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酒から始まる正しい間違い講座2





パンデモニウムは今日も静かだ。皇帝は1人玉座に座り煌びやかな輝きを放つ宝石の壁を見ていた。
何故こんなにも気分が優れないのだろう。彼がいないだけでこんなにも世界が色あせて見える。主人の感情に呼応するように床が波うち、刺のようなものが顔をだしてはすぐ消えるの繰り返し。
それを見ているだけでもまた気分が落ち着かなくなり眉間のシワが深くなる。負のいたちごっこである。

「あれ」

そんな中、男の声が聞こえてきた。
彼ではないのはすぐわかる。あからさまに落胆してため息を着けば、駆けてくる靴音が聞こえてきて更にうんざりとする。

「王様じゃないッスか」
「うるさい。あっちへ行け」
「何いつも以上にピリピリしてんだ?」

1人だと思ったらもう1人いるではないか。いつも駆け回っているお調子者で危機感のない夢想と、何を考えているかわからない無礼な空賊である。
周囲を警戒するくらいなら近づかなければいいものを。2人で左右を見張りながらも玉座のすぐ近くまでやってきた。

「あれ、かなり不機嫌?」
「貴様らの顔を見たからだろうな」
「いつもキレてるくせに。のばら呼んでくるぞ」
「待て。何故そこで反乱分子が出てくるんだ」

止める声も聞かず、ヴァンはやってきた道を器用に辿って走っていってしまった。前言通りにフリオニールを連れてくるのだろう。珍しく空気を読む彼を心中で褒めながらも、まだ壁に隠れている少年へと視線を移す。

「貴様は消えないのか」
「何するかわからねえのに、放っておけるかっての」

怯えているが見張りのつもりらしい。
睨むように見つめられては落ち着かない。一層深くため息をつくと目を丸くしながら凝視される。

「あれ、機嫌良くなった?」

本人すら自覚はしていなかったが、眉間のシワがいつの間にか消えていた。
気分は悪いはずなのにどうしたものだろうか。理由はさっぱりわからない。
気付かれた事でバツが悪くなり睨み返すと警戒して壁へと隠れてしまった。

「なんだかんだで王様もフリオの事が気になるんスね」
「……“も”?」
「フリオはいつも王様の話してるけど」
「そ、うなのか」
「そうッス。それはもう惚れ気のようにずっと同じ話をしてるって」

そう言われると悪い気はしない。
目線を床に移して言葉を噛みしめていると「ほら、また機嫌がよくなった」と指摘される。

「もしかして、フリオの事を目の敵にしてるのは愛情の裏返し……なんつって」

改めて口にされると恥ずかしい。
目線を逸らしては肯定と同じ。しかしティーダはからかいもなく笑うだけだった。鋭いのか鈍感なのかわからない少年である。
話を逸らそうと口を開けば、遠くから2人の話し声が聞こえてきた。噂をすれば、である。

「皇帝がいたというのは本当か!?」
「なんでそんなに鼻息荒いんだよ」

乱れた息とへばるヴァンを見れば急いできたのは一目瞭然だ。
ちょろちょろと動き回るのが得意な空賊が疲れているのも珍しい。座り込んでしまった彼を振り返る事なくフリオニールは2人に近づいた。

「お前たち、2人だけでいたのか」

怪訝な顔をしながら声をかけると、無邪気な笑顔が答える。

「そうッス。見張りは必要だろ」
「そう、だな」

歯切れの悪い答えをする青年に眉を寄せるしかない。相変わらず子供のように首を傾げる少年に堅い表情で笑いかけると「決着は俺1人でつけるから」と帰るように促している。
即決するヴァンと、心配しながらも応援してくれるティーダを無表情の笑顔で見送ると、険しい表情で振り返った。

「お前はティーダが気になるのか」
「は?」

突然何を言われたのかわからなかった。怒鳴ってやろうかと思ったが、強く腕を掴まれて焦り、声が出ない。

「好きなのか」

何故そんな聞き方をしたのかはわからない。だが明らかなる怒気を孕んだ声が突き刺さり、視線に真っ直ぐ捕まる感覚が心地よかった。支配しているのかされているのか、もうそれはどうでもよかった。

「誰にも顔を見せられないようにしてやろうか」

冷たい音色と、首筋に強く吸い付く唇にゾクリとした。
また酔っているのだろうか。明らかに様子がおかしい。強く鋭い眼光が突き刺さり、気分を高揚させる。
のってくる。心の中で口元が弧を描く。
わざとらしく小さな悲鳴を上げて煽ってやれば、もっと強く出るかと思った。しかし身を捩らせると、身体が強ばったのがわかる。離れた身体を疎ましく重い見上げてみれば、青ざめた顔が見える。先程の覇気はどこへやら。まるで別人のようである。

「す、すまない!!」

また短い謝罪をこして駆けていく後ろ姿にうんざりする。
一体何を考えているのか、今の行動が正気だったのかはわからない。それでも煮え切らない態度が気に入らない。
悩んだのは皇帝も同じだ。いや、プライドのために彼以上に苦しんだかもしれない。それでも割り切った。敵であり、男が好きだと割り切ったのだ。
それなのにこの男はまだ逃げるというのか。
身近にあった壁に乱暴に魔法をぶつけると無惨に砕け散った。

++++
16.12.3


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