えふえふ | ナノ



帝国式支配法

※フリマティ
※ジタクジャっぽいのもあり
※フリオニール視点
※「痛みと愛情依存症」と同じ時間軸です




皇帝とは、恋仲である。そのはずである。
抱き合いもした、キスもした、告白もした、セックスもした。だから、つき合っている“はず”なのだ。
だが皇帝はどう思っているのだろう? 彼の口からはっきりと愛の言葉を聞いたことがなかった。
恋人というには殺伐とした関係であるし、皇帝からの愛情表現を受けた記憶がないのだ。いつもフリオニールから仕掛けて、皇帝は渋々受け入れているという関係。これでは遊ばれているのか、ツンデレというものなのかはっきりわからない。拒絶はないが、不安にはかわりない。
もしかしてフリオニールをうまく取り入る為の罠なのだろうか。そう考えたこともあったが、慌てて頭を振る。
そんなことはない、断じてない。毎晩ベッドで確かめ合う愛情は嘘なんかじゃない、そう自分に言い聞かせて安心させようと試みる。
フリオニールは、本気で皇帝という男を愛してしまっていた。





今日も待ち人は来なかった。影がさしたパンデモニウムに小さなため息が響いた。その疲れきった声に反応して、横からねぎらいの言葉がかかる。
偶然通りかかった相手だが、1人じゃなかったのは不幸中の幸いだろうか。フリオニールは礼を言いながらも横へと力ない微笑みを向けた。

「なあジタン」
「ん?」
「愛情表現って、なんなのだろうか」

なるべく自然に話始めたつもりだったが、ジタンは目を剥いてフリオニールを凝視した。
何か変なことを言っただろうか。不安になってジタンを見つめ返すと「わりいわりい」と困った表情が返ってきた。

「フリオニールから直接的な恋愛相談がくるなんて思わなかったからさ」
「俺を何だと思ってるんだ……」
「えー……純情系?」
「褒められてるのか?」

空笑いで誤摩化されるのも癪だが、このままでは話が進まない。話を戻すことにしよう。

「ジタンは普段どうやって愛情表現するんだ」
「オレ? オレは好きって言ったり、抱きしめたり、一緒にいたり」
「相手はどう応えてくれるんだ?」
「アイツはなぁ……素直に抱きついてくることもあるけど、女王様気質だから。機嫌を損ねたら無理難題を言ってくるし」

「まあ最後には甘えてくるけど」と付け足してジタンは顔を赤らめてのろけてくる。
ジタンは兄であるクジャと恋仲だ。相手は宿敵だが、人の事は言えないから黙っておく。だからこそフリオニールの気持ちも理解してくれ、相談をする。ジタンなら真面目に聞いてくれるのはわかっているが、はっきり言葉にするのはなんだか照れくさい。
端から見たら、ジタンがフリオニールに頼っている姿に見えるだろう。身長もジタンの方が小さいし、小柄である。逞しい肉体をしているのもフリオニールであるし、何より成人している。兄に頼る弟、と思われるのが一般的だ。
だが真実は逆である、そんなこともあり恥ずかしいというのが本音だったりする。

「そういやフリオニールもつき合ってるんだよな」
「あ、ああ」
「お前の王様こそプライド高くて大変なんじゃねえの? ドSっぽいし……尻大丈夫か?」
「いや、その……俺が、抱く方だ……」
「まじか! よく許してもらえたな」

抱かれる側だと思われていたのもショックだが、確かに想像は出来ないだろう。
皇帝とはまず年齢も離れているし、体格も違う。化粧や悪魔の力のせいで若くは見えるが、普通に犯罪だ。
それでもその魔性の美しさに惹かれてしまったのは事実だし、敵だからといって諦めることもできなかった。
若気の至り、というか吹っ切れたというか。勢いで出てしまった告白は、間髪入れずに受け入れられてしまったから恐ろしい。何故こんな関係になったかフリオニールが一番驚いている。

「で。もしかして今の状態が気に入らないって、怒られたのか? それとも……フラれたのか?」
「いや、相手から愛情表現をしてもらったことがないから、不安になっていたんだ」
「そうなのか?」
「『好きだ』と言っても『知ってる』だけだし、キスしても無表情だし、照れたところは見たことないし」
「照れてるけど隠してるんじゃねえの?」
「それでも淡白すぎるだろ。クジャはどうなんだ」
「あー……確かに応えてはくれるな」

その答えに凹むフリオニールを見て、ジタンは慌てて弁解しようとする。

「だ、大丈夫だろ! 王様は恥ずかしがってるんだよ、ツンデレなんだよ」
「デレっていつくるんだ?」
「あーっと、えっと、そうだ。きっと初めてでわからないんだろ」
「初めて? 『女の経験くらいはある』って言ってたが」
「案外下ネタも言うんだな。『人をちゃんと好きになった』かどうかってことだよ」

そういわれたらそうかもしれない。皇帝が人を愛しているところを想像することが出来ない、と言ったら失礼かもしれないがその通りである。
しかし裏を返せば、この愛も本当の愛なのかわからない。本当はフリオニールの一方通行で、愛されていないのかもしれない。
雲行きが怪しくなり落ち込むフリオニールに気がついたジタンが、慌てて前言撤回する。

「大丈夫だって! お前も嫌いな奴に好き勝手されるのは嫌だろう?」
「そうだが、」
「なら大丈夫さ。もしかしたら、今頃フリオニールの愛に応えられないことに悩んでるかもしれないぜ?」

ニヤニヤと笑う顔はからかっているように見えるが、慰めてくれていることはわかる。言われていることも一理あるし、少し落ち着いてきた。

「はは、そうだと可愛いんだが」
「そこまでの可愛げがクジャにもあったらいいんだけどなー」
「いつも仲が良さそうだろう」
「甘えてきた時はな。気まぐれだし、数秒後は手のひらを返されるかもって、ヒヤヒヤするんだよ。その分王様はわかりやすいじゃねえか」
「まあ、そうか。うん、そうだな。おかげで気持ちが軽くなったよ、ありがとう」

やっと安心して笑うことが出来た。「お前、しっかりしてる時はかっこいいよな」と素直に褒められて照れくさい。そういうジタンも年齢と身長のわりに大きく見える時があり頼もしい。「よせやい」と言うが、顔は笑っており尻尾も元気よく振られている。

「お前、本当に純愛だな」
「今まで恋愛をしている余裕もなかったからな」
「純愛っていいじゃん。というわけで俺はクジャの所に行ってくるけど、一緒に来るかい?」
「いや、お前たちの邪魔する訳にはいかない。仲良くやれよ」
「そっか、わりいな」

元気よく駆けていく姿を見送り、大きく息を吐いた。
愛情表現は人それぞれだ、気にしても仕方ない。怒るかもしれないが、今度率直に聞いてみるのも手かもしれない。そう考えながらのばらに水をやろうと踵を返すと、ヒールの高い音がパンデモニウムの城に響いた。

「おい、虫けら」
「あ……皇帝」

金色で煌びやかな容姿に、風格を持った声。
いつからそこに居たのだろう。不機嫌な顔を見ていると、いきなり杖が1人で動いて頭を叩いてきた。魔力の無駄遣いである。
恨めしい目で頭をさすっても、鼻をならすだけ。謝罪なんてない。これがいつもの皇帝陛下である為に、今更気にすることもない。すぐに体勢を立て直すと、水やりは諦めて近くの地面に座った。
皇帝はフリオニールの方が上に居ると怒る。
いつも空気椅子をしてふんぞり返っているが、こういう時は必ず地面に座ることを暗黙の了解としている。立っていたら身長が高くなってしまい、皇帝が不機嫌になってしまう。
女王様の機嫌を損ねるのはフリオニールとしても嬉しくない。せっかく一緒にいるのなら、笑っていてほしいからというのは甘い考えだろうか。

「何か用か? 手合わせとか?」
「用がなければ来てはいけないのか」
「えっ。いや、そんなことないが」

珍しい。いつもは何かしらの理由を付けて振り回してくるのに、今日は何も用はないらしい。
他の戦士に何か用があったから通りすがりなのだろうか。立ち上がろうとしたら何か錘がのしかかってきた。
一体なんなのだろう、答えなんて目の前にある。膝の上の錘は、皇帝そのものだった。
今まで膝に座られたことなんてない。空気椅子をしながら見下してくるばかりだったのに、なんの風の吹き回しだろうか。背中を向けられているために表情はわからないが、髪からいい匂いがしてくるのはわかる。思わず唾を、ゴクッと飲み込んでしまった。

「なあ、フリオニール。いつもあの小猿と私の城で、2人きりで話しているのか」

まさか話の内容を聞かれていたのだろうか。静かだが険のある言葉と、不機嫌なオーラが相まって冷や汗が流れる。「そうだ」と言っても怒る、だが嘘を言っても怒る。ならいっそ開き直って答えた方がいいだろう。素直に「そうだけど」と答えれば、また沈黙が流れる。

「かっこいい、と言われて照れていたな」
「え、あ、ああ。褒められたら誰でも嫌な気はしないだろう」
「そうか」

一体何を考えているのだろう。身じろぎ1つしない皇帝からは恐怖と不安しか感じない。思わず目線を逸らせば鋭い声が「こっちを向け」と訴えてくる。

「フリオニール」
「な、なんだ」
「貴様の願いを1つだけなら聞いてやらんでもない」
「へ?」

突拍子もない言葉に、間抜けな声が上がってしまった。
一体どんな風の吹き回しだろうか。今まではどんな小さなことでも何一つ聞き届けてくれなかった皇帝陛下が、反乱軍の一兵士の言葉を聞き届けてくれるなんて夢にも思わなかった。
何をお願いしようか。キスしてほしい、「好き」と言ってほしい、奉仕してほしい、いろいろと男の欲望が浮かんでは消える。

「じゃあ皇帝。『聞いてくれ』」

願いというには味気ないが、今願いたいのはこれしかなかった。
無理矢理させたところで、そんなものはただのまやかしだ。そんなもので満足するのは暴君と変わらない。嘘なんていらない。欲しいのは立った1つ。残酷でもいい、真実だ。

「俺はお前のことが好きだ。元の世界の記憶は薄れてしまっている。何があったかもよくわかっていないが、初めは倒さなければ行けないという使命感だけがあった。だがこれだけは嘘じゃない。好きになってしまったんだ、お前のことを」

いつもは真剣に話をしても、右から左という様子であるし、真面目にとりあって貰えた記憶がない。いつも横槍を入れられ、はぐらかされる。真面目に聞いているという形だけでもいい、少しでも届いてくれたらいい。そんな一心だった。
有言実行。皇帝はもたれながらも何も言わず、ただただ耳を傾けてくれている。

「お前は元の世界の記憶があって、もっと深い因縁があるのかもしれない。俺とは遊びなのかもしれない。それでも、俺はお前と居れるだけで嬉しい。それだけは聞いてほしかった。だから」
「……言いたいことはそれだけか」

地を這うような声とはこのことか。最後の言葉を遮るように皇帝が立ち上がった。不機嫌を露わにした皇帝の細い目がフリオニールを射抜いていた。

「おとなしく聞いてやれば好き勝手に言いおって」
「いや、聞いてくれるって言ったのはお前」
「言い訳無用だ」

正面を向いていつものように宙に腰を下ろすと、足をフリオニールの肩に置く。これは相当怒っている。何が勘に触ったかはわからないが、ただ冷や汗を流しながら次の動きを待つのみだ。

「貴様はそんなことを思っていたのだな」

その声には恐ろしいほど感情が込められていなかった。押し殺しているような、コントロールの仕方がわからずにわざと抑え込んでいるような、わざとらしさがある。
だが体は正直である。肩へ置かれた足に体重がかけられ、食い込むように痛みを感じる。

「お前の気持ちも聞けたらいいんだけど」
「聞いてやるのは1つの願いだけだ」
「だよな」

当たり前だ、と鼻を鳴らされるのは容易に想像していた。ふんぞり返って頬杖までもつき始めた姿を見て、安堵した。いつもの調子を取り戻してくれたようだ。「だから」とまた言葉を続けようとしたら、杖を口元へと向けられた。「黙れ」と。

「下等生物に、この私が無駄な時間と労力をかけると思っているのか」
「それは、つまり」
「大体貴様の意思なんぞ私が知ったことではない。時間の無駄だ」

いきなり機嫌が悪くなるのはいつのことだ。完全に調子を取り戻した皇帝を見上げながら微笑むと「何がおかしい」と無言で睨まれてしまった。

「やっぱり、いつもの強がったお前がいいなってさ」
「気色が悪いことを言うな」
「悪い。根が正直なんだ」

もう我慢できない。ずっと見つめているだけでもムラムラしてきてしまった。肩に置かれている足から身を捩ってかわし、目の前の麗人に手を伸ばせば難なく触れられてしまった。
ああ、いい匂いがする。安心してしまう。ここにいるだけでも幸福に浸ってしまう。

「皇帝……」
「貴様。ふざけるもの大概にしろ」
「触れるな、と言われても我慢出来ないからな」
「発情した猿に高度な期待してはおらんわ」

何が気に入らないんだろうか。首を傾げながら腕をのばし、体を抱きしめると耳元で舌打ちをされた。諌めるように腰を撫でると、耳に噛み付かれた。
これではどっちが動物かわからない。いや、最初から獣同士のじゃれあいだった。
感情のままに抱きしめ、噛み付き、後を残し合う。満足したのか、血をなめとりながら皇帝が離れた。

「私から離れられると思っているのか」

強く頬を掴まれたと思えば血の付いた牙が覗く。吸血鬼のような、体の奥から血を搾り取られるかのような甘い痺れに、フリオニールは戦慄を覚えた。

「貴様は私の物だ。誰にも渡さん。無様に死ぬその日まで、私の傍でじわじわと飼い殺してやる」

鋭い牙が、次は首へと突き立てられる。皮を破った犬歯が、血を外へと導き出す。
血を吸われているわけではない。しかし内部からどんどんと生気が吸い出されていく。くらくらする。鼻孔をくすぐる甘い香りに理性が抜け落ちていくようだ。
美しい悪魔は鼻で笑う。

「私のことを話すのに、貴様に命令される言われはない。貴様は私の言うことだけを聞いていろ。楽になるぞ」

これほど甘い悪魔の囁きがあっただろうか。
傷口に指をつけ、新鮮な血をフリオニールの唇に塗りたくる。
紫と赤の混ざる唇が目の前にある。
鏡がないから自分がどうなっているのかわからないが、皇帝の満足な顔をみるだけでわかる。
わかりやすいようで、わかりやすい君。何度も唇をなぞられ、柔らかい指が離れていく。

「こう見たら色男ではないか。フフ、私に見初められたこと、誇っていいぞ」

ここまで胸に響く褒め言葉は、今までにもこれからもないだろう。
赤くなる顔を見て、皇帝が満足そうな顔で笑っていた。

+END

++++
16.8.14


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