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策士はどっち?


本日何度目かわからぬ悲鳴が嘴から絞り出された。いつもは強気なベルゼブブだが、芥辺のことは別格、いや最早論外。せめてと出来る抵抗は子供でも思いつくであろう、低脳な悪態をつくだけである。

「どうした?もう終わりか?」

抵抗し続けてはいたが、もう精神の限界。芥辺は何もしてこないのはせめてもの救いではあったが、それでも彼に悪態をつくのには精神と命が削られる思いをするわけで。
何故こんなことになっているのか、何が起こってるのかというと。最近佐隈が休みの日にはベルゼブブのみを呼ぶことが芥辺の日課となっているのだ。
そして今日も例外ではない。何も言わず怯えるペンギンの腹ににカレーを流し込み、膝の上に乗せて意地の悪い顔で頭をこねくり回す、そして冒頭の状態に至っているのである。

「離しなさいッ!私はぬいぐるみではないッ!」

「嫌か?ならば策とやらで抜け出せばどうだ。」

楽しそうに、それはそれは楽しそうに笑う彼がどれだけ憎らしかったか。これは確信犯か、ならば意地でも抜け出してやる、そのためにも一旦ぬいぐるみに戻ろうと思う。

(芥辺氏に隙はない…ならば離したくなるきっかけを与えてやるまで!)

ぬいぐるみは、再び動き出した。

「あの、芥辺氏。私は呼び出される前に好物を食していたのですが……」

ビシリと固まる芥辺が見えてとりあえず気が晴れた。一族では日常茶飯事ではあるが人間にとって好ましくない趣味であることは自覚済み、この事実がわかっても好き好んで接触したがらないであろう。

「…テメエはいつも変な臭いがしているからな、変わらねえよ。」

芥辺はぬいぐるみと鼻との距離を置きつつ、怖いもの見たさでなのか匂いを嗅いでいる。そう、科学の危険な薬品を扱うときの動作には、眉間の皺と青筋を生む。

「変とはなんだね!人間にあの素晴らしい香りの良さはわからんよ!」

「人間だけじゃなく悪魔もわかってねえじゃねえか。糞便なんざ、生き物の食うものじゃねえし。」

「ピギィィィィィィィィィィ!他人の趣向を完全否定とは失礼極まりない!今すぐ土下座して頂きたいッ!」

我を忘れてギャアギャア騒ぎ始めたベルゼブブを押さえ込み、視線のみで一括するとまた静寂と先程の光景が訪れた。再び小さなうなり声を上げ縮こまる姿を見ながら芥辺は口角を上げた。

「テメエはいつも学習しねえな。」

「失礼な…っ」

「でもそんなバカなところがいい。」

荒々しく髪を撫でる手に恐怖を覚えながらも、正反対の子供のときのような心地よさも覚える。
一瞬バカにされたような気がする。だが怒りは毛頭なかった。

「まず、それを頭に入れた状態でお前に触れてんだ。その程度の脅しで離すわけないだろ。」

ごもっともといえばごもっともな話である。ぐうの音も出ないで押し黙るとまた楽しそうに笑っているであろう声が聞こえてきた。

「で、次の策はなんだ?」

腕を切り落とす、攻撃して怯ませるは愚かながら実行済みである。子供の遊戯だと軽くいなされてしまったから、武力行使は使えないことは実証済み。口車に乗せようとも、沸点は低いが挑発に乗るほど単純でもないし、バカでもない。どうすればいいかやらあとは何があるやら小さくなってしまった脳をフル回転させると、名案が浮かんだ。

(これならいけるっ)

芥辺にどうせ密着しているなら、と更に体を預け小さく身じろぎを始めた。羽毛だらけの体である、もぞもぞと動いていればこそばゆくなって解放するだろうと考えたのだ。体をこすりつけるといったはしたないことは出来ない、せめてもの最小限の動きでなんとかしようという被害を最小にしようというベルゼブブなりの必死の努力が涙ぐましい。
相手の様子を伺うベルゼブブの上目遣いと芥辺の見下す視線がかち合った。

「なんだ、その誘う動きがお前の策か。」

「さ、誘う…?」

「違うのか?誘っているようにしか思えんが。」

所詮クソ鳥の豆粒みてえな脳味噌か、と頭を掴むとぬいぐるみを触るように撫で回しだした。

「万策尽きたな。なら次は俺の番、か。」

ただ口角が上がっただけなのに、ベルゼブブには口裂けたのように見え恐怖に固まり竦み上がった。しかし激痛や衝撃はいくら待ってもこない。薄く目を開いて彼の様子を伺うと…

「優一。」

「ヒッ………」

「お前はどんな姿でも可愛いな。人の姿でも美人だし、なにより綺麗な目をしている。」

囁かれた甘い言葉と熱い吐息が耳を刺激し体が粟立った。体の芯から這い上がってくるこのゾクゾクとした感覚は不気味でもあり心地よくもあり、体が動けなくなる。

「優一、好きだ。愛してる。」

悪魔には無縁な、甘い言葉が響き渡る。しばらくダメージと余韻とで思考が完全停止していたが、一際甲高い声で叫ぶと熱くなるほど顔が赤く染まった。

「今回も俺が一歩もニ歩も上手だったな。」

ふっと笑うと額に口付けを…しようとして、やめた。物足りなそうな目を芥辺に向ける前に響いた小さな舌打ち。

「テメェがクソ食ったならさすがにこれ以上は触れられねえよ。」

「な、なら離してくださいッッ」

「負け犬は黙ってろ。そうだな…」

1ヶ月、我慢してみろ。
主語と修飾語のないそれだけを伝えるとベルゼブブを床へと乱暴に転がした。何を言われたのか一瞬わからなかったが、瞬時に理解すると顔が真っ赤に染まり、またおなじみの小さいうなり声が嘴から漏れ出した。

(悔しいが、氏には一生勝てない)

+END

++++
べーやんの策とやらは成功した試しがない、よくいる敵の三下状態

11.8.8
修正:10.11.14

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