えふえふ | ナノ



痛みと愛情依存症

※クジャ視点
※フリマティあり
※「帝国式支配法」と同じ時間軸です




突然無礼な声に呼び止められて、クジャは眉間に皺を寄せた。
クリスタルワールドには誰もいない。遊ぶ相手もいないし、1人で踊るだけでは舞台も寂しいだけだ。せっかくだし、今から愛しい弟に会いにいこうと思っていたのに、一体なんなのだろうか。不機嫌を隠そうとせずに振り返ると、予想通りの人物が同じく不機嫌な顔で立っていた。

「何、皇帝サマ」

嫌みを込めて敬称を付けたが、真面目な相手は何も言ってこない。そんなところに腹がたって背を向けると、また呼び止められた。
怒らせたいのか用があるのか、どっちなのだろうか。イライラしながらまた振り返ると、少し困った顔の皇帝がいた。
弱った感情を出すなんて珍しい。新しい弱点を見つける機会かもしれない、とにやけているとゆっくりと整った唇が開かれた。

「お前は小猿とつき合っているのだろう」
「“ボク”のジタンのことを猿って言うのはやめてくれないかな」
「そんなことはどうでもいい。どうなのだ」
「なんで君に言わなければいけないんだ」

ジタンのことを皇帝から言われるなんて思ってもみなかった。もしかして向こうも弱みを握ろうとしているのだろうか。殺伐とした混沌の陣営はこんなことは日常茶飯事である。
感情的になっては相手の思うつぼだ、そんなことはわかっている。だがムキになって“ボクのもの”というところを強調すれば、それだけで何か察したようだ。話すのも億劫だが、勝手に予測されるのも不愉快極まりない。

「ジタンはボクのものなんだ。自分の所有物を気にしてはいけないのかい?」
「その玩具に異様に執着しているではないか」
「ハッ、雑音。君には毛ほども関係ないだろう」
「そうもいかないのでな」
「……何が言いたい」

もしや、手を出そうというわけではないかだろうか。
クジャ自体が苦労しているのだ、簡単に皇帝の手中に収まるとは思っていない。しかし皇帝は魔物を使役する力を持っていたと聞いている。僕の仲には雌型もいるだろう、色仕掛けをされたらジタンも引っかかってしまうと容易に想像できる。

「貴様は弟と恋仲だろう」

開演前のアンコールに正直嫌気がさしていた。ばれているのなら隠すことでもないし、威嚇しておけば都合がいいと考えた。「そうだよ」と鋭い視線とともに返せば、唸る仕草。
何が言いたいのかさっぱり予測が出来ない。口元に拳を当てて考え込む皇帝を眺めていたが、勝手に1人で悩む姿にイライラしてきた。「他所でやってくれないかな」と威嚇しても聞いちゃいない。いい加減我慢の限界だ。手に魔力を込めると、勢いよく顔が上がった。

「いつも2人きりで何をしている」
「はあ? だからなんでそんなことを言わないといけないんだ」

クジャの不機嫌はもっともである。元々混沌の戦士たちは協力の意思を持たない。同時に友好関係など糞食らえ。世間話は勿論、自分のテリトリーに入られるだけで不愉快極まりない、それが共通意識だ。
そんな混沌戦士をわかりやすく凝縮したような性格の皇帝が、よもや自分から領域に踏み込んでくるとは。罠かなにかと考えるのが妥当である。

「……私には、わからんのだ」
「何が」
「恋人との接し方が、だ」
「はあ?」

一体何を言い出すのだろう。
まず恋人がいるなんて聞いていない。更に、そんなことを悩んでいるなんて思いもしない。思わず大声を上げて笑ってしまうと、魔法で出来た光の玉が飛んできた。顔なんて滑稽なほどに真っ赤である。

「人が恥を忍んで聞いているというのに……っ!」
「あはははははは! いや、悪いね。似合わないもので。」

思わず涙まで出れば、今度は凝縮された炎の玉が頬をかすめた。難なく避けることは出来たが、それが人にものを頼む態度なのだろうか。品性を疑ってしまう。睨みつけて手に魔力を込めると、殺気立った視線が交差する。
だがすぐに思い出したように杖を下ろすと、咳払い。どうやらここまでなようだ。

「して、どうなのだ」
「教えてやる義理はないんだけど」
「言え。ただとは言わん。あの猿を浚ってきてやろう」
「生憎、舞台の主役は僕が招くと決めているんだ。自分から舞台に上がってきてくれることもある」

その言葉に皇帝は目を丸くする。何かおかしなことを言っただろうか。そんなわけはない。訝しげに見つめていると、我に返ったように目の焦点が合う。
どうやらがらにもなく物思いに耽っていたらしい。顔の前で手を振って挑発すれば、乱暴に叩き落とされた。しかしすぐに咳払い。これが彼なりの謝罪らしい。
“聞きたいことがある”という弱みを握った今、クジャが優位に立っている。それが心地よい。

「君が恋、君が、ね」
「私が、とは言っていないだろう!」
「君が人の事で相談なんて、天地がひっくり返ってもありえないね」
「いいから早く答えろ!」

杖を振りかざして不機嫌になる姿は肯定しているとしか思えない。わかりやすい自爆に、また笑いがこみ上げてくる。
まあ、教えてやらないことはない。だがもうしばらくこの状況を楽しみたい。今のうちに弱みを握っておくのも手だ、観察しておくのも面白い。
だが飽きるのも時間の問題だし、こんなことで時間を取らされてジタンに会えないもの面白くない。
ここは大人になって、満足させてお引き取り願おう。それが最良の策だった。

「ただいるだけさ」
「いるだけ、だと」
「あとはジタンの“ワガママ”を聞いているくらいだね」
「接吻や、処理はしていないのか」
「何を言わせる気だい。セクハラで強制退室させるよ」

今度こそ許せない。当てるつもりでホーリーを飛ばせば、難なく杖ではじき飛ばされてしまった。しばらく険悪な空気が流れるが、また乾いた咳払い。

「ワガママを聞いてやるのも悪くはない、か。感謝はしておこう」

独り言を残して、皇帝は背中を向けて去っていった。もう敵とも恩人とも認識していない、まるで蚊帳の外だ。
腹は立つが、視界からいなくなるのはありがたい。荒々しい息をつくと、誰も近づけないようにクリスタルの上に座り込む。

「にしても、あの皇帝がねぇ」

相手はわからなかったが、向かったのは秩序の聖域か。混沌の戦士内での恋愛なんていう面白い玩具は聞いたとこもないし、きっと宿敵である義士の青年だろう。そう言われれば、よくパンデモニウムで2人が対峙していたのを見たことがある。
相手がわかったところでどうということはない。確証を得て脅すのも面白いが、そんなことのために時間を割くのも損でしかない。この場所への訪問者もおらず、つまらなくなってきた。ジタンにちょっかいをかけにいこうと、ふわりと降りた時だった。遠くから金糸が見えたのは。

「おーいクジャ……って、どうしたんだよ」
「なんでもないよ。君こそ約束もないのに」
「会いたくなってさ。ダメかい?」
「悪くはないよ」

口直しだと弟に抱きつけば、くすぐったそうに身じろぎをする小さな体。
締め付けるように抱きつけば、髪を優しくすかれて毛繕いをされている気分になる。
ジタンの手は好きだ。憎くて憎くてたまらない存在だったのに、コンプレックスの塊だったのに、それでも彼は受け入れてくれた、赦してくれた。
抱擁する腕を強くすると「痛い痛い」と笑いながら抗議をする。情けをかけて放してやれば、まぶしい笑顔が目の前にある。

「どうしたんだよ。機嫌悪くねえか?」
「なんでそんなことがわかるんだい?」
「わかるさ。だってお前のことだし」

天然のたらし文句は生まれ持った才能なのかもしれない。笑顔で頬に手を伸ばされ、恥ずかしさで赤面してしまった。
他の相手なら「何がわかる」と怒鳴り散らすところだが、ジタンには謎の説得力がある。悪い気もしない。すりよるだけで怒りが静まってきたことだし、話すことにした。

「うるさい王様に捕まっていたんだ」
「あの金ぴかの王様? すれ違ったけど、お前のところにいたのか」
「大丈夫かい? 何か変なことをされてないかい?」
「それはこっちのセリフだって」

そういえば、自分たちの愛情表現は主に一緒にいるだけだ。だがそれで満足されているのだろうか。先ほどの話題もあり、無性に気になってしまった。
手を急いて引きはがすと、不思議そうな顔をされた。

「ジタンは僕をどうしたいの?」
「はぁ?」

素っ頓狂な声があがるのも仕方ない。だが他には何も思いつかなかった。上目遣いで様子をうかがえば、どう答えていいかわからずに開閉を繰り返す口が見える。

「ねえ、ジタンは僕のこと、好き?」
「そりゃあ好きでもないのに男とつき合うっていうのはありえないだろ」
「どこが好き?」
「やっぱり王様に何か言われたんじゃないか?」
「答えて」

目を細めると、深いため息が聞こえてきた。これは「どうあしらおう」と思っている時の態度だ。億劫に開かれた口からお世辞が聞こえる前につねり上げた。
「いひゃいいひゃい!」ともがくが関係ない。僕をむげにあしらとうとした罰だ。円を描いてはじくと、涙目で睨まれた。

「お前、ほんっとうにそういうところ可愛くないよな!」
「おや、褒められているのかな?」
「んなわけねーよ!」
「君が答えないのが悪いんだ。まったく可愛げのない」
「んだと!?」

勢いよく後ろへ飛びさると、喧嘩腰で凄んでくる。ああ、またやってしまった。喧嘩をしたいわけではないのに、ついつい互いにむきになってしまう。
意地っ張りなのは兄弟ともだ、一言謝るだけでも骨が折れてしまう。だがクジャから謝るなんてもってのほかだ。それとこれとは話が全然違う。
今にも世界の命運を分ける大勝負が始まるような、重く鋭い空気が渦巻く。
「猿」「変態」「チビ」「男女」「単純馬鹿」「憎まれ口」思いつく限りの罵詈雑言を飛ばし合い、全身の毛を文字通り逆立てる。ピンク色の目立つ毛色と、炎のように栄える赤。鼻息荒く対峙していたが、口以外は一切動かない。
だが先に動いたのはジタンだった。持ち前の素早さで一気に距離をつめると、胸ぐらを乱暴に掴んだ。

「お前のわがままだけど、甘えてくれるところが憎めないんだよ!」

何を言われたのか、一瞬わからなかった。
手を振り払うことも忘れて、唖然としているとジタンの猛攻は続く。

「頭もいいし、毛並みも綺麗だし、最初男と思えなかったし、お前なんなんだよ!」
「き、君こそ! 生意気なのになんでそんなにかっこいいところもあるのさ!」

荒い鼻息だけがクリスタルワールドに響く。
普段は心地よい沈黙が、今日は全身を突き刺すように痛い。交差する視線と、赤い頬。
先に根負けをしたのはクジャだった。ふいと顔をそらせば、ジタンが笑う気配がする。「笑うな」と示唆しようと睨みつけると、音色と共に唇を塞がれた。
絡まる舌と、水の音。乱暴に、感情のままに構内と感情をかき乱されて思わず肩に爪を立てた。
苦しい、苦しい。想うことがこんなに苦しいなんて。
触れると更に欲しくなる、全てを手に入れたくなる。
苦しい、苦しい。想われることでこんなにも自分が狂っていくなんて。
気がついた時には、へたり込んだ自分と満足げに唇を拭うジタンの姿だった。手を差し出され、ぼーっとした頭で掴み返せば、また腕の中に逆戻り。

「じゃ、仲直りしようぜ」

愛情なんて、人それぞれだ。一緒にいるだけでいいこともあるし、あえてぶつかって自分を知ってもらうのも愛情だ。
いちいち人から愛の解き方を聞くなんて、馬鹿げている。
まぶしいくらいの笑顔を見つめながら、金色の鎧を思い出す。だが輝きは全然違う。
今頃、アイツも愛情に苦しんでいるだろう。ざまあみろ。
アイツ以上に僕は苦しんでやる。

+END

++++
ジタクジャ欠乏症(寝てろ)

16.8.19

[ 703/792 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -