ててご | ナノ



白い獣と赤い絆2

※2

 可愛い蝙蝠との生活が長引くほど、依頼人からの催促も多くなってきた。
報告書は作る意思はある。だが本命のヴァンパイアは見つけていない。一応、発見例を報告するまでが仕事に含まれているのだ。
だが外に出るくらいならば、この可愛らしい仮の家族と一緒に遊びながら研究をした方がマシである。この村の外れにいついてから、全然事件が起きないことで疑問が生まれたのだ。本当にヴァンパイアは、危険人物なのか? と。
 無害な生物を無闇に殺生するつもりはない。だから一度直接対面して、自分の目で決めようと思う。吸血事件は起きているが、死までは至っていないのだ。話し合いのできる相手である可能性もある。知的で美しい、夢魔のような生命体であるらしいから、期待もしている。あわよくば、様々な話を聞きたいとすら思うのは、研究者としての性である。

 昨日も夜遅くまで研究をしていた。だが、依頼主から言われた物ではない。完全に趣味で作成していた、小さなネックレスである。
手先が器用な発明家は、素材さえあれば何でも作る。瑠璃色で小さな鉱石は、この前街に出た時に見つけた。ああ、小さな家族にぴったりの色ではないか。そう思って衝動買いをしてしまったのは記憶に新しい。完成したと同時に、机につっぷしって眠ったのは、明け方のことだった。

「できた」

 ピカピカ光る宝石をネックレスにしたロケット。これならば住所を掘って帰ってこれるようにもできるし、人に飼われているものだと目印にもなる。日に日に強くなる独占欲に自ら失笑してしまうが、手放したくないのだ。風切り羽を切り落としたいと思うほどに。
完成した時には、もう目蓋が開かない状態だった。三大欲求の一つに叶うはずもなく、徐々に伏せられる目も抗う術がなく、そのまま意識は闇夜へと溶けていった。頭上で動く気配に声もかけられぬまま。
 目が覚めるのは、開けっぱなしだったカーテンに邪魔されず、部屋に侵入してくる夕陽。ではなく、爽やかな夜風のへの愛撫だった。寝辛いはずの机で爆睡したには快適な目覚め。薄いが暖かい、古びた布団を跳ね除けては、目をパチクリと瞬かせる。

「あれ? 私は机で寝たのでは?」

 気がついたら布団の中にいた。だが、どうしてもベッドの中に入った記憶などない。夢遊病を患っているはずもなく、ただ暖かい布団に包まって夜を迎えられたことに首を傾げるばかりだ。
それだけではない。部屋は相変わらず殺風景なカプセルホテルのような必要最低限な生活用品のみの内装ではあるが、明らかに変わったことがある。そう、匂いだ。

「食事……?」

 一人暮らしで、恋人もいない、家事もろくにしないズボラな男の部屋に暖かい手作り料理があるなどおかしい。それも、出来立てときた。まるで生活リズムを知っているかのような用意周到さである。

「誰が作ったんだろう」

 つい警戒してしまうのは仕方ない。見に覚えのないことが多すぎるのだ。誰かが侵入して、毒を盛った可能性だってある。刺激臭はない、盗られたものもない、周囲の確認をしたところで小さな愛し子が腕まで飛んできた。
「ピィピィ」相も変わらず上機嫌に鳴いては食事を強請ってくる。だが、牙を突き立てることはせずに、湯気の上がる机の上を旋回するのだ。まるで何かを指し示すかのように。

「栄養をつけろってことかな?」

 傍で鳴き続ける蝙蝠を安心させるように笑いかけると、食事を冷徹な目で一瞥する。

「大丈夫だよ。誰か入ってきたら鳴るような仕掛けを作ろう」

 もしも吸血蝙蝠の存在が明るみに出ると、ヴァンパイアとの関係性を勘ぐられて実験に使われるかもしれない。隠し通さなければ。 
実験に関しては感傷的な感情はわかないが、大切な物ならば話は別である。

「大丈夫だから。落ち着いて」

 興奮して動き回り、金切り声をあげている頭を撫でては宥めてやる。だが、ついには指先の神経集合地帯に食らいついてきた。
怒っている理由はわからないが、鼻息をフンフンと鳴らしている姿も可愛いと思ってしまう。にやける顔を何とか抑え、抱き締めると寝息に変わっていく。鋭い爪も羽の中に隠して丸くなり、腕の中に収まろうとする。
 この料理をどうするかは後ほど考えよう。食欲をそそる、好物ばかりではあるがどうにも信用するには危険すぎる。
住処を変える必要もあるかもしれない。真剣な表情で扉や窓を睨みつけるが、開いた形跡もないのだった。空いた腹を誤魔化すように、胸に抱き込んで守りの体制に入れば、温もりが伝わってくる。
守らなければ。有害な人間から。
逃さなければ。この醜悪な独占欲から。
 一時的な逃避行動だ。睡魔に身を委ねると、小さな声が聞こえてくる。「ルカ」と。もう黒に塗りつぶされた視覚の代わりに、触覚が滑らかなものを掴む。無意識に撫で回すことで堪能していると、ゆっくりと夢の中に落ちていった。

 いつもの質素なベッドに、薄い布団がミルフィーユのように重なり合う。肌寒くなってはきたが、可愛い湯たんぽのおかげで風邪は引いていない。抱きしめて眠った家族を起こしてやろうと手を這わせると、滑らかな肌のようなものに触れた。
 一体なんだ。急に目が覚め、見開くと目の前には銀色の美しい好青年の寝顔が見えたのだ。透けるような銀髪に負けない、病的なまでに白い肌に、青い血管が透けて見える。相対して赤い唇が視線を集めて、中から覗く赤い舌と鋭利な犬歯がゆらゆらと蠢く。
最近は誰とも会っていない。一週間ほどずっと1人で缶詰状態だった。もしかしてこれが不法侵入者なのだろうか、と考えてふと気がついた。腰で動く白い羽に。

「もしかして、」
「る、か……?」

 寝言だろうか。急に名前を呼ばれて驚いた。予想通りに透き通った美しい声。思ったよりも高いアルト音色に、本当に男かと疑問に思えてくる。
 きっとヴァンパイアで間違いない。まさかこんなにも傍にいたなんて思いもしなかった。しかし伝承で聞くような恐ろしいものではなく、大人しくすり寄ってきてくるという愛らしさ。あくまでも甘えるように、優しく、色めいて頬へと舌を這わせる。

「るか、お腹すかないの……? あの料理は、嫌い?」
「……ピィなのか?」
「なあに……るかぁ」

 うっとりと指に吸い付き、いつものように牙を立てる。だが体格が違いすぎた。勢いよく刺さった牙は痛みを伴い、皮膚を突き破っては静脈から餌を絞り出す。まるで掃除機で吸い上げるように採取される鮮血に、思わず眉を潜めればゆっくりと赤く彩られた唇が離れる。

「いった!」
「あ、れ」

 驚いたスカイブルーの瞳が見開かれた。ルカの困ったような笑顔と、鋭利な爪のついた人間の掌を見つめては、肌の色が更に白へと近づいていく。

「あれ、私、もしかして、変身が、」
「ピィは、本当にヴァンパイアだったのか……」

 本物は初めてみるが、人ならざる羽と鋭利な犬歯から予想はつく。無言は肯定。後ずさる姿にすら怯まず、ゆっくりを距離をつめると目に見えて怯えるのだ。
 怪我をさせたかったわけではない。だが、明らかに自らが犯した過ちが指から滴り落ち、嘔吐感すら襲いくる。無言で首を横に振ると「私はそんなつもりじゃなかった」と誰に聞かれるわけでもなく、何度も繰り返す。
このままでは彼の全身の血を吸ってしまいそうだった。本能のままに空腹を満たしたいと思ってしまった。

「ちょっと待って!」

 静止の声虚しく、白い羽を隠すように黒いスカーフで隠し、振り返ることなく窓から飛び出すしかない。黒く大きな蝙蝠に化けて。夕闇の中へと溶けていく黒い姿は、白い光さえも飲み込んでいく。黒い自然の霧の中へと隠れてしまえば、探すことは不可能。
どれだけ名前を叫ぼうとも、返事もこないし、あの人の姿である彼の名前を知らない。それでも諦めきれずに、覚めた頭をフル回転して後を追おうとも考えたのだが、寝起きの体がいうことを聞かない。追いかけようとも、あの古城へとたどり着く道筋すらわからない。躓き、悔しさで土を握りしめようとも、見つかるはずもない。それ以来、小さな家族の姿は消えてしまった。
 一体どこへ行ったのだろうか。家へ帰れるようになったのだろうか、それとも食事が足りないから別の獲物を探しに行ったのだろうか。机上の空論をしたところで、模範解答など出ない。

**

 機械好きの博士に拾われたのは偶然だった。急にハンターに襲われ、羽を撃ち抜かれたのは後世に残したくない汚点。完全に油断して空を舞っていたものだから、遠くから覗くスコープの光に気が付かなかったのだ。
最近、ハンターたる者が来ているのは知っていた。気はつけていたのだが慢心があったのも事実。傷つき、平野に落ちた時は死すら覚悟した物だ。ここ一体の生き物は支配しているつもりではあるが、いつ反乱分子が生まれるかわからない。そこに、遠眼鏡を抱えた薄汚い服の男が現れたのだ。
 身嗜みは無頓着なのだろう。ぼさぼさの頭をかき乱し、焦げ臭い匂いを漂わせながらもこちらを覗き込んでくる。
「触れるな」
そんな意図を込めては睨み返すのだが、構いはしない。シミのついた手袋を外しては、無礼にも抱き上げられた。誘拐犯を咎めようとは思ったのだが、今は体力も減っている為に血がほしい。野生動物のふりをして相伴に預かろうとついて行ったのだが、思った以上のもてなしを受けることになった。新鮮で遠慮のいらない食事に、暖かい寝床。狭いが自由な空間もあるし、なにより敵がいない。
 初めは遠慮せずに噛み付いていたのだが、酷く顔色が悪い男だ。気軽に血を抜いてしまうと倒れてしまうことは火を見るより明らか。
普段からまともな食事と睡眠をとっていないことは、一緒に生活をしてよくわかった。だが、この小さな姿では身の回りの世話もできはしない。元より人に仕えるという行為は願い下げなのだが、たまには恩を返すことも悪くはない。気分転換というやつだ。
 ここへやってきてからもう数ヶ月は経つが、私は彼の名前を知らない。呼ぶ言葉が見つからない。口をはくはくと動かしては思考を巡らせても答えはでない。ここでは2人で生活している。私物に名前を書く変に生真面目な人物でないかぎり、彼の知人が来ては名を呼ぶなどしてくれないと、答えは得ることができない。
だがこんな辺鄙な場所に人なんて立ち寄るのだろうか。いや、来るわけがない。現に今まで彼以外の人間を見ていないのだから。
 今日は違った。彼が目覚める夕方に、1人の男が質素で簡易な木の扉を叩いたのだ。目の前に現れたのは、見上げるほどの大男だ。全身を衣服だけではなく、爬虫類の鱗で覆われて、灯籠のように輝くオレンジ色の瞳が特徴的。本当に人間なのだろうか。むしろ我々に近い種族なのかもしれないとまで思う。

「バルサー博士。進捗はいかがかな?」

 人間かどうかも怪しい男が、少し急いた低い声ではっきりとそう言った。バルサー。それが彼の名前なのだろうか。いつも優しい彼は、返事をして昼まで起きては書き上げた紙の束を、背の高い二足歩行のトカゲに渡す。文字を理解しているのだろうか。聡明には見えない凶悪な牙を覗かせては文字を視線でなぞり、ふと珍しい毛色の蝙蝠に気がついた。

「おや。これが噂の白い蝙蝠か」
「ああ。弱っていたところを保護したんだ。生体はわかるかい?」
「哺乳類は専門外だ。ただ、蝙蝠と言えばヴァンパイアと関わりを持つ生き物としか認識していない」
「ふぅん」

 手を伸ばしてこようものなら噛み付いてやる。長い牙を見せつけると、口を裂けさせてニタリと笑うのだ。「おお、怖い怖い」と。

「名前は何という?」
「そういえばつけていなかった。白いからマシロとか」
「安直だな。もう少し考えてやるといい」

 頭を撫でながらも彼は「どんな名前がいい?」と悠長で間抜けな笑顔で聞いてくるのだ。蝙蝠が人の姿を話せるわけもなく、呆れて歯を鳴らせば気に入っていないと解釈をしてくれた。

「名前は追々考えるとしよう」
「研究が順調ならば多少遊んでいてもいい。では私は帰るとしよう」

 トゲのある言葉と違って、思ったよりもあっさりと扉をくぐったところをみて満足した。利用のできる邪魔者がいなくなったところで、設計図を見ては頭をかく彼を見やった。
「キィキィ、キィキィ」人にはただの鳴き声にしか聞こえない声で「バルサー」と呼び続ける。



「ルカ!! 聞いてる!?」

 容赦なく耳を引っ張る小柄でガサツな少女の言葉に、思わず大きな耳がウサギのように天をさした。
今日の客人は女性らしい。城で見かけるドレスや薄い煌びやかな布でめかし込んだ女ではなく、男のような格好をしている。そして、家主と同じように変わった匂いを漂わせているのだ。オイルだろうか。同業者ということはわかったが、珍しいではないか。もしかして恋人と言うやつなのだろうか。大人しくベッドの上のぬいぐるみになりきっていると、億劫そうに眼鏡を上げて作業の音が止まった。

「なんだよ……聞いてるさ」
「ならボクの作業も手伝ってほしいんだけど」
「んー、今は手が離せない」
「ずっと手が動いてないじゃないか! 気分転換にいいじゃん」

「ルカ。ルカ」
人の言葉ではない「ピィ、ピィ」と小鳥のような声が上がる。これが彼の名前か。ルカ・バルサー。やっと、名前を呼ぶことができる。
我慢できなくなって呼び続けていると、彼女の声にはすぐ耳をかさなかったくせに、すぐさま振り返っては笑顔を向けてくれる。

「どうしたんだい? お腹が空いた?」
「何この音……え、うわっ! 可愛い!」

 大人しくしていた甲斐があり、どうやら本当にぬいぐるみだと思われていたらしい。抱えていた設計図を乱雑に机に押し付けると、急いで駆け寄ってくる。そして、無礼にも油の染み付いた手袋を差し出した。
こういうところも似ている。研究者気質の者はガサツなのだろうか。フイと顔を逸らして拒絶と怒りを示せば慌てて手袋を放り出した。美青年の姿も便利ではあるが、このモフモフも女性を誘うには悪くない。

「これ、蝙蝠? 白いけど」
「結構前に見つけたんだよ」
「名前は?」
「名前? んー」

 反故になっていた名前を決めようと、頭を捻り始めたところで呆れた視線が突き刺さる。「名前をつけずに飼ってるの?」と言われても、2人きりなのだ、お互いが騒いでいる時は誰を呼んでいるかなんてすぐわかる。
首を捻っていると、まっすぐ青い瞳がくりくりと輝きを向けてくる。そして、元気に鳴くのだ。同じ言葉を。

「ピィ、ピィ、ピィ!」
「よし『ピィ』。おいで」

 「ルカ、ルカ、ルカ!」初めて知った家族の名前と、初めてつけられた蝙蝠としての名前。安直で不格好で安っぽい名前ではあるが、嫌いではない。呼ばれた2つ目の名前に返事をしながら、パタパタと手の中へと舞い降りる。横で体を揺らしながら興奮している女がいるが、知らない者へと近くつもりはない。掌の中でコロコロと小さい体を擦り付ける。無骨な手で多少焦げ臭いが、お気に入りの場所。誰にも譲る気はないし、退くつもりはない。
 人間には興味はない。だが、この場所は落ち着く。今の娯楽は、彼のそばにいることなのだ。



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