えふえふ | ナノ



双つの視線sideM

■皇帝side

2人分の足音が、パンデミニウムのおどろおどろしい城に響く。
重い鉄の音が早歩きで動いていると思えば、後に続くように高いヒールの音が苛立ち地面を打った。

「貴様。最近私のことを避けていないか。」
「そ、そんなことないぞ!?」

上擦った声を誰が信じるだろうか。早くなる足音に、舌うちを漏らすとヒールは距離をつめる。
さっきからずっとこんなことを繰り返しだ。フリオニールと皇帝が出会ったのは偶然だ、別に約束をしていたわけでも、待ち伏せをしていたわけでもない。
何かをされたわけでもないし、危害を加えるつもりもない。だが一発殴っても文句を言われないだろう。
最近フリオニールが全く顔を会わせない。1日2日なら興味も持たない。しかし1週間と3日続けば誰だって不審に思うだろう。
一体何のつもりかは知らないが、逃げる姿は不愉快で仕方がない。

「ならば理由もなく逃げるのか。ほう、いい度胸だ」
「いや、そうじゃなくてさ」
「隠し事は好かん、言え」

視線を泳がされて更に不快感が増す。
うじうじする生き物は嫌いだ、ましてや手間をかけさせるようなウジ虫は論外である。
きっと下らないことで悩んでいるのだろう。ならばさっさと吐き出してしまえばいいものを。

「私は気が長くはない。2度目はないぞ」

疑似の笑顔の裏の怒りを察したらしい。血色のいい小麦色の肌がみるみるうちに青ざめていく。さあ早く吐いてしまえ。杖を構えて腕を組んでいるとやっと観念したらしい。

「俺たちはつき合ってる、んだよな」
「そうだが」
「その、俺の純情を踏みにじってる策……とかじゃない、よな」

呆れて声が出ない、とはこのことだ。様子を伺うようにビクビクしている青年に、思わず笑いそうにもなる。
そんなくだらない作戦に時間を取るほど暇ではない。ましては骨抜きにできる良策だとしても、男を口説くなんて死んでもごめんだ。プライドだってある。
少しプルプルしている大の男を見て、ため息をつき手を伸ばしてきた。

「何を不安になっているのか知らん。だが貴様は嫌いではない。これで満足か」

愛情表現は何度やっても慣れない。目線を合わせる勇気もなくて遠回しになってしまう。それでもこれが自分なりの「好き」という言葉なのだ。
これだけのことで火照る体が情けない。それでも目の前の男も真っ赤になっているから気は晴れた。自分だけが恥をかくなど不公平である。

「うん、俺も、好きだ」
「ならばもうくだらない鬼ごっこは終わりだ」

やっと面倒な追いかけ合いが終わる、そう思っていたのもつかの間。

「でも……しばらく1人にさせてくれないか」

段々とストレスになってきた。
ガタイのいい図体に似合わず、意外にも面倒な女のような性格をしているらしい。
何を見たのか、何を吹き込まれたのかは知らない。混沌の戦士たちは捻くれているし他人の不幸を喜ぶ者ばかりだ。少しでも弱みを見せようものなら全力で煽り、利用してくる。特に得体の知れないのがアルティミシアだ。
話はわかる為に傍においているが、時折見せる含みのある笑みが何を意味するのかわからず不気味である。常に弱みを見せず、悟られないとうには立ち回っていたが、よもやフリオニールからつけ込もうとしているのだろうか。
うつむいたフリオニールの頭に手が置いた。少しでもごねたら頭を潰すつもりというのは建前、本当は慰めるつもりで。

「あと何をすれば、聞き分けのないガキは理解できる」
「す、すまない。困らせるつもりはなかったんだ」

少し傷んだ銀の猫毛を鋤いていると、目を細めて顔をすり寄せてくる。まるで面倒くさい猫だ。
動物なら喋ることのできないのもわかる。だがこの男はれっきとした人間だ。虫でもない、家畜でもない、人間なのだ。
調子を取り戻したようだが、まだ視線は合わせる気はないらいし。胸を強く押されて距離を取ろうとするので、顎を掴んでやった。逃がすなんて言っていない。

「おい」
「な、なんだ」
「抱かせろ」
「…………え?」

人は急所である心臓の音を聞くと安心すると聞いた。確かに相手の急所が傍にある、すぐに潰せる位置にあるのは心地よいものだ。命を、全てを掌握し支配した気分になる。抱きしめられる度に安堵するのはいつも経験している。ならば同じようにすればこの子供も泣き止むのではないか。しかし反応は思ったものと違った。

「俺の尻を裂くつもりかっ!」
「何を言っている?」

悲鳴を上げて面白いほどに動揺して後ずさる。抱きしめた程度では尻には何の影響もないのに、なんの妄言だろうか。首を傾げるしかない。

「おとなしくしていろ」
「え。今ここでヤるのか……?」
「そうだ。都合が悪いのか」
「いや、誰がくるかわからないだろう」
「そんなに私との関係が明るみになるのは嫌なのか」

抱きしめるくらいで嫌がるほど可愛げのある奴だとは思っていない。ヤることはヤっているのだし、今更恥ずかしがられても気味が悪いだけだ。
初々しく近づくだけで赤くなるのは慣れた。いつも身につけている香水も、彼が気に入っていると知っていてつけている。誘うのも支配するのも得意だ。
だがここまで思い通りにならない存在もいない。逃がさない、と言わんばかりに抱きしめると目を白黒させて硬直した。

「皇、帝?」

逞しい男の体であるが、抱きつくと何故か安心感がある。子供を慰めるためと行ったことではあるが、自分が安心してしまうのはどうしたものだろう。
悩ましい息が首筋を撫で、強く締め付けられた。
熱い吐息が首筋をかすめると背中に腕を回される。
やっと捕まえた獲物だ、逃がすものか。力を強めて低い声で名前を呼ぶ。「フリオニール」と。
名前を呼ぶのは特別なことだ。下等生物に興味なんてもたないし、まず名前を覚えるということをしようとも思わない。だが彼は別だ。そして名前を呼ぶには勇気がいる。
名前とは言霊だ。呼ぶだけで強い力を持ち支配されてしまう。自分で口にした言葉であるが、頭を何度も駆け回り嫌でも意識してしまう。
恥ずかしくなり誤摩化すように顔につかみかかる。怯えたように目を瞑る彼に、口封じでもするように唇を押し当てた。
接吻なんて自分から行ったことはなかった。自分から求めているようで、依存しているようで悔しかったからだ。
いつも相手に羨望と畏怖の視線を向けられねばならない。それが皇帝の意思である。なのにこんな青二才に依存してしまうなんて王としての威厳を失ってしまう。
だが否定するには感情が大きくなりすぎた。必死にもみ消そうとしても消えるものではない。
深く唇を奪ってやると、どんどんフリオニールから余裕がなくなってくる。それだけが威厳を保つ為の方法だった。解放してやれば赤い顔と潤んだ目。余裕のない表情にニヤリと笑う。しかし実は余裕がないのは皇帝も同じだ。見つめているだけでも抱き合っているだけでもいろいろな意味で気が気でない。しばらく何も言わずに抱き合っていたが、不意に体を離した。これ以上一緒にいては駄目になってしまいそうだ。

「では帰ってやる」

立ち上がれば腰に抱き疲れて怪訝な顔で見下す。
何を考えているのかはわからないが、迷子の子供のような顔をされてはこちらも困る。

「抱くって、抱きつくって意味だったのか」
「他に何がある……。ああ、なるほど。発情期の猿め」
「……思春期なんだ。察しろ」
「貴様と違って女に不自由したことがないものでな」

からかってやれば効果覿面。不安な表情で抱擁を強められた。優越感に支配されて気持ちが高ぶってくるのがわかる。
皇帝の一言で振り回される若者が、必死に振り向いてもらおうと足掻く姿がなんとも心地よい。
この若者をどうしても手に入れたい。我が物にしたい。誰にも奪わせはしない。

「おい、離せ」
「……」
「誰かが通ったらどうするつもりだ」
「お前は気にしないんだろ」
「貴様が気にすると言ったであろう」
「それは、か、勘違いしてたんだ」

抱擁を強めれば、呼吸が出来なくなり肘で頭をつつく。離れようとした体は逃がさないようにと抱き寄せれば苦笑するのが気配で伝わってきた。
なんだか恥ずかしくなって顔を赤くするとフリオニールが硬直したのが気配で伝わってきた。

「これで満足したか」

真っ直ぐ見つめられては気恥ずかしくなる一方だ。何を見ているのかはわからないが、自分はろくな顔をしていないだろう。頬に指を這わされて体温も上がっていく。
この流れはきっと接吻だ。がっついて肩を強く掴んできたことに、わかりやすい行動に呆れたため息をついた。

「貴様、接吻は先ほどしてやっただろう」
「え?」
「わかっていなかったのか。家畜並の頭脳だな」


やはりというかなんというか、何をされたかも理解できていなかったようだ。所詮は女慣れをしていない若造だ、皇帝の魅力にやられて頭がついて来られないらしい。
間抜けにも口の開閉を繰り返しているので、耳に唇を寄せて誘ってやる。
身じろぎをして、唾を飲み込む姿など童貞そのものだ。雄も勃ち上がっているのが鎧越しでもわかる。

「皇帝、さ、さっきのって、キス……」
「舌まで入れろとは言わんだろうな」
「いや! 皇帝からキスしてくれただけで、俺はもう満足だから……というか、興奮して、その」
「フフ、堪え性のない」

このまま置いておくのも可愛そう、いや皇帝も我慢が出来なくなったというのが正しい。城までは遠いし、近いと言えば秩序のフリオニールの自室だろうか。ぼんやりしている彼の体を浮遊させると有無を言わせず聖域へと足を向ける。
周囲に見知った駒たちが見えても足を止めることはない。襲ってこない火の粉ならば手を出す価値もない。後ろから抗議の声も聞こえるが関係ない。
嫌でも覚えた道を進み、迷わずに質素な豚小屋の扉を開け放つ。乱雑した武器と埃は相変わらずだ。寝る駄目だけ場所である男の部屋に眉を顰めながらも、ベッドへと放り投げた。
「何をするんだ」と抗議をされる前にベッドへと乗り上げ、阻止をする。汚い部屋は堪え難いがフリオニールの匂いが充満する密閉した空間は悪くない。しかしあまり滞在すると興奮してしまうのが欠点。だからこの部屋には居たくないというのが幸せな不満である。
こんなことは本人には口が裂けても言えない。

「今日はなんだかおかしいぞ……」
「おかしいのは貴様だ」
「お前、俺が触れたらいつも嫌がるだろう。部屋も汚いって」
「おい」
「な、なんだ」

言葉を遮るように強く言ってしまった為にフリオニールが少し怯えた表情をしたが知ったことではない。
押し倒しているのはこちらのために優位であるのは間違いない。腕力はフリオニールが上でも魔力は格段に皇帝の方が上だ。それに彼は皇帝に強く出られないという弱点もある。
何をされるのかと顔を赤く青くしている彼を見ているだけでも面白いが、もっと面白くしてやろうと思った。

「今日だけは貴様の言う通りにしてやろう」

目が点になり真っ赤になる顔は何度も見ても面白い。何でも、というのはその何でも、なのか。そう考えて混乱しているに違いない。
特に意味はない。きっと彼は「本当に愛されているのだろうか」と不安になってこんな奇行を行っているのだろう。いつも訪ねられて耳にタコまで出来てシまった。
きっと願いは体を重ねることだろう。いやこの状態で手を出してこないならその程度だ、こちらから捨ててやる。どんなプレイを言われるのかは想像もつかないが胸が高鳴っている自分がいるのも否定はしない。
期待と不安に胸を高鳴らせてマントを脱いでいると、肩を勢いよく掴まれた。

「悩みがあるなら聞こう」
「こっちが聞くのだ、奇行種」
「一体なんの風の吹き回しなんだ……?」
「ただの気まぐれだ虫けら」

「悩んでいるのは貴様ではないか」という言葉を口にしそうになりやめた。
未だ興奮が収まらずに呆れた声を出せば、面白いほどに顔が赤く染まっていく、どうやらマゾっけもあるらしい。前々から察してはいた。

「積極的だと不満か」
「そうじゃないさ、嬉しいよ」
「ならいいだろう。おとなしくしていろ」

動かないならこちらから動いてやろう。汚い鎧と鉄臭い武器を外していけば、慌てた声が返ってきた。
肩を押されても力が抜けている状態では痛くも痒くもない。気にせずに服に手をかけた時に逞しい筋肉に触れた。
何度も見ても男らしくいい体つきだと思う。男色の趣味はなかったが、彼のせいでいろいろなことが狂わされた気がする。敗北覚え、人肌を覚え、愛情を覚え。屈辱的な思いも多々とあったが今やこの腕に抱きしめられるのが定位置であり安堵できる場所になってしまった。悲しい限りである。
もう少しで裸に出来る、というところで慌てた声で静止が入り舌打ちをした。

「待て! 待ってくれ!」
「……なんだ貴様。この期に及んでごちゃごちゃと」
「違うけど、いやでも抱かれる心の準備が!」

今聞き捨てならない言葉が聞こえなかっただろうか。
じたばたと足だけで抵抗する姿は滑稽以外のなにものでもない。腰に運良く膝が当たったところでやはり痛くないが、不愉快ではある。
少しおとなしくさせようと杖で叩けば小さく悲鳴が聞こえた。女々しいことこの上ない男だ。こんな男にいつも抱かれていたのだと思えば情けなくて声も出なくなる。しかし抱きたいか、と言われたらそうでもない。男を抱く趣味もなければ裸を見たいという願望もない。
悲しいかな、愛情を受け取るだけで体は精一杯なのだ。

「私は男を抱く趣味はない」
「抱かれるのはいいのか」
「そんなわけはないだろう。寝言は寝て言え。反吐が出る」
「じゃあ、女を抱きたい、と思うことはないのか……?」

またこの子供の悪い癖だ。一緒に行動をしていることの多いアルティミシアにでも妬いているのだろうか。彼女には特別な感情を抱いたことはないし、最近年のせいか性欲も衰えてきている気がする。
第一、 何の感情もわかない女を抱くのも疲れてきたところだった。
征服欲や発散にはなるが、情けない話この男で勃つようになってからは女で縫う必要がなくなってしまったのだ。もう女に触ろうと思う気持ちすらわかなくなっているのが悔しい。

「貴様に誤って惚れてから、1度もない。一度抱こうとした。だが、貴様の不愉快な顔がちらついて萎えてしまった」
「それって、つまり」
「一番恥ずかしいのは私だ。何故このような馬の骨に骨抜きにされねばならん」

何故こんなことを言ったのかはわかならい。屈辱もいいところだが、フリオニールは安心したように笑う。この笑顔を見ていたらどうでもよくなってきた。花が咲いたような笑顔に見とれていると力任せに押し倒されてしまう。感情的な彼に呆れはしたが、ついつられて笑ってしまうと一層強く抱きしめられた。

「ならば皇帝。“感じてくれ”」
「は」
「俺の愛撫で、思う存分感じてくれ。それだけで俺は十分だから」

よくもこんな臭い台詞が言える物だ。童貞を拗らせてしまったからなのか、夢見がちなせいかはわからない。それともマグロだと思われているのだろうか。
いつも恥辱のため威厳の為に耐えているだけで快感を得るたびに悔しくなってしまう。年下の男にいいようにされているのが、経験の浅い子供に感じてしまうことが自分でも嫌になる。
そんな気持ちを誤摩化す為に必死で耐えている自分が少し大人げなく感じた。誤摩化す為にため息をつくと顔を覆ってしまった。

「よくもまあ、そんな臭い台詞が言えるものだ」
「俺も今恥ずかしいよ」
「その願い、かなえてやりたいがそれは貴様の技量にもよるな」

それでもまだ素直になりきれない大きなプライドがある。壁の薄い去勢を
張っているとにっこりと笑うフリオニールが見えた。何か、嫌な予感がする。

「なら今日は電気を消さない」
「なんだと!?」

痴態を見られるなんて冗談じゃない。顔を真っ青にするとどんどん笑顔が深くなる。
時々彼は獣のような荒々しさと強さを見せる時がある。いつもは言うことを聞く犬程度だが、ひとたび鎖が外れると狼のように襲いかかってくる。戦っている時の眼光を思い出すだけでゾクゾクしてしまう。
今も獲物を逃がさない、と光る目。今抑えてかないと後々どんな目に合わされるかわかったものじゃない。慌てて静止をかけようとするが真剣な顔に見つめられて硬直してしまった。
この金の目に捕われたのは何度目だろうか。

「お前が善がる顔も、声も、場所も。全部知りたい。教えてほしいんだ」
「そのくらいなら教えてやる」

とりあえず、落ち着かせよう。これ以上焦らして火に油だということがよくわかった。唇を耳に寄せると顔を赤くしながら囁いた。

「いつのもままでも私はいいがな」

気持ちに素直になることは自分の保身に繋がる。

+END

++++
16.9.13

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