えふえふ | ナノ



酒から始まる正しい間違い講座1



※皇帝女体化表現有





いきなり押し倒され、頭に襲ってきた衝撃に皇帝は眉をひそめた。
目の前には、据わった目をして荒い息を付く男の顔が影になっている。表情は伺えないが、獣のような息づかいと視線を感じてほくそ笑む。しかし鼻孔をくすぐる甘いような果実のような、人を惑わせる頭を揺さぶるような匂いが鼻について、不快感を露わにする。
どうにも彼、フリオニールから酒の臭いがする。
安い酒は、匂いと癖が強く匂いだけで気分が悪くなる。だがこれはいつも飲んでいるもので間違いない。だが間接的に嗅ぐには強烈な甘い匂いに、思わず口と鼻を手の甲で覆うと犬のように鼻が首筋を撫でた。

「おいやめろ。臭いぞ」
「んっ……いい匂い……」
「聞いているのか虫けら」
「はぁ、はぁ。綺麗、綺麗だ……」

酒の匂いに酔っているのか、はたまた皇帝の匂いに惑わされているのか。うっとりとして首を執拗に嗅いでくるフリオニールに唾を飲み込んだ。
この空気に飲まれてはいけない。今彼は正常な判断が出来ない状況である。
しかし、これはチャンスかもしれない。
酒に呑まれているとはいえフリオニールであることは間違いない。このまま既成事実を作ってしまうのも悪くはない。
どんな形でもいいから手に入れたい。女々しいとは思うが、それほどにまで彼に執着していた。動かずに見つめているだけで獣のようにぎらついた目が真っ直ぐ体を視姦してくる。
その視線が肌に突き刺さるだけでゾクゾクした。穢されている気さえして興奮した。

「いいぞ。くるがいい……」

こっそりと自身に魔法をかけて、身体を女の物へと変えてやる。さすがに胸を大きくするには男のプライドが高すぎた。
1人の人間を手に入れる為にここまでするなんて馬鹿げている。しかしもうそんな恥すらもどうでもよくなった。
ゆっくりと胸へと手を誘えば、無骨な指が柔らかな双丘を撫でた。男をその気にさせるには性的な場所へ触らせればいい。経験のない男なら尚更だ。
わざと甘い艶声を上げれば見開かれて赤くなる顔を見て、堕ちたと確信する。
次にやってくるであろう荒々しい愛撫を期待していたが、彼は固まったまま動かなくなっていた。

「す、すまないっ!」

そうはっきりと言い残して、覆い被さっていた影は慌てて走り去っていった。

「何なのだ……」

まさか誰かと勘違いされていたのだろうか。
胸を触っただけでわかるほど違うというのだろうか。意気地のない姿に腹ただしさが生まれてくる。
彼には心に決めた女がいる。それだけで寂しさと、それを上回る怒りがわき上がり心を支配する。強く服を握りしめると近くにあった安物の酒瓶を蹴り飛ばす。パンデモニウムは主人の感情に呼応するように、床に転がったビンを粉々に砕き、ざわめいていた。




雲1つない空とは裏腹に、青年はどんよりとした表情で落ち込んでいた。まるでこの世の終わりのような顔を無骨な両手で覆っている様は目も当てられない。
雨降りどころか雷さえなっていそうな雲行きに、傍にいたセシルは苦笑いを禁じ得なかった。

「落ち着いてよフリオニール」
「これが落ち着いていられるか……」

理由を聞こうと思ってもこんな様子では聞くことも出来ない。「どうしよう」「やってしまった」と繰り返す彼に一体何が起こったのだろうか。気にはなるが真相は闇の中である。

「話すとすっきりするよ。さあ」

優しく促せば、ゆっくりと顔が明るみにでる。泣きはらしたように赤い目と、赤い頬。男らしい眉は元気がなく下がっていて、男前が台無しである。
すがるような目に頬をかきながらセシルは刺激を与えないように諭していく。

「僕は口が堅いから。誰にも喋らないよ」

まるで菩薩かのような笑顔で諭すと、すがるような彼の視線がかち合った。大の男に言うべきではないだろうが、正直子犬のようで可愛らしい。
声に出さないように耐えていると、虫のような小さな声が聞こえてきた。

「俺、誰かを押し倒したんだ……その、胸が柔らかくて……。誰か知らない女性を襲いかけたというか、その……」
「それはまずいね……」

セシルの言葉にフリオニールは更に落ち込んでしまう。
生真面目で女性経験すらない彼のことだ、不純なことで女性を手込めにしそうになったことが相当応えているらしい。
この世界の女性となったら限られている。仲間である5人か、残りは敵である。
皆男にも負けない力を持っている為に、簡単に負けるとは思わない。だが相手も酒を飲んでいたとなれば話は別だ。流されて事に及んでしまうことも少なくない。

「綺麗な金髪は覚えてるんだが……」
「金髪の女の子なんていたかな。あ、もしかしてクラウド?」

金髪で思い出すのは、クラウドとジタン。勿論男である。
クラウドはたまに女装をさせられているのを見かけるから、何気なく名を出せば更に青くなる。

「仲間に手を出したってことか!?」
「可能性にすぎないよ。クラウドはいつも通りだったし、何もなかったって」
「いや、彼はクールで表情に出さない……気にしてないフリかもしれないだろ!」

赤くなったり青くなったり忙しいと思う。
もう相手がクラウドだった、という事実は彼の中で決定事項らしい。慌てて謝罪に駆け出そうとする彼を、諌めて座らせる事に成功した。とりあえずは説得しようと思う。

「大丈夫だよ。襲われたら誰でも抵抗するよ」
「そう、だな」
「それに相手は女性だったのだろう? クラウドはれっきとした男だ。胸があるなんてありえない」
「ならあれは誰だったんだろう……」

これにはセシルも閉口した。
確かにクラウドではないとすれば、他に候補が思いつかない。首を傾げるのもわかる。

「もしかして、皇帝?」
「え?」
「ほら、髪が長いし化粧もしている。酔っていたのなら勘違いをしてもおかしくはないよ」

その言葉に今度こそ真っ赤になった。足すら崩れて困惑するのは不自然極まりない。なにか思い当たる節でもあるのか、と顔を覗き込めば視線すら定まらない状態だった。

「いや、だって、胸を触らせてくれて……いやいや、そんな皇帝が女なわけっ」
「もしかしたら、柔らかいっていうのは君の願望で、本当は男だったのかもしれないね」
「いい匂いもしたし、もし女だったら嬉しいけど、いやいやいや!」

話を聞いているのかいないのか、独り言を繰り返して頭を抱える姿に思わず笑ってしまった。
もしかしなくても、フリオニールは皇帝に好意を寄せているらしい。
男同士だから、なんて今更野暮だ。敵同士であることは問題だが、セシルも相手が実の兄だから口をつぐむしかない。微笑んで青年の奇行を眺めていると、結論がでたのかいつものように真っ直ぐな瞳が射抜いてきた。
真っ赤な顔は見なかったことにしよう。

「それはない!」
「言い切るね」
「俺が間違えるわけがない!」
「触らせてくれた、ってことは相手も君に好意を持っているわけだし」
「そ、うか。そうなのか……」

何故か落胆する彼を刺激しないように、傍らにしゃがみ込む。膝を抱えて俯く姿に不安は覚えたが、かける言葉も見つからない。彼自身で整理が付くまで黙っていると、ゆっくりと顔が上げられた。

「俺、皇帝のことが気になるみたいだ」
「うん」
「始めは金色が見えて、アイツだと思ったんだ。段々甘い匂いがして、綺麗な微笑みが見えて。柔らかい、む、胸のようなものに触れて思わず逃げてきたんだ」

ゆっくりと紡がれる後悔に、ただただ黙って耳を傾けていた。

「綺麗で、いい匂いで……優しい人だった。けど、勝手だけど皇帝を裏切ってる気になって嫌だった」
「やっぱり君は純情だね」
「どうなのだろうか。男を好き、なんて……」
「人それぞれだよ。男所帯だから周りに女性も少ないし、そういう人も見てきた」

差別も軽蔑もしていないのは本音である。丸くなる背中を撫でてやれば、少しずつ顔色もよくなってきた。「ありがとう」と小さな笑顔まで見せてくれるようになればもう大丈夫だ。微笑んで立ち上がると、青いマントが優しく揺れた。

「にしても、君が恋か」
「な、なんだよ……」
「いや、お堅いイメージがあったから親近感が湧いたんだ」

笑うセシルに対して少しむくれて睨むと、一層深い笑みが帰ってくる。

「僕は君の恋を応援するよ」

そういって純真に微笑む白は、恐ろしいほどにまぶしかった。

++++
16.11.17

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