いぬやしゃ | ナノ



小動物vs犬妖怪

※殺生丸に可愛い弱点があればという妄想話


 どれだけ最強とうたわれようが、弱点くらいあるものだ。それが人間でも、妖怪でも例外ではない。


 今日は、かごめが里帰りをする日。
一週間ほど、現世で勉学に掛かりっきりになる時で、この時は彼女の目が殺気を孕んでいて非常に恐ろしい。
仲間たちはしばしの休養で、人里にいる。楓の元で厄介になっているのだが、犬夜叉としては口うるさい彼女のことが苦手である。逃げるように何かしらの理由をつけて飛び出すと、夜風を浴びながら山道を歩いていた。
 近くに妖怪がいれば運動になるのだが、ここらは拠点にしていることもあり安全ではある。七宝のような、おとなしい妖怪たちが木々の間からこちらの様子を伺っているだけである。
こういう時は月見に限る。酒も食べ物もないが、眺めているだけで麗しの兄上を思い出す。清涼で、白くて、美しくて。手を伸ばしても届かないところも、つかみどころがないところも似ている。決して目立とうとはしないが、強い存在感。見入るような下弦の月を眺めていると、風に乗ってとある清涼な匂いが流れ込んできた。

「この匂い!」

 まさか向こうから近寄ってくるとは思わなかった。慌てて上体を起こすと、ゆっくりと歩いてくる凛とした歩き姿が視界に映る。どうやらかごめの匂いがしないために暇なのがわかったらしい。いつものように1人で、まっすぐ前だけ見ては難なく整備のされていない獣道を踏み越えていく。
急いで木々をかき分けて目の前に飛び出してやれば、身構えることも驚く顔すら見せずに、悠々と歩き去ろうとする姿。通りすがりにしては不自然であるし、間違いなく自ら近づいてきたのである。周囲を見回しても、小うるさい小妖怪も、お気に入りのりんもいない。

「人間のガキどもはどうした」
「置いてきた。これ以上煩くなられては困る」
「なぁ、お前も暇なのか?」
「帰る」

 気恥ずかしさに減らず口を叩いてしまったが、矜持を傷つけられたと踵を返してしまうところも、可愛らしい。無防備に向けられた背に追従する毛皮を掴み、手綱のように軽く引けば、ふくれっ面で睨みつけられた。
ちなみに、彼との面識が浅いものには彼の表情は「怒」か「無」しか読み取れないだろう。犬夜叉、りん、邪見といった面々にしかわからないのである。
 それはともかく。体の一部を引かれ、不機嫌丸出しな彼。動きを止めたのは仕掛けてくる為、ではなく。素直に「暇を持て余しているようであるから会いにきた」と口に出せない分、素直になろうと努力している為。
見透かしたようにニヤリと犬歯を光らせる弟に手刀を食らわせ、「しょうがない」と鼻を鳴らした。

「せっかくだし散歩しようぜ。何もしないからさ」
「嘘をつけ。そう言って「我慢出来なくなった」と戯れ言をぬかすのか誰だ」
「……細かいことは忘れろよ」
「細かくなどない」

 夜に2人きりなんて、そうそうあることではない。この絶好の機会を逃しては空想的な雰囲気を味わうことができなくなる。
しきりに周囲を伺い、妙に機嫌の悪くなった兄を宥めようとすれども、今度こそ本気で立ち去ろうとする。
この前の、許可のない接吻に関してまだ尾を引いているのだろうか。どう謝れば後腐れなく、今宵も共に過ごせるか、必死に頭を回転させていると、近くの草むらがカサカサと音を立てた。
 どうやら、風の音ではない。膝丈ほどの大きさの、小動物であるし殺気もない。だが、露骨に牙を剥く兄の尋常ではない姿に鉄砕牙を抜いて、脱力した。小さな鼻を動かしながら現れたのは、小さな白い毛玉だったのだから。

「ん、兎?」

 掴み上げしばらく見詰め合っていれば、変化が一つ。先程まで早歩きだった彼が足を止め、素早く横飛びを披露したのだ。

「何だよ」
「い、いや」

 誰が聞いても明らなほどに、しどろもどろで告げられても説得力に欠ける。原因はどう考えてもこの動物である。
咄嗟に抱き上げてしまったが、純粋無垢な黒曜石の目と、威嚇をして犬歯を見せる金色の瞳を交互に観察してみる。
 まるで一方的敵視をしているかのような態度であるが、野兎はごくごく普通の山にいる子供である。

「ただのガキじゃねえか」
「関係ない。とにかく追い払え」
「?」

 わけがわからないままに了承などできるわけがない。白くてふわふわした癒しの塊を連れて近付けば、目に見えて一歩後退。また近付けばまた下がる。段々面白くなり早足で距離を詰めると、器用にも早足で後退を始める。まるで怯える野生動物だ。

「殺生丸、お前もしかして……」
「言うな!」

 しきりに鼻を動かす兎を地面へ開放すれば、何故か兄のほうへと駆け寄ってしまう。「あ」と声を上げるよりも先に、後ろへと跳躍する姿を見て確信した。

「兎がダメか」
「ぬかせ。好かぬだけだ」
「可愛いのにな」
「やめろ! こっちに向けるな!」

 隙を見て眼前に押し付けてやれば金切り声。おまけに頭部から現れたものがある。人の形ではない、獣の犬の耳だ。見慣れないそれをまじまじ見ていると、慌てて隠す純血の大妖怪様。そして何故か兎が駆け寄り等身大の犬が逃げ出す、という奇妙な展開の繰り返しである。

「早く追い払え!」
「しょうがねぇな」

 機敏な足取りで木へと上がったはいいが、理由が小動物から逃げる為では格好もつかない。だが、今にも一閃しかねない鋭い爪と、興奮しきった赤い眼光は笑い事ではない。慌てて無邪気な獣を草むらへと押し返せば、やっと立ち込めた妖気が収まり、目も色素の薄い金色に戻った。
 いまだに匂いがするが、視界から消えて安心したのだろう。ピンと立っていた耳が垂れているのが指の隙間から見える。そういや化け犬の姿の時も耳は垂れていた。自然な形状はこの垂れ耳なのだろう。

「お前にも、苦手なものがあったんだな」
「黙れと言っている。幼児の目に見つめられると落ち着かぬだけだ」
「お優しいこって」

 妖怪である兄の人間くさい姿と、白くふわふわした犬の耳。なんだか感慨深くなって手を伸ばせば「屈辱だ」と染まる赤い頬も、時折揺れる耳も、可愛らしいのなんの。
また先ほどの子供を連れ戻せば、初々しい反応が見れるだろうか。悪知恵を働かせて草むらを刺激すると、毛皮に思い切りひっぱたかれた。柔らかいはずなのに、かなり痛い。
衝撃に任せて地面を睨みつけ、顔を上げた頃には、魅惑的な白い耳は忽然と姿を消していた。

「もったいねぇ」
「誰が好き好んで醜態を晒したがる」
「可愛かったじゃねぇか」
「それは私に対する愚弄か?」

 爪を構えると唸り声を低く上げだした。頬が赤い分迫力は落ちるが、目が本気だ。殺されはしないだろうが、大怪我は免れない。こうなれば背に腹は変えられない。火に油を注ぐ行為ではあるが、その場しのぎにはなるだろう。拳を握りしめては勢いよく手のひらを突き出してやった。

「そーらよっ」
「っ!?」

 小動物の匂いが染み付いた手を鼻の前に翳すと、再び可愛らしい耳がぴょこんと飛び出した。しかしすぐに耳も垂れ、ワナワナと怒りに震えだす。
まずい。これはたいそう怒っていらっしゃる。

「匂いだけで騙される殺生丸ではないわ――!?」

 怒りが爆発したと思えば、すぐさま硬直して血の気が引いていく。視線がさ迷う背後を振り返れば、増えていた。兎を始め、小動物たちが、わらわらと集まってはこちらを見上げてくるのである。その視線の真意は定かではないが、好奇心、いや甘えているかのような粒らで、無邪気なものだった。
ぼんやりと眺めていると、1匹、また1匹と草むらから飛び出してくる。もしかして、彼の甘い体臭のせいなのだろうか。熟した木の実のような自然で不快感のないこの香り。確かめるためにも首筋に鼻を擦り付けようと近づくと、頭を強く叩かれて、再び木の上に飛びすさってしまった。

「りんといい邪見といい、小動物に好かれる体質か?」
「なおさら困る!」

 優雅だが踏みきりは荒々しく、木の上から唸り声を上げる不恰好な姿は珍しいなんていうものではない。キラキラとした目を向けていると、新たに尻尾が現れた。白くフサフサの純銀の尻尾が、怒りに逆立ちまるで毛玉のようになっているではないか。触りたいが、手の届かないところにあるのが残念である。
 今のお前も十分小動物みたいじゃねぇか。
そんな思想を口に出さないようにとつぐんでいたのだが、緩んだ表情から伝わってしまった。詮索するかの鋭い視線が犬夜叉へと対象を変え突き刺さる。そして顎をくい、と彼ら彼女らに向けるのだ。「早く追い払え」という無言の命令と共に。

「誰もいない所に移動したほうが早いだろ」
「追い払え」
「また増えてもいいならな」

 特に、春は子が多いのだから脅しでもなんでもない。言葉につまり、大人しく思案をしていると思いきや、ゆっくりと周囲の様子を伺いながら一歩ずつ降りてきた。
ああ、珍しく殊勝な姿が見れたものだ。にやける顔を無理矢理引き締め、誤魔化すように手を握っては少々強めに引いてやる。

「はやく縄張りから出ようぜ」
「離せ。童子の匂いがつく」
「我慢しろってんだ。後で手洗え」
「面倒だ」
「お前はどれだけ偉そうなんだよ」

 されるがまま、なんて殺生丸が許さない。文句を聞くのも面倒になり手を離す。だがせっかくだ。からかってやろう。

「よっと!」
「なっ!?」

 ぼんやりとしている方が悪い。肩を強く後ろへ押して、体制を崩した隙に背に、足の裏へと腕を差し込んで抱き上げてやった。意外にも軽く、力が余った分衝撃が大きかっただろう。驚き丸くなった目が、何が起こったのかを理解するために周囲を睨みつけていた。

「何を考えている!」
「匂いつかねぇように腕で支えてるっての! おめーいつ逃げるか、わかんねぇし」

 文句の1つ言ってやり精一杯睨みつけては見るが、あいにく今は暴れられない状態である。下を見れば兎や栗鼠といった小動物たちが、こちらを見あげて付いてくる。
 犬夜叉も、気が気でなかった。おぶると首を絞め殺されそうだし、今の姫抱きもいつ暴れだして腹を殴打してくるかわからない。だが最悪の想像とはうってかわって、腕の中の兄はおとなしいものだ。毛皮を手繰り寄せて地面へとつかないようい抱き寄せ、侵攻者の接触を避けることで必死である。諦念のため息を深く吐き出し、落ちないようにと体を丸めているにも関わらず、尊大に言い放つ。

「今はこのままで構わん。行け」
「偉そうな奴」
「安全になった暁には押し潰してやる」
「そんなことしてみろ! 今度は腕だけじゃすまさねぇぞ!?」
「……冗談だ。早く行け」
「間はなんだよ。気になるじゃねぇか」

 今化け犬の姿になれれては確実に潰されてしまうが、本心ではないのはわかる。醜態を晒さぬようにと平常心を保っているにも関わらず、尻尾を丸めて耳を垂らし、半分化性を表してしまっている状態であるのだ。そんな震える子犬のような状態で、強気になられても愛おしいだけだ。
まるで半妖のような姿を見せられ、安堵と親近感が湧き上がる。文句を言いつつもおとなしい異母兄の、小さな体を撫でてみると、腹部に思いきり肘が食い込んだ。

+END

++++
犬耳せっちゃん

09.7.22
修正20.5.8

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