ててご | ナノ



小さな戦争

※ミニペットはぬいぐるみ設定



 ひい、ふう、みい……。大丈夫なの、ゲームについていっている子以外は皆いるの!
今日も廃工場近くにある小屋で、小さなパーティーが開かれる。
サバイバーたちが好んでつれ歩く、ペットという存在はエマの父親が作ったぬいぐるみである。サバイバーたちの膝ほどの大きさしかないこれらは、文字通りに命が吹き込まれているため、好き勝手に駆け回り、個々の意思をもつ。モデルになっているハンターよりはおとなしい性質をもち、サバイバーにもなついている。特に、創造主とその娘に対しては、個を捨てたように皆が懐くのだ。
凶悪なハンターの見た目をしていても、今はすっぽり彼女の腕の中で寝息をたてている。そんな仮面の裏で鼻提灯を作るミニ道化師の下で「代われ代われ」とやんややんやと大騒ぎ。引きずり下ろそうと手足にぶら下がる者もいる始末である。
 幼稚園児と先生の輪の遠くで、窓の外を眺めている者がいる。細い窓枠に正座をして雪を見つめる、金色のきらびやかな刺繍のついた背を向けて、振り返ることすらない。何かを探し、視線を世話しなく左右へ向け続けるミニ写真家へ歩み寄ると、同じものを見ようとかがみこんだ。

「何か見えるの?」

 視線を合わせたところで、一面広がる雪景色には代わりがない。ゲームが行われているであろう、廃工場跡地が荘厳に立ちはだかるだけだ。
だが彼は丸い瞳を動かすことなく、誰もいない虚空をまっすぐ見つめる。まさか、この世の者ではない誰かが見えているのか、いやこの荘園では今さらだ。背中に走った寒気を払うように小さく笑うと、腰を掴んで抱き寄せようとした。

「寒いから、こっちにくるの」

 しかし彼は動かない。頑なに細い窓のさんを掴んでは、まるでエマなどいないかのように振り返りもしない。キョロキョロと動く視線に、つられて動く黄色いリボン。長い間、このサバイバーとペットの待ち合わせ場所にいるのだろう。時折木枯らしに運ばれてくる雪が、赤くなった鼻の頭にすらうっすら積もっている。

「誰かと、約束しているの?」

 相変わらず無視を決め込むのだが、雪景色に変化が生まれた。黒い影が現れ、ゆっくりとやってくる。途端に小さな体が大きく跳ねて、身長の数倍の距離がある地面へ目掛けて飛び降りては、挫いたよう様子もなく近づいてくる影を丸い瞳で見つめる。
サク、サクと積雪を踏みつけてやってくのは雪男ではない。大雪に似合わず、薄いコートをはおっただけの囚人がヘラヘラと笑いながら現れては、赤い鼻を擦って鼻水をすする。雪が入る前に急いで扉を閉めると、入り口だけ小さな水たまりができてゆく。

「今日もペットの相手、お疲れさま」
「バルサーさんなの!」
「蒔、持ってきたよ。あと改良したランプ」

 もうすっかり小さくなった暖炉の炎でキャンプファイヤーをしていたが、これで延命処置ができた。「ありがとうなの!」と深々と頭を下げれば、勢い余って腕の中のピエロが転げ落ちてしまった。温もりがなくなったことと、唐突な痛みで目をつり上げ、原因であろう第三者を見つけては脛に飛びかかる。バシバシと小さなロケットで叩き始めると、細いサーベルではたき落とそうとする者がいる。

「む!」

 ミニ写真家が彼の足元にすがり付き、庇うように武器を向ける。負けじと睨み付けるミニ道化師と、「席が空いた」とエマに群がるペットたち。多種多様な行動をするお転婆人形を見つめ、おろおろしていたエマであるが、ルカがしゃがみこんでは二人の喧嘩の仲裁に入った。

「こら。道具に傷が付くから」

 ロケットを取り上げては、傷がないか確認してから、頭をポンポンと叩いては手元に握らせる。「うー」と唸りながらも、納得したのかロケットを大切そうに抱え込む。消えかけの暖炉へとトコトコと歩いていく後ろ姿に微笑むと、横から見上げてくるもう1人を諭す。

「ほら。君も折れると困るだろう」

 サーベルを摘まんで傷を確かめていた隙だった。のそのそと膝に乗り上げてきては、裾をめくって入りこんできた。元は人形、しかも今は寒気の影響で氷像のよう。素肌に氷の塊が押し付けられたことで、思わず体が跳ねてしまう。

「冷たっ!!」
「ンー!」

 元凶は至極ご機嫌である。「温かい」と体を擦りよせるが、侵入された被害者は結露で湿った服が絶妙に気持ちが悪い。

「ウッズさん、この子の着替えは……」
「乾かしてるの」
「じゃあ暖炉だ。おいで」

 手招きしたところで、もちもちとした顔が襟元から飛び出すだけ。必死に背伸びをしてしがみつくものだから、せめて落ちないようにと臀部を支えたのが悪かった。居心地がよくなり、居座る体制になった彼は目を瞑ってしまった。ルカは図太い神経に辟易するばかりである。

「仕方ない……今日も連れて帰るか……」
「わかったなの! 抱っこ紐もあるなの!」
「持参してるから大丈夫さ」

 唐突に現れた紐は、この荘園には似つかわしいもの。慣れた手付きで船をこぎ始めた子に巻き付ける。
頭を反らないように支えると、腕で支えてゆっくりと立ち上がる。エマの方はもう立ち上がることは出来ないほどに、人形たちに群がられている。「んー! んー!!」と人形たちのような呻き声をあげながら、腕の中で手を振り回すミニリッパーを諌めて、やっと可愛らしい顔を出すことに成功した。

「それじゃあ、お先に」
「んー、ぷはぁ! 夜には戻るの!」
「気をつけてね」

 再びぬいぐるみに埋もれて見えなくなった彼女に苦笑しながら、船をこぎ始めた子を抱き締めた。
きっと来ているであろう客人を、どう宥めようか思案しながら。



「また連れ帰ってきたのか……」

 イライラを隠せない写真家が、丸まり眠る子を睨み付ける。
やっとのことで部屋に戻ってきたら、まず恋人に睨まれるなど、誰が思うだろうか。優雅に組んでいた足を組み換え、頬杖をつきながら貧乏揺すりを始める姿に、いつ暴力を振られてもおかしくはない。
 だが、睨まれている本人はぐっすりすやすや夢の中。元より濡れきった彼の服を更に濡らし、寒いだろうに目覚める気配はない。すっかり冷めてしまった紅茶のよい香りにだけが、静かで凍てついた空気の中を漂っていた。

「寝てしまったから。可哀想だろ」
「ベッドに放り出せ」
「離さないんだ」
「引き剥がしてやる」

 無理やり犬猫のように襟首をつかんだ瞬間、スイッチをいれた玩具のようにパチリと目が開いた。すぐさまぐるりと首を回して怨敵を認識。
小さなサーベルを無鉄砲に振り回してはキーキーと喚き始める。手の甲を掠め、舌打ちと共に投げ捨てれば、奇跡的に囚人の真上。嬉しそうに両手を広げて腕の中に飛び込もうとすれば、寸のところで写真家に捕まってしまった。目の前に自分と同じ顔が見えた瞬間、2人の表情が消えたのが面白い。
 彼には双子の弟もいたはずだ。親近感が沸くと思ったが、何故ここまで嫌悪するのだろう。仲が悪いようで意外と息ピッタリな2人を見つめて、ふと疑問が過る。
わからないことは調べるまで。躊躇うことなく無謀な博士は小首をかしげた。

「なんでそんなに嫌うかな?」
「同じ顔で気持ちが悪い」
「ンー!!」
「はぁ、そう」

 普段は可愛らしい人形だが、今はがうがうと牙を剥いて噛みつこうとする呪い人形。
再び体格を利用した暴力が発生しそうになり、慌てて制止をかけたが、時既に遅し。地面に叩きつけられる為に振り上げられた腕を見たと同時に、急加速で落下する小さな体。地面に着弾する前に抱き締めることに成功したが、見下ろしてくる彼の青い目が剣呑な色を帯びている。空色のビー玉などという綺麗な表現はできない、怒気渦巻く鬼火だ。

「どうしてそいつを庇う」
「子供を虐めてるみたいだろ!」
「私が不快感を覚えている被害者だが」
「仲良くすればいいのに……」
「は?」

 品のない啖呵をきられ、寿命が縮んだ。子供のように舌をだして煽る子と、大人げなく喧嘩を買っては手書きの研究書を振り上げる写真家。
終わることのない小さな戦争から目をそらすしかないだろう。しがみつく人形の臀部を抱えながらも頭痛薬を飲み干し、作業椅子に付く。
 すかさず膝の人形を叩き落とすだけではなく、まさかの等身大の男の体が膝に乗り上げてきたではないか。「重い」などと口を滑らせれば、確実に命はない。そんな余裕も出ないくらい、香の上品な香りがふわりと鼻腔を擽る。

「珍しいね。こんなに甘えてくるのは」
「寝言は寝て言え。アレの歪んだ顔が見たいだけだ」
「虐めないでほしいけど」

 ピョンピョンと跳ねては「登りたい」と訴える子をなんとか片手で持ち上げれば、有無を言わせない手が横から奪い去る。喧嘩をする割には一緒にいることには問題ないらしい。だが写真家の膝の上に乗せた瞬間、表情が消えて微動だにしない人形は怒り心頭だ。

「うーん、手元が見えない」
「ならば私は寝る」
「見えないんだってば」

 人形を抱き枕代わりに俯き、本当に寝息を立て始めるとは思わなかった。
昨日も遅くまで囚人の作業を眺め、起きていたのは知ってはいる。疲れをおくびにも出さなかった彼には感心するが、そのせいでイライラしていたのではないだろうか。
手入れのされた髪を撫でると、下から恨めしい視線が突き刺さる。まるで瓦礫の下敷きにでもなったかのような悲しい目には、乾いた笑いしか湧いてこない。

「今のうちに。おいで」

 パァと表情を取り戻しては写真家という障害物をよじよじと乗り越えようとしたのだが、サバイバーを楽々持ち上げる細腕の力は計り知れない。抱擁から逃れるだけなのだが、両手を虚しく踊らせるしか出来ず、頬を膨らませると攻撃を仕掛けようとする子を人差し指で諌めては溜め息をついた。

「後で遊んであげるから、な?」
「……目の前で他のものを口説くとは、いい度胸だ」
「そりゃあ、まだ起きてるか」
「わかっての浮気か」
「うーん、浮気」

 「やはり妬いてるんじゃないか」という言葉は飲み込んだ。今にも暴れだしそうな鋭い眼光を隠すように、抱き締めて背中を叩けば、ゆっくりと目が閉じられていく。助けを乞う視線は痛いが、今は時間が必要だ。
 カチカチと無機質な針の音をBGMがわりに、寝息を待つ。今度こそは我が儘な姫様を寝かしつけ、腹の下で押し潰されている子を些か乱暴に引っ張りだす。のそのそと這い出てきては深く息をつき、抑えていた涙が溢れだす。

「みー!!!」
「よしよし」

 普段は泣き言は言わないのだが、今日の風当たりは予想以上に強かった。意地でも離そうとしない態度からは執念すら感じたものだ。
目に見えた嫉妬は珍しくて嬉しくはあるが、被害がでるなら話は別である。眠る彼に邪魔されないよう、体を捻っては抱き締めてやる。無理な体制でなかなか痛い。しかし、目を潤ませては泣きじゃくる子を放っておくこともできない。よしよしと頭を撫でていると、しっとりと湿っている場所がある。もう形はなくなっているが、雪の結晶だろう。

「うん? まだ濡れているな……シャワーに行こうか」
「ン!」
「彼が起きてからね」

 両手を広げる小さな体を抱え直せば、ボソボソと呟く声が聞こえてくる。「私も行く」と、眠っているにしては明瞭な声音に、思わず吹き出してしまった。

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22.03.05

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