ててご | ナノ



ドッペルゲンガーの戯れ

※囚→→(←)写+ミニ写



 年中雲に覆われた、灰色の空の下。安らかに眠る彼を見つけた。
淡い銀色の髪が空と混ざり、消え入りそうな寝息が聞こえてくる。微動だにしない姿はまるで人形。儚くも美しい荘園の傀儡に見える。
眠り姫はどうしてこんなところで眠っているのだろう? 教会の朽ちた長椅子の一角と言えども、寒空の下。安らかな寝顔を見つめていて、つい引き寄せられてしまった。
交わる瞬間に我には返ったのだが、再び呪いをかけられたように吸い寄せられてしまう。 我に返った時には、連れていたペットの鳴き声を省みず、走り出していた。



 心地よい夢を見ていた。寒空の下という好条件ではない場所ではあるが、優しい温もりを感じて心地よさを覚えた。
懐かしい、人肌。すがり付こうと腕をあげようとしても動けなかった。ただ、与えられる熱を存分に享受して目を開いた。
クシュン。無意識に鼻を啜る音の合間に、か細い鳴き声が聞こえてきた。どこからだろう。これは膝の上からではないか。湯たんぽだと思っていたのだが、どうやら生物らしい。霞む目を擦り、眉間にシワを寄せると小さな手が頬を容赦なく叩いたのだ。

「ちゅー!」

 大きな丸いマリンブルーが、純粋無垢に真っ直ぐな視線を向けてくる。
何故いるのかはわからないが、サバイバーとはぐれたことは間違いない。まるで写真でも見ているかのような、そっくりな饅頭の姿を見初めると、安眠を妨害されたことにため息をつく。暖かくはあったが話は別だ。

「君はどこからきた」
「ちゅー!」
「私はどれほど寝ていた?」
「む??」
「誰の連れだ」
「迷子!」

 全く話にならない。赤子のようにはしゃぎ回られては寝起きの頭に響く。なによりも子供は得意ではない。

「迷子!」
「帰ればいいだろう」
「ルカ迷子!」
「ルカ?」

 もしかして囚人が連れ回していたというのか、この分身を。そして、このペットははぐれてからここで寝顔を見ていたのか。居たたまれなくなって紅潮する頬と唇を抑えると、スカーフタイを全体重で引っ張って訴えるのだ。

「ちゅー!」

 執拗にキスをせがんでくる理由はわからない。子供のいうことだ、その小さな頬へと桃色の花弁を落とした。
しかしまだ納得がいかない、と頬を叩いては唇を尖らせる。
必死におねだりしてくる理由はわからないが、振り回されるのも面倒だ。適当に小さくしゃくれた口と同じものを重ね、吸い上げてやる。それだけで満足したのか、満面の笑みで髪を引かれる。

「間接ちゅー!」

 満足はしてもらえたらしい。頬を綻ばせてはもちもちと寄せては上げて、上機嫌で遊んでいるではないか。しばらくは大人しくもち肌を捏ねて上げては遊んでいたが、急に思い立ったように腕を引く。
次のわがままは「探しにいこう」だ。腰を掴む力に負けないくらいに体を動かすと、まるで猫のようにするんと抜ける。地面に降り立つと、膝の裏を掴んでは、小さな体で必死に引っ張ろうとする。

「ムーッ」
「何故私が」
「ムッ!」

 行こう行こうとせがむ姿に、ムキになって踏みとどまれば、勢い余って背中から転げ落ちる。怪我をした様子もなく、膨れっ面で走り去ってしまった。

「おい、待て!」

 本気を出したペットは速い。噂では、常日頃の試合中も疾風のようにフィールド中を駆け巡っているらしい。転がるように前へと進む後ろ姿に、必死で追い付こうとはするが息が上がり始めたのだ。寝起きには堪える。
前屈みになり息を整え出した頃には、もう小さな姿はどこにもいなかった。妖精にでも化かされた気分である。当然足跡もなく消えてしまった。
 もう帰ろう。きっといないことに気がついたサバイバーたちが探しに来るだろう。壁を隔てて聞こえる、転がるような甘い声に気づくことなく、写真家は教会に背を向けた。

「ルカ!」
「すまなかったね。置いていってしまって」

 入り組んだひとりと1匹。お互いに迷子が見つかり、抱き上げられて嬉しそうに歓喜の声を上げるのはまるで子供である。

「ごめんね」
「ちゅー!」
「はは。わかったよ」

 自然と重なった唇。初めは上機嫌だったが、みるみるうちに機嫌が急転直下。別段怒られるような粗相をした覚えもないのだが、真ん丸のお餅が膨れ上がっていく。

「やっ!」
「許してもらえない?」
「ちゅー!!」

 何度もバードキスをおとしたところで、頭を振っては抵抗を示す。いつもなら喜んでくれるのに、子供のようでわからないことだらけだ。
ならば、とダメ元で口を開くように促せば、舌を差し入れてフレンチキスを落とす。
そうすれば嬉しそうに吸い付いてくるのだ。お腹の減った赤子が母乳に吸い付くように。
満足して離れたのはいいが、吸い付くのはやめない。何度も吸い付けば赤い斑点を無造作に残していくのだ。

「えへへ、間接ちゅー!」
「あの人にキスして、嫉妬してた?」
「むっ!」
「ごめんよ」

 無防備な寝顔などもう見る機会はない。二度とない好機に抑えることが出来なかった。王子ではない者のキスでは目覚めなかったが、夢の中でも笑ってくれたのなら本望である。
唇が離れたときに見えた柔らかい笑みが、忘れられない。

「さぁ、帰ろうか」
「ムッ」
「どうかしたかい?」
「迷子!」

 ぐいぐいと袖を引っ張っては「探しにいこう」と我が儘をふっかける。

「おっきいの、迷子!」

 どうやら写真家のことであるが、彼はきっと屋敷へと戻っていることだろう。興奮する小さな恋人を宥めると、ふと視線に入った彼の忘れ物。
興味津々に触れようとする子供を諌めながら、傷ひとつない素朴なフォルムを手に納める。

「霊魂術は分野ではないが、機械との組み合わせは興味深いね」
「商売道具に触れないでもらえるか」

 唐突に声が聞こえたものだから驚いた。思わず取り落としそうになった宝を掴む指に力を込めると、上回る力で引き抜かれてしまった。

「まだ寝ていたのかい?」
「この子に起こされた」
「ん!」

 勝ち気な笑みは「誉めてくれ」という意味だろうか。目も合わせずにカメラを豪華な刺繍を施したハンカチで拭き終えると、三脚も折り畳んで持ち帰ろうとする姿。思わず腕を掴んで引き留めるが、訝しげな表情をされてしまった。
 この腕は等身大の細腕ではない。小さなぬいぐるみの腕だ。

「まだ何か」
「ちゅー!」
「は?」
「ちゅー!!」

 ここまでキスが好きだとは思っていなかった。まだ満足できないと、両手でズボンの裾を掴んで離さない。
このままでは二人とも離れることはできない。思ったよりも力も体力もあるのだ、この小さな狩人は。

「さっきしたじゃないか」
「ンーッ」
「うーん。今日はいつもよりせがんでくる」
「いつもしているのか」

 ジトリと向けられた目は気づかないフリだ。ゆっくりと困った子供を縦抱きしては、至近距離で笑いかける。

「ちゅー!」

 望み通りにまた唇を啄めば、小さな手が頬を掴んで吸い付いてくる。
本人の目の前で、そっくりの子供とキスをかわすのは居たたまれない、と思う余裕もない。跳ね回る舌を捕まえようとしていたのだが、急に襟首を捕まれた。
 首を無理矢理回転させられたと思えば、乱暴に酸素を奪われる。まさかまた口付けを交わせるチャンスが巡ってくるとも思っていなかった。
動くこともできずに、夢中で擦り合わされる柔らかく甘い唇を受け止める。口を開けて見上げるしかないライバルに、流し目を送ってはせせら笑うのだ。

「……ちゅう」

 甘いアルトの声で囁けば、面白いほど囚人の顔が赤くなる。
ただの、子供に対する嫌がらせだった。随分とご執着だったから、対抗のつもりだったが「ちゅー!」と手を叩いて喜ぶ姿には怒る気も失せる。更には懲りもせず、硬直してしまった主人にバードキスを落とし、抱きつくのだ。

「ルカ好き!」

 湯タンポのような温もりに「ありがとう」と素直な言葉を伝えると、首を傾げて不満を隠しもせず腕を組むドッペルゲンガーを見つめる。

「ルカ、好き?」
「くだらない」

 ぶっきらぼうに吐き捨てると、はや歩きで逃げるように背を向ける。手の上でパラパラと踊る写真が、パチンと音を立てて跳ねたと同時に彼の姿は完全に消え去っていた。
 ゲーム外でもまるで嵐のような人だ。開いた口が塞がらずに一連の動きを見ていたのだが、小さな手に気付けをされて我に帰った。
いつまでも肌寒い冬空の下は堪える。柔らかな仄かに赤くなった手を包み込み、擦り合わせる。子供体温は心地よい。先程よりは冷えてしまったが、豆電球より暖かい。すりより額を合わせたところで満足した。

「さて、帰ろうか」
「迷子!」
「まだ誰かいるかい?」
「天の邪鬼、探しに行く!」

 何がなんでも捕まえたいらしい。グイグイと留置所の首輪を引っ張られて項に食い込む。

「今日はもういいさ」
「む!」
「君がいるから寂しくないよ」
「だめ!」

 どうしても許してくれないらしい。可愛らしい童顔を、いかに怖く見せるかと顔芸を繰り返す。
しばらく眉間のシワと戦い、力尽きたらしい。いつもの愛らしい顔に戻ると、コテンと小首を傾げるのだ。

「ルカ、大きいの好き?」
「うーん、好きだけども」
「おっきいの、ルカ、好き!」

 そう言われても実感はわかない。彼はいつも素っ気ないし、そもそも狩人なのだ。獲物の一人としか見ないだろう。いや、生き物と認識されているかすらも危うい。
文句も言わず、自主的についてきてくれる彼は実子のよう。優しく抱き上げると、小さな手で襟を掴んで笑うのだ。

「君が好きと言ってくれるならそれでいいよ」
「好き!」
「うん、ありがとう」

 そういえば、この子がキスをせがんでくるようになったのはいつだったか。しばらく前の出来事で忘れてしまった。
 これ以上の愛は望まない、望んではいけない。本当の貴方でなくてもいい、ドッペルゲンガーに最大級の愛情を。





 これは、くだらないゲームの中での日課である。灰色で生命の止まった写真世界に赴き、抵抗もできない囚人を見つけること。そして、髪に指を通し、頬を撫でと一心不乱に愛でるのだ。
 止まってしまった世界では、写真家以外は動けない。2人でいるのに、1人きり。自分だけの世界で、独りで過ごすことには慣れてしまっていた。
 解読機にだけ向けられた目に、2人の間を邪魔するように分け入る。自ら動きはしないが、固定されているわけではない。彼を持ち上げては、四角いライバルから引き剥がす。
そこで、我慢できなくなり生気のない端正な顔へと唇を寄せた。
ここは一人だけの世界。何をしたところで気付くものはいない。遅効毒のように徐々に現実世界への影響は出るが、上書きしてしまえば問題はない。
サバイバーとハンターは敵対者だ。認知はすれども意識をすることはない。夢中になって冷たい唇を温めている姿を、見つめる者がいた。

「ちゅー?」

 写真家を模したペットである。ゲームの最中は虐待するハンターも出るために、必然的に姿を隠すような不思議な設計をされている。彼らはゲームに不公平をもたらさないよう、言語は不十分でハンターに怯えることなく友好的。
 今も自由に主人の周りを走り回っては、写真世界で偶然現場を目撃したのだ。
小さな写真家は、囚人の傍を好む。持前の聡明さと活字の本を読み漁って、いつの間にか赤子のように言葉を喋るようになっていた。
声は聞こえない、姿も捉えられない。だがハンターの鋭利な感知能力で、気配は感じるのだ。何かがいると。

「ん……」
「ちゅう!」

 だがそんなことは関係ない。何がいようとも理解をする知能があるとも思えないし、囚人に何が起きたのかを伝える術はない。
 ゲームの最中であるにも関わらずにルール外の行動をするハンターを見つめ、嬉しそうに手を叩いて喜ぶのだ。満足をして名残惜しい銀の糸を残して離れては、容赦のない斬撃で未練を振り払う。このまま放置していては、写真世界が崩壊すると同時にキスの感覚が伝わってしまう。ゆっくりと抱き上げると、愛しい宝物を抱き上げると近くの椅子へと縛り付けた。
一連の行動を見届けると、テテテッと写真世界から抜け出すと、愛しのご主人の傍らへと戻ってはぴょんぴょんと跳ねるのだ。
すぐ傍でタイピングに勤しんでいた囚人が、額を拭うと同時に解読が終わる音が高らかに響いた。

「ん? どうしたんだい?」
「ちゅー!」
「?」

 一体何を伝えようとしているのだろう。彼が初めて発した単語に首を傾げ、手招きをしては次の目的地へと向かう。
写真世界で襲撃を受けているのはわかっている。ウィリアムから「逃げろ」と息絶え絶えな叫び声が聞こえてくるし、時折聞こえてくるノイズが大きくなっている。これは裏世界の崩壊の前兆身を隠さなければ、どこから奇襲をかけられるかわかったものじゃない。

「ばったり会うのも、運命みたいで面白いけどね」

 そんな非科学的なものを信じるつもりはないが、たまにはロマンチックな精神論に浸るのもいいだろう。短い足で必死についてくる可愛い相棒を振り返りながら、木陰でしゃがみこんだ。

「いっ!」

 ザザ。
ノイズが頭に直接響くようだ。急に襲ってきた眩暈に立つことも出来なくなってしまう。柔らかい感覚が唇に走ろうとも、痛みに上書きされて気付くことはない。心配そうに駆け寄ってきた小さな頭を、安心させるように撫でてやれば、ゆっくりと手を取り、頬を擦り付ける。
こういう時、まともな会話はできないにしても、一人じゃないだけで安心感はある。
息を殺しては周囲を見回し、優雅な貴族の姿が見えないことを願う。まだ悪寒もないが、助けの期待もできない。数少ない痛み止めを服用しながら体を小さくしていたら、目の前に青い宝石が広がっていた。まるで地球のように、大きく丸くて澄んだ色。吸い込まれそうな瞳を見つめていると、ゆっくりと三日月状になり、隠れたと同時にちゅっと軽い音が聞こえた。

「あれ?」
「ちゅー!」

 気遣っているというよりも、興味本位らしい。おなかが空いているのかもしれないが、今はそれどころではない。ふわふわな髪の毛を撫でて宥めるが、キャッキャと興奮する始末。ハンターには認知されないにしても、緊張感が削がれるとゲームに支障がでる。ドクドクと高鳴る心臓は、ハンターに対する危機感知の為か、彼の無邪気な行動に対する焦燥か、それとも。急に頬へ触れた、柔らかい感触はこの元気いっぱいの子供の手が当たったのだろう。

++++
両想い以上恋人未満

20.12.4



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