塊を見つめるしかなかった。
 神とはよく言ったものだ。光り輝く彼女が現れるだけで、空気が清涼なものへと変わった。荒野であっても草木が活気づいたように揺れ、色づき始める。
女好きなジタンでなくても見惚れてしまう、力がそこにはあった。

「あれ、神様?」
「この戦いで、沢山の戦士が殉職しました。世界のためとはいえ、私たちの責任でもあります」
「気にする事じゃないって。俺たちは戦う決意をしてここにいるんだから」
「そう言って貰えれば気は楽になりますが……死者の魂は報われません」

 静かに涙を流す女神に、四人は困ってしまう。
女性を泣かせたとなると気まずくなる。ましては召喚主の女神様だ。仲間に見られ、あらぬ誤解を受けるのも避けたい。光る宝石のような涙を見ながらうろたえる一同だったが、バッツの能天気な声で我に帰る事ができた。

「じゃあ、ハロウィンをすればいいんじゃないか?」
「ここで? どうやって?」
「一日仮装して、お祭り。それで魂も慰められて皆も楽しめる、一石二鳥だ!」
「ほう、随分と面白い事を考える」

 少し枯れた、年のいった雄々しい声が聞こえてきて五人は身構えた。ここにいる男たちは皆若い。聞き覚えのない男気溢れる笑い声に、神を守りながら皆が武器を構える。周囲を見回すと、唐突に上から何かが落ちてきてズドンと大きな音と砂埃をあげる。
 目を守る為に顔を覆った瞬間、現れたのは焼けた逞しい筋肉が特徴の男神だった。

「ほう。祭りか」
「スピリタス……」
「今日は争いにきたわけではない。マーテリアよ、渋い顔をするな」

 せせら笑う男神に女神は渋い顔を続けている。戦士たちも緊張を緩めずに武器を握る手が汗ばみ、八つの目が腕を、足を、頭を見張る。それでも怯む様子はない。それどころか偉然と戦士の前に立つ姿は、戦神としてふさわしい出で立ち。怯まずに雄々しく戦士たちの前に立ち塞がる威圧感に、一同は冷や汗が流れる。

「その祭りとやら、我が世界にも取り入れてみようか」
「貴方の?」
「そうと決まれば早い方がいい」

 赤い腰布をたなびかせて背を向けると、闇のゲートに飲まれるようにその姿が消えた。黒い戦鬼がいなくなったことで皆の緊張の糸が切れて、座り込む者までいる。女神も深く安堵の息をつくと、へたり込む戦士たちを微笑で労った。

「彼も戦闘狂というわけではありません。本当に祭りの事を楽しむつもりでしょう」
「うーん、向こうの奴らが乗るとは思えないけど……」

 捻くれた兄の姿を想像して、ジタンは苦笑いをする。
自らを着飾る事はよくやっているが、仮装なんて好んでやるだろうか。想像はできない。露出の高い悪魔の恰好をして誘惑してくる姿を想像して、勢いよく振り払った。

「なんとあれ、争いにならなければいい」
「そうだな。一応報告と警戒はしておこう」

 頷き合うクラウドとフリオニールに、安心したようにマーテリアが微笑んだ。
花のような純粋で可憐な微笑みに、顔を赤くする一同。奇抜な服を翻して、神は再び宙へと舞った。

「それでは、貴方たちにクリスタルの導きがあらんことを」

 頭に直接響くような声が、反響して響き渡る。まるで幽霊のように跡形もなく消えてしまった。
やっと息がつけたと思えば、バッツが無垢な瞳で首を傾げた。

「でも本当に何が起きるんだろうな」
「さあな」
「神様のことだからな。気まぐれで何をするかなんてわかるかよ」
「スピリタスが出てくることは予想外だったが……仮装……か」

 二人の神様が何をするかなんて、全く予測が出来ない。
よからぬ事が起きるのか、面白い事が起きるのか。まだここにいる四人にも、神様にも予測はつかないことだった。
 木の実の山のバランスが崩れ、一つが止める間もなく進みだす。運命とはどちらへと転がるかなんてわからない。自由に走り出した木の実は、静かに茂みへと消えていった。


→ CP分岐
【バツスコ】 / 【フリマティ】 / 【ジタクジャ】 / 【クラセフィ】

*****


※バツスコ


「おいバッツ」
「んー、どうし……何だその恰好」

 朝起きたら、隣には不機嫌丸だしの恋人がいた。
昨日は自室の狭いベッドにスコールを引きずり込んだ、ここまでは覚えている。始めは狭くて嫌がっていたが、もう慣れたもので彼もため息をつくだけで何も言わない。顔は口よりも正直で、頬が赤くなっていたのは見逃さなかった。
 だがそれから特別な事をしただろうか。昨日は他愛無い話思い出話をしただけですぐ眠ったはずだ。触れ合いもしていない。
目を丸くしながら、ベッドから這い出した不機嫌な彼を見つめていた。
 寝る前に着ていたシャツでもなく、普段の動きやすいカジュアルな服装でもない。寝るのには向いていない黒い腰までのポンチョのようなローブ。腰からもスカートのような布を巻き、ベルトでとめている。
戦士というよりは、魔法使い。頭に被った三角の帽子に魔女を連想させられてしまう。
 当の本人を見やると、どうやら自ら着替えたわけではなさそうである。不本意である、と座り込みながら目だけでバッツに訴える。真犯人を見つけたときのような目である。慌てて首と手を振って弁解するしかなかった。

「いや、何もしないだろ!」
「……なにも言っていない」
「お前の言う事ならわかるさ」
(何を根拠に)

 赤くなり目が細くなるのは照れている証。可愛い恋人を慰めようと、頭に手を伸ばして違和感を覚えた。指は出ていて物を掴む事は出来るが、手が動物のようになっていた。
手袋なんてつけただろうか。それでも、手にはしっかりと毛皮に覆われていた。肉球までついているのは幸いと言えよう。思わずふにふにと指で押していると、頭を思い切り叩かれた。耳が、痛みでしなるのがわかる。

「あれ、魔獣使いなんてジョブチェンジしたかな」
「趣味じゃなかったのか」
「まさか。俺が着るくらいならスコールに着せるって」

 違和感を感じて触った頭には、三角の獣の耳も張り付いていた。どうやら偽物ではないらしく、触る度にくすぐったさを覚えるから本物で間違いない。
 それに尻からは同じく毛に覆われた尻尾がある。ジタンのものとそっくりではあるが、色が違う。黒い、猫の尻尾も同じく自分の意思で左右に揺れ始めた。
 これではまるで黒猫だ。体に張り付いた毛皮が、全身に広がっている。腕は動きやすくノースリーブになっているのはいつもと変わらない。

「えっと……コスプレ?」
「俺にはこんな趣味はない」
「寝ているうちに着たんじゃねえか?」
(そんなわけがあるか)
「まあ、俺も覚えなんてねえし」

体を捻っても動く尻尾が逃げるだけ。段々楽しくなってはきたが、スコールに頭を叩かれたから我慢しておこう。

「なんのつもりだ」
「俺のせいじゃねえよ! 何も知らな……あ、神様が何か言ってたかも」
「……」
「なんだよその目! 俺は頼んだりはしてねえよ!」

 「やっぱりお前が悪い」と一方的に避難する目を向けられて、ついムキになってしまった。慌てて言い返すが、彼の目は細くなるばかりである。昨日食材調達の際にあった神様との話をすると、半信半疑ながらも頷いてくれた。

「ハロウィン、仮装……俺の世界でもあった」
「そうなのか。なら話が早いな!」
「死者を追悼する意味があるのも知っていた」
「さっすがスコール! 物知りだな!」

 突然抱きついてきたバッツの抱擁を交わすと、ベッドへと顔面からダイブした。硬いシートの上で重い音がして、恨めしい半目が彼を射抜く。しかし睨んでいる、というよりも拗ねているだけでは怖さもなにもない。鼻を鳴らすと無視を決め込むと猫撫で声ですり寄ってきた。

「無視しないでくれよー、スコールゥー」
「煩い。邪魔だ。立てない」

口ではいくらでも言える。鬱陶しいと思うのは本音では有るが、退ける事ができないのも本音である。膝の上で器用に手足を折り畳み丸くなる猫。諦めて硬い毛を撫でられると、優しい手が嬉しくなり体をすり寄せる。

「なんだかんだ言って俺に優しいよな」
「言ってろ」
「いくらでも言う。スコールは俺に優しい」
「勘違いだ」
「そんなことない。俺が一番よく知ってる」

 豪語する彼に呆れはするが、満更でもないのは知っている。褒められて困惑する姿が年相応の少年であり、自慢の恋人である。防止を深く被り顔を隠そうとしてももう遅い。得意の猫パンチで邪魔なものを跳ね飛ばすと、丸くなった目と赤くなった目尻が見えた。

「にゃあにゃあ、ご主人様」
「やめろ」
「黒猫と魔女って、どこかの映画みたいだよな」
(俺が魔女とは、皮肉か)

 確か魔女は黒猫と縁が深いと聞く。スコールと対立する魔女は猫を飼っている気配はないが、黒い羽のようなものを身につけている。何か黒い動物が似合うのは否定しない。
 目の前の彼が妖しい薬や魔法を使っている姿を想像して、笑ってしまった。彼は妖しい事をするには真っ直ぐすぎる。似合わない光景に肩を震わせ続けていると、尻尾を思い切り引っ張られた。動物虐待である。

「いってえ!」
「躾だ」
「悪いことしてないだろ!?」
「人の顔を見て突然笑うな」
「いやー、お前が魔女らしいことをしたら、似合わないなって」
「当たり前だ」

 また、ゆっくりと手が背中を撫でる。まだ怒ってはいるようだが毛並みを整えてくれる手は優しく温かい。冷たい態度をとっても、優しい性格をしているのは知っている。この恋人という縁も否定せずに、大切にしてくれているのも知っている。
甘える猫の真似をして、頬を舐めても拳は落ちてこなかった。
 口だけ天の邪鬼の彼は、人の心をかき乱す悪い魔女。毒リンゴよりも強い毒で、人を惑わし心をかき乱す。どんな魔法よりも強く、逃げられない力を持つ。

「でもお前に飼われるなら俺も本望だなー」

 ざらざらした舌で頬を撫で続けるが、嫌そうな顔をすれども抵抗はない。赤い頬がリンゴに見えて、必死に舐めてはいたが白く戻る気配はない。ますます赤くなっていく可愛い丸い頬に、ほくそ笑んで「にゃあ」と鳴いた。


+END
++++
黒猫×魔女






※フリマティ


 悪魔というのは、人間を欲の道へと誘い込む代わりに、魂を奪う魔の生き物である。契約したが最後、その甘美な言霊から逃げ出す言葉できず、望む力を得る代わりに魂は安息を得ることは永遠にない。地獄に捕われて、取り込まれて悪霊と化す。それが、悪魔である。

 ここは地獄の城。いつものように不気味な亀の甲羅のような蠢く壁に、立ち並ぶ柱たち。高い天井を見上げているだけで闇に飲み込まれてしまいそうになる。
 目の前にいるのは、城の持ち主であるパラメキアの皇帝であるのは間違いない。
 全身に豪華な金をまとい、王の風格を醸し出す。高貴な紫を基調にした、刺々しい服装の皇帝……ではない。
 皇帝というにはみすぼらしい黒いローブに、前からチラリと覗く白い太腿。下着すら見えてしまいそうである。前も腰から誘うように開いて、一応下にも布は巻いているらしい。いつものような戦闘服ではないことだけはわかった。
後ろの裾がまくれて、腰からは左右に2本の羽が伸びているのが見える。これは、本物なのだろうか。触ろうとすれば拒否をするように小さく震えた。どうやらついているようである。
 全身の観察を終えた所で、耳障りな舌打ちが聞こえてきた。顔を見ればいつものように吊り目の化粧を施した皇帝がこちらを見下ろしていた。悪魔というよりは、鬼の形相である。

「じろじろ見るな。虫けらが」
「悪かったよ。似合っていたからさ」
「貴様は不格好だが」

 鎌を携える死神の姿に、皇帝は眉を寄せた。黒く長いローブで逞しい体を覆い、銀に輝く真新しい武器を得意げに振り回す。元より武器を使う事を得意とするフリオニールにとって、この程度朝飯前である。
汚れて破れているところがまた雰囲気を醸し出し、鼻を鳴らすのが聞こえた。

「何だその恰好は」
「死神、かな。お前は……」
「教える必要はない」

 拗ねて背中を向けてしまったが、羽は自己主張をするように揺れている。手を伸ばせば、細い紫の目が機嫌悪く睨みつけてきた。本体と羽たちの意思は別にあるようだ。

「このふざけた恰好を止めるには、宿敵を倒せと言われたが」
「勝った方だけが戻れるってことか」
「そうなるな。貴様が負けるのは決まっているがな」
「言ったな」

 人の体ほどある大釜を構えると、皇帝も優雅に杖を構える。呼応するように腰を覆うほどある羽が舞い、回り込んだ黒いものが楽しそうに揺れていた。
 そこで、初めて尻尾の存在に気がついた。
ジタンやクジャよりも細く繊細な紐のようで、地面を勢いよく鞭打っていた。先端には鏃のようなものがついており、書物の悪魔の尻尾を彷彿とさせるものだった。
 凝視をしていると嫌でも気がつく。恥ずかしそうに手を回すと、慌てて隠す姿が微笑ましいと思ってしまった。クジャが尻尾をひた隠しにしている理由も、似たようなものなのだろうか。興味がわいてしまった。

「見るな。殺されたいか」
「可愛いのに。触ってもいい」
「わけあるか」

 自己主張をする尻尾と羽が、気付いてもらえて嬉しそうに揺れ続ける。慌てて隠そうとする白い手を掴むと、乱暴に引き寄せた。
驚き見開かれるアメジストに、飛び出す尻尾が嬉しそうにすり寄ってくる。まるで子供に懐かれたような気になり、先端へと指を伸ばすと熱い吐息が耳にふりかかった。

「あぁん……っ」

 甘い声が予想外で、思わず手を引いてしまった。
艶やかで女のような声をあげた主は、ここには皇帝しかいない。本人も認めて、赤い顔をかくして訴えてくる。「見るな」と。
気まずい雰囲気が、薄暗い城に渦巻く。不穏な闇が深くなってきたところで、慌ててわがままな暴君の機嫌を伺おうと思う。

「もしかして、尻尾で感じるのか?」
「殺してやる……」
「もしかして羽も」
「殺す!!」
「危ないな!」

 勢いよく飛んできた火の玉は、額を打ち抜くつもりだったらしい。咄嗟にしゃがめば、頭の上をかすめて焦げ臭い匂いだけを残して消えてしまった。短気は損気でしかない。
 焦げた壁に冷や汗を流していると、また熱を感じて慌てて体を捻る。手のひらに業火を携えた悪魔は、一歩一歩迷いなく近づいてくる。

「わかった! もうからかわない!」
「関係ない……貴様も死神なら、私の命を取りにきたという事だ……先に殺してやる……」
「死神でも、魂を狩れない奴もいるぞ!」

 尻込みをしている死神などなんて滑稽だろうか。鋭い犬歯を見せながら詰め寄る悪魔から逃げるように後ずさり、壁まで追いつめられてしまった。
万事休す、消える事のない怒りの業火を目の当たりにして覚悟を決めると、突然熱が消えて温かいものが体を包んだ。
 一体何が置きたのだろうか。背中に触れる冷たい感覚と冷や汗とは違う、人の体温。恐る恐る目を開くと、荒い息をつきながら倒れ掛かってきた皇帝の体があった。

「ど、どうした!」
「どうもこの体になって調子が悪い……貴様を見ているだけで気分が悪くなる」
「悪かったな」
「……体が、熱い、のだ」

すり寄る体と、突然擦り付けられた物に背筋が伸びきるのがわかる。
何故興奮をしているのだろうか。性的なことは一切していないにも関わらず、皇帝の体は興奮しきって熱を帯びていた。
背中には無機物の冷たい感触、目の前には熱を帯びた温かい人肌。下半身も痛いほどに熱くなってきた。これは、もしかして。

「悪魔は悪魔でも、淫魔じゃないのか?」
「私が常に発情している、低俗な悪魔にされただと!?」
「淫魔ってすごい綺麗なんだってさ」

 元から美しい容姿はしていた。だが、悪魔となった今は人間にはない妖しく危険な色気が全身から漂っている。
 異形との恋、叶わない恋。人間は欲の深い生き物で、手の届かない物ほど手を伸ばしたくなる。王と平民、人間と悪魔、同性の許されぬ恋。そうなればますます反抗心が熱くなるというものだ。いい匂いがして、色気が漂い、花のように虫を誘う。

「それに、誘う相手の理想の姿で現れるとか」
「私が淫魔なわけがないだろう! 馬鹿も休み休み言え!」

 白い頬に手を滑らせ、キラキラと輝く細く長い髪に手を伸ばす。高級なシルクのように細く整った髪に感心しながらも、楽しくなって夢中に手を滑らせた。

「滑らかで、いい匂いがする……」
「触るな!」
「いいじゃないか。こんなに熱くなって、体も辛いだろ?」
「んんっ」

 頬に触れるだけでも熱が出ているのではないか、と疑うほどに火照っていた。まるで火に炙られた鉄だ。思わず手を引けば潤んだ目が助けを求めるようにすがりついてくる。口も開き、熱い息が絶え間なく吐き出される。
 もう、限界が近いようだ。
 潤んだ瞳は情欲と彼だけを映していた。獣のように荒い息の合間に、熱い息が耳に触れる。挑発するように誘うように、甘い声が鼓膜を通して頭へ直接ふりかかる。「触れてくれ」と。

「我慢しなくていいんだぞ」
「自惚れるな……貴様程度が私をどうこうしようなどっ」
「俺がお前を殺すか、俺がお前に魅せられるか。見物だな」

 淫魔を殺す指名を帯びた死神と、世界の全てを支配しようと誘う悪魔。恨みの鎌が魂を狩り取るのが先か、誘惑に負けて魂を奪われるのが先か。それは誰にもわからない。
 死神の鎌は床に伏せられた。

+END

++++
死神×インキュバス





※ジタクジャ


 ピンと立上がった耳に、刷毛のようなふさふさとした尾。体毛と同じ赤は興奮を意味しているのだろうか、ジタンは頬杖をつきながらぼんやりと考えていた。
楽しそうに揺られる尻尾を眺めているのも飽きた事だし、そろそろこの状況について考えてみようと思う。
 突然、自室の窓が開いたと思えば体が宙に浮いていた。 見えていたのは、手入れの行き届いたフカフカの毛皮。機嫌はいいようで優しく胸に抱きかかえるようにして拉致されたのは覚えている。
 見慣れた窓がどんどん小さくなり、光の点となり霧に隠れてしまう。カオスの神殿、地獄の城、クリスタルタワー。駆け回っている時には広く大きく感じられた場所ですら、小さくミニチュアのように見えるのが不思議である。
縁の地であるクリスタルワールドすら飛び越えたところで、違和感を感じた。一体どこへ向かうのだろう。満月に目を細めながらも彼の様子を伺えば、嬉しそうに鼻歌を紡ぐ横顔が見えた。
 やっと地面へと足がつけた、と思えばそこは大きく古びた古城のバルコニーだった。ここは一体どこだろうか。今まで見た事のない場所に降ろされた困惑するばかりだ。
 恐る恐る部屋の中を覗くと、埃っぽいが綺麗に掃除のされた書斎のようだ。迷路を作るように立ち並ぶ本棚たちにはぎっしりと本が詰められている。
薄汚れて入るが、カラフルな本たちは見ていて飽きない。一通り部屋を回り終えると、欠伸をする獣の元へと戻ってきた。

「どうしたんだよ、ここ」
「雰囲気があっていいだろう?」
「図書館?」
「知らない。この前見つけたんだよ」

 近くの椅子に座って、手を舐めて毛繕いをする姿に呆れるしかない。いつも説明はないから慣れてはいるのだが、見知らぬ地につれていきてどうするつもりなのだろうか。疑心の目をクジャに向けると流し目で見つめ返された。機嫌はまだ良さそうである。

「君の恰好、吸血鬼かな?」
「ああ、そうかな」
「女好きな君にはぴったりだ」
「そうなのか?」
「吸血鬼は美女を狙うと言われているからね」

 知識をひけらかすわけでもなく彼は淡々と言う。こういう時、やはり頭はいい兄だと思い知らされる。よく本を読んでいるし、高等術も使いこなす。知らないことでも知っていて、それでも素知らぬ顔をしているときは彼にとっては常識でしかない。
 頭もいい自慢の兄。綺麗な自慢の恋人。大窓の縁に凭れ掛かる姿が月光に照らされて輝き、まるでステンドグラスの聖母を見ているよう。開いた口に気がつかないでいると、クスクスと笑われた。

「なんだい。僕の顔に見とれて」
「いや、……なんでもないよ」
「美女の血が欲しいのかい? ホラ」
「まずお前は男だろ。人間じゃないし……それ、狼?」

 いつもの猫の尻尾ではない、犬の尻尾。鋭い牙にしきりに鼻を動かす動作。どうやら狼らしい。赤い毛は雄々しく跳ね回っているが、それが彼の美意識に反するようだ。しきりに手櫛を通しているのが見える。
「狼男みたいだよ」と他人のように呟く姿に、何故か胸が痛んだ。

「狼男は吸血鬼の眷属だ。……いつも僕は君より劣ってしまう」
「そんなこと言うなよ。お前の方が俺よりも強いんだし」
「慰めも同情もいらないよ。僕がよくわかってる」

 伏せられた赤い目は、弱々しい光りと涙を浮かべていた。
目の前で困っている人がいたら、手を伸ばさずにはおれない。伸ばして拗ねた髪を撫でると、はね除けられてしまった。
 宙で固まった手から目を背けると、背中を向けてバルコニーへと出て行ってしまった。その影は儚く、弱々しい。
 彼はジタンに嫉妬している。
「優れた存在」ということをよく言われるが、覚えは全くない。むしろこちらが劣等感を感じてしまうことがあるのだから。
 戦ってもいつも余裕があるのはクジャだ。頭もいい、見た目もいい、自分で部下すら作り出してしまう。生活力もあって、自立もできている。それでも、何故彼は自分に嫉妬をするのだろうか。何がそこまで錘になっているのだろうか。付き合いは長いとは思っているが、未だにわからない。
いくら太陽が、月が出ても彼の心の闇を照らす事ができない。

「月は人の心を高揚させる魔力を持っている。つい悲劇のヒロインを演じてしまったよ」
「クジャ……」
「忘れて」

 月を眺める彼は今、どんな顔をしているのだろうか。覗き込もうとしても足が動かない。
 いつも強がる姿しか見ていなかった。だから汐らしくなられるとどうしていいかわからない。慰めるべきなのか、鼓舞すべきなのか、あえて挑発してみるべきか。思いつくだけの策が頭をよぎっては消えていく。こういう時、悪知恵の働く皇帝ならどうする、いやクジャならどうするのだろう。
 いくら一緒にいた時間が長くとも考えまでは読めない。痛感してしまうと心の距離を感じて、動けなくなった。
思い込んでいるだけで思ったより深い闇が潜んでいるのかもしれない。深く深く痛みが、まるで心へ獣の牙が食い込むように、じわじわと。
 他に術なんて思いつかなかった。深く考え込んでしまうよりも、行動。勢いよく丸い背中に飛びつき両腕で抱き込んだ。マントで全身をくるみ、もう逃がさないとしがみつく。
 振り返ろうとした彼に静止の声をかけ、顔を埋める。今自分は酷い顔をしているだろう。クジャに負けず、劣らず。

「そういうこと言うなよ。俺はお前が劣ってるだなんて思った事ない」
「そう」
「信じてないって言い方だな。……むしろ自慢だからな」
「どこが」
「頭いいし、魔法使えるし、綺麗だし。俺の自慢の恋人」

 気の利いた事なんて言えない。ナンパは好きだが、うまく言った試しもない。そう、本命以外は。
振り返った彼の目元には、やはり涙が光っていた。いつもの青空みたいな瞳とは違う、血のように赤く燃える目。ゆっくりと首筋に牙を立てると、鼻から抜けるようなくぐもった声が聞こえる。痛みではない、恍惚とした甘い悲鳴だった。

「んっ……慰めてもらったね、ご主人さま」
「狼は人に飼われるものじゃねえだろ」
「でもご飯はもらうよ」

 言うや否や、首筋に鋭い犬歯が突き刺さった。血を吸おうとする吸血鬼とは違う。肉を食らおうとする肉食動物の本能に命の危機を感じる。
このまま喉を食いちぎるつもりなのだろうか。それでも心は穏やかだった。
 体を抱きしめ、毛皮にそって手を上下に動かす。このまま死ぬのも悪くないかもしれない、縁起の悪い言葉が脳裏に浮かび微笑みすら漏れた。
仕返しに肩に添えられた細い手を取ると、指をくわえて歯を立てる。皮膚の薄い指先は意とも簡単に血が噴き出し口内が潤う。甘く、サラサラで、舌触りもいい。いくら喉に通しても足りないくらいに癖になる。
 お互いに向かい合い、噛み付き合ってどれだけたっただろうか。月すらもわからないほど、長い時間そうしていた。
溢れたちを舐め合い、必死に鼻をすり寄せてくる姿に答えるよう、鼻の頭にキスを落とす。
濡れた鼻が、まるで涙のようにしょっぱかった。

「僕の血はどうだった? 吸血鬼さん」
「やっぱり美女の血は格別だよな」
「フフ、ご主人様。もっとご褒美が欲しいな」

 くっきりと歯形がついた首筋を愛おしそうに舐めながら犬が甘えてくる。勢いよく振られた尻尾に苦笑しながら抱き上げようとすると、嬉しそうに口が弧を描いた。

「銀の弾丸は君に預けたよ。その時になったら僕を殺してね」

 笑っていない赤い瞳。お願いと言う脅迫だが、首を縦に振るなんて出来なかった。
 でも、もし、そのときがきたら。死神に奪われるくらいなら、自分の手で見送ってやりたい。赤い血が首筋から流れるのを見て、興奮する自分がいる。
生きていたい、死なせてやりたい。二つの心が揺れ動き、夜風の冷たさすら感じない。答えが出るまで、ひっそりと二人きりで古城に暮らすのも悪くない。
 月は人を狂わせる。本当の気持ちは、自分はどっち?

+END

++++
吸血鬼×狼男

19.11.1





※クラセフィ


 神々の遊びに巻き込まれた兵士は、無表情でため息をついた。
この世界が何の為に作られたのか、神々が何を考えているのかは知らない。だがばからしい事に巻き込まれるのはまっぴらごめんである。
 しかし今回の事件は別。朝目が覚めると変な恰好になっていた。有言実行というか、真面目というかあの迷惑な神様は本当にハロウィンを行う気らしい。
 全身に巻かれた包帯は長きに渉る戦いの傷への労いか。所々隙間が空いている為、間接は動かしやすい。このままでも戦闘に支障はでない。
目と鼻、口を避けて顔すら覆う包帯に息苦しさを感じるが、こちらも日常生活に支障はないだろう。ビジュアル系に有りそうな見た目ではあるが、気にはならない。
 まずは彼を捜す事から始めよう。宿敵であり、恋人でもあるセフィロスを。
彼がいるとすれば、縁のある場所だろう。今の自分には似合わない幻想的で美しい場所ではあるが、行かない理由がない。
早く彼に会いたい。気持ちが急いて早歩きになる。
 その廃墟を抜けると、底には彼が待っている。
自然と明るくなる顔は自覚している。恋はこうも人を変えてしまうというのは実感済みである。もつれる足を鼓舞しながら、瓦礫を踏み越え前へと進む。
もうすぐ彼に会える。視界が明るく光を放った。
 星の胎内。ここはいつか帰るべき場所。
 浮かび上がる瓦礫を慎重に足場として、光に顔を覆いながらゆっくりと降りて行く。形の崩れているものがほとんどあるが、手助けをするように形のよい岩もある。うまく飛び移って下を目指すごとに気が急いてくる。
この場所にくると、どうしても気持ちが急いてしまう。自分と関係があるから、いや、彼がいるかもしれないから。高鳴る心臓を押え付けて、足を目を細めると見つけた。
 最下層の大きな瓦礫の上。まるで闘技場のような広さを持つ場所に、黒いコートに身を包んだ銀髪の麗人が佇んでいた。
 慌てた足は、3メートルはあるに関わらずに飛び降りてしまった。待っていてくれた事に嬉しくなり、声をかけようとしたが違和感に気がついた。
 彼は、探していたセフィロスである。間違いはない。しかしその頭には大きなネジがついた。
頭に物が刺さっている人間なんているわけがない。貫通している、となればそれは死んでいる。靴の音でゆっくりと魔洸の瞳が振り返り、安堵の息をついた。

「セフィロス」
「来たか」
「待っていたのか」
「ここならお前もくると信じていた」

 自信満々に微笑む顔に、目眩がした。首を傾げて微笑むと、銀の髪が揺れて淡い色を主張する。約束をしていないのに、お互いにここにいると確信をしていた。そして巡り会えた。これは運命なのか必然なのか、そんなことを考えることもバカらしい。近づくと、手をつないで確かめる。
 ああ、温かい。彼はここで生きているのだ。
だが、彼の表情は浮かない物だった。眉間に皺を寄せて見つめる先には、薄汚れた包帯。手を伸ばしてほどこうとするが、自分でもほどけないほど硬く巻かれていたのだ。そう簡単に外れるわけはなかった。

「怪我か」
「ハロウィンの仮装だ」
「……ああ。神々の遊びだったな」

 自らの頭のネジに触れながらため息をつく。子供の遊びにつき合う大人のような、諦念すら感じられる表情に思わず笑ってしまった。
最近、笑顔を見ていなかったから。まだこんな人間らしい感情が残っていたのか、と嬉しく思う。神に感謝しなくてはならないだろう。

「似合っている……と言えばいいのか」
「褒められている気はしないな」
「だろうな」

 興味でネジに手を伸ばすと、片目を瞑って呻き声をあげた。まさかネジにも痛覚があるのだろうか。労うと「くすぐったい」と言われた。刺さっている方に衝撃が伝わって気持ちが悪かったらしい。気にした様子はなく、彼は笑った。

「作られた命、か。皮肉だな」
「セフィロス?」
「フランケンシュタインは、人造人間だ。人間を殺す化け物だ」

 血の染み付いた手を見つめ、一人ごちる。人を殺めた事を悔いているのだろうか、無表情な横顔からは真意は読み取れなかった。
ソルジャーとして様々なものを殺めた。助けた者も多いが、理由は何であっても命を奪ったことにも変わりはない。
彼はそのことで心を痛めているのだろうか。それとも心を持たない人形は人間の真似事をしているのだろうか。声をかけようにも、言葉がでなかった。
 何か喋らなければ。そう思う前に肩を掴んで唇を引き結ぶ。
見上げてくる彼の目には、呪詛がこもっている。自分に対して、それともこの世界に対して。真意はわからないが、今はそんなことはどうでもいい。
大切なのは、彼の気持ちではない。自分の気持ちだ。

「俺もミイラだから、作られた物だ」
「そうだったな」
「どうせならお前と同じ種族で作ってもらいたかったな」

 冗談で言えば、丸くなる目が見える。綺麗な青い瞳が、翠色に輝く。周囲の胎動に呼応するように、くるくると光が回る。
 どこで見ても美しいが、この場所で見る彼の目は格別である。生き生きと動き続ける目に見惚れていると、小さく吹き出す声がした。

「全く。お前は俺を惑わせるのが得意だな」
「そうか?」
「菓子など持っていないぞ」
「いい。もっといい物を貰う」
「私はやらないぞ」
「わかっているなら話が早い」

 抱き寄せるが、抵抗はない。
自分よりも長身で、男らしく可愛らしいこの人を作ってくれてありがとう。
初めて神に感謝した。

+END

++++
ミイラ男×フランケンシュタイン

17.11.6

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