いぬやしゃ | ナノ



白と赤の雪月花1

※殺生丸先天的女体化
※男装
※本編後想定、かごめは現代に帰った捏造
※犬桔表現あり


 朔の月には三日月が現れる。
空に浮かぶそれよりも美しく、儚く、何よりも面妖である。
大層厳重に着込んだ着物の下帯を緩め、ゆっくりと迫ってくる姿は、人の姿をしている天女だ。桜色の頬にふっくらと盛り上がった唇の端を上げて、四肢を交互に出しては胸を誇張する。
和服では乳はない方が好まれる。その大層立派な胸部を縛り、抑えている布が「もう限界だ」とお役目御免を訴えているのが見て取れた。ゆっくりと、その包帯を手に取り顔色を伺えば、目を閉じてまるで口づけを待つ奥ゆかしい姫のよう。焦らすように引き抜いてゆけば、端正な眉が徐々に潜められていった。



 朔の月の晩は、人里を離れて身を隠すのが犬夜叉の日課だった。一晩寝ずに身を守ることは大変ではあれども、世話になった楓や桔梗がいた村の人々を巻き込むわけにはいかない。1人こっそりと山を登り、洞窟の中で鉄砕牙を抱いては気を張り巡らせていた。
ここ一帯には弱い妖怪しかいないが、油断大敵。こんなにも時の流れが緩慢に感じるのは、桔梗やかごめとのどかな時を過ごした以来か。まるで遥か昔のことのように思えてくる。
 急に、空気が変わった気がした。人ではない、何かが近づいてくるときの感覚であるが、しかし禍々しいものではないようだ。妖気も匂いも感じられなくなる体質が恨めしい。
足音もゆっくりとお淑やかであるし、野生動物なのだろうか。しかし、無闇に確認しにいくのも危険だ。「通り過ぎますように」祈りながら息を殺していたのだが、願い虚しく潜んでいる洞窟の前で足音が止まったのだ。
 中を覗き込んでくる様子はないが、立ち去る気配もない。ここに、探し物があると確信めいているのだろうか。今は縮んでしまった鉄砕牙を強く握りしめたところで、得体の知れない訪問者が動き出した。
 闇夜を背に洞窟を覗き込んできたのは、銀の髪を揺らす女妖怪だった。ゆっくりと近づいてくる彼女に足音はないが、耳の奥にやけに煩い音が響く。
ドクンドクン。
 手が触れる距離まで無遠慮に近寄り、鼻を寄せて匂いを嗅ぐ。頬に当たる長く整えられた毛がくすぐったくて身をよじれば、無防備になった首筋の動脈に赤い舌が滑る。どうやら食おうという意思はないようで、ただ子犬がじゃれ合うよう。一通り挨拶を終えると、満足して隣へと座り込んだ。
 この美しい妖怪は誰なのだろう。美しく、気高く、武術の嗜みもあることがわかる。それに、兄やその御母堂の姿に大層似ている。見慣れない犬の妖怪だが、もしや、兄の子だろうか。頬の紋、額の月、気に入っていた着物の模様を見つめていると、鬱陶しそうに眉を寄せて身をよじる。冷たい雰囲気もそっくりである。
唯一違うのは鎧を身につけておらず、代わりに金の散りばめられた装飾を装っていること。白と赤の紅白衣装と金銀の煌き、派手な紅は、まるで花嫁衣装のように彼女を美しく飾っていた。

「半妖に何の用だよ」
「探しにきた」
「なんだ、兄貴の知り合いか? 結婚しましたーとか?」

 なんだか悔しくなって、茶化しただけ。しかし、白の獣は顔を歪めて噛み付いてきた。問いかけに対する返答はない。ただ怒りに目を光らせて、粗暴な野犬のように耳へと牙を突き立てるのだ。噛みちぎるほどの力ではない。チクリと痛みが走り、赤い跡を残すくらいの。
もしかして、結婚や兄の話は触れてはいけない逆鱗だったのだろうか。償うように、髪を一房取ると鼻を擦り付けた。失礼がないように、などの気遣いは、英才教育のされていない犬夜叉にはわからない。それでも、顔色を伺いながら人の毛を梳いていけば、少しずつ機嫌がよくなり口角が上がっていく。

「人の姿だと不便であろう。夜叉」
「その呼び方、おふくろと親父殿と、後は兄貴しか知らないはず……」
「匂いでわからぬか」

 頭を擦り付けてくるが、人間となった今や花の香しかわからないのだ。いい香りで、妖怪の力が戻ってからも堪能したいとまで思う。でも、この人はきっとすぐにいなくなってしまうだろう。何故自分を探していたのかもわからないが、今だけは独占しても許されるだろうか。急に優しくなった兄に甘える時のように、正面から抱きついて、肩からかかる毛皮に顔を埋めた。

「いい、匂い」
「りんと同じことを言う」
「りん? ってことは……」

 「無礼者」と叱咤する声もなければ、苦笑混じりに知った娘の名を呼ぶとは。
あの、殺生丸について回って旅をしていた人の子の名前を知っているということは、やはり、もしや。

「お、お前、殺生丸か!?」
「本気でわからなかったのか。人間とは不便なものだ」

 驚いた。まさか兄が、女の姿を模して眼前に現れるとは。しかも、朔の月という弟が人間の姿という醜態を表している時に限って。その声色は優しく、まるで幼子に言い聞かせるようにゆっくりと頭を撫でてくれた。
この優しさは、りんから教わったもの。あの童女には感謝することもあるが、ずっとこの美しい人の隣にいたこともあり、恨み言もあるというのが本音。こんな、表情豊かな彼女をいつも近くで見ていたのだろうか。狡い。

「え、お前、男……へ?」
「妖力で男に化けているだけだ。今日は私も妖力を薄めている」
「お前は、ずっと男のフリしてたのかよ」
「女は後継にはなれぬ。そう話しただろう」
「え?」
「やはり話を聞いていなかったか」

 今宵明かされた真実で夢想が音を立てて崩れた。
彼は、いつも女の匂いを全身に纏わせていた。常日頃から年端もいかない女児と共にいるからと思ったが、それは甘く芳しい香の匂い。子供にしては艶やかで、如何わしいものだった。
きっと、見目麗しいお陰で女には不自由しないのだろうと思いこんでいた。
武人は欲にも貪欲だ。日頃と言わず毎晩様々な女を抱いているに違いない。そう考えるだけで、虫酸が走ったものだ。
 半妖ではない、純潔な妖怪である異母の兄弟への嫉妬。欲しいものはなんでも持っていた兄への敬慕。そう、ずっと思っていたのに。そうではなかった。兄は、いや姉はずっと我慢し続けていたのだ。それを知っていたはずなのに、いつの間にか犬夜叉自身も彼女の努力に騙されていたというのか。
仮面をつけて、ふさわしい舞台で踊るだけの人形。いつも顔に張り付いていた冷酷無比とも言える無表情も、必要がないと無理矢理感情を取り去った名残なのだろう。
 知ってしまえば、急に血の気が引くのがわかる。震える手を頬へと向ければ、叩き落されるかと思った。だが、道場を含んだ無骨の手は、彼女の滑らかな肌に触れることを許されたのだ。

「なんで、そこまで」
「私を産んで母上が体調を崩された。二度も無体を強いたくはなかったのだろう」

 犬夜叉は父の愛を受けられなかった。母親も若くして亡くしてしまった。そんな犬夜叉と正反対に、姉は両親の愛を受けて育った。羨ましいとは思うが、憎むとは違う。彼が妖怪ながらも優しい心を持てたのも、そんな両親があってのことだろうし、穏やかな表情で喋る彼を見るのは悪くない。例え、子を慈しむかのような女の顔をさせているのが、自分以外の誰かだとしても。

「父上はお前を後継にと言ったが、他の妖怪どもが許さなかったのでな」
「まぁ、半妖風情に一族の長になられるのは癪だろうな」

 わかっていることではあるが、胸が痛むのがわかる。それは、自分の置かれた境遇ではない。目の前ですました表情で座している異母姉も、同じことを考えているのかと思えば心臓が鷲掴みにされたかのような痛みが襲いくるのだ。
顔を伏せるしかなかった。

「私は、かまわぬ」
「え」
「お前がかごめという人間を妻とすると言えば、私が偶像を演じ続けるつもりでいたが」

 あれほどにまで忌み嫌っていた混じり血の為に、ここまで身を粉にしてくれるとは予想外である。だが、かごめは元の時代へと帰っていったのだ。
確かに愛した女ではあるが、元は別の時代よりやってきた者。危険に晒し、恐ろしい思いをさせてまで結ばれたいとは思わない、それが犬夜叉の選択であった。彼女も納得してくれ、かつての仲間たちや関係者には伝わっている。勿論、異母姉の耳にも。

「でも、万が一俺が継いだとしても、相手が」
「私がお前の正室となる」
「へ?」
「半妖であっても父の力を使いこなすお前と私だ、戦えぬ奴ら如きには認めぬとは言わせん」

 一体何を言い出すかと思えば。異母ではあるが兄弟が結ばれるよりも、他の種族との契りを結んで勢力を拡大するほうがいいに決まっているというのに。問いただしたくとも興奮しきった頭がまともに動かない。

「俺たち、異母姉弟だろ……」
「父上も、お前を許婚にすると言った」



『雪(せつ)。お前は夜叉のことをどう思う?』
偉大な父は、年頃になった子供たちと妻の前で、何気ない様子で優しく告げた。
『何の戯れですか父上』
『こやつはいずれ優しく、逞しく成長するぞ。なんせ、俺の血と人間である十六夜の血が入っているのだからな』
『そうではありません。』
 ガハハと豪快に笑う父に、母は何も言わずに見守るだけ。この問題は犬一族の問題であり、当主が決めることであり、女が口出しをするべきではないと判断したのか。それとも、あまりにも突拍子がなさすぎて、ただの酒の席の冗談だと受け止めているのか。
笑い膝を叩く父をウンザリと見ていると、ゆっくりと犬夜叉が正座の上に乗りかかってきた。甘えるような丸い目に、ついつい足を崩してやれば、喜んで足の間へ体を滑り込ませては笑う。最近言葉をうまく喋れるようになったばかりなのだ。甘え盛りなのは仕方ない。
『して、どう思う』
『どういう返事をお望みですか』
『ふむ。好きか嫌いか、だろうか』
 そんなことは、聞かずともわかっているだろう。母も義弟に対してはあまり興味を持っていないようではあるし、そもそも半妖は妖怪という身からすれば、理解しがたい存在だ。
人間でもなく、妖怪でもない。中途半端で、なりそこない。どちらにも属することもできない、弱者であり憐憫の念すら湧き上がる。それは殺生丸も例外ではない。血を分けた兄弟ではあるが、完全に理解をしてやれるわけでもなく、まだ突き放しはしていないが庇いだてする気もない。
『半妖は好きませぬ』
『半妖は、か。ならば「犬夜叉」はどうだ?』
 随分と嫌な言い方をするものだ。はっきりと答えないことをいい事に、退路を塞いでは明け透けな本音を引き出そうとする。
『お前が嫌ではなければ、犬一族を取り仕切るのは夜叉に任せたい』
 父は、愛娘が「嫌」と言えばいう通りにしてくれる。だが、父を信仰してやまない彼女が嫌というわけもなく。ただただ納得のいかない表情を浮かべては、首を傾げる異母弟を目を細めて見つめていた。
『男児がこやつしかおらぬ。いくら言っても「半妖は領主として認めない」と喚く老骨が多くてな』
『ならば私が、』
『同時に「女が上に立つなど!」とも喚き散らして、困ったものだ』
『私が其奴を切って捨てましょうか』
『それはやめてくれ。お前なら本当にやりかねん』
 金の目に赤い殺意を含み、牙を剥く姿は本気の証。緩やかに止めると、茶を一気に飲み干してキョトンと目を丸める、年端のいかない水干を着た子供を抱きあげた。
『夜叉はどうだ? お前の自慢の、綺麗で強くて綺麗で、厳しい姉上は好きか?』
『すきにきまってんだろ!』
『そうかそうか。お前になら、このお転婆を任せられるか』
 わしわしと力任せに頭を撫で回され、首が折れそうになっているが大丈夫なのだろうか。盛り上がる男共を他所に、諦めた表情の母に肩を叩かれ、女共は憂鬱な空気を醸し出す。素面のはずなのだが、ああなれば人の話は聞かないだろうと。
『よし! ならば、一族の長として許そう。将来、犬一族の美姫は夜叉にやる!』
 やれやれ、こんな馬鹿げた縁談があってたまるか、と諭す為に抗議の声を上げるより先に、キラキラした眼差しが射抜いてきた。
『あねさま! おれ、おおきくなったら、あねさまをおよめにもらうぞ!』
『よしよし。お前なら、姉を優しく愛してくれるだろう?』
『あねさま、おれ、あねさまのことあいしてる!』
 きっと、意味は完全にわかっていないだろう。嬉しそうに抱きついてくる半妖の幼子を振りほどけるほど、この時は使命感と冷酷さはなかった。何も答えずに犬の耳を撫でてやれば、嬉しそうに頬を染め、猫なで声をあげる。犬なのに、猫とはこれいかに。
『それとも、お主自ら長としてふさわしい夫を見つけてくるか? それとも男として生き、偶像を演じ続けるか?』
 真剣な父の表情が、過酷な運命を突きつけて詰問してくる。「お前は女としての幸せを無碍にしてまで、一族を背負う気でいるのか」と。
 女は長にはなれない、そんなことは百も承知である。だが、男児に恵まれなかったというのに父はこれ以上の側室を娶ろうとはしなかった。2人の女に愛情を注ぎ、2人の子にも平等に慈しみを与えた。
その真意はわからないが、きっと父は犬夜叉に家督を継がせたいのだろう。だから、半妖ながらも誰も文句をつけられない状況を作り、維持している。わかっているのだが、娘は人間というものは度し難く、脆弱な生き物としか認識していない。そんな群れなければ力の出せない弱小種族を混血させるなど、愚の骨頂。認められるわけはない。それでも、他ならぬ父の頼みであるために無碍にもできない。
『あねさまは、おれのこと、きらい?』
 それに、半妖なれども純粋無垢な弟のことを完全に嫌っているわけではない。きっと、自分の将来に関わる話が行われているなど、露ほども理解していないであろう。純粋無垢で放っておけない弟、深くため息をつきたくなるのを我慢する。
『しばし、考えさせてください。それまでは私自ら『殺生丸』と名乗り、一族を取り仕切る偶像となりましょう』
 父は、何も言わずに決意を見守るだけだった。
『夜叉。今日から私のことは兄と呼べ。姉と呼べば、この話は破談とする』
『あねさま、じゃないの?』
『私は男として生きる。私が認める番いが見つかるまでだ』
『よくわかんねぇけど……「せつにい」がいうなら、いうことをきく!』



 いつの間にか、そんなことをそんなことを急に聞かされても、あの時蚊帳の外だった。言葉の意味もほとんど理解していなかったし、幼かった為に性別という概念もなかったに等しい。
 許婚? 家族公認? ならば、この感情も、「兄」に対する執着も間違いではなかったのだろうか。生唾を飲み込み、体が火照るのがわかる。
だが、それはただ親が決めただけのこと。犬夜叉としては喜ばしいことではあるが、淡々と感情もなく告げる姉はどうなのだろうか。

「お前、納得したのかよ」

 きっと、まだ半妖のことを嫌悪している。一時期大げんかまでした仲なのだ、簡単に溝が埋まるわけがない。しかし、父が言うのだからと無理矢理に運命を受け入れているのだろう。聞きたくないが、受け入れなければならない。震える声を正して、やっとのことで声を絞り出した。

「お前は強くなった。今のお前ならば、悪くない」

 こてんと首を傾けて胸へともたれかかると同時に、花の匂いが疎くなった嗅覚をも刺激する。上品なお香の香りはもしかして、わざわざ密会のために。いや、元々芳しい体臭を身にまとっていたのだ。雌としてのお洒落の一つであろう。

「私は、未だ肌を重ねた経験はない」
「マジかよ! お前、そのなりでまだ……」
「女の姿を知る者も、血縁以外はりんと邪見くらいだ」

 処女と自らの一族の秘密を守り続けてきた、ただ1人の姉様。女と知られては、長のいない族は周辺の豪族たちに攻め入られてしまう。滅亡を避けるためにも、隠し続ける覚悟と使命感には涙を飲む思いだ。
そして、その任を任せられる男を見定める決意も。

「人間のお前なら、私に乱暴どころか手出しもできないか?」
「いつもの姿でも乱暴なんてする気ねぇよ、バーカ……」
「お前はがっつきそうだが」
「力任せなんてできっかよ!」

 予想通りの答えに満足したのか、くつくつと笑っては褥代わりに木の葉を敷き詰めていく。誘いを断ることは男の沽券にも関わるし、女にも恥をかかせることとなる。緊張しながらもせっせと簡易な褥作りを手伝うと、彼女は毛皮を布団がわりに寝転がる。
彼女が小さく笑った。

「私は、覚悟はできているぞ」
「覚悟しないといけないほどなのかよ」
「今も、心の臓がうるさいのだ」

 無理矢理掴まれた手首が、右の胸へと誘い込まれる。
ドクンドクン。
いつもよりも早い鼓動を打つ臓に、驚きはすれどもそれよりも柔らかい女体に興奮が隠せない。
 だが、今日は朔の月。妖怪どころか人間がきた時に彼女を守りきれる自信がない。それに、まぐわうならせめて妖怪の血が混ざっているほうがいいのではないだろうか。

「でも、今の俺は人間だからお前を守れねぇ」
「妖気で結界を張っている。並大抵の妖怪は近づけまい」
「なんか男として格好つかねぇ……」
「これ以上ごねるならば、一物を噛み千切るぞ」

 鋭い犬歯を光らせながら、本気の目で言われれば素直に頷くしかなかった。

 処女というのは嘘ではなかった。指を挿れただけでも締め出そうと排他的な態度をとる。彼女自身も一物を見て、驚いたような表情を浮かべるし、戸惑いに息を飲んでいる。不安に押しつぶされそうなのだろう。
できる限り痛みを和らげ、嫌がるそぶりを見せたらすぐに手を止めた。しかし、彼女は止めようとすれば酷く機嫌が悪くなり、牙を剥くのだ。「続けろ」譫言のように、悲鳴に掠れた声で言われても触れられるはずがない。
 それでも破瓜の儀を終えて、血を流す姿を見せられて躊躇ってしまった。いつもはすました表情を崩さない姉が、顔を歪めて苦痛に耐えているのだ。どれだけ先をせがまれても、これ以上は続けることはできない。いくら人の力といえども、力の抜けた体では満足に強要することもできないだろう。
 ゆっくりと乳房へと手を伸ばすと、優しく揉みしだき痛みを紛らわせる。柔らかい双丘に指が埋まるだけで反応してしまうのは男の性。嘘をつかずに反応する赤い果実を舐めて味わいながら、ゆっくりと腹と臍に爪の隠れた指を滑らせて、差し込んでは反応を見る。
どこに触れても、彼女は冷静な表情を崩さなかった。時折、目を閉じて耐える表情はすれども、人間のような快楽は見て取れない。

「乳房を触ることに何の意味がある」

 挙げ句の果てに熱の冷めた真剣な顔で言われては、冷静になるだけだ。

「気持ちよく、ねぇ?」
「……」
「嫌なら、気持ち悪りぃって言うならもうやらねぇし」

 愛した女たちは皆、意地っ張りで強情なところがあっても、皆頬を染めて可愛らしく声を上げてくれた。きっと気持ちがいいものだと思っていたのだが、そうではないのだろうか。首を傾げる異母姉を見ていたら、自分が思い上がっていた気になってしまい、自然と手が下がる。
すっかり気も落ちて萎えてしまった。それに、人でもわかる鉄の匂いに罪悪感と恐怖が湧き上がるのだ。

「続けろ」
「やなこった。もう寝ろ」
「貴様……」
「また日を改めようぜ」

 男としては気を使ってのことであった。これ以上無理はさせたくはないし、苦しむ顔を拝みながら初夜を迎えるのはごめんである。
だが、快い返事の代わりに聞こえたのは甲高い平手打ちである。涙袋に雫を携え、文句を耐えながらも何も言わず、服を整えているのが見えた。赤い頬をさすりながらも唖然と見ていると、赤い光を帯びた鋭い目で睨みつけられた。

「私を柔な人間と一緒にするな!」

 彼女の逆鱗に触れたのは、か弱い人間と同じ扱いをしてしまったから。
犬夜叉としては、女は守る者でありか弱い者。だが気高い彼女は大妖怪であり、人間の男よりも遥かに強い力を持つ。
同等に扱われたことで矜持を傷つけられ、怒り心頭ではあっても決して姿を消すことはない。入口を陣取ると大犬の姿となり入口を覆い尽くし、外界から異母弟を隠そうとする。その背からは感情が読み取れず、月明かりすら入らない闇では表情もうかがえない。

「わりぃ」

 心無い謝罪をすれば、フスンと大きく鼻がなる。それ以上は、何も答えてはくれなかった。
もっと触れたかった。彼女の温もりの中で果てたかった。だが、これ以上触れていたら無理矢理事に及んでしまう。彼女が真性の妖怪でこれが普通のことだとしても、痛みしか伴わない行為は決して賛同しかねる。
強い種を残すためではない。愛し合い、例え何があっても共に生きることを誓える想いが欲しい。

「俺、もっとお前のこと、知りたい」
『フン』
「だけど、痛がるお前に無理強いしなかったこと、後悔はしてねぇぞ。人間でも妖怪でも、愛した女は傷つけねぇ」

 そんなことは不可能だ。そう思ってもあえて口にしなかった。真剣な面持ちで言葉を選ぶ情けない姿からは想像できないが、彼は一度決めたら信念を曲げない強さがある。
人間の情事などは知らないし、興味もなかった。無価値なほどの身体接触は一体何の意味があるのだろうか。悶々と思案しているうちに、地に伏せて月光を一身に浴びながらも明るい闇夜を見据えた。体に触れる、小さな温もりを感じながら。



 日が明けて髪色が銀に戻った未来の夫を見つめ、大きく欠伸をもらす。元より夜行性でもあるし、睡眠は前もってとっていたのだが、如何せん子供体温は温かくて心地がいい。安心した寝顔と、小刻みに動く犬の耳を見て、口角が自然と上がってしまう。
さて、起きる前に戻らなければ、この男の駄々には付き合いきれない。褥へと優しく寝かせては癖の強く硬い髪質を堪能し、最後に振り返ると勢いよく洞窟を飛び出した。
その姿は男に戻っていたのは、彼女を過酷な現実へと引き戻した証。
 昨日の晩は、夢の話。偽りを解き自由になる夢、2人で結ばれる夢。その夢が毎晩続くのはいつになるのだろうか。空を見上げては眩しさに目眩がした。

20.6.7


[ 6/8 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -