ててご | ナノ



白い獣と赤い絆4

※4
※微裏
※女体化表現あり


 人里を離れた山と崖に囲まれた古城。人の手が加えられていない、美しい緑化地帯を超えたところに不自然に立っている。
高山地帯はただでさえ肌寒く、それに加えて人間の血を狙う吸血鬼の噂まで立てば、恐怖で怖気が走るというものだ。だが、近隣の村は寂れることはなく、むしろ人が集まってくる始末なのだ。
美しく、人を惹きつけるヴァンパイアとして。
 この白の主人は、血のように赤い礼服を着こなす貴族である。色白で、細身で、優男の紳士は、一目で数多の女性を惹きつける。吸血鬼の持つ魅了の力ではなく、彼自身の素質。抗うことのできない青い憂いを帯びた目には、誰からも逃げることができず、自ら血を捧げてしまう。
決して人間を殺めることはしない。だが友好的というわけでもない。冷徹で、利己的で、欺瞞癖がある。甘いマスク裏に隠された本心を、知る者はいない。一部の同族以外は。

 コツコツ。勝手知ったる人の家と言わんばかりに、高身長の男が古城を練り歩く。所々こだわりの赤い薔薇が柱や手摺りへと巻きついて入るが、埃ひとつない不思議な城だ。主人の潔癖な性格が窺える。
 城主に用事があるわけでもない。ただ遊びに来ただけだ。ここなら、美しい怪物の噂を聞きつけた女たちがやってきて、食事に困らないのだから。快楽を何よりも愛するジャックが鼻歌まじりに廊下を歩いていたときだ。コツン、とヒールが打ち付けられる音が響いたのは。

「ジャック」

 デソルニエーズ家の当主である気高い吸血鬼は、渋い表情で腕を組んでいた。いつから目の前にいたのかはわからないが、どうだっていい。向こうから話しかけてくるなんて、なかなかないことだ。これを喜ばずにおれるだろうか。

「なんですか?」

 相も変わらず顔を見ては不機嫌を丸出しにする。傍若無人な動きで、周囲にヴァンパイアがいると気づかれたのはよそ者のジャックのせいではある。ヴァンパイアは縄張り意識もあるし、よく思われていないのは承知の上である。それでもこの男をからかうのは楽しい。一方的な好意を胸に、声をかけてきた麗人に軽い足取りで近づいた。
一歩踏み出すごとに、露骨に表情が歪められる。豪奢なフリルのついた袖で鼻を抑え、息絶え絶えに血を這うような声が吐き出されるのだ。

「……女の匂いがする」
「ああ、これですか。遊んでいたからですね」
「貴様のせいで、変な人間が城の近くを彷徨くようになった。どうしてくれる」

 白い西洋のアンティークの柱にもたれかかりながらも、渋い顔をしているが、立ち去る様子はない。この様々な香水の入り混じった匂いは気に入らないが、尋ねたいことがあるのだ、引くわけには行かない。
好奇心とプライドが戦っている様子は、ジャックにももちろん伝わった。一体何のようだろうか。今後数百年からかう玩具ができるのかと想像し、ワクワクと胸を高ならせていると、ゆっくりと唇が動いた。

「貴様は、どうして人間とセックスをする」
「ああ。それがどうかしました?」

 まるで興味がなさそうに言われて眉を寄せる。彼は人間の真似事が好きだ。よく女を城に連れ込んでは、無為なセックスを行っては血を吸うのだ。この快楽主義者のどこがいいのかはわからないが、女たちはそんなジャックに惹かれ、何度も城に足を運ぶようになる。食事も快楽も同時に得られるのだから、楽なのだろう。真似をしたいとは思わないが。

「何故、そのようなことをする」
「気持ちがいいので」
「気持ちが、いい?」
「興味がおありで?」

 楽しそうに、鼻歌まじりに言われるのは不快である。見下ろしながらも仮面の奥で目を細めて笑いを漏らす。我慢できなくなって足を思い切り踏もうとするが、ステップでも踏むようにかわされてしまった。全く持って気に食わない男である。

「教えてさしあげましょうか」
「触れるな」
「おお、怖い怖い」

 威嚇をしたところで構いはしない。ずいずいと距離を詰めてきたと思えば、腰を抱きよせて甘いマスクをつけたままニヤリと猟奇的な笑みを浮かべる。皮の薄い手の甲を摘まんだところで怯みすらしない。無礼な快楽好きのサイコパスを睨みあげると、明らかな性的な意思をもって臀部を撫であげるのだ。

「ここに、挿れるんです。貴方にもついている、雄の象徴を」

 排泄にしか使用しない穴を服の上から示せば、不快感を顕にして膝で蹴り上げてきた。不機嫌を丸出しにして睨みつけるが、気にした様子はない。至極楽しそうに鼻歌を口ずさみ、遠慮を知らず肩を抱き寄せるのだ。

「私は男でもいけます」
「男女でやるものではないのか」
「抱かれる側の負担が大きくなるだけです。差異はありませんよ」

 ニヤニヤと丸く赤い目を三日月状にして、品定めをするように全身を視姦する。
この伯爵は、今まで抱いた女と比べても負けない魅力がある。男であっても関係ないほどの、甘いマスクと上品な香り。高位の妖怪であるのだ、元より誇り高い種族ではあるが彼は格別。自らの一族に誇りを持ち、強気で何事にも負けず嫌い。そんなプライド高い姿を見ているだけでそそられるのだ。手篭めにしてしまえば、どんな鳴き声を上げるのだろうか。

「それ以上近づけば斬る」
「つれない方だ。そんな貴方の氷のような心を射止めた女性は、どのような女神なのでしょう?」

 クスクスと笑いながら近づくが、手を伸ばせば捕まえることができる距離までくると後ろへと飛び退って逃げてしまうのだ。クルリと身を翻せば黒いスカーフが暗闇の中を舞う。まるで踊るかのような身のこなしに、コツコツと大理石を叩くヒールの音。男でありながら、美しさも兼ね揃えた彼は、まさに一族の宝である。

「我々は繁殖する必要はありませんが、娯楽というものはあってもいいでしょう?」

 いつもならば、魅了する魔眼で見つめるだけで人間も、魔族すらも墜ちる。だが彼は気高く、嘲笑いながらも誘惑を跳ね除けては青い目を怪しく光らせる。
力が強いものには魔力は通用しない。それはわかっているのだが、力を誇示し合うことは優劣を決める上で重要なことである。無言で睨み合うだけで、近くの赤い薔薇が見る見るうちに黒く枯死してゆく。瑞々しかった花弁がみるも無残に、枯れ葉のように廊下を汚していく。
 先に、花へと憐憫の視線を向けたのはジョゼフだった。

「人間にとって、気持ちのいいものなのか」
「はい、それはもう」
「……夢中にできるのか」
「技量によりますが、貴方は顔はいいですからね」
「貴様が言うと気色が悪い」

 長い指を形のいい顎に滑らせるが、乱暴にはたき落される。「残念」と笑う仮面の裏では、引き結ばれた唇。
せっかくこの姫君を手篭めに出来るかと思ったのだが、天然でも本能的に貞操観念は強い。 
さて。彼は何の為に人間の性行為に興味を持ったのだろうか。ニコニコとお喋りな彼が話始めるのをおとなしく待っていたのだが、そう時間はかからなかった。彼が口を開くまでに。

「人間の男を夢中にできる方法を、教えろ」
「男?」

 まさか同性だとは思いもしなかった。確かに餌として選ぶ対象でも男女でも拘らない人ではあったが、まさか男に興味があるとは。遠回しに告白をされているのでは? と甘い考えも抱くが、相変わらず鋭い視線と警戒心が全身に突き刺さる為に、その可能性はないだろう。肩を落としながらも思考に耽ると、ぽつりと言葉が続く。

「女に慣れていなさそうで、人付き合いも乏しそうな男だ」
「ふむ」
「私に見惚れていると言った」
「そりゃあ、貴方相手だと性別なんて関係ありませんか」
「私たちを探りにきたらしいが、見守ってやりたくなる」
「それは初耳ですね」
「十中八九貴様のせいだと踏んでいる」

 「派手に食い散らかしおって……」と恨み言を零すが、反省した様子もないし、焦った様子もない。人間が何人きたところで、武器を手にしたところで高位魔族を倒せる保証はない。それから生まれる自信である。
そっぽを向いて鼻歌を歌って誤魔化せば、簡単に謝る質ではないと知られている甲斐あり。お咎めのため息が聞こえてくるだけだ。「もういい」と投げやりな言葉とともに、頭2つ分も小さな彼は、粒らな瞳で見上げてくるのだ。「どうすればいい」と。

「そうですね、女の姿になればいいのでは?」
「女になってどうする」
「色仕掛けですよ。人間の男はそういうのが好きです」
「本当だろうな」
「やだなぁ。嘘は言いませんよ」

 胡散臭い物を見る目は辞めないが、ある程度信頼はしてくれているらしい。ふと目を閉じて魔力を集めると、白い煙を上げながら姿が消えた。現れたのは、美しい女の姿である。細く、白く、黄色いリボンで長い癖のある髪を止めた、清楚なお嬢様。青いドレスと所々覗く白いフリルが彼女の童顔を際立たせている。淑女というよりは、垢抜けないお姫様である。可愛らしい人形を抱いていても、違和感がない。長い銀の睫毛が蝋燭の不気味な光の元、白く輝く。美しく可愛らしい少女の姿に、感嘆の声がほうと漏れた。

「ほほう……これは想像以上だ」
「これでいいのか」
「試しに私と遊びませんか? 手取り足取り教えてあげますよ」
「触れたら斬ると言っている」

 小柄で愛らしい姿をしながらも、口調も気も強い。青い目が剣呑な赤い光を帯び、犬歯が紅の唇の隙間から存在を誇示する。箱入り娘と思いきや、気の強い女騎士だ。気を紛らわせようとパタパタと動く腰羽に手を伸ばせば、勢いよく柄が廊下へと投げ出されて銀の刀身が首筋に当てがわれた。
 音しか聞こえないほどの神速の抜刀。流石何事にも興味を持つ、影の努力家は違う。会うたびに磨かれていく技の数々には驚かされるのだ。特に、誰に食べさせるかわからない料理の腕が最近目を見張るものがある。

「しかし、こんな幼女が貴方の好みですか?」
「違う。子供っぽいのが奴の好みかと思った」
「ああ、貴方の心を奪った男の好みですか」
「大人っぽい方が好きなのだろうか……」
「私はくびれのある女性が好きですね」
「貴様には聞いていない」

 つっけんどんに言い放ち、再び男の姿に戻る。変身を維持することは苦ではないが、欲望の視線を浴びることは不愉快極まりない。深くため息をつくと剣を帯刀して、踵を返す。そろそろ彼のいる豚小屋に帰ろう。身なりを整え、持ち出す食材と次の献立を決める。次は食べなければ口にねじ込んでやるまで。ムスリとを膨らませては羽を広げたところで、声がかかるのだ。「通い妻ですか」と。
立ち去る彼の心意を察して、ジャックは笑顔で手を振りまた告げる。あくまでも楽しそうな笑顔を崩さずに。

「ベッドの下でも覗いてみては如何です?」
「何故だ」
「男の趣味がわかると言いますよ」
「?」

 切り裂きリッパーが何を言っているのかはわからないが、今度覗いてみるとしよう。彼に似合わない薄い本があったが、他に何かあるかもしれない。



 今宵は満月。小さな星々は、各々月に隠れるように、負けないようにと各々に存在を誇示しては、赤、黄、白、青と紺色のキャンパスを彩る。白い月が、黒い夜空という絵画を照らす電球となり、淡い黄色の光で照らす。美しくも冷たい、自然の芸術作品である。いつ見ても飽きないし、見惚れてしまう。
 つい、窓を開けていたら手が止まってしまった。入り込むカーテンに気つけをされ、慌ててドライバーに込める力を強くする。
今日、試作品の武器のパーツを手渡した。こっそり威力は落とすという、悪戯付きで。
 間も無くあの古城へとハンターたちが乗り込むのだろう。失敗作とバレるのは時間の問題であるし、そうなれは担当者であった彼女を巻き込むことになる。だから、とんずらをしようと話をしていたのだ。
 最後のネジを締め、レンズをはめたら出来上がり。射影器など初めて作るが、うまくできたと思う。シャッターを切れば、少し間をおいてカシャリと軽い音がする。ゆっくりと出てきた写真を覗き込んでは満足気に叫び声を上げた。「できた」と。
 彼の写真を一枚だけでも持ち帰りたい。そう思って作ったものである。被写体となる麗人は、シングルサイズのかび臭いベッドを占領していて、本の世界に夢中らしい。「簡単にできる! お料理レシピ」など可愛いタイトルではあるが、本人は真剣な眼差しだ。完璧主義な彼ならば、どんな食材も豪華なディナーへと変貌するのだろうと、容易に想像できる。
妄想して涎が湧いてきたところで、急に本が閉まる音が響いた。

「ルカ」
「ん。なにかあったのかい?」
「セックスをしたことはあるか」

 もしかして酔っているのだろうか、月光という魔力に。唐突に手にしていた本を投げ捨てたと思えば、爆弾発言をするのだ。いかがわしい本を読んでいたわけでも、会話をしていたわけでもない。各々にしたいことをしていたに過ぎない。
ならば急に何故なのだろう。それに、言い辛いことを「散歩に行ってくる」という感覚で言われても非常に困るのだ。

「どうして、急に」
「セックスがしたい」
「は!? なんで!」
「人間は定期的に欲を吐き出さねば死ぬと聞いた」
「そ、そんなことはないけど……」
「安心しろ。男相手のやり方は教わった」
「ちょ、ちょっと待って!!」
「なんだ。どうしてそんなに驚くというのかね」

 言葉なのか書物なのか、それとも実践なのかはわからない。だが、人の手が加えられていない宝石を汚された感覚に嫉妬してしまう。一体誰が吹き込んだのだろうか。仲間の吸血鬼なのだろうか、それとも人間の知り合いの誰か。犯人を炙りしたところで意味を為さないのはわかっているが、どうしても詮索してしまう。

「ヴァンパイアにも、繁殖行動が必要なのかい?」
「必要ない」
「じゃあ、何故」
「何故だろうな」

 ドクドクと鳴る心音を沈めようと肉の上から鷲掴みにしたところで、青い瞳が紅い光を帯びた。

「貴様が、遊んでいるところを見たことがなかったから」

 興味と向上心で動く、研究者気質な男だ。他種族に興味を持っても仕方ないだろう。
普通ならば断る。だが、同性であれども面妖で美しく、中性的な彼なのだ。誘い文句がどうであれ、ときめいてはしまう。
それでも、流されてしまうのはいかがなものだろうか。思わず逃げ腰になるのだが、遠慮なく迫ってくるのだ。あっという間にベッドの端に追い詰められ、逃げられなくなる。

「ちょ、ちょっと、ちょっと待って!!」

 ずいと迫ってきては、馬乗りになって両腕を拘束する。積極的な彼も魅力的なのではあるが、如何せんルカに同性愛の趣味はない。どれだけ細身であっても、下半身を晒せばついているのだ。他人のものなど見ても、萎えるだけだろうに。
だが、吸血鬼には人間の事情など関係ない。心底不思議な表情を浮かべて、首を傾げるだけだ。乱暴に服を脱がせようとする手も止まらなければ、立ち退くという選択肢もない。

「女の姿ならいいのか」
「そ、そういう問題じゃない!」

 必死に止めようとしたのは紛れもない本心だ。だが、聞く耳を持たないと、急に煙の中から現れたのは女性の姿だった。
ふくよかな胸部は彼の好みなのだろうか。健康的な肌の色を彩る、紅ドレス。美しく、薔薇の花の棘に見える牙を剥き出しにした拍子に、赤く血色のいい舌が顔をだす。長い睫毛に縁取られた青い目は、フランス人形のように大きく丸い。童顔で、唇はふくよかで、は健康的な桃色。誘うように近づいてくるたびに、肩でくくった銀の髪がぴこぴこと跳ね回り、宙で遊ぶ。気品と妖艶さを感じさせるし、ゆっくりと近づいてきては無邪気に小さく笑うのだ。
 可愛い、可愛い。こんな恋人がいたら、皆に自慢ができる。急に迫ってくる絶世の美女を前にして、言葉を失ってしまった。

「綺麗だ……」
「こういう女がいいのか」
「だから、ちょっと待って!」

 縮んでしまった身長を利用して、上目遣いをしてくるなんて反則である。思わず後ずさるが、下がった眉と潤んだ瞳に思わず足を止めてしまう。
理想とは言わないが、タイプではある。白いクセのある髪も、ふくよかな体型も、強気な性格も、気品溢れる仕草も。だが、だからこそこんな騙すような方法で手に入れたくない。人間と伝説の生き物ではまともな恋愛をできるとは思わないが、それでもだ。
 どうしてそこまで尽くしてくれるのかはわからないが、随分と従順で優しいではないか。大人しく柔らかい肢体を横たわらせると、青い目を潤ませながらも唇を引き結ぶ。怖がっているのはわかる。
確かに最近ご無沙汰ではあるが、無理矢理事に運ぶことには賛同しかねる。それに、元は男なのに不思議な力で変身しているとなると、どんな悪影響が現れるかわかったものじゃない。そう心配はしているのだが、肌に触れるのはやめられない。美しい姿に惹かれて止まないのだ。
 気遣ってくれているのはわかるが、傍若無人な女王様らしくはない。なんだか焦っているような気さえする。ゆっくりと擦り寄ってきたと思えば、猫のように喉を鳴らす。随分と面妖で色っぽい化け猫である。夢中になって毛を梳いていると、急に我に返ったように手を叩かれた。

「ヤるのか。ヤらないのか」

 どうやらプライドが邪魔をするらしい。誘惑をしたのはいいが、触れられないことに憤怒するのはわかる。こう言ったら確実に怒られるとはわかってはいるが、そっぽを向いて拗ねる表情が、子供を彷彿とさせて可愛らしい。
だが、体はアンバランス。たわわでくびれた体は、女性的で色気しかない。先ほど怒られたばかりだというのに、手が伸びてしまった。
 下着をつけていない胸が左右に引っ張られて、柔らかさを誇張する。楽になるようにとドレスを脱がしにかかると、白い肌が外界に晒された。汚れの知らない、積雪のような白に思わず息を飲んでしまう。この世の物とは思えず、踏み抜いてしまってもいいものかと心臓がバクバクと鳴り響く。
絶世の美女とはこの事だ。もしかしてこれは夢なのではないかと、をつねるが痛みが走る。ああ、夢ではないと手を伸ばせば、身を固くして目を瞑ってしまった。

「私は、その、貴方のことをそんな目で見れない」
「……他の女に劣るというのか」
「そうじゃなくて!」

 見れない、いや、見てはいけない。やはりこんな騙すような方法はよくないのだ。誰に唆されたのかはしらないが、人為的な意図が加わっているのは確かである。
価値観が違う為に、彼は体の関係を厭わない。だが、それが逆に不安になるのだ。悪いことをしているわけではないが、箱入りのお嬢様を騙しているかのような宝石を穢すかのような罪悪感だ。

「やはり、幼い女のほうが好きか」
「どうしてそうなるんだ!」
「前に来ていた女が幼い印象だった」

 それに、無理矢理手篭めにされる恐怖は知らないわけではない。どのような行為かを知らないからこそ、彼はこれだけあっけらかんと答えを出せるのだ。
同じ恐怖を味わせたいわけじゃない。だが、一度始まってしまえば若い雄の衝動を止められる自信はない。精神論でなんとかなるものではないのだ、欲求というものは。

「セックスは、好きな相手とするものだ!」
「好きな?」

 好きと言う感情の価値観が、どれほどお互いに一致しているかはわからないが、はっきりさせなければならない。逃れるために言い放ったことではあるが、真剣に考えていくれているということは、思い当たる節があるのだろう。
しばらく顎に手を置いて悩んでいるようではあるが、急に顔を上げてあっけらかんと言い放ったのだ。

「私は、君のことは好きだ」
「好、き?」
「何か間違ったか?」
「それは、貴方にしかわからないことだが……」

 本当に同じ「好き」なのかはわからない。だが、伊達や酔狂で言っているわけではないとわかる。まっすぐで歪みのない視線にたじろぎながらも、見つめ返すと彼は笑うのだ。
ここで負けるわけにはいかない。強く気を持って見つめ返すが、朗らかな微笑みに負けそうになる。思わず目をそらせば、回り込んででも覗き込んでくる始末。この青い目には、誘惑の力がある。強く、抗えない、魔性の力が。
唇を噛み締め、腕を引っ掻いては痛みで抗おうとするが、ゆっくりと手を包み込まれてしまった。不安に揺れる細く白い指が心配をするのだ。「痛くはないか」と。

「ちゃんと愛し合いたい」
「愛?」

 絞り出した言葉は、なんとも稚拙な物だった。良い年をした男が言うものではないが、出まかせを言っているわけではない。

「私も、貴方も、無理矢理じゃなくて、義務的でもなくて、シたいって思えないと……」
「シたい」
「そうじゃなくて……」
「君と触れ合いたい。抱き合いたい。セックスをしたい。これではダメか」

 まっすぐ愛情を向けられ、不覚にもときめいてしまった。
まともに恋愛なんてしたことがないから、千載一遇のチャンスでもある。だが、そんな花街に赴く感覚で彼に触れることに罪悪感と恐怖を覚えた。彼もきっと興味本位。この行為がつまらないものだと判断されれば、逃げてしまうのではないか。そう考えるだけで顔面蒼白になってしまった。
 ヴァンパイアが生きるのに必要のない行為。繁殖などせず、吸血行為によって仲間を増やす種族だ、人間のように短い寿命も脆い体もない。
だが、彼は違う。増えるためではない。あくまでも好奇心に突き動かされるままに行動しているのだ。人間に興味を持ち、自らの知らない行為に興味を持ち、愛情に興味を持ち。貪欲で人間らしいところに親近感も湧くし、勃ちもした。

「だが、だめだ!」
「何故だ」
「こう言ったら笑われるかもしれないが……その、好きな相手とは、ムードも大切にしたいというか……」
「好き? 私のことが? ならばいいではないか」
「よくない」

 真剣な面持ちに、思わず優勢だった鬼がたじろいでしまった。

「貴方のことは好きだ。だが、好きだからこそ間違ったことをしてほしくない」
「貴様と契りを結ぶことが間違いだというのか……」
「貴方にとっては遊びなのかもしれないが、それでも、」
「もういい」

 ふぃとそらされた目に安堵したのだが、諦めたわけではないらしい。体を男に戻しながらも、ずいと顔を寄せて距離を詰めてくる。

「ならば、愛を確かめろ」

 真面目に詰め寄られたものだから、どう答えて良いものかと唸るしかない。
一番わかりやすいのはキスだろうか。ゆっくりと腕を掴んでは唇を寄せてみたが、不思議な表情で見つめ返してくるだけだ。
嫌ならば逃げるだろう、そんな安直な思想で動いていたのが間違いだった。人間とヴァンパイアでは物の価値観が違う。躊躇いなく唇に吸い付いてきては、牙を突き立て血を滲ませる。
ヴァンパイアはキスではなく、吸血好意への許しととった。だが、それでも唇が触れ合ったには変わりはない。赤ん坊のように吸いつかれて、血生臭いファーストキスは苦い味がした。だが、これくらいがちょうどいい。これ以上踏み込んでしまえば、愛情が芽生えてしまうかもしれないのだから。
 リップ音を立てて離れてからも舌で一生懸命舐めとろうとする姿が、まるで赤ん坊のようで父性が湧き上がる。彼には恋愛感情すら湧き上がるが、今は介護欲のほうが強くなってしまう。どうしても恋愛感が挟めない。

「貴方にとって、キスは食事になるか」
「キス?」
「唇を合わせる行為だ。今のが、愛情を確かめる行為だよ」

 やってしまったという顔に、つい笑ってしまう。やり直そうと唇を近づけるのだが、本能的に牙を剥いては噛みつこうとする。
根本的に愛の形が違うのだ。仕方がないとも言える。宥めるように肩を掴んでさすれば、悔しそうな顔で唸るのだ。

「キスなんて、知らない」
「そっか」
「教えろ」
「教えられるほど経験はないよ」

 ゆっくりと唇を寄り添わせれば、今度は牙を引っ込めてこすり合わせてくる。キスというよりも鼻をこすり合わせて戯れる犬のようであるが、随分と色気のある犬である。
固く唇を閉じるものだから、これでは意味がない。緊張をほぐすように抱きしめると、背中をポンポンと叩いてみる。赤子を慰めるように。

「唇を合わせて」
「ん……」
「舌を絡めたり」
「舌?」

 べ、と赤い舌を下唇まで垂れ下がらせると、不思議そうに首を傾げる。一体何のためにその行為をするのかを考えているのだろう。きょとんとした幼い目を見つめていると、やはり恋人というよりも父性に似た愛情が湧き上がってくる。彼のことは人として可愛いとは思っているが。

「お互いの唾液を交換したり……」
「何の意味がある」
「んー。無防備な状態を晒して、相手に心を許すと言うか」
「身を委ねている時点で許しているが」
「好きな相手と1つになるなんて、ロマンチックではないか?」
「そうなのか」

 ロマンチックな思想はいまいちピンとは来ていないようではあるが、いつものようにつっけんどんにはしない。むしろ真剣に座り込んでは、前のめりになりながら話を静聴してくれる。
うんうん、と頷きながら唇に自ら触れ、舌を覗かせる。練習のつもりかは知らないが、色香が溢れ出して性欲にくる。前屈みになりるのを必死に耐え、力なく笑えばゆっくりと端正な顔がはいはいに合わせて近づいてきた。

「キス、したい」
「もう一度?」
「ん」

 目を閉じて睫毛を震わせる様は目覚めを待つ姫のようで、美しくそして蠱惑的。本当に両思いなのかもしれない。だが、手を出してしまえば後悔の念に襲われそうだ。まだ恋愛に感じては何も知らない赤ん坊のようなもの。手を出すには勇気が足りない。

「もう、自分の唇を噛んだらダメだからね」
「ん……」

 肩を掴んで、ゆっくりと唇を合わせるとおずおずと唇を開く。鋭い牙は微動だにせず、舌で舐めとってやれば逃げようと体をくねらせる始末。だが、逃がしはしない。追いかけるように深く口付けて、牙へとしつこい愛撫を加える。嫌悪感が湧くというよりは、忌避しているように思える。再び牙を突き立てて傷つけないようにと。
無意識にでも愛されていると感じるのは嬉しい。慣れてはいないが精一杯可愛がろうと頭を抱き込めば、急に強くを張られたのだ。まるで鈍器で殴られたかの衝撃に驚いたが、何よりも殴った本人の視線が揺れていることに驚愕を隠せなかった。
 殴るつもりはなかった。ただ、驚いたのだ。まるで侵食されるかのような、心ごと鷲掴みにされるような感覚に、恐怖すら感じた。息苦しさは感じたが、幸せな苦しみである。彼からは敵意どころか、強い好意と欲情を感じた。
赤くなったをさすりながら、彼は困ったように身を引く。拒絶されたと感じるのは当然である。だが文句の一つも言わないのだ、彼は。

「さぁ、寝ようか」
「待て、ルカ」
「不快な思いをさせて悪かったよ」

 これが、愛情というものだと本能的に理解はした。だが、人の愛への応えかたをヴァンパイアは知らない。



 今日は満月。雲ひとつない夜空には星が周りで輝き、月に負けず個人の存在をアピールする。
空に浮かぶ月も綺麗であるが、今日の月見のメインは目の前にまで堕ちてきている一等星だ。今は一心不乱に読書をしている真っ最中。視線に気づくことなく、淡々と薄いページをめくっている。
愛情表現、言葉の交し方、恋愛論。最近特に変わった書籍を好んでいたが、「愛の育み方」なんだか本のタイトルが哲学じみてきた。一生懸命に読んでいる姿を焼き付けようと、椅子の背もたれに顎を置いては眺めていた。
 今日で最後だ。明日にはこの地を離れる。最近は夜中まで起きる理由もないために、こっそりと街まで降りてきた。船の予約もチケットも手に入れた。あとは、彼の心意を探るだけ。
共に連れ立って安全な居住地までいきたいのだが、彼は吸血鬼である。日を浴びるだけで火傷するらしく、夜しか動けない。一緒に行ければいいが、古城があるために離れたくないだろう。巻き込みたくはないが、ついてきてくれる保証もない。いなくなっていたら、誰に責任がいくかもわからない。四面楚歌である。いっそ、嫌われてしまった方がいいのかも知れないとまで考えてしまう。人知を超えた魅力に、絡め取られて捕われる前に。

「ねぇ」
「なんだ」
「貴方は、この地から離れたことは?」
「ない」
「そう」

 やはり答えはノーである。予想通りの答えに諦念の笑みを浮かべると、何を感づいたのか不安に眉を寄せるのだ。

「出ていく予定でもあるのか」
「家は別にあるからね」
「私の城に住めばいい」
「そうはいかない。私は人間、貴方は吸血鬼だ」

 「行かないでくれ」と嬉しいことを言ってくれるとは思わなかった。だが、ここにいれば罪悪感に囚われてしまう。もうすでに、彼と敵対している組織に手を貸している状態。彼の実力を知らない以上、もしかしたら自らが作った兵器で怪我をし、もしくは死んでしまう可能性だってある。少し威力は下げては見たが、初めは本気で作っていたのだ。自らの発明のことは、自分が一番わかっている。
 何が正しい答えなのだろうか。頭を抱えて椅子に正しく座り直せば、本へ栞を挟んで立ち上がり、膝の上に座り込むのだ。大胆なことをする。

「ここを出る時は言え」
「貴方は夜しか動けないだろう」
「……耐える」
「ふふ。嘘でも嬉しい」
「本当のことだ」

 目には本気の色が宿っているが、一緒に連れて行くわけにはいかない。
日の光に弱い彼を外の世界に連れ出すなんて無体を強いたくはない。ゆっくりと頭を撫でては無言の微笑みで誤魔化せば、不機嫌になり手をはたき落としてきた。人の姿で愛でられるのはプライドが許さないらしい。

「まだ、私のことは好きか」
「好きだよ、ずっと」
「ならば、置いていくな」

 やめてほしい。そんな幸せそうに笑わないでくれ。好きになってもいいのだと勘違いをしてしまう。
きっと本で学んだのだろう。前よりは人間の感情を理解しているし、気持ちも伝えるようになった。「好きだ」「愛している」とよく口にするようになり、気恥ずかしくある。
 だからこそ、もう、関係を終わりにするべきなのかもしれない。最後の思い出としては贅沢なくらいである。
ゆっくりと押し倒せば、抵抗もなく清潔感の薄い皺だらけのシーツへと横たわる。ムードを大切にはしたいが、借家で金もない故に仕方ない。場所は悪いがあとは誠意でカバーしようではないか。いつもとは正反対に、人間が首筋へと鼻と唇をすり寄せると、嬉しそうに鼻を鳴らす。

「まだ、セックスに興味はあるのか?」
「当たり前だ」
「本当に、後悔しない?」
「くどい」

 愛用のシャツを脱ぎ置くと、火傷の跡が外界へと晒される。あまり人に見せたいものではないが、ヴァンパイアは興味深そうな顔をするだけで拒絶はない。ゆっくりと長い爪を伸ばし、突き立てないように瘡蓋へと滑らせる。敏感な場所へ触れられて、変な声が上がっては格好がつかない。慌てて上質なフリルのシャツへと手を伸ばせば、楽しそうに笑うのだ。

「今日はいつにも増して積極的じゃないか」

 答える余裕なんてない。ゆっくりと思ったよりも逞しい肉体を外界へと晒せば「くすぐったい」と指を絡めてじゃれついてくる。準備ができてから退けば、強い力が首へとまとわりついてきて引き戻されたのだ。

「どうして手を止める」
「私が貴方を抱くわけじゃないだろう?」
「女になれるのは私だけだ」
「ちょっと待って欲しい」

 女を抱きたいというよりも、彼との愛情を育みたいのだが、言ったところで聞かないだろう。研究者体質の彼は何でも試したがるのだから。
痛みを感じにくいのならば、男に無理やり異物を挿入する側としても安心ではある。痛みを与えるような非道なプレイをしたいわけではない。むしろ、忘れられないほどに夢中にはなってもらいたい。

「セックスは初めて、なんだろう?」
「そうだ」
「貴方は、男なのだから。尊厳を捨ててまで女役をすることはない」
「ふざけるな」

 声をあげるよりも先に彼の肉体が女の柔らかい裸体へと変貌していく。もう一度拝めることとなった異形の絶世の美姫に、交わす言葉もなく覆いかぶさる形になってしまう。
まっすぐ見つめる目は赤くギラついており、何故そこまで怒りを孕んでいるのかもわからない。どうやったら怒りを鎮めてくれるだろうかと焦燥していると、牙を剥き出しにして迫力満点に吠えるのだ。「思いあがるな」と。

「男の尊厳を捨てたわけでも、人間に屈したわけでもない」
「じゃあ、どうして」
「痛いのならば、人間の体の方が負担があるだろう」
「私の、ため?」
「そうだと言ったら?」

 手を掴んでは指を絡め、艶やかな女の表情を見せる。魅了はヴァンパイアの十八番。慣れた動作ではあるが、なんだかぎこちなさも感じる。緊張しているような、怯えるような緩慢な動きである。
 拒絶されることは断じてないとわかっているのだが、どうしても彼の心に入り込むことが憚られた。誘導してもダメなのだ。彼が、求めてくれなければいけないとも書籍で読んだ。どこまでが本当かはわからないが、彼の言う、人間の愛というのはそういうものだと判断したのだから。
ドレスを肩からゆっくりと脱ぎ、無防備な姿を晒す。なかなか脱げないと体をあげれば、硬直した彼の唇が額に触れる。同じもので触れ合いたくて。少し体を浮かせてキスを交わせば、頭を強くかき抱かれた。
 口内を蹂躙され、舌で歯茎までも撫で回され、思わず目を強く瞑ってしまう。随分と乱暴な口づけに涙を浮かべれば、舌同士を付き合わせたのを最後に彼が離れていった。

「そこまで尽くしてくれるのならば、もう何も言えないよ」

 このままでは我慢ができる気がしない。白い肌を存分に視線で堪能してから、形のいい耳へと頭へ注ぎ込むかのように囁く。

「でも、お願いがある。普段の男の姿に戻って欲しい」
「何故」
「……男の姿が本当の貴方だろう?」
「まぁ、そうだな」
「ならば、尚更だ。女だから好きになったわけじゃないと、わかってもらいたい」

 これが人間の愛情表現というのならば、断る理由はない。元の筋張った姿に戻れば、額に愛情と感謝のキスが落ちる。

「ヨくするように務める。だから、痛かったら言って欲しい」

 滑らかな肌に手を這わせるが、少しでも長く理性を保つように努める。男の性だ、こんなご馳走が目の前に転がっているのに我慢するということは無理な話。機嫌をとるようにいいところを探っていたのだが、どこに触れても腰にある大きな羽がピクピクと震えるのだ。これが快楽を得ている証なのだろうか。興味本人で羽の膜に触れると、大仰に体が跳ねて赤面する艶やかな声が上がった。

「あっ……」
「気持ち、いい?」
「ん……」
「それならよかった」

 顔色を伺いながらも何度も何度も羽を撫でる。どうやら性感帯のようで、面白いほどに腰をくねらせ、足を折り畳んでは睫毛を震わせるのだ。指を咥えて声を我慢しようとする姿は目に毒。徐々に高まる性欲が、涙を浮かべた中性的な美顔で止まった。
夢中で愛撫を受けるだけだったが、徐々に緩急になっていく動きに不信感を覚えて機嫌が急転直下。
「早く動け」と腹へと膝が当たって、小さく声が聞こえてきた。

「特別に、好きに触れても、いい……」

 腕を広げては、聖母のような包容力を見せる。女のように柔らかくもないし、胸もまっ平ではあるが、中央で控えめにある粒の果実はピンク色で可愛らしい。触ってくれとおねだりをされては、断る理由もない。

「すべすべだ……」
「温かい……」

 お互いに夢中になって、愛情と熱と、未知の感触を求め合う。肩に触れ、腕に触れ、胸へと遠慮しがちに指をはわせ、冷静な視線を向けてくる恋人の機嫌を損ねないよう、口付けを交わす。
稚拙なキスをしていると、舌を差し出して甘えてくるのだ。吸血鬼であるから、口から体液を吸うことが好きなのだろう。夢中になって目を閉じては、赤ん坊のように吸い付いてくる。チュウチュウと、音を立てて精魂まで吸い取られそうであるが、もう心は吸われているのだ。今更失うものもない。
 キスで相手をして、胸部を揉んでは乳首を弾き、満足がいくまで堪能する。どんどん気が高まって、ベッドへと乗り上げていけば、完全に彼を腹の下へと押しやる体制となる。夜の帝王とも言える存在だ。暗い影でも白い髪がよく映える。ドキドキとどちらのものかわからない心音に、相乗効果で2人の感情が高鳴っていく。

「私に組み伏せられて、嫌ではないかい?」
「……この眺めも悪くはない」
「本当に、優しくする」

 理知的に覚えていたのは、この記憶まで。あとは理性が切れたように彼の美しい体を貪り、一心不乱にかき抱いた。
男同士であるとか、彼が人間ではないとか女ではないとか、そんな心配すらする余裕はなかった。心に触れ、裸体を重ね、唇で応える。
美貌だけではなく、身体すらも極上。相性が良かったのだろうか。優しく慣らして挿入でき、おまけに奥まで入った。苦しむ様子をおくびにも出さず、むしろ気持ちが良さそうに喘いでいた。
前立腺を叩くだけで、ピィっ!と可愛らしい蝙蝠のような悲鳴が上がったものだ。興奮もしてしまう。
 男色ではないが、今も寝顔を見ているだけで勃ってしまう。美しい、世界一の一夜だけの恋人。
眠ることも忘れて、ずっと彼の美顔を目に焼き付けていた。写真に収めても足りない。触れていたい。永遠にそばにいて欲しい、ずっと。だが、それは叶わぬ願いである。人間に寿命がある限り。
目にかかる髪をはらい、指を絡めるだけで甘えるように馴染んでくる。「ん……」と色気づいた息を漏らしては、そばにある指へ吸い付いて甘えてくる。本能的に血を求めているようではあるが、甘噛みであり痛みはない。きっと、前の教訓が生きているのだろう。
 チュンチュンと朝を告げる鳥たちの鳴き声を聞いてハッとなった。朝日が昇る山を拒絶するように遮光カーテンをしっかりと閉じる。ベッドの中で眠る中性的な姫を守るように布団をかけてやれば、自然と笑みが漏れてしまう。

「さようなら。もう、貴方には会えないだろう」

 「城にハンターがくる。ここで隠れていて欲しい」とだけ書き置きを残し、愛しい人の額に口付ける。初夜は一緒に朝を迎えたかったが、目覚めてしまえば離れ難くなる。それだけは避けたい。
本気になってはいけない。一緒にいても、幸せにはなれない。長寿である彼はいつまでも美しくいられるが、老いていく人間はいつ捨てられてもおかしくないのだから。これは一時の遊戯時間にすぎないのだから。
一夜の思い出の中で、一番美しく幸せだったと言える。



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