「束縛者」
※クロード性格捏造
※荘園設定捏造
コツコツ。甲高く響くヒールの音が、迷わず真っ直ぐに屋敷の薄暗い狩人専用の廊下を進んでいく。白く長い髪を尻尾のように振りながら、優雅で無駄のない歩みはいつ見ても美しい。いつもの私服ではあるが、イメージチェンジをしているらしく、青い空色のリボンが蝶のように羽を震わせていた。
ウェーブのかかった銀の髪も、少々小さい背丈も見間違えることはない。写真家こと、ジョゼフ=デソルニエーズだ。
向かっている先は自室のようではあるが、確か彼は午後のゲームに出場するはず。リラックスでもするつもりなのだろうか。
「ジョゼフさん」
そう、彼を応援しようという純粋な気持ちで謝必安は声をかけただけだったのだ。しかし、彼から返ってきたのは殺意に似た鋭い視線。虫の居所が悪いのだろうか、もうゲームに向けて気持ちを切り替えているのだろうか。咄嗟に身を離して手を挙げて無害を示したのだが、彼の視線は鋭いままだ。
いつもの、水晶のような真っ青な目ではなく、青い瞳が動き回る。まるで、相手が誰だかわからずに敵だと認識しているような、凶暴で見境のない狂犬。犬歯が見えそうなほどに強く引き結ばれた唇と、抜き身になったサーベルの銀の刃。どうにも様子がおかしいと相棒の魂が眠るお守りを握ると、聞きなれない声音が聞こえてきた。
「貴方、兄のなんですか」
「兄?」
「質問に答えてください」
一体何の話をしているのだろうか。兄と言われても、写真家には兄弟がいるだろうか。
いや、いた。そう聞いている。双子の弟である、クロードという少年が。しかし、彼は青年期に亡っており、彼が写真家というハンターとして名を馳せる要因を作った。
そっくりだとは聞いていたが、彼はハンターでもサバイバーとしても招かれてはいないはず。状況が飲み込めず、踏み出すこともできずに距離を保っていると、コツコツと重々しい音が旋回する。
「貴方もハンター、という存在ですか?」
「私たちは白黒無常の謝必安。お見知り置きを」
「たち?」
「体は1つですが、もう1つの魂がここにあります」
殺意と相棒の危機に反応したのだろう。札で厳重に封印されているにも関わらず、傘が大きく震えては存在を主張する。笑顔で一礼すると、やっと警戒心が薄れた。興味深そうに傘を眺めると、サーベルを納めては我に返ったように身を正す。
「失礼。僕、私はクロード=デソルニエーズ。兄であるジョゼフ=デソルニエーズの弟です」
「噂は予々聞いてますよ。ほら、無咎。挨拶を」
相棒に呼びかけたところで返事はない。すっかり静かになった傘は、うんともすんとも言わずに手の中に収まっている。
この短時間で敵だと認識してしまったのだろうか。苦笑いを浮かべて
をかいていると、再び傘へと興味を示してい覗き込んできた。
本当に鏡のようだ。髪の色も、目の色も、肌の色は弟のほうが健康的な色ではあるが、色白には変わりない。まつげも長いし、中性的だ。無意識に凝視をしていたが、彼もまた集中していて気がつかなかった。
「中にある魂との、関係は?」
「ああ、義理の兄弟です。いつも、片時も離れなかったほどの」
「義兄弟……強い絆ですね」
兄弟という絆に、よほど思うことがあるのだろう。実際の兄弟ではないが、負けないほどの絆があるとは自負をしている。例えもう会えなくとも、話をできなくとも、顔を忘れてしまったとしても絶対にもう離れない。1つの体になったことは不幸中の幸とでもいうのだろう。
「ところで、貴方はどうしてここに」
「再び生を受けました。荘園の主人という人物の力で」
「貴方も? 立場としては」
「勿論、兄の補佐となるハンターです」
紅い薔薇のような色のサーベルを振りかざすと、無邪気に笑みを浮かべる。常に氷のような鋭い視線を光らせる、冷酷な兄とは違う。無邪気で、人懐っこくて、まだ世界を知らない青空のような目。こうも対称的な性格ではあるが、容姿は瓜二つ。不思議な鏡を見せられているような気になり、ゾクリと背筋に冷たいものが走った。
自分たちと、似たものを感じる。
「では、私はこれで」
優雅な一例も瓜二つ。社交的な笑みを浮かべては再び帰路につく後ろ姿を見送って、相棒に語りかける。
「どうも、彼は不思議な感じがしますね」
答えは返ってくるとは期待していない。
「殺意、ではなく純粋な、排他的な感情ですかね。人を避けているかのような……」
あの目の奥にある冷ややかな感情は、紛れもなくデソルニエーズ兄弟のもの。「これ以上は構うな」という壁を感じ、早々に身を引いたのであるが、正解だっただろう。
彼の能力は知らないし、ゲームに出ている姿も見ない。ついさっきやってきたのだろうか。謎は深まるばかりである。
「無咎。今度彼と会ったら、仲良くしてくださいね」
まるで「お断りだ」とでも言うように震えた傘に、苦笑が漏れる。兄弟同士、仲良く出来たらいいと思うのは甘い考えなのだろうか。試合の観戦室へと向かうため、再び逆方向へと歩を進めた。
*
「ただいま、兄さん」
「クロード……おかえり」
「いい子にしててくれた?」
一刻も早く会いたくて、扉を蹴破りたいという気持ちを抑え、ゆっくりと体を滑り込ませる。完全に締め切り、外に声が漏れないと確信を得てから、ベッドに横たわる兄へと小走りで近く。
まだ腰は痛むのだろうか。見送られた時と変わりのない態勢と、手に持った本。薄い本だったから何回も読んでいたのだろう。もう栞すら近くの机に置かれていた。
ただ、一瞬だけ「死者を蘇らせて、願いをかなえることができる」という主人の力を目の当たりにする機会があっただけだ。本当は一時的にクロードを蘇らせてもらう、という願いだったのだが、その願いは未だ目の前に現実として広がっている。
それは、荘園の主人の気まぐれか。彼のハンターとしての能力が強固すぎるのかは誰にもわからない。ずっと、40年以上も会いたくて止まなかった存在がまた目の前にいる、それだけで気が狂いそうだった。
クロードは自室から出たがらない。だが、たまにゲームへ双子の兄の代わりに出場することだけはする。彼の体調がすぐれない時や、動きたい時など理由は様々だ。
今回も、ゲームはとうに終わらせた。ジョゼフの代わりに出場したのだが、誰も双子の弟と成り代わっているなど気づきもしていないだろう。いや、そもそもクロードという少年の存在をサバイバーたちは知っているのだろうか。能力も兄弟と似ていることもあり、気づかれていない可能性が高い。随分と前にこの荘園に呼ばれたのであるが、興初めて他のハンターを見かけたが、知らない様子だった。
「すまないな。危険なゲームにお前を向かわせるような真似をして」
「いいよ。だって昨晩、僕が兄さんを立てないほど可愛がったんだから」
真っ赤な表情は、闇夜では隠れて見えなかったものだ。毎晩の背徳的な行為は、兄弟たちがもう大きくなり恋愛感情を自覚したことを表す。
くんずほぐれず、ベッドの上で腕を、足を絡めて求めあった。兄弟だとか、男同士だとか、そんなものは関係ない。一緒にいたい、愛している、繋がりたい。強欲で共通した感情が暴走して、止まらない。
「兄さん、可愛い」
「か、からかうんじゃない……お前の方が可愛い」
「同じ顔だから、兄さんも可愛いってことだね」
額に、目に、
に、唇に。交互に羽のようなキスを落とすとベッドへ乗り上げ顔の横へ手をつく。逃げられないようにとした行為なのであるが、正面からも腕が伸びてきて首を拘束された。もう抱き合うしかやることがない。
「ねぇ、ご褒美に今からシたい」
「なっ! もう直ぐティータイムだぞ!」
「挿れないから」
「今まで、それで我慢できたことはあるか?」
悪態をつきながも、無礼に体を這い回る手を許してしまう。ゆっくりと脱がされていく服を見つめながら、深くため息をついて赤い目尻を緩めた。
「怪我してないか、兄さんが見て?」
「仕方のない子だ」
同じくジャケットに手をかけて、床に落としたのを合図に深く唇が重なる。頭をかき抱き、リボンを外し合いながら深く、深く。離れたくないと角度を変えては、卑猥な水音を響かせて舌を蠢かす。
一体どれくらいの間、交わっていたのだろうか。お互いに紅潮した頬に、上気した息。身を寄せ合って同時にシャツを落とせば白いシーツへとなだれ込んだ。
「兄さんは、誰にも渡しません。そう、永遠に……」
「ああクロード……もうお前を一生離さないよ……」
束縛者。
その場に相手を繋ぎ止め、身動きが取れなくなるほど強力な呪縛をかける。囚われてしまえば、永遠に逃げることのできない甘い心の闇を、貴方はふりはらえる?
+END
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設定捏造万歳
20.9.22
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