えふえふ | ナノ



真の敵は副作用2

※ 「真の敵は副作用」の続き
※ フリマティ
※ クラセフィもあり

 あの日から、皇帝の顔を真っ直ぐ見る事が出来ない。一夜の過ちを思い出し、フリオニールは赤い顔を抑えて悶絶していた。
 数日は過ぎた。もう向こうは忘れているだろう。それでも彼の顔が忘れられなかった。
感じている姿が、甘い声を上げて啼く姿が、宝石のように輝く瞳が。
卑猥な水音も、高い不気味な天井も柱も、王を犯しているという自覚をするための道具となり、酷く興奮した。
あの大国のパラメキアの皇帝を支配しているのだ、優越感に浸るに決まっている。強く美しく、細い腰と化粧を施した顔、長い髪だけを見たら女と間違えるのも無理はない。思い出して疼く体に、腰をくねらせてしまったのは見られていないと信じよう。
 しかし、憎かった相手に情がわいた上に、手を出してしまった何故だろうか。今となるとあの時のような熱さもないし、冷静になった。何故男に手を出してしまったのか、何故よりによって皇帝に手を出したのだろうか。何故相手も享受したのか。疑問は尽きない。
 それでもあの感情は嘘なんかじゃない。今でもあの艶姿を思い出すだけでも自慰に励める。でもそれはおかしい、異端である。
敵と味方、同性同士、なによりも相手は仇であるのだ。記憶はおぼろげではあるが、義理の両親も死んだ、何人もの仲間が苦しめられて殺された。あの男だけは許されるものではない。
 だが、それでも。あの魔性の美しさに魅せられた心は、彼の影を追いかけ続ける。ちぐはぐな心に頭を抱えながらも、白しかない聖域を見回すことにした。
 ここには、何もない。刺激もなければ彼もいない。あのおどろおどろしい城が懐かしくなってしまうくらいに毒されているようだ。慌てて頭を振るが、清涼な空気が目を覚ませというように鼻をくすぐった。
 勿論、周囲にいる仲間たちからは不審な目を向けられている。それでも気にする余裕なんてない。大きなため息をついて座り込んでいると、横に誰かが並ぶ気配がした。

「どうした」

クールで落ち着いた声の主はクラウドだった。武器の手入れをしながらも視線を向けてはこないが、気はこちらに向けてくれている。労いの言葉に心がまた弱くなってしまった。
なんとか重い頭を持ち上げようとはするが、気が落ちるばかりで上がりはしない。

「クラウド……」
「言ってみろ。すっきりするかもしれない」

 つい口が動きそうになったが、男に手を出したなんて言えない。慌てて誤摩化しながら顛末を説明した。「仲が悪かった相手が、つい気になってしまう」と。
これ以上口を開けばボロが出てしまうと危惧していたが、彼はそれ以上の詮索をしてこない。
優しさに胸を降ろすと、シャッ、シャッ、と剣の上を滑る砥石の音がする。

「それは恋愛感情じゃないのか」

 剣の調子を見る地面をうつ音に紛れた声が、やけに大きく聞こえる。
 断言されて、すっきりした半分、複雑な気分が半分である。きっと、相手は女性だと思われているだろう。「相手は宿敵である皇帝です。しかも気持ちを理解する前に手を出してしまいました」なんて、白状しようものなら軽蔑の視線を向けられるのはわかっている。
不自然なまでに目線をそらすが、見て見ぬ振りをされる始末である。白い聖域の一カ所に、黒い暗雲が立ちこめだした。

「そう、なの、だろうか」
「相手が気になるんだろう」
「そう、だな……」
「俺にも覚えがある」

意外な言葉に声を上げるが、砥石の音にかき消されてしまう。真っ直ぐ剣だけを見つめる彼の青い目は、いつものように澄んで真っ直ぐな光りを帯びていた。

「相手は元の世界にいるのか?」
「違う。ここに来ている」
「あのティファという子か」
「違う」
「もしかして、ライトニング、ヤ・シュトラ、ティナ……」
「違う」
「じゃあ誰なんだ」

同郷の者でもない、他の年齢の近い者でもない。もしかして年上か、敵の女性のどちらかだろうか。それでも彼は一向に首を横に振らず、剣を見つめ続ける。
まるで剣に映る自分を通して、更に奥を見ているかのような遠い目。光るまで磨き続ける執念に、異常な愛情が見え隠れしていた。

「セフィロス」
「お前の宿敵がどうした?」
「アイツだ」
「アイツって……え?」
「俺の、恋人」

 磨き終えた剣をうっとりと眺めていたと思えば、古傷に口づける。
まさか、とは思ったが宿敵の、2メートルはある男が彼の恋人というのか。驚きで空いた口が塞がらない。
それでも彼は自分の世界だ。きっと剣はセフィロス自身を映している。綺麗に磨き終えたと思ったが、布で拭き始めるほどの執着力である。
 こんな表情のクラウドは見た事がなかった。まるで、何かに取り憑かれたような恍惚とした表情を浮かべる彼を。

「お前が気になっているのは……皇帝、か」
「なっ、何故それを……!」
「クク、わかりやすいな」
「お前! カマをかけたのか!」

 尚も笑い続ける悪戯好きの子供の顔に、顔が熱くなってきた。そんなにわかりやすいだろうか。今までの事を思い返してはみるが思い当たる節もない。

「あれだけ露骨だと皆も気付いているぞ」
「そう、なのか」
「無駄に多いため息から、恋愛相談だと思った。相手は……適当だ」
「クラウドって、思ったよりも意地悪だよな……」
「どうかな」
「クラウド」

 慌てるフリオニールをからかう笑い声以外に、よく通るテノールの声が聞こえてきた。慌てて振り返ると、そこには銀色の長い髪を揺らす長身の天使の姿。
普段は揺らがないクラウドの表情が、天使を眺めてから見るからに嬉しそうに綻んだ。頬を微かに染め、頬肉をあげて。にっこり、という擬音が似合うほどに、だ。
 対してセフィロスはいつのもように無表情である。だがクラウドには違いがわかるらしい。「嬉しそうだな」とからかわれてそっぽを向く姿が見て取れる。
 さらさらと流れる髪。長髪。切れ長の目。白い肌。
 クラウドの、金髪。
紫の目、蔑んだ声。

「……皇帝……」

 男らしい顔と筋肉からは似ては似つかないが、彼を連想するには十分である。
無性に会いたくなった。
倒すべき相手ではなく、宿敵としてではなく、1人の人間として会いたくなった。
所詮一夜の過ちだ。羽虫に噛まれた程度だと、気にも止めていないかもしれない。それでも。
 腰が浮いてしまったのを見て「落ち着け」と笑われる。恥ずかしくなって座ろうとはするが、膝が「そうはいくものか」と抵抗を示す。
相当あの暴君に毒されてしまったようだ。
延々に頭から離れない顔に、胸の痛みが毒のように広がる。解毒剤なんてこの世には存在しないだろう。末期のガンのように、じわりじわりと全身を蝕んでいく。

「奴なら城だ。早く行け」

 都合のいい事だけは聞こえるとはこの事だ。今までの2人の会話は聞こえなかったくせに、彼に関する言葉だけは真っ直ぐ聞こえた。顔をあげるとクラウドを見つめたままで、魔胱の光がキラキラと彼だけを映す姿につい妬いてしまう。彼なら、彼は、彼。
 皇帝。
 居ても立ってもいられなくなり、足は勢いよく地面を蹴っていた。
会いたい、会いたい。
邪見にされても、顔を見るだけでもいい。
今更遅いが気持ちを伝えて、それからそれからエトセトラ。
 早くあの金色が見たくて、見たくてたまらなくなった。
急いで城へと入り込んだ時には、喉が熱く焼けきれそうだった。近くのテレポストーンから城まで距離がある。当たり前だろう。迎え入れるように蠢きく不気味な壁たちは、まるで恋に惑わされた若者を嘲笑うようでもあった。
 どこだ。どこにいる。
 周囲をくまなく探し、鋭い視線で辺りを見回す。反乱軍の顔になった彼の元に、小さな音が聞こえてきた。
コツ、コツ、コツ。
 まるで扉を叩くかのような小さく高い音は、胸へと届く。段々大きくなる音に心臓の音も呼応するように大きく激しくなる。
彼だ。姿は見えなくとも確信はあった。
 音はすぐ傍の柱の影である。

「皇帝っ!」

 声を荒らげながら角を曲がるが、逃げるように揺れるマントが柱へと消えていった。金色の糸が「捕まえてみろ」と闇で細く輝き嘲笑う。熱くなる頬を思い切り叩き、気合いを入れ直すと背中を追って駆け出した。
手を伸ばせば届きそうな距離でも、運命の糸は意図も簡単にすり抜けていく。もしかしてこの背中は都合よく見ている幻影ではないかと、不安すらよぎって脳裏を支配する。
 彼には支配されてばかりだ。
国を支配し、城を支配し、動きを支配し、挙げ句の果てには心すらも支配しようというのか。まったく強欲な男である。
 柱ばかりの広い階層を走り抜け、段々細くなる階段を駆け上がり、終わりの見えない廊下の闇を目指して進む。光りがなければここまでくる気にもなれないほど、死者たちの呪詛で溢れていた。
死にたくない。生きたい。お前のせいで。皇帝がいなけば。
殺せ。
ころせ。
殺せ。
コロせ。
こうていを ころせ。

「皇帝!!」

 大きな扉を開くと、クリスタルの輝く広間に辿り着いた。
天井は見えない。まるでドーム状の空間に閉じこめられたかのように、広く高い壁に思わず目を瞬いた。
 確かここはパンデモニウムの最上階ではないだろうか。唖然としながら一歩踏み出すと、カツンと杖が水晶の床を打った。
目の前には、退屈そうに頬杖を付きながら玉座に座る皇帝がいる。杖が宙に踊り、機嫌を伺うように眼前を左右に揺れている。また一歩踏み出すと、強く地面を打つ音が響き渡る。機嫌が悪いのは目に見えているが、止るわけにはいかなかった。

「皇帝」
「誰の許可を得てここまでやってきた。虫けらが」

 見下す目も声も態度も、今となっては全てが愛おしい。重低音にも負けずにまた一歩踏み出すと荒々しい鼻息が聞こえてきた。
 それでも、拒絶の魔法は飛んでこない。また一歩、一歩と踏み出して手を伸ばせばその頬へと簡単に触れる事が出来た。

「誰の許可を得たのだと聞いている」
「お前に会いたかった」
「人の話は聞け。阿呆か」
「お前が、逃げるから」
「逃げる? 虫けらから逃げる理由がない」

 意固地になって否定を繰り返すが、ただの照れ隠しにしか感じない。仄かに赤く染まった白い頬の見つめていると「ジロジロ見るな」と怒られてしまった。
警戒はしながら肌に手を滑らせるが、否定はこない。アメジストの瞳は真っ直ぐ睨み返してくるだけで微動だにしない。許されていると錯覚してしまい、頬を包み込んで顔を寄せる。
 ゆっくりと伏せられる、化粧の施された目に誇張される睫毛が美しい。楽しむように唇を荒れた親指でなぞると、温かい物が触れた。赤い舌が挑発するように顔を出して指を濡らす。チロチロと夢中になってしゃぶる姿から卑猥な行為を連想してしまい、つい赤くなってしまった。

「甘えている、のか?」
「何を寝ぼけた事を言っている」
「いや、その、だって」
「この程度で興奮するのか。青いな」

 悪魔の誘惑は尚も続く。細い指が手を包みこんで口にくわえると、わざと水音をさせてしゃぶり始めた。口の中は熱く、舌が生き物のように蠢き口内へと誘う。指の形を確かめるかのように舌をなぞられ、思わず背にぞわぞわとしたものがわき上がる。
嘲笑いながらも、なお挑発はやめない。女物の化粧品に縁取られた目が、嬉しそうに細くなる。
 もう、我慢なんてできない。
 慌てて頬を掴むと、勢いよく口づけた。

「ん……っ」
「むぅ、」

 舌が逃げようとも離してやらない。毒を食らわば皿まで。追いかけて絡めとり、奥まで裏まで口内を味わい尽くす。
怒りを孕んだ声が聞こえてきても、開き直るしかない。後頭部を抱え込み、一層深く口づけると怒声と痛みが頭を叩いた。
 さすがに業火が髪をかすめるのは命の危機を感じざるを得ない。慌てて解放すると、目に涙を溜めた可愛い宿敵の出来上がり。満足して微笑むと、精一杯睨み返しては来るが赤い顔は隠す事は出来ない。

「このっ、止めろと言えばすぐ止めんか!」
「何も聞こえなかったが」
「下僕なら主の機嫌を察しろ! 能無しが!」
「俺はお前の部下じゃない。恋人だ」

 告白なんてしていないが、豪語すれば開かれたアメジストから光りの粒がこぼれ落ちた。呪詛が風のように鳴り響き、耳を打つ。だが今のフリオニールには、皇帝の耳障りのよい低音しか聞こえなかった。
 この男の魅力を知ってしまっては、殺すなんて出来なかった。
体の相性、と言えば低俗ではるが、運命と言えば聞こえはいい。
 良くも悪くも、1人の人間にここまで心と意思を支配されたことなんてない。吊り橋効果というのか、怒りによる心音を恋のときめきと勘違いするという乙女チックなことを言うつもりはない。
 これは、使命感だ。
 方法は違えど、彼を捕まえたことには変わりない。ここで離すと後々後悔するだろう。
彼に対する憎悪と憤怒と、対になる愛情と羨望。それに手をだしてしまったことへの罪悪感が、真面目な心に影を指す。
仲間たちにも、皇帝にも。「責任」はとらなければ、と。
 しばらくの静寂が続き、嘲笑うため息が聞こえて時が動き出す。杖で勢いよく地面を突くと、ユラリと立ち上がる怒りと影。「なんでだよ!」と言葉を発する前に、頭上から痛みが体に響き渡った。

「恋人だと? 身分をわきまえろ、溝鼠以下の最下層の生き物め」
「なんだよ! キスも許してくれたのに」
「家畜には餌が必要だろう」

 もう皇帝が優位にあった。先程の余裕の崩れた可愛い赤い顔はどこへやら、再び刺々しい玉座に鎮座する姿は悪魔の城の暴君であった。
 涙目になっているのは、痛みに頭を抑えているフリオニールの方である。睨み上げても「なんだ、誘っているのか?」と侮辱を受けるだけだ。

「私の側室になりたいか?」
「俺は女じゃない」
「触れられるだけでもありがたいと思え」
「……昨日はあんなに、よさそうだったのに……」
「何の話だ」
「なっ! 誘ったのはお前だろ!」

 彼への感情を理解したあの夜、確かに彼の様子がおかしかった。プライドと威厳の塊である、皇帝の意思で抱かれたとは思えない。
それでも、思い出で終わらせるには惜しい光景と感情に、思い出すだけで今も気分が高揚して動悸も激しくなる。
 情欲に濡れる妖しい宝石の瞳に、薄く開かれた形の整った高貴な紫の唇。頬紅だけではない血の通った頬の赤色に、すがる場所を探して伸ばされた白く細い指。甘い声は鼓膜すら支配し、啼き声に体の自由が奪われ、無我夢中でしなやかな肢体を貪った。
 優雅に足を組む姿を見ているだけで、昨日の事が鮮明に思い出す。ゆっくりと手を伸ばせば、頬に触れる事が出来た。
こうやって触れて、彼は目を閉じて。それから。
 気がつけば、また唇が重なっていた。

「……やっぱり、覚えてるだろ」
「黙れ」
「俺の恋人に、ならないか」
「貴様は私を殺すのではなかったのか」
「お前を俺の元で飼い殺す。悪ささえしなければいいんだから」
「ハッ。貴様程度の力で私をどうにかできると? 馬鹿も休み休み言え」

 啄むようなキスの中、断続的に聞こえるのは憎まれ口だけだ。それでも腕は首に巻き付き、挑戦的に笑う。
 熱に浮いた肢体は気のせいではないだろう。玉座に押し付けて微笑むと、ピンクの頬で悔しそうに目線を逸らす、恋人の姿が見えた。

+END

++++
17.10.20


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