いぬやしゃ | ナノ



秘めた牙

※口調に関しての妄想話


「今日という今日は決着つけさせてもらうぜ殺生丸!」
「何を殺気立ってるのかは知らぬが、よかろう」

 出会い頭の犬兄弟の大喧嘩はもはやお約束。犬夜叉一行にとっては見慣れたものとなっていた。
付き合いの長いかごめであるが、始めよりは2人の仲は良好になったと思っている。出会った当初は、命の取り合いで、目的のためなら相手の死すら厭わないような、血なまぐさいものだった。だが2人とも丸くなり、徐々に兄弟犬のじゃれあいにしか見えなくなった。
本日は犬夜叉がやる気満々。昨日「新しい攻撃方法を考えた」とやけに張り切っていたから、それを試すつもりらしい。全力でやっても倍にして返される恐れすらある殺生丸。相手として不足はないだろうし、最近の兄弟喧嘩は負けが続いているのだ。
 対して、兄は気だるそうに鼻息の荒い弟を眺めていた。嬉しいことがあったのはわかるが、顔を合わせたら一発即発な喧嘩は避けたいのだ。勝ち負けの問題ではない。ただ、気まぐれで通り過ぎただけなのに時間を食わされるというのは、面倒以外の何もない。

「犬夜叉ー、程々にしなさいよねー」
「最近は仲良くなって、争いがなく平和だったのに。どうしたんだろ?」
「きっと、喧嘩で勝てた試しがないので悔しいのでしょう」
「子供じゃな……」


 犬夜叉一行も、殺生丸一行も休憩の時間だと石に座り込んで弁当を広げる始末。かごめの持参しているカップラーメンにりんが興味津々。蓋の隙間から漏れ出る白い湯気すら、楽しそうに眺めて3分そわそわと待ちほおけていた。

「まだかな、まだかな……あ、殺生丸さま頑張れー!」
「全く……犬夜叉は毎度毎度飽きんのか。下らない遊びに付き合う殺生丸様も殺生丸様だが……」

 傍観者は気楽なもので、寝転びながら、地べたに座りながらと勝手気儘なことを言っている。当事者たちの、しのぎを削る戦いは益々熱を増し、組手のような殴り合いから、真剣を使った本気の鍛錬へと移り変わっていた。
ガキィン!
父の力の依り代である鉄砕牙と、父の力を継いだ一撃を込めた爆砕牙。2つの力がぶつかり合い、突風を巻き起こす。手加減をしては倒せる相手ではないことは、互いに重々承知。反発する衝撃に任せて後方へと飛び退ると、自慢の剣をおおきく振りかぶって妖気の渦を見つめる。

「風の傷―――」
「遅い」
「グゥッ!」

 しかし、振り下ろすことができなかった。妖力の裂け目を切ろうとした一瞬で、距離を詰めた兄が一撃拳を入れてきたのだ。がら空きの胴体を守る術がない犬夜叉は、背後にある大木へと背中から打ち付けられて、地面へと倒れ込んだ。

「犬夜叉、大丈夫!?」

 周囲に重い音が響けば、流石に眺めてはいられない。宿題を放り投げたかごめが急いで駆け寄り、七宝も付き従う。唸ってはいるが、見てわかる怪我もなく、意識もはっきりしている。すぐに体を起こした彼を見て、ほっと息をついた。

「大丈夫じゃ。手加減されとるみたいじゃな」

 チラッと殺生丸を見上げると、もう背を向けて立ち去るところだった。
反撃がこなかったことで、今日の鍛錬は終わりとみなしたのだろう。心配するそぶりも見せずにどんどん背中が小さくなっていく。

「あ、待ってー殺生丸さまー」
「お待ちください!」

 置いていかれてはなるものか。無言で去る主に、小妖怪と少女は急いで追従する。阿吽の背中から手をふるりんの笑顔を最後に、一行の姿は見えなくなったのだった。
いつも、先頭になれども手加減をし、決して命までは奪おうとはしない。抜刀はすれども体を切られたことはないし、爪からも毒が出ていないことは知っている。
 犬夜叉も兄が憎いわけでもなく、本気で切り捨てるつもりはない。本気は出さないと勝てない相手ではあるが、それでも相手は本気ではない。むず痒い感覚に呆けていたが、背中に走った痛みで現実へと戻ってくることができた。

「チクショーっ! 思いっきり殴りやがって!」
「よかったじゃない。前みたいにお腹に毒爪で穴開けられなくて」

 トドメとなった腹部への攻撃ではあるが、痛みを感じるだけでちゃんと手加減はされている。毒もなければ、痣になっているだけだ。内臓にも問題はないだろう。手加減をされていることが癪には触るが、かごめに心配をかけずに済むことは嬉しい。必死に薬箱を取り出して、看病する彼女に優しい眼差しを向けて「大丈夫だって」と声を掛けるが、涙目で睨まれるだけ。
弥勒と珊瑚は痴話喧嘩の空気を察して、2人の元から離れていった。を張る音が響き渡るのは、そう時間がかからなかった。

 それからまた数日。懲りずに対峙する弟と、相対する兄という、再び同じ光景がくり広げられていた。

「今日こそ決着つけるぜ殺生丸!」
「その台詞、聞き飽きたな」

 この殺伐とした兄弟喧嘩も、これで何度目になるのだろうか。いつまで経っても妖怪である兄の体に傷1つ付けられないというのに、性懲りも無く堂々と目の前に立ちふさがると、指を音がしそうなほどに真っ直ぐ指すのだ。「確かにの」と相槌を打つ七宝に、「お前はどっちの味方だ!」と子供にも容赦のない犬夜叉の鉄拳が入る。
 涙目になる童子を見て、眉を潜めたようにも見えたが、冷淡な貴公子の態度は揺るがない。大きくため息をついて、髪をかきあげて歩を進めるのだ。

「今日は一味違うんでぃ!」
「それも聞きあきた。付き合ってられん」

 どれだけ息を巻いても馬の耳に念仏。関係のないことだと、目を合わせることもなく横を早歩きで通り過ぎようとする彼に、必死でくらいついてく。

「おい! 尻尾巻いて逃げんのか!」

 安い挑発をしたところで、気を止めることもできない。優雅に歩き去っていく白い純潔な後ろ姿を睨みつけると、追従して森へと姿を消してしまった。
置いていかれた一行は、ため息をつくしかできない。顔を見合わせて、肩をすくめると2人が消えた先の木々を見つめる。

「もう、何でそこまで喧嘩したがるのよ!」
「さぁ……でも追いかけるしかないよ」
「何があるかわかりませんし、急ぎましょう」

 強大な牙を持つ、意地っ張りの兄弟は、喧嘩も白熱するし徐々に手加減もできなくなる。無闇な自然破壊をされては困るし、何より近隣の村に警戒されると不便しかない。
暴走するより先に、止めるしかない。お互いに交差した視線で頷き合い、姿が見えない2人を急いで追いかけることにした。
 一方その頃。兄弟は自然の木々のトンネルの間を急いた様子で歩いているのだった。

「ついてくるな」
「やだね! 決着つくまでつきまとってやらぁ!」

 いくら殺生丸が声を荒げて睨みつけようが、負けず嫌いの弟は怯むことなく食い下がってくる。小枝を踏めば、続いて同じ枝を踏み、右に曲がれば右へと視線を向けてついてくる。諦めることを知らず、どこまでもついてきては食いついてくるのだ。
あまりにしつこい行為に、見た目より沸点が低めの殺生丸が耐えきれる筈はなく、徐々に目がつり上がっていく。

「なぁ殺生丸! オイ!」

 何度も呼びかけ、無意識に精神を追いつめていく。それからどれだけ経っただろう。遂に前を歩く後ろ姿が止まり、殺生丸は遂に足を止めた。

「へへっ、やっとその気になったか!」

 相手をしてくれる気になったのだろうか。期待して楽しそうに笑う犬夜叉だが、なんだか様子がおかしい。
膨れ上がる怒気に、兄が待ってくれたという事実しか見ていない上機嫌な弟は気がつかない。大股で近づいて肩を叩こうとすれば、鋭い怒りが全身に突き刺さった。

「……せぇ」
「ん?」
「煩せぇ」

 ボソリと聞こえたのは、いつもの尊大ではあるが丁寧な口調ではない。まるでゴロツキのような粗暴な口調だった。

「煩せぇっつってんだろテメェ……しかもしつけぇ」

 振り返り、ズンズンと迫ってくるその目は赤い。化性へ変化しかけており、妖気の赤い筋も血のように脈打っている。

「ぇ、殺生ま」
「毎度毎度毎度……会う度喧嘩ふっかけやがって……弱いクセによぉ……」

 牙を剥き、凶暴な野犬のように喉を低くならすのだ。
普段喋り方に品のある兄との振れ幅の大きさに、まるで別人と話しているかのような錯覚に陥ってしまう。容赦なく間合いを詰めてくる迫力に、一歩づつ後退してしまった。

「オイ何のつもりだ。答えろコラ」

 大木まで追いつけまれてしまっては逃げ場がない。覆いかぶさるように頭の上に腕をつかれ、影になった兄の表情はうまく読み取れない。ただ、背中に当たる硬い幹から冷たい感覚が全身へ伝わり、金の目はギラギラと怪しい光を纏っており、思わず目を閉じた。
殺される。
本能が強者の風格に気圧されてしまい、動くこともできいない。親に怒られた子供のように、しゅんと垂れた耳が物語っている。

「お前は、……兄上は強い奴しか興味ないからさ」
「!」
「確かに俺はまだよえぇ。だから、兄上より強くなって」

 思わず声色が弱々しくなってしまい、相手の顔色を伺いつつ不器用ながら言葉を選ぶ。
いつもやんちゃで汐らしい義弟の弱々しい姿に、目を疑った。あまりに予想外の光景であり、怒りが薄れて禍々しく濁っていた赤い目が、元の薄く光る金色に戻り始めた。

「俺のこと、認めさせてやりたくて」

 ずっと胸中に秘めていた秘密を打ち明けると、顔を反らされてしまった。
よく見れば赤い頬。怒りが露わになっている先程とは違う。これは、照れているのだ。あの冷静沈着、冷酷無比な殺生丸が。
無言で百面相をする兄が、珍しくてたまらない。そんな素直な顔を見せてくれる姿が、嬉しくてたまらない。だが、まだ足りない。一人前の男となり、隣を歩けるようにならなければ意味はないのだ。

「はぁー」

 聞こえてきたのは大仰なため息に、思わず眉を寄せた。
こちらは真面目に悩んでいたというのに、くだらないと一蹴された気になってしまう。再び食ってかかろうと牙をむいたところで、ダンと鈍い音を立てて耳の横の木に手がめり込んだ。


「貴様のこと、認めていないわけではない」
「それって……」
「興味がないならば、相手をする価値もない」

 確かに殺生丸とはそういう男である。有益か無益か、白と黒がはっきりとしたある意味裏表のない性格だ。表情は分かりにくいが、生き様は分かりやすく思ったよりも単純。ある意味、兄弟としてこんなところが似ているのだと思う。

「じゃあさ、今度は喧嘩じゃなくて手合わせしてくれよ」
「何故」
「お前に強くなったところ、見せてぇからよ」

 これは、甘えているのだろうか。白い耳が期限を窺うように控えめに動き、従えている少女を見つめている時と同じ「愛らしい」という感情まで湧き上がる。期待に揺れる同じ色の目を見つめ、

「ならば、貴様は目を合わせた者に喧嘩を売る癖はやめろ」
「別にそういうつもりじゃなかったんだよ!」
「喚くと弱く見えるぞ」
「う、うるせぇ!」

 もしかして厳格な兄が、争いのない兄弟としての時間を過ごすことを許してくれた、ということだろうか。表情を伺ったところで読み取れるわけでもない。案の定、無表情と要領のない声に変化はない。だが、先ほどまで攻撃的に叩きつけられきた手が、なだめるように逆立った耳を撫でるのだ。
 隠していた荒々しい本性といい、今日は新鮮である。完璧主義者である兄も、隠したい粗があるなんて身近に感じることもできた。なんだか、もっと触れ合いたくなった。思わず首へと腕を回そうとすれば、くいと顎が横へと向けられる。しきりに合図を送るのは、仲間が近づく匂いに感づいたから。
最後に頭へと手を置かれたと思えば、勢いよく反転させられては背を押される。

「いいか。今日のことは」
「わかってるよ。お前のそんな一面を知ってるのが俺だけなんて、面白いじゃねぇか」

 口の前に指を立て、まるで内緒話を喜ぶ子供のような笑顔。何十年経ったところでいつまでも子供なのだと、呆れた表情は緩んでしまう。目の前の男は気づいていないほどの、些細な変化だったことが幸いした。

「じゃあ、今度は無視せずに会いにこいよ」
「……考えておく」

 こんな仏頂面な兄が熱い激情を秘めていると思うと、なんだか顔が綻んでしまう。今更恥ずかしくなったのか、目線をそらして睫毛を伏せる姿はまだまだ雲の上の存在である。だが、どれだけ生まれや力に差があったとしても確かに兄弟なのだ。触れることはできる。影のある美しい表情に臆せず、仕返しに髪を梳いてやった。

「いつか、お前と並べるくらいになったら、その……」

 この先の言葉はまだ言えない、いや言う勇気がない。珍しく口ごもってしまったのだが、「早くしろ」と脅すわけでもなく静聴していた。
それでも、言葉は出てこない。一体自分が何を言いたかったのかすら見失ってしまい、戸惑っていれば再び大きなため息が吐き出された。

「早くついてこい。長くは待たんぞ」
「お、おう!」

 秘密というものは、見られてしまっては意味をなさない。
人間たちを視認するより前に、すぐさま反対側へと足を向けて地面を蹴り飛ばす。何を言いたかったのかはわからないが、どうせいつでも聞けるのである。永きを生きる妖怪は時間にも頓着しない。
それよりも、一刻も早く奴から離れたかった。ああ、胸の鼓動の音がひどくうるさい。



「怪我はないの?」
「おう」
「喧嘩には……ならなかったんだね」
「珍しいこともあるんじゃな」
「何があったんです?」

 合流した仲間たちは、異口同音に心配の言葉を述べてくれた。不安な表情を浮かべる仲間には悪いが、機嫌よく牙を見せて笑うだけしかできない。
何があったかは言うつもりはないし、言ったところで信じてもらえない内容である。

「いや、アイツも結構可愛いなって」
「?」

 嬉しそうにを染める姿に、遅れてきた仲間たちは首を傾げるしかできない。
彼は「待つ」と言ってくれた。今までは常に前を進んでいた彼が。これは好感触ととっていいのだろうか。
早く、強くなりたい。仲間を守るため、知り合った人々や妖怪を守るため、何よりも兄に認めてもらうため。
並べた暁には、正々堂々と彼に告げるつもりなのだ。「好きだ」と。

+END

++++
友人からの『キレると犬夜叉と同じ口調の殺ちゃん』の犬殺リクより。
書き直したら、殺犬殺のも見えるようになりました。

09年


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