えふえふ | ナノ



双つの視線sideF

※双視点



■フリオニールside

2人分の足音が、パンデミニウムのおどろおどろしい城に響く。
重い鉄の音が早歩きで動いていると思えば、後に続くように高いヒールの音が苛立ち地面を打った。

「貴様。最近私のことを避けていないか。」
「そ、そんなことないぞ!?」

上擦った声を誰が信じるだろうか。早くなる足音に、舌うちを漏らすとヒールは距離をつめる。
さっきからずっとこんなことを繰り返しだ。フリオニールと皇帝が出会ったのは偶然だ、別に約束をしていたわけでも、待ち伏せをしていたわけでもない。
何かをされたわけでもないし、会いたくないわけはない。しかし今は会いたくなかった、という矛盾した気持ちが渦巻いてついつい逃げるように駆け出してしまった。
今日1日だけなら、皇帝も気にしないでくれていたかもしれない。だが1週間近く続けば誰だって不審に思う。今日もまた避けてしまったフリオニールをおいかけ、鬼ごっこになり、今に至る。

「ならば理由もなく逃げるのか。ほう、いい度胸だ」
「いや、そうじゃなくてさ」
「隠し事は好かん、言え」

視線を泳がせ言いよどめば徐々にイライラしているのがわかる。綺麗な顔に眉間のしわが寄り、もとより細い目がどんどん細くなる。
だが本当のことを言うのは気が引ける。きっと、嘲笑われてしまう。子供の、童貞の言うことだと馬鹿にされてしまう。それよりも女々しい自分に嫌気がさしていたところだ。口が裂けても言うものか。と意気込んだ矢先に顎を引っ掴まれた。

「私は気が長くはない。2度目はないぞ」

紅を引いた目元がゆっくりと細くなる。笑っている訳ではない、勿論怒り狂っている。表面上では穏やかに見せても、皇帝はすごく気が短い。こちらが何もしていなくても、勝手に機嫌を損ねることも少なくない。
絶対王者体質の彼には困ったものだが、それすらも魅力だと思ってしまう自分には更に困惑を通り越して笑うしかない。

「俺たちはつき合ってる、んだよな」
「そうだが」
「その、俺の純情を踏みにじってる策……とかじゃない、よな」

つき合い始めはただただ浮かれていた。
諦めていた恋が実ったことに、まさかの皇帝からの告白に胸を躍らせた。
しかし時間が経つごとに疑念が浮かんでは消えて、不安を煽ってきた。失礼とはわかっている、せっかくの皇帝からの好意を無為にしてしまっているのもわかっている。
だが、年も身分も離れているだけに不安になることもある。敵同士、同性、おまけに相手は王様。
しばらく無言で聞いていた皇帝だが、ため息をついて目元に手を伸ばしてきた。

「何を不安になっているのか知らん。だが貴様は嫌いではない。これで満足か」

目線は合わせてくれないし、随分遠回しである。しかしはっきりと皇帝の言葉で「好きだ」と言ってくれた。
これだけのことでみるみる顔が赤くなるのがわかる。あの皇帝が、プライドの塊である皇帝が、好きだと言ってくれた。それだけでも気分が高揚して動悸が激しくなってしまう。

「うん、俺も、好きだ」
「ならばもうくだらない鬼ごっこは終わりだ」
「でも……しばらく1人にさせてくれないか」

この心を沈める為には時間が必要なのだ。
見てしまった。皇帝がアルティミシアと一緒に居る姿を。何を話しているのかはわからなかったが、距離も近くお似合いに見えてしまった。
“皇帝”という身分にもなれば、女に困らないだろう。なのに何故、あえて敵である男を恋人として選んだのか。考えるだけ野暮である。
しかし認めたくない、今だけの幸せとしても目覚めたくない。そういう一心で1人悩んでいたが、限界なのかもしれない。
うつむいてしまったフリオニールの頭に、ゆっくりと手が置かれた。

「あと何をすれば、聞き分けのないガキは理解できる」

禍々しく優しい手が銀の猫毛を鋤いていく。心地よくて、もっと触れてほしくて顔をすり寄せる。
優しくされても好きだと言われても、肌を重ねてもまだ不安になるなんて、人間は欲深い生き物だと思う。
それでも、愛が、この男の全てが欲しい。

「す、すまない。困らせるつもりはなかったんだ」

珍しく感情露わに、困った表情をした皇帝の胸を押して顔をそらす。あまりごねると幻滅されて見捨てられてしまう、皇帝とはそういう男である。慌てて距離を置こうとしたが、いきなり顔を掴まれてはどうしようもない。

「おい」
「な、なんだ」
「抱かせろ」
「…………え?」

昼から何を言っているのだろう。予想もしない言葉に顔色と声を失った。
小さな悲鳴が上がってしまった。

「俺の尻を裂くつもりかっ!」
「何を言っている?」

心底不思議そうに首を傾げる姿に萌えたのは秘密だ。
いつも感情に任せて荒々しく抱いてしまっている自覚はしていた。無理をさせているお詫びと思えば軽いものだろう。魔法使いが戦士の相手をするのは年齢的にも体力的にも厳しいのだろうか。罪悪感は湧くが、身の安全は守りたい。ひきつった笑顔を浮かべてしまったが見えていないからセーフであろう。

「おとなしくしていろ」
「え。今ここでヤるのか……?」
「そうだ。都合が悪いのか」
「いや、誰がくるかわからないだろう」
「そんなに私との関係が明るみになるのは嫌なのか」

何故皇帝が不機嫌になるのかはわからない。いつも最中に電気をつけようとしたら怒るのは皇帝の方ではないか。
それとも、痴態をさらして喘ぐ姿を仲間に見せることで、精神的ダメージを与える作戦なのだろうか。ごめん被る。
だが、そこまでしたくなるほどの負担をかけているのかもと思えば言い返すことも出来なくなる。真っ赤になり硬直していると、皇帝の息が耳にかかった。
自慢の恋人がこんなに近くに居る、こんなに近づくことが出来る。それだけで顔が熱くなり息も荒くなる。まだまだウブな反応をしてしまうのは恥ずかしい。
一体何をされるのだろう。そう身構えた瞬間に魅惑的な香水の匂いが鼻についた。

「皇、帝?」

まさか「抱かせろ」というのは抱擁のことだったのではないだろうか。
いきなり抱きしめられて頭がショートして動かなくなる。熱いと息が首筋をかすめる。それだけで雄が硬くなり体温が上がる。絶対に離さないと抱きしめられて、我に返った。慌てて背中に腕を回すと応えるように力が強くなった。
低い声で名前を呼ばれて、左右から強い力をかけられる。ああ、きっとこのまま卵のように潰されるのだ。覚悟を決めて目を瞑ると、唇になにか弾力があるものが押し当てられた。
驚いて目を見開こうとしたら、力で乱暴に支配される。一体何をされているのだろう。痛みと酸素不足にもがこうとしたが、力は向こうの方が上である。もしかしたら魔力すら使っているのではなかろうか。
解放されたのはしばらくしてからだった。満足したのだろうか、理解するには酸素が足りずに意識がぼーっとしている。荒い息をつきながら赤い顔と潤んだ目を抑えるしか出来ず、残り少ない威厳の為に睨みつける努力はする。
目の前にはいつもの皇帝の余裕顔。紫を引いた唇が楽しそうにつり上がった。
こんな悪役の顔すら美しい。惚れた弱みとは何とも恐ろしいものだ。
しばらく何も言わずに抱き合っていたが、不意に皇帝から体を離した。

「では帰ってやる」

そのまま立ち去ろうとする細い腰に思わず抱きついてしまった。怪訝な顔で見下ろしてくるが、いつものことだ。構いやしない。
長くさらさらした髪と匂いが鼻孔をくすぐる。

「抱くって、抱きつくって意味だったのか」
「他に何がある……。ああ、なるほど。発情期の猿め」
「……思春期なんだ。察しろ」
「貴様と違って女に不自由したことがないものでな」

きっと冗談でも強がりでもないだろう。吐き捨てる皇帝になんだか悔しくなって抱擁を強めてやる。なんだかからかわれているようで、遊ばれているようで不安になる。
自分だけを、見てくれたらいいのに。

「おい、離せ」
「……」
「誰かが通ったらどうするつもりだ」
「お前は気にしないんだろ」
「貴様が気にすると言ったであろう」
「それは、か、勘違いしてたんだ」

恥ずかしくなって抱擁を強めれば、肘で頭をつつかれた。離れろと言う意味かと思ったが、離すと睨まれた。どうやらただ痛かっただけらしい。この女王様のことはまだわからないことでいっぱいだ。

「これで満足したか」

皇帝の艶のある声とまさかの赤く染まっていく頬。初めて見る恥じらいの表情に、頭がショートして真っ白になってしまう。
見惚れているとどんどん白い顔が赤く染まっていく。指を這わせると熱くなっているのもわかる。
ああ、心臓がうるさい。今すぐにでも唇を塞いでしまいたい。がっついて肩を強く掴めば呆れたため息をつかれた。

「貴様、接吻は先ほどしてやっただろう」
「え?」
「わかっていなかったのか。家畜並の頭脳だな」

赤くなった顔で口を押されてポカンとしてしまう。
もしかしてこれは夢なのだろうか。今まで頼んでもしてくれなかったことが、八次に起きるなど本当にあるだろうか。魚のように口を開閉していると、唇が耳を滑る。なんだろう、今日の皇帝は酷く面妖で積極的で、扇情的である。
いつもは嫌がるのに、こんなにも優しくしてくれるなんて。もしかしてここは天国、いや皇帝がいるなら地獄なのだろうか。馬鹿なことまで考えてしまった。

「皇帝、さ、さっきのって、キス……」
「舌まで入れろとは言わんだろうな」
「いや! 皇帝からキスしてくれただけで、俺はもう満足だから……というか、興奮して、その」
「フフ、堪え性のない」

馬鹿にした言葉に、優しい声。
まるで金に輝く美しい天使のように見えてきたのは末期症状による幻覚症状か。
途端に体が浮かび上がる。何が起こったのか、と慌てるがどうやら魔法で浮かされているらしい。少し離れた所から驚いたティーダが見え、思わず顔を隠してしまった。
次は一体何をされるのだろうか。身動きの取れない体では身構えることすら出来ずに皇帝を睨みつける。端正な横顔はフリオニールを写さず、悠然と前へと進みだす。慣れた道筋を進みだしたと思えば、迷わずにフリオニールの部屋の質素な扉を開け放つ。乱雑した武器と、埃と、大の男が2人入るのがやっとな部屋に眉を顰めながらもベッドへと放り投げられた。
「何をするんだ」抗議する予定だった口は、開け放された状態で固まった。ゆっくりとベッドへと乗り上がる皇帝の姿に、唖然とする。
押し倒されている、皇帝に。いつもは乗り気ではなくて、フリオニールががっついてしまうのに。この部屋をやれ倉庫だ、豚小屋だと罵り、部屋に入ることすら嫌がるはずなのに。

「今日はなんだかおかしいぞ……」
「おかしいのは貴様だ」
「お前、俺が触れたらいつも嫌がるだろう。部屋も汚いって」
「おい」
「な、なんだ」

突然真剣な表情で凄まれて思わず腰が引けてしまった。押し倒されている今、皇帝が優位である。力も拮抗している間柄だからこそ警戒心も強まる。何よりも愛する者の言葉だ、一体何を言われるのだろうかと気を張ってしまう。

「今日だけは貴様の言う通りにしてやろう」

尊大で巨大な爆弾を投下され、目が点になった。何でも、というのはその何でも、なのか。混乱してまともな思考ができなくなっていた。
その気持ちは嬉しい。だが何か企んでいるようで勘ぐってしまう。それとも何かの罰ゲームなのか、我慢しているのか。不安が渦巻き、マントを脱いでいる途中の肩を、勢いよく掴んでしまった。

「悩みがあるなら聞こう」
「こっちが聞くのだ、奇行種」
「一体なんの風の吹き回しなんだ……?」
「ただの気まぐれだ虫けら」

心底呆れた顔で言うのは、まぎれもなく本心からやっているからだろう。汚い言葉で誤摩化そうとしているのはわかった、赤い顔が全てを物語っている。

「積極的だと不満か」
「そうじゃないさ、嬉しいよ」
「ならいいだろう。おとなしくしていろ」

重々しい鎧と、武器を1つずつ外され初めてぎょっとした。この流れでは、もしかしてフリオニールが抱かれる側ではないだろうか。慌てて肩を押すが、魔法使いにあるまじき筋肉が邪魔をする。腰は細いのだが、胸筋は熱く男らしい。それよりも、女のような化粧をしているのに男らしいとはどういうことなのだろうか、この怪しい魅力はどこから出ているのだろうか……ではない。現実逃避をしている場合ではない。

「待て! 待ってくれ!」
「……なんだ貴様。この期に及んでごちゃごちゃと」
「違うけど、いやでも抱かれる心の準備が!」

じたばたと足だけで抵抗する姿は滑稽以外のなにものでもない。腰に運良く膝が当たったところで、解放されるわけもにない。しなやかで逞しい筋肉を恨めしいと感じたのは初めてだ。
当たるたびに不機嫌になっていく麗人。我慢の限界で押さえ込まれてしまった足に、血の気が引くのがわかる。女々しいとは思うが、耐えるように目を堅く瞑ると、顔面を思い切り杖で叩かれた。
鞭で叩かれたかのような痛みに目を見開くと、真剣に怒る皇帝の顔があった。

「私は男を抱く趣味はない」
「抱かれるのはいいのか」
「そんなわけはないだろう。寝言は寝て言え」

「反吐が出る」と吐き捨てる皇帝の悪鬼の顔は偽りない。

「じゃあ、女を抱きたい、と思うことはないのか……?」

聞きたいが、聞きたくない。
男なら定期的に女に対して欲を吐き出さなければ溜まってしまう。皇帝だって人の子だ。劣情を抱くことはあるだろう。
もしかしたら隠れて女を抱いているのかもしれない、正直に応えてくれる保証もない。
だが。

「貴様に誤って惚れてから、1度もない」

きっぱりと言い放った言葉に、顔を上げる。目の前には恥ずかしそうに目をそらし、目元を化粧ではなく自ら染める皇帝の姿だった。

「一度抱こうとした。だが、貴様の不愉快な顔がちらついて萎えてしまった」
「それって、つまり」
「一番恥ずかしいのは私だ。何故このような馬の骨に骨抜きにされねばならん」

口にしたことが失態だ、と言わんばかりの悔いた表情だが、嬉しかった。
皇帝がこんなことを話してくれるなんて、思ってもいなかったから。嬉しくなって抱きついて、力任せに押し倒す。呆れた表情だが、微笑んでくれて一層笑顔になる。

「ならば皇帝。“感じてくれ”」
「は」
「俺の愛撫で思う存分感じてくれ。それだけで俺は十分だから」

我ながら臭いことを言ったものだと思う。だがそれしか他に思いつかない。
今まで感じた声を聞いたことがなかったし、イった姿も見せてくれない。経験も浅いしちゃんと気持ちよくなってくれているかがわからず、何度も反省をした。
時間差で恥ずかしくなり顔を赤くすると、呆れたため息。

「よくもまあ、そんな臭い台詞が言えるものだ」
「俺も今恥ずかしいよ」
「その願い、かなえてやりたいがそれは貴様の技量にもよるな」
「なら今日は電気を消さない」
「なんだと!?」

まるで死の宣告をされたかのように顔を真っ青にする皇帝に、ほくそ笑む。
こんな顔も出来るのか、それだけわかるだけでも安堵していく心。感情を露わにしているところは公衆面前では見ない。なら自分は特別なんだ、と確認出来る。それだけでも彼を占領出来た気になり幸せになれる。
安い幸せかもしれない。それでも青年には十分な幸せだった。

「お前が善がる顔も、声も、場所も。全部知りたい。教えてほしいんだ」
「そのくらいなら教えてやる」

あっさりとした答えに、拍子抜けをしてしまった。もっと嫌がるかと思った、恥ずかしがると思った。
ゆっくりと体を寄せると首根っこを掴み耳へと唇を寄せ囁いた。

「今のままでいい」

と。

+END

++++
16.8.17

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