ててご | ナノ



白い獣と赤い絆1

※囚×写(血剣)
※吸血鬼パロディ





 ルカ・バルサーは有名な電子工学の博士である。
誰もが知る大都会、から離れた町の離れに借りた擬似の研究室のラボで発明に勤しむ変わり者だ。人懐っこく、ユーモアがあるために皆に好かれてはいるが、旅行や娯楽よりも研究という、根っからの研究者体質である。
 そんな電子工学の博士が、観光地でもない自然豊かな村へと呼ばれたのは、とある友人の調査依頼を手伝いに来たから。
皆からは「トカゲ人間」と呼ばれている友人は変わり者であり、姿通りに特に爬虫類に関しては詳しい。しかし最近は妙なオカルトめいた話をし始めたと思っていると、急に真剣な表情で語り出すのだ。「ヴァンパイアを信じるか」と。
 中規模の町の離蝙蝠れの村に、その噂があった。大きな港町から山へと進んで数時間。町から半日もしない為に人は少なくはないが、山に囲まれている為に交通の便はよろしくはない。見渡す限り山に囲まれた、小さいが平和で裕福な村。広い空、そして丘の向こうの断崖絶壁にそびえ立つミニチュアの城。黒くそびえ立つのは、洋式で1世紀以上前の文化の古風な城である。カラスすら集るあの城には、噂が耐えない。「死体が動くのを見た」「ヴァンパイアがいる」「不死の化物」被害こそないが、恐ろしい生物がいるとなれば近隣の住人は震えて夜を過ごすしかない。
村娘たちが次々と夜に姿を消し、数日経っては戻ってくると言う不審な事件が起きたことで、急に吸血鬼という存在が明るみになった。恐怖を感じた為にこの依頼が舞い込んだというのだ。
 しかし、彼はよく知らない相手を殺すだけの機械を作らされることに納得はいっていない。聞けば特に被害も出ていないそうではないか。事件の渦中にいた娘たちに尋ねても、皆呆けた表情で言うのだ。「彼は何も悪くない。素敵な方だった」と。



 依頼を受け、国境を離れてまでやってきたのは、吸血鬼の噂が絶えない小さな村である。住み込みで与えられた今回の仕事は、「吸血鬼について調べてほしい」というものである。
研究を生業とはしているが、生物の生態観察も知人の影響もあり趣味で行っていた。それはよしとしよう。元々生き物を傷つけることには反対だ。ましてや珍しい、高等な知的生命体となれば尚更である。しかし同業者の技師も呼ばれており、討伐の命令すら出ていると聞く。兵器作りも専門外ではない、手伝わされる可能性だってある。
 とりあえず、早々に依頼を終えて帰還しよう。いつものようにフィールドワークに勤しんでは、遠くに見える雄々しい古城を見遣る。最中、森の奥で傷ついた蝙蝠を拾った。世にも珍しい白い蝙蝠だった。
ふわふわの体毛に覆われ、怪我をした羽を地面に擦り付けては「キィ、キィ」と弱々しく鳴き声を上げる。命に別状はないが、羽の膜に銃弾が貫通しているせいで飛べないらしい。可哀想な姿に思わず駆け寄ったのだが、声は鋭く甲高いものへと変貌していく。
助けを呼ぶと言うよりも、まるで命令。近くにくると強い眼光で見つめてきては、視線をそらさず鳴き続けるのだ。「こっちにくるな」と。
 だが、つい誘われるように足は進んでしまう。どれだけ拒絶をされようとも、己の中の一方的な欲望のままに手を伸ばす。手袋をしまって、汚れていない布で優しく両手で救い上げた時だった。勢いよく指に噛み付いたのは。

「いたっ!」

 野生動物独特の威嚇だろう。フーフーと荒い鼻息を鳴らしながら「それ以上触れるな」と青い目をギラギラと光らせている。怪我をしているというのに、自分より大きな相手に対してこんな態度を取るとは。随分と高飛車で威勢のいい蝙蝠である。

「ええっと、蝙蝠は果物を食べるのだったかな……」

 それでもかまいはしない。幸い生物を専門の知人がいる。哺乳類は専門ではないが、聞けば何かしらの知識はあるだろう。
騒いだせいもあるだろう。体力を消耗して浅い息をつき、辟易し始めているのがわかる。慌てて小さな体を抱き上げると、近くで自生していた木苺を鼻先へとあてがう。昼に食べようと思って採っていたものだが仕方がない。目の前で死なれては、寝覚めも悪いというものだ。
 しかし、鼻を動かすだけで進んで口をつけようとはしない。代わりに、朦朧とした意識の中、指に牙を立てようとするのだ。怒っているのだろうか。いや、敵意はないために生存本能的に行っているものだろう。

「いたっ! また!」

 もしかしてこれは、血を吸っているのではないだろうか。吸血蝙蝠という種の生き物は聞いたことがあるが、実物は見たことはない。ダメ元で指先に刃を通して血を滲ませると、まるで乳に吸い付く赤ん坊のようにチュパチュパと舌を動かすのだ。
恐ろしいとは思わなかった。ただ、無我夢中に吸い付いてくる姿に父性を刺激されたのだろうか。ただ、愛おしい、それだけを思った。

「フフ、逃げはしない。ゆっくり飲むといい」

 立ちくらみがするほど遠慮もなしに吸われてしまったが、顔色もよくなった。しばらく夢中で吸い付いてきていたが、徐々に動きが緩慢になり、小さなあくびが一つ。そして安定した寝息を立て始めたことに安堵して、タオルで包んで胸に抱く。大人しく用意した布団にくるまり、丸まって眠る姿を微笑ましく思いながら、帰路についた。
元気になったら逃がしてやろう、そう思いながら。



 世にも珍しい雪のような蝙蝠は、数十日で傷はすっかり治り部屋を飛び回るようになった。夜行性である蝙蝠は昼間に眠り夜に遊ぶ。だが、夜に目覚めて朝に眠るのは研究者であるルカも同じ。必然的に小さな可愛い家族と眠るまで過ごすことになり、寂しさも紛らわされた。生活に支障が出るどころか、楽しみが増えたというわけである。
 怪我は治ったのだが、珍しい白い蝙蝠はずっと出ていなかった。出て行って欲しいわけではないが、帰らなくていいのだろうか。それに、初めは懐こうともしなかったのに、窓を開けっぱなしにしてもルカの肩に止まるのだ。一体何を考えているのかはわからなかったが、ある日急に側にやってきては「キィ」と元気に鳴いた時は嬉しかった。やっと心を開いてくれたのだろうか。嬉しくなって抱きつこうとすれば、思いきり指を噛まれてしまった。そうしているうちにまた一月と過ぎていった。楽しい時はすぐ過ぎるとはよく言ったものである。

「ピイ、ピイ。」

 ああ、もう食事の時間か。甘えた雛のような鳴き声に我に返った。ゆっくりと指を出せば嬉しそうに擦り寄り、大胆に牙を立てる。決して食いちぎるようなことはしない。必要最低限だけを吸い、あとは舐めては傷を癒そうと努力する。その必死な姿に愛おしさが湧き上がり、抱き上げると小さな鼻に口づけを落とす。

「遊んでくるといい」

 部屋の扉を開けて、どこへでも飛んでいけるように世界を広げてやるのだが、やはりルカの傍で飛び回っては手の中へと戻ってくる。ピイ、ピイと顔を見上げて鳴く姿はすりこみをされた小鳥である。
研究の邪魔はしないが、離れることもしない。眠るための小さなゆりかごも作ったのだが、必ずベッドへと潜り込んではすり寄ってくる。小さいから寝返りを打ったら潰れてしまうのではないか、と不安ではある。が、どれだけ寝返りをうっても朝には無事に反対側へ避難しているから杞憂であった。

「ピィ。おいで」

 鳴き声からとった名を呼べば、すぐに柔らかな毛に覆われた体と大きな耳を擦り付けてくる。随分となつかれたものだ。性別を調べたら雄で、本当に美しい毛並みである。
始めは容赦のなかった吸血も、今は必要最低限の食事である。生活に支障も来さなければ、痛みすら残らない。吸血の上手な蝙蝠など前代未聞だが、明らかに知性を持っているのは確かである。

「もしかして、君はあの城に住むと言うヴァンパイアと知り合いかな?」

 耳をピンと立てては動きをとめ、丸い目をいつもよりもくりくりと動かしては顔を見つめてくる。驚いているというよりは、理解をしていない顔である。大仰に首を傾げたあたりから、考えるのをやめることにした。
 
「なんてね」

 無邪気に見上げてくるただの野生の蝙蝠に「忘れてくれ」と大きな掌を乗せると、嬉しそうに身を捩っては「ピィ」と鳴き声をあげる。
ああ、可愛らしい。いずれこの地を去る時には野に放とうと思ってはいるが、ここまで懐いてくれると愛情も湧いてくる。高級なウサギの毛皮ですら劣る、フワフワな肌触りも捨てがたい。魅力しかない生き物である。

「さぁ、お風呂に入ろう」

 この小さな愛くるしい蝙蝠はお風呂が好きだ。嬉々として鳴くと、掌で作ったタクシーへ乗り込んではちょこんと座り込む。
猫のようではあるが、水も平気。使用しない料理用のボウルに湯を貯めてやればパチャパチャと湯船の代わりに泳ぎ回るのだ。
毎日、全身くまなく洗ってから、ドライヤーをかけなければ不機嫌になってしまう。この綺麗好きがくるまでは、3日に1回という頻度で入浴していたのだが、今や日課にされてしまった。
 急に、水の音が止まり上を見上げてくる。珍しい、いつもは人のことを気にせずに王様気分でリラックスをしているというのに。視線を追ってみると、肩から腹へと視線が滑り続ける。

「ああ、この傷かい? 昔実験で事故があってね」

 ルカの体を蝕む火傷は、昔の研究の事故のせい。責任を取らされて大きな大学を追い出されたのであるが、バルクやルキノやトレイシーと言った変わった友人ができた。不幸中の幸いというやつである。
 火傷を人に見せたくはなかったが、この子にはいいだろう。目を見開いて戦慄いていたが、理解をしているのだろうか。じっと見られるには居心地が悪くて小さな目を覆うと、小さな頭を振っては抵抗をしめす。キィキィと抗議の声を上げ始めたために、指の先で毛の根本を揉み込む。すると、徐々に目がウットリと細くなり、小さく気の抜けるような柔らかい鼻息になるのだ。

「本当にお前は可愛い」

 この小さな家族をこのまま連れて帰りたいと思うのだが、それは流石に人間のエゴだ。今はこの子と過ごせる時間を大切にしよう。大きな湯船から火傷だらけの指を伸ばせば、まるで蔓のように伝って這い上がってきた。
「ピィ」肩を覆う瘡蓋に舌を這わせて優しく労う。慰めてくれるのか。抱きしめてをすり寄せると、か細い声で鳴き続けるのだ。「ピィピィ、ピィピィ」と。



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