えふえふ | ナノ



酒から始まる正しい間違い講座3

※皇帝女体化表現有




「君、またかい?」

呆れたセシルの声に、また大きな身体が縮こまってしまった。

「また、なんだ」

膝を抱えて丸くなるフリオニールと、見下ろしながら困った顔をするセシル。暗い表情をしているために詰問は出来ないが、はっきりさせておかなければなるまい。
さもなくば、恋愛慣れをしていない青年は同じ事を繰り返してしまうだろう。

「今度は一体何をやらかしたんだい」
「ええっと、皇帝を怖がらせたというか」
「怖がらせた? 彼を?」

にわかに信じられない話だが、真相はどうなのだろうか。証人が欲しいが、はたして2人の密会を知る者がいるのかわからない。
唸りながら首を傾げていると、更に顔が深く膝に埋まってしまった。

「確実に嫌われただろうな……」
「嫌われるもなにも、君たちは元々敵同士なんだけどね」

ついつい毒づいてしまうとすがる子犬のような目で見上げてくる。
段々ティーダに似てきたのではないだろうか。可愛らしくはない、ガタイのいい男ではあるが妙なフィルターがかかってしまう。

「ティーダと2人きりだったから、嫉妬してしまって……仲間に敵対意識をもってしまうなんて失格だな」
「なら彼は事情を知っているんじゃないか?」
「事情?」
「一緒にいたということは、何か新しい情報を仕入れているかもしれない」

これは「フリオニールには直接言えない事を、彼なら聞いているかもしれない」という意味だった。だが彼は違う意味でとらえてしまったらしい。
嫉妬に燃える金色の鋭い目に、セシルすら身構えてしまう。獲物を捕らえる猛禽類のような、敵対心丸出しの表情に固唾を飲み込んだ。
彼のこんな表情、今まで見た事のなかった。これが戦士として、男として真剣な眼差しなのだろう。戦士としてやってこられたわけだ。

「ティーダはどこだ」
「え? 彼ならいつもの2人と遊んでいるんじゃないかな?」

そうは言ったものの、バッツとジタンの声は聞こえるが彼の声は聞こえない。遠目に見ても、スコールを合わせて3人の影しか見えない。
クラウドは1人だし、ヴァンも1人で素材集めに出かけている。

「もしかしてヴァンに付いていったのかな……」
「……ちょっと探してくる」

無機質な声でそう告げると、ゆらりと立上がった。
最近のフリオニールは皇帝のことになると鬼気としたものが立上がる。
止める勇気もわかずに無言で見送ると、ゆっくりと首を傾げた

「皇帝は、フリオニールの事をどう思っているんだろう」





ティーダは困っていた。腕を組みながら困っていた。
この場所から意地でも動きたくない。喧嘩に巻き込まれてもいいことなんて何もない事は知っている。
そんな抵抗は空しく、体は彼の意思と反して後ろへと進んでいく。皇帝に引きずられるような形で。

「なあ、どこまで行くんだよ」
「誰も立ち入らない場所だ」
「も、もしかしてそこで俺を殺るつもりじゃ!?」
「貴様の返答次第だ」

物騒な即答をしながらも振り返らないし足も止めない。尻は痛くないが胃は痛い。
やっとついたのはおどろおどろしい廊下の再奥、巨大な扉の前だった。
勝手に開き2人を招き入れると、再び閉じた。
閉じこめられたと気付いた時には血の気が引いた。
ここは皇帝の私室だ。パーソナルスペースが広そうなこの男が自分の世界に人を入れるとは思えない。ましてやティーダは皇帝と接点を多くもたない。何故いちいち名指しで使命したのだろう。わからないことだらけである。
頭をフル回転させるが、体よりも動かない。
地べたに座り込んでいると、目の前の巨大なキングサイズのベッドが揺れた。

「素直に吐けばすぐに解放してやる。いいな」
「な、何をだよ。仲間の情報は売らねえッスよ!」
「いいや、吐いてもらうぞ。アイツの、反乱分子の事をな」
「フリオニール?」

冷静になればわかることだったが、いかんせん突然の出来事で混乱していた。
皇帝は真剣な表情で足を組み、前のめりになり見つめてくる。どこか必死さが見え隠れする事に少年は気がつかなかった。

「好きな女でもいるのか」
「は?」

何故いきなり恋愛の話になるのかはわからない。目を丸くして次の言葉を待っていたが、沈黙だけが続く。
イライラして杖が浮かび上がったのを見て慌てて両手を振りながら答えた。

「いや、知らねえッス! 元の世界にはいたのかも知れないけど、そんな話あったらジタンやヴァンが言いふらすって!」
「本当だろうな」
「本当、本当ッス!」

慌てて両手を上げれば、魔力が収縮して杖も手中に収まった。
王様は何が沸点なのか予想も出来ない。安堵の息を吐くと「次だ」と絶望的な台詞が続いた。

「貴様の意見で我慢してやる。素直な感想を言え」
「お、おう」
「先に行っておくが、触る事は許可しておらんぞ」

なんのことかと目を瞬いているうちに、彼の印象が変わった。
色や髪の長さは変わらない。だが雰囲気が違うと感覚程度だったものが近づいてくるほどに相違が鮮明にわかるようになった。
彼は、女の体となっていた。

「どうだ」
「いや、どうだって言われても……」
「青い奴らは何を考えているかわからん。意見を聞いてやる」

一言で言えば、綺麗としか言えない。
元から線は細かったが、更に細くなった。髪の美しさも相変わらずで、女にしか見えない。後ろ姿だけでは判別不能だ。
口紅も妖艶な紫ではなく赤が引いてある。全体的に明るくなった雰囲気についドキドキしてしまう。
だが彼はそんなありきたりな回答は求めていない。きっと「そんなことはわかっている」と一蹴されて怒鳴られるだろう。頭から足先まで視線を移していると「勃たせるなよ」と自信たっぷりな声が聞こえてきた。
フラフラと立ち上がろうとすれば、縄にでも縛られたように腕を後ろ手に固定されてしまった。襲わないというのに。

「で。俺はどうすればいいんだよ……」
「何が足りない」
「は?」
「他の女にあって私には何か足りないものはあるか」

そんなことを言われてもティーダにはわからない。ユウナとはこちらの世界でも恋仲にはなったが、女性を「女性として」見るなんて奇怪なことはしない。
容姿は美しい方がいいが、好きになる理由なんて見た目だけではない。必死で意図を組んだ返答をしようと頭を捻るが、から回るだけだ。
ここで怯むティーダではない。

「まず何があったかを教えてもらわないと答えにくいんスけど」
「……」
「嫌ならいいぞ」

自信たっぷりに自己完結する皇帝が悩むということは、何か事件があったのだ。それがわかれば返答しようもある。
拗ねて顔を逸らす様を眺めていると、控えめに口が開かれた。相当悩んでいるらしい。

「盛り付いた童貞が、私の姿を見て逃げおったのだ」

そんなことを暴露されても困る。
皇帝が罵詈雑言を吐くのはフリオニールしかいない。一体何があってそんな経緯に陥ったのかはわからないが知らぬが仏。さすがの彼も空気を読んだ。
「ナイショで好きな人がいるんスかね」
「寝取るしかないか」
「無駄じゃないッスか? 頑固なところもあるし」

気に入らない返答に歪んでいく麗人の顔。恋愛相談に巻き込まれたのは不本意だし、人選ミスとも言えるだろう。睨まれても困るだけだ。

「そうだ。イメチェンは?」
「イメ、チェン? なんだそれは」
「いつもと違う服を着るんス。イメージ変わるとドキっとするって」

みるみるうちに赤く染まっていく顔を見ていると、思い当たる節があるのだろう。硬直する皇帝をぼんやりと眺めていると、腕の拘束が解かれた。やっと納得してもらえたようで、肩をまわして準備運動を始める。

「バカにしてはいい案だ。褒美を遣わす」
「いいって」
「ならばもう用はない、早く消えろ」
「はいはい」

もうこの口の悪さも態度にも慣れてしまったのが恐ろしい。これでも礼を言っているのだとわかれば怒る気も失せる。踵を返して扉を潜ろうとすれば、後頭部に堅い物が当たった。
恨めしい目で振り返ると、それは酒の入った瓶。

「土産だ」
「俺、未成年なんだけど」
「親父にでもやれ」
「お前がやれよ!」
「これを機に仲良くしておけ」

「余計なお世話だ」と叫びたくなったが、あまりにも純粋に笑うものだから何も言えなくなった。女の姿はずるいと思う。見惚れて何も言えなくなるのだから。

「それと。ここで見た事聞いた事は全て口外無用だ。わかっているだろうな」
「大丈夫だって」

話もおざなりに酒を見つめながら駆け出すと、重厚な扉が閉じる音がした。
不気味な廊下を一気に駆け抜けると入り口付近に彼の姿を見た。腕を組んで不機嫌になっているのはフリオニールだ。

「よお」
「お、おう」
「1人か」
「え? そんなところ」

「口外無用だ」なんて言われたのに、正直に答えれば詰問されてボロが出てしまうだろう。
視線を泳がせながら答えたが、詮索はこない。
鋭く突き刺さる視線から逃げるように瓶を握りしめた。

「んじゃ。俺急ぐから!」

静止の声も追いかけてくる気配もない。
ただ痛いまでの視線がずっとつきまとうだけだった。

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16.12.21


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