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とあるクリスマスの抜き打ちテスト




「ほら」

 急に渡された真新しい工具に、囚人は張り付いた笑みのまま首を傾げた。無表情に差し出しているのは写真家。まるで機械のような面持ちであるが、相変わらず声は透き通り、機嫌は悪くはない。
 急に恋人が部屋の扉を叩くものだから、共にクリスマスを過ごそうというデートのお誘いかと思って胸を躍らせていた。扉を開け、薄暗い廊下に両手を広げて飛び出せば、目の前に突き出されたのが今日という日に似合わない、鉄の箱である。このボロい住まいと、無機質な道具が煌びやかな彼に似合わず、思考が固まってしまった。
 今日はクリスマスという祭典。元は宗教の祭りであるが、この荘園ではパーティーを開く理由の一つとされ、宗教とは関係なく祝われている。また、別の名を恋人の日。だから珍しく正装を身につけては体も入念に洗い、腫れた醜い目を隠すように眼帯までつけたのだ。
だが現実は厳しい。わざわざハンターの屋敷から離れた、サバイバーたちの居住区まで来てくれたのは嬉しいのだが、珍しく髪をオールバックにして束ねて、いつもと違うドレスコードと香水。明らかにこれからパーティーに向かうのが一眼でわかる。

「ありが、とう」
「クリスマスという祭りだそうだ。私は他宗教だが、たまには便乗もいいだろう」

 いつの間にか丸いことを言うようになったのかと微笑ましく思ったが、プレゼントはラッピングもされていない粗雑なものだ。あまり貴族としての礼節に沿う気はないらしい。
彼の相変わらずの仏頂面と、シンプルな鉄の箱に似合わない高価な道具を交互に見つめながら、せっかくワックスで固めた頭を癖でかきむしる。

「では、私は行く」

 用事を終えたとすぐ踵を返すものだから、慌てて腕を掴んで新品のスーツに皺を作る。眉間に皺を寄せながら振り返り、唇を尖らせては睨みつけてくる。「離せ」と口には出さないが、目で訴えかけてくる。
 それぞれのパーティーまで時間はある。サバイバーに関しては、参加も自由。そして、囚人は今日は出席しないつもりでいた。せっかくの恋人たちの日なのだから。

「今日は、一緒に過ごそう」

 両手を包み込み、祈るように額へと導けば不機嫌丸出しの表情で、乱暴に振り解かれた。今日のために、最近は機嫌を損ねないよう努めてきたのだが、また何かミスを犯していたのだろうか。背広を正し、埃を払えば囚人を下から睨みあげる。決して殺意を込めず。

「見てわからないか。パーティーがある」
「だって今日は特別な日だから。強制出席ではないだろう?」
「メイドに夕飯は不要、と伝えてしまった」

 問答はしてくれるが、すぐに立ち去ろうとする彼の腕を引くので精一杯だ。思わず縋り付いてしまいそうになったが、そこまで情けない姿を見せれば、誉れを大切にする写真家に見捨てられてしまう。心の中では涙を流しながら、どうやって引き留めようと考えていたのだが、妙案はすぐには浮かばない。

「貴方と一緒に過ごしたいから、私は今夜のパーティーには出席しなかったんだ」
「嘘をつけ。どうせ部屋にこもって作業をするつもりだったろう」
「そんなことはないさ!」

 図星を突かれて体が跳ねてしまったことに、目敏く気づかれている。義務でなければ面倒くさい、と豪勢な食事も断り部屋にこもっていたのだが、あわよくば写真家のことを誘おうとしていたのも嘘ではない。「夜になったら誘おう」と尻込みしていたら、彼が訪問してきて説教されている。以上である。

「誘うつもりがあるのなら、相手の予定を把握する。紳士として当たり前だ」
「いやぁ……昔の記憶が曖昧でね」

 誤魔化してはみたが、正論を言われては言い負かすことはできない。

「じゃあ、貴方も私の予定を知っていたのか?」
「当たり前だ。貴方なら宗教の祭より、私用をとるだろう」
「はは。私のことを随分とご存知で」

 なけなしの逃げ道を見つけて逃げ込んでみたが、退路を断たれては仕方がない。観念して両手をあげると、呆れた視線が突き刺さる。だが、もう帰路につこうとはせずに、地に足がしっかりとついている。腕を組み、細い腰を誇張するようにくねらせ、斜に構えた態度ではあるが、貴族としての気品は失われない。ここはしっかりと紳士としてエスコートしなくてはいけない。
 自然に腰を抱き寄せ、少しバランスを崩したところを片手で支えると、まるで姫を抱えて支えているような体制。驚いた顔はしているが、暴力は振るわない。ジットリとまとわりつくような重い視線は堪えるが、怒っていないならばいいとしよう。

「私は時間や、忙しい伯爵のスケジュールには疎いから、気長に待つとするよ」
「む」
「まず今夜会いにいく。その時に空いていたら嬉しいな」
「……はぁ」

 大きなため息が吐き出された。重く、体内の空気を全て抜くようだった。歪んだ口元とは裏腹に、仄かに染まった血色のいい桜色の頬。大人しく体を寄せてきただけではなく、囚人の体と、それに押さえつけられている扉の間に隙間を見つけ、細く締まった肉体をすり抜け部屋へと侵入するのだ。

「まあいい。及第点だ」
「ん?」
「私も今日は予定がない」
「え。その身なりは」
「用事の帰りにここに立ち寄ったまでだ」

 皺一つない、仕立てたばかりのスーツで言うには、少し無理のある言い訳である。だが眉一つ動かさずに言ってのける様はさすがである。邪魔な左手を取ると乱暴に作業用の軍手を引き抜き、袖から取り出したものを乱暴に指へとねじ込んだ。

「痛い痛い痛い!!」
「ピッタリに作っている。貴方の指がむくんでいるんだ」

 言うことだけ吐き捨て、許可も得ずに慣れた足取りで部屋の障害物をこえ、奥から囚人のコートを引っ張ってきては胸板へと押し付けてくる。再び部屋の外で腕を組むと「早く身につけたまえよ」と催促してくるのだ。

「まだ夜景を見るには早い時間だけども」
「他の者が宴会をしているうちに私の部屋へ」
「ああ、そういうこと」

 今にも冬の寒波で壊れそうな窓を見つめ、慌てて厚手のピーコックコートを着込む。しっかしと手袋をつけて指輪を隠そうとすれば、少し不満な写真家の表情が見えたが「寒いからね」と数回言い聞かせたらわかってもらえた。珍しく、子供のように駄々を捏ねられて少々焦った。

「フランス式のもてなしでいいかな?」
「お任せするよ。貴方がいるならそれで」
「月並みだな。口説き文句くらい勉強すればどうだ」
「ひどいなぁ。気に入らない?」
「ギリギリ赤点を免れるくらいだ」
「合格、ではあるのか」

 クリスマスという行事を心から祝っているわけではない。きっと昼間は作業に没頭しているであろう囚人の性格はわかっているが、夕食に間に合うように現れる保証もない。それでもわずかな期待をして、メイドには適切な時間を伝えて食事とお茶を命じたが、痺れをきらせたては囚人の部屋へアポなしで突撃した。ことの顛末である。
行事ごとを楽しみにしていると思われるのは不愉快ではあるが、会える理由になるなら悪くはない。屋敷につけば、丁度離席していた
泣き虫とばったり出くわしてしまった。「どこにいくの?」「2人でパーティー? お菓子はある?」しつこく問いただされたのは計算外ではあったが、囚人が密かに用意していたクッキーで気を逸らして事なきを得た。少年もパーティーという空気に浮き足立ってテンションが上がっていたのだろう。いつもは写真家の仏頂面で怯むというのに、しつこく食らいついてきたものだ。
 泣き虫の後ろ姿が広間の扉へと消えた瞬間に「私の分は」と、写真家の容赦のない足で踏みつけられたが、指同士を絡めれば機嫌はいささかよくなった。
「もっといいプレゼントもあげるよ」と囁いてやれば、目を丸くして仏頂面を赤く染めては頷いた。「貴方がいるならまずはそれでいい」と呟きながら。

+END

++++

21.12.25
修正22.1.13

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