真の敵は副作用
※クジャ皇表現あり
※フリマティ
※惚れ薬と媚薬のブレンド
この声を無視していたら、きっと運命は変わっていたのかもしれない。
神様は気まぐれだ。いきなり罠を仕掛け、運命の道を示してくる。もしも、あの時。そんなくだらない感情に振り回されるのはガラじゃない。
それでも、もしも、あの時、あの声を無視していたら、きっと関係も崩れなかっただろう。感謝するべきか恨むべきか。これだけは今になってもわからない。
皇帝は、混沌の城の中央で暗闇に閉じられた空を見つめていた。鳥も魔物もおらず、音すらしない。世界に立った1人になったような気になり、気分が高揚してきた。
静寂と独りは好物である。心地よさに目を細め、玉座に腰を据えて目を閉じる。
しばらく静寂に身を置き優越感浸ろう。そう思っていた直後に、風も太陽もない空間によく通る声が響いた。聞こえたのは、即通る芝居じみた男の声だった。
煩わしいという表情を隠さずに振り返ると、そこには笑顔で近寄ってくる薄着の男がいた。
「死神か。何の用だ」
「何の用だ、とはご挨拶だね」
「早く用件を言え」
「いい茶葉が入ったんだ。よかったら君もどうだい?」
そう死神から声をかけられたのは、ついさっきのことのように思う。
無償で人に者を渡すなど考えられない男から、唐突に誘いを受けて目を細めて胡散臭い笑顔を見つめた。何かを企んでいるのは明確ではある。だが何を、と言われたらわからない。ニコニコと胡散臭い営業スマイルを浮かべる彼からボロが出る事はまずないだろう。
いつもなら警戒している。だが今日は気が緩んでしまっていた。
相当珍しい葉なのだろうか。彼好みの上品で仄かに甘い香りが鼻孔をくすぐり、花に誘われるようにカップに口をつけた、その時だった。
喉を通ったのは、紅茶と何か別の味。
魔法には敏感な為に、魔力が込められた薬なのだとすぐにわかった。
豪華で軽いカップを慌てて床に落として、熱い液体を破片とともにばらまく。それでも怒る事もせずにクジャは口角を上げて笑っていた。
口を抑え吐き出そうとしたが、油断して嚥下してしまったのはかなり前だ。今更出すのは不可能である。
青ざめる顔と打って変わって、体は火照り赤くなっていく。最後の抵抗で睨みつけると、鼻でせせら笑う声が頭上から降り注いだ。
「その薬は媚薬だ。どんどん君の体を蝕んで、時期に立っていることも出来なくなる」
「クッ……」
「フフフ。苦しいだろう? 欲に抗える生き物はいない。君だってそうだ」
細い顎を滑る白い指。男の物とは思えない滑らかさに嫌悪と吐き気がわき上がる。
「もうすぐ君は自分から僕に懇願するだろう。『貴方に抱いてほしいのです』と!」
高らかに笑う姿に唾を吐き出すが、汚いと罵る余裕もないくらいに高揚しているらしい。俳優のように大げさな身振りで笑うと、青い瞳が見下ろしてくる。冷たく、愉悦を含んだ色で。
「素直になれば抱いてあげる。女のように優しく、ね」
慌てて立ち上がるが頭がくらんでまともに歩けない。バランスの取り辛いヒールで踏ん張りながらも体を支えようとすると、優しい手が肩を掴んだ。
勿論クジャである。
「ちなみに。この薬は女性ホルモンを刺激する。発情した雌の匂いがするから、男たちを奮起させるには十分の威力だろうねぇ」
そういう彼も欲情しているようで、荒い息を漏らしながら誘うような指先で胸の宝石を弄っている。これ以上一緒にいればどうなるかなんて火を見るより明らかだ。
杖を振りかぶり害虫を追い払うと、急いで転送ゲートを開いて飛び込む。後ろ姿を見て舌なめずりをする彼の気配に悪寒を感じるくらいにはまだ理性があるらしい。ぼんやりしてきた頭を抱えながら、冷たい壁にもたれ込んだ。
胎動する不気味な紫の壁は、生き物のようで落ち着かない。人と接触している気になって体も疼いてきた。
ここまで強い薬だとは思っていなかった。悔しいが、生理現象までは誤摩化せない。足に力を入れて自室を目指すが、ここは城の入り口ではないだろうか。気分が優れないどころか感覚まで狂ってしまったらしい。
体を支えながら杖を頼りに最上階を目指す。自分の城の広さを恨めしく思ったのは初めてだ。
忌々しい、と顔を歪めながらゆっくりと進んでいると突然影から人影が飛び出してきた。
判断力の鈍っている今、すぐに反応することは出来ない。相手も気付くのが遅れて、勢いよくぶつかると尻餅をついてしまった。
「すまないって、こ、皇帝!?」
ぶつかったのはフリオニール。今一番会いたくなかった人物とも言えよう。聞こえるように舌打ちをすると、顔を上げないようにしながら慌てて体を離す。しかしそうはさせない、と逞しい腕がしなやかな筋肉を掴む。二度目の舌打ちにも怯まないで彼は顔を覗き込んでくる。
見るな。
「どうしたんだよ、そんなに急いで」
「触れるな」
「顔が赤いぞ」
「見るな!」
強く腕を振れば、それは難なく離れた。不安そうで、発情した赤い顔。強い嫌悪感がわき上がり慌てて距離を置くが、彼の心は正反対らしい。
見るな。触るな。
「皇帝、だよな」
「……」
「今日はなんだか、艶っぽいような……、あ、いや、男に興味が有るわけじゃなくて……」
余計な本心を言われ、体が熱くなるのがわかった。発情した雌の匂いに誘われて、男相手でも興奮してしまうらしい。忌々しい死神の言う事は本当だということだ。
いつもなら簡単に払うことが出来る。魔法がうまく使えない今、力が自慢の男に抑え込まれては抵抗する術はない。慌てて距離を置こうとするが、腕の力は緩まなかった。
「今からどこに行くんだ」
「貴様には関係ない」
「ある。様子がおかしいから心配だろ」
凛々しい男の顔で言われても嫌悪しか湧かない。まるで弱い女の扱いを受けているようではないか。眉を潜めて睨みつけるがその程度で怯む相手ではない。
強まる腕の力に眉を寄せると、端正で真剣な男の顔が近づいてきた。
「俺が護衛する」
「敵である私をか? ハッ、お人好しもここまでくるとバカだな」
「どうとでも言え。今のお前を放っておくと後悔する。ただそれだけだ」
それほどにまで弱っているのだろうか。そう考えるだけで虫酸が走る。
それでも献身的な態度には優越感も覚える。特別扱いをされるのは嫌いではない。駒が王を守るのも当然なのだ。これは当たり前のことだ、と笑いが止まらない。
「そうだな。ならば存分に私の為に働け」
盾が手に入った事で安心してしまった。力の抜けた体で寄り添えば、赤くなり悲鳴が上がる。当分火の粉を払う必要はないらしい。薬の副作用かは知らないが、体にうまく力が入らないのだ。力を温存できるにこした事はない。
突然、指が手をなぞっていると思えば、指を絡められて握られた。
一体何を考えているのかはわからないが、これは俗にいう恋人繋ぎである。わけのわからない物を見る目で顔を見ると、わざとらしく逸らされた赤い顔が見えた。
恥ずかしさを誤摩化すくらいなら最初からやらなければいいのに。そう思いながらも握り返してやると、小さな悲鳴が聞こえてきた。
この行為には特に意味はない。ただ、離れないようにするための束縛行為に過ぎない。そう言い聞かせても体は正直で、雄の温もりに安堵してしまう。
見るな。触るな。行くな。
「もういい。貴様で譲歩してやる」
「何が」
「私を、抱け」
彼の顔色が変わったのは気のせいではない。目を丸くして頬を染める姿は純粋で可愛いとすら思えてしまう。
何を言われたかを理解するのに数秒間。「いや、その、あの」としどろもどろに言う姿には。哀れみすら覚えてしまう。
「私の言う事は絶対だ。家畜ならわかるだろう」
息が熱くで、喉すら焼けてしまいそうだ。はあ、とため息を着くだけで強ばる体と、大きくなる股間が嫌でもわかってしまう。億劫な視線を足へと向けると、慌てて隠そうとする。もう無駄だというのに。
「本当に、いいのか?」
「んんっ……がっつくなよ」
「ああ、わかった! 大丈夫さ!!」
鼻息荒く、息を巻くように言われて信頼出来るわけがない。だが、今は頼れる者が彼しかいないとなれば仕方がない。吐き出された熱い息が首を撫でて、甘い声すら出てしまった。
熱く火照り、力すら入らずまともな思考ができない頭を硬い胸に預けると、そっと肩を抱き込まれる。
興奮しているのは彼だけではない。皇帝も我慢の限界が近い。
涙で潤んだ流し目で見上げると、膨らんだ鼻が間抜けで笑いがこみ上げる。
「ふっ。馬鹿面を晒しているな。そんなに私に魅せられているのか」
「俺にだってわからないんだ……でも、今日は、お前の姿を見るだけで……その、興奮する」
「猿め」
穏やかな声が出て、自分が一番驚いてしまった。
ゆっくりと太い輪郭に手を伸ばすと、無骨な手が重ねられて熱が伝わってきた。
「今すぐお前を俺のものにしたい」
真っ直ぐな告白にときめいたわけではない。それでも、身を委ねて目を閉じてしまったのが運の尽きと言うべきなのだろうか。覆い被さってくる肉体美と鉄と汗の匂いに眉を寄せる。
「優しく、するからな」
「……好きに、シろ」
若い欲望に振り回されて、互いの欲が収まるまで朝まで貪り合ってしまった。
*
「……おや、薬が切れているじゃないか。つまらない」
乱れた衣服を整え、自室へと戻ろうと扉までやってくると、待ち構えていたのは死神だった。
壁に凭れ掛かってつまらない表情で欠伸をかみ殺しているのは、もしかして部屋の前で欲に溺れて耐えられなくなるのを待ち構えていたのだろうか。呆れてため息すら出ない姿を見て、「僕の顔を見たんだ、嬉しそうにしなよ」と難癖を付けられた。これは重症である。
「貴様の調合が甘かったのであろう」
「そんなはずはない。男に抱かれないと欲が収まらないように、強い薬を作ったんだから」
「悪趣味なやつ」
「君には負けるよ」
互いに一歩も譲らず火花が散り始めたが、先に飽きたのはクジャの方だった。大きな欠伸が聞こえて、気がそがれたとも言うだろう。
「君が僕に屈して懇願する表情、楽しみにしていたのだけれど。次の機会に期待させてもらおう」
「次などない。とっとと失せろ!」
「煩いねえ。言われなくとも君にはもう用はないよ」
目線すら合わせず、欠伸をする尊大な態度にイライラしつつ、視界からいなくなるのは清々する。鼻を鳴らして部屋へと早足で向かうと、すれ違い様に「ん?」と声がした。
「この匂い……アハハ。君、誰かに抱かれたのかい?」
すれ違った時に男の独特の匂いがした。長い袖で口元を多い、クスクスとからかう姿に怒りは湧いたが、それよりも赤い顔が邪魔だ。
フリオニールの、余裕のない発情した顔が鮮明に脳裏に映ってしまう。
彼に恋慕はない。情もわかない。それでも、感情をぶつけられて求められ、悪い気はしないのは事実である。
「へえ、その赤い顔。どこぞの青臭い兵士でも惑わせたかな?」
「……ぅるさい」
「男の欲のはけ口になって、どんな気分だい? 男の相手はヨかったのかな? あ、もしかして初めてじゃない、とか」
「貴様に答える義理はない」
「おお怖い怖い。僕がきっかけを作ってあげたのにさ」
「くだらん」
顔を見られないように逸らすが、覗き込まれて笑う姿から気付かれてはいるだろう。魔法を乱暴に投げつけるが、簡単に避けられてまた笑われた。まったく不愉快である。
「まあいいさ。僕も諦めたわけじゃない。今度は是非とも君の痴態を見せてもらうとするよ」
「貴様、そこまで執着するとは……男色の気があるのか」
「まさか。容姿の美しさだけは買ってあげているんだ。感謝してほしい位だね」
「それとも女に相手にされず、拗ねているのか?」
「冗談。僕くらいになれば、女の方から抱いてくれって懇願されるくらいさ」
逃げるように姿を消す姿に優越感に浸りつつ、 熱い顔を両手で包み嫌悪感に駆られる。
まだ薬の効果が残っているのだろうか。
彼の顔を思い出すだけで、体が火照り心臓もうるさい。これが副作用なのか、いやそうに違いない。言い聞かせながらも部屋の扉をゆっくりと開いた。
++++
17.10.5
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