封神 | ナノ



かくしおに


※楊ゼンが、崑崙に着た時まだ人間の姿に化けられていなかった場合のif話



 崑崙山には、封じられた化け物がいる。
その化け物はいつも闇の中にいて、赤い目輝かせて獲物が近づいてくるのをじっと待っている。
そして近づいてしまったが最後、禍々しく長い指と鋭い爪で獲物を引き裂き食べてしまうのだ。
どんな妖怪よりも力が強く、美しい。銀と黒の化け物が、この平和な崑崙山のどこかにいる、と。

「確か、こんな話だったかな」

 人間界、昼下がり、2人の少年。国同士の喧噪から離れた緑の鬱蒼とした森の中で、朗らかな声で怪談話が締めくくられた。
釣り糸を垂らしながら聞いていた、黄色い耳のような頭巾を冠った少年は、きょとんと青いくせ毛の少年の害のない笑顔を見つめていた。
 この2人、森に迷い込んだ人間ではない。近隣に住んでいる子供でもない。修行から逃げだした、偉い道士様なのである。それも、崑崙山のトップである、元始天尊の弟子。不真面目の塊である太公望と、真面目すぎる普賢真人。正反対な2人であるが、いつもつるんで悪さばかりをして、師匠を困らせていた。時には居眠りをして、時には人間界へ逃げ出し、時には宝具を持ち出そうとしたり。
 今日も今日とて、師匠の間食に象すら倒す睡眠薬を混ぜて、人間界へと遊びにきていた。ただ、何をするわけでもなく、川に釣り糸を垂らして談笑を交わしていた。
 そんなときだったのだ。普賢が真剣に「こんな怪談、知ってる?」と脅してきたのは。

「どこでそんな事を聞いたのだ?」
「この前のお酒の席で、小耳に挟んだよ」

 最近道士たちの間で、噂話が伝播していることは知っていたが、内容までは知らなかった。何より元始天尊から大量の桃と食べられる植物を育てるように言われていたから、大好きな酒の席に出ることもできなかったのだ。
原因は、つまみ食いをしたことである。朝も夜も働くように言いつけられてしまったが、「自業自得だ」と普賢に笑われてしまった。

「知らないの、望ちゃんだけじゃないかな」
「ふーん、ワシは怖いとは思わないもんねー」
「怖い……というか、可哀想じゃないかな」
「可哀想?」
「恐ろしいからって、妖怪だからって、閉じ込めるのは可哀想」

 相も変わらず彼の万物に対する博愛精神にはため息が漏れる。どれだけ美しい見た目をしていても、妖怪は非情で残虐。人間界を苦しめている妲己がいい例である。

「お主は優しすぎるのだ」
「でも、望ちゃんだってそう思っているんでしょう?」
「思わーぬ」
「きっと、望ちゃんがその人の事を気に入ったら、何が何でも助けてあげようって努力するよ」
「努力するくらいなら桃を食って寝ていたいぞ」

 彼は自分の何を知っているのか、とじっとりとし目で盗み見ても、ニコニコとお得意の無害スマイルを浮かべているだけ。

「確かに妖怪仙人は悪い人が多い。だけども、全員が全員、悪い人じゃないよ」
「否定はせぬが……」

 知ったような口をきくのは、実物に会ったことがあるのか、都合のいい願望か。
人の噂だけで相手を否定するのは確かに好かない。だが、火のないところに煙も立たないのだ。実際に妖怪が人間や仙人を襲うという事件は絶えない。しかし白鶴童子という、人間とともに崑崙山で修行をする妖怪もいるのだ。
妖怪、というだけで全てを否定することはしない。これからもずっと。

「いつか、望ちゃんが妖怪の友達を連れてきそう」
「白鶴童子ならおるが」
「なら、恋人?」
「んなことがあるわけなかろう!!」

 なんと言う事を言い出すのだろうか。いくら美しい妖怪でも、それは変化の能力が巧いだけだ、見た目で騙されたりは絶対にしない。それに、今は修行をして妲己を倒す、その野望で頭がいっぱいだ。恋人を作る予定なんてない。
それでも取りつく島もなく、「照れちゃって。可愛いなあ」と笑うだけ。「お主の方がモテるであろうに」と拗ねるのも馬鹿らしくなり、唇を尖らせるだけにする。普賢真人は、いつも突拍子もなく、だから退屈のしない親友だ。
 妖怪の噂を確認する気はなかった、興味なんて一切わかなかった。しかし縁というのは本人が望もうと、望まなくともやってくる。
突然、元始天尊に呼びだされたのは数日後だった。
具体的なことは説明されなかった。ただ、「お主に、会わせたい者がいる」と言われて連れ出されたのだ。
  崑崙山の中心より、隠れるようにある外れの大きな岩。元始天尊に連れられた場所は、そんな皆から知られていない場所だった。
ただの岩かと思えば、不自然に色の変わった壁に皺の増えた手を置く。いとも簡単にへんこんだことには驚きはしないが、ガコンと機械音を立てて開かれた岩の扉には驚きが隠せない。一体、何を隠す為にこんな仕掛けを作ったのだろうか。
迷いなく奥へと進んでいく元始天尊の背中を見ず、周囲を見回しながら恐る恐る足を踏み出すと「こっちじゃ」と急かす声が聞こえてくる。
細い通路の先には、再び鉄格子があり小さい牢の中には……いや、近づいてわかった。奥は広い空洞となっていたのだ。
 頑丈の岩に囲まれている、牢獄のような部屋。天窓があったから、植物でも育てているのかと思った。しかし違った。20畳はありそうな部屋の、9割には鉄格子で仕切られていて、中で黒いローブを見にまとった毛玉がベッドの影で蠢いているのがわかる。いや、それは髪の毛に覆われた生き物の用で、振り返ると巨大な赤い目が光りを放ち、細い糸の隙間からも緑色の光りが漏れていた。
 きっと、彼が噂の妖怪だろう。恐ろしくはないが、声がでなかったのだ。
一体何を言えばいい? 彼の名前は?
口の開閉を繰り返せば、元始天尊が一歩踏み出して立派な口ひげを揺らした。

「楊ゼン」

 「楊ゼン」これが彼の名前なのだろうが、返事はない。代わりに暗闇の奥から獣の唸り声が聞こえてくる。妖怪というよりは野犬を彷彿とさせる威嚇に、冷や汗すら流れてくる。声だけでも迫力は満点であるのに、影から這い出したひしゃげた長い指に度肝を抜かれた。
やはり、白鶴童子とは違う。皮のようにかぶっている異形の頭には、赤い目。ギュルギュルと丸く光りを放って周囲を見回していた。
白い髪に、褐色の肌。人間からかけ離れた姿をしているソレは、いつしか聞いた怪談話の登場人物であろうか。そう、まごうことなき妖怪である。
2つの仙界の友好条約の為に、公主の息子である妖怪がやってきているのは一部の者のみが知っていた。元始天尊と十二仙、そして元始天尊直属の弟子である、太公望である。
 噂には聞いていたが、勿論目にするのは初めてだった。
まだ完全に人に化ける事の出来ない、妖怪の王子様とは聞いたがまだまだ子供ではないか。唸り声は恐怖心を誤摩化すためのやせ我慢に過ぎない。低い声を上げる本人が必死に壁を背にしてこちらを睨んでいる。
妖怪なのに、人間を怖がるというのか。彼に、興味がわいてしまう。

「不自由な思いをさせているのは、すまぬ。じゃが、お主を守る為なのだ、わかってくれるか?」
「……はい」

 やっと開かれた口からは、素直な返事が聞こえてくる。思ったよりも育ちがよく、誠実な王子様のようだ。
しかし、相も変わらず威嚇をする視線は鋭く、猫のように細い瞳孔が収縮を繰り返す。敵意は感じないのだが、強い戸惑いと恐怖を感じる。

「今日はお主に紹介したい者をつれてきた。太公望と言う」
「う、うむ。よろしく……」

 言われるがままに頭を下げると、頭のてっぺんから足の先まで、視線が滑る。何度か往復して姿を見定めると、首を傾げながら近づいてきた。

「はじめ、まして?」

 声の震えから、まだ怯えが見える。しかし初めて見る人間なのか、興味津々で視線を外す事をせずにゆっくりと鉄格子に近づいてきた。
 力が強い妖怪が、修行中の道士を恐れる。なんとも滑稽で、愛おしい存在であろうか。小動物を見ている気持ちになってしまった。
もう、手を伸ばせば触れられる。ゆっくりとにじり寄れば犬歯が覗き低い唸り声が部屋に響いた。

「怖くないぞ」

 両手を広げて武器を持っていない事を示しても、グルルと喉を鳴らすだけ。
どうすれば威嚇してくる小動物を落ち着かせることができるだろうか。思い悩んで、ポケットから伝わる柔らかい弾力性に気がついた。それは、いつも隠し持っていた桃だ。
 そうだ、餌付けをすればいいかもしれない。桃色の果実をゆっくりと掌に乗せれば興味津々の視線が向けられた。
ゆっくりと秘蔵のおやつを差し出してみる。

「うまいぞ、食べてみよ」

 興味を示しているのか、視線が手にさまよってはいるが、手に取る気配はない。ゆっくりと檻を解放する木の枝たちと、衣を引きずって去っていく姿からは哀愁すら感じた。反対側の壁でしゃがみ込むのを見届けながら地面に置くが、動きは見れなかった。

「肉の方がいいのか?」
「肉は……食べない」

 妖怪であるのに、肉を食べる事を嫌うのか。いや、肉を食べる事を禁じられているのだろうか。人間の中で生きる事を強要され、食事すら制限されてはストレスも溜まるだろう。血走った目は闇の中で鋭さを増していた。
この小さな妖怪に、激しく同情がわき上がった。自由にしてあげなくてはかわいそうだ。目についた鍵を親の敵のように睨むと、静かに首が横に振られて白い髪が舞う。

「貴方は、ボクが怖くないの?」
「お主はわしを襲わぬ。それだけで十分だ」

 白鶴童子以外の妖怪なんて初めて見た。怖くないと言えば嘘となる。それも、ライバルにあたる金鰲島のトップの息子である。力も迫力も親譲りで、人間の子供なんてひとひねりだろうに、彼は暴れもしないし脅しもしなかった。ゆっくりと犬のように興味津々に近づいてきて、歪で鉄格子すらもねじ曲げそうな手が、優しく形を確かめるように動く。

「初めての、人間の友達……」
「うむ。よろしくな」

 無邪気な笑顔は人間とそう変わらない。よければ抱き合いもしたいが、冷たく固い檻が壁を作る。
 そういえば元始天尊の存在を忘れていたが、いつの間にか姿が消えていた。彼が言うには、心を許して歩み寄った辺りで、意味深な笑いを浮かべながら去って行ったらしい。必死で彼に触れようとしていた、と言えば変態のようであるが間違ってはいない。どうしても、彼と仲良くなりたかったのだ。妖怪に悪いイメージをもっていた昔の自分をぶん殴ってやりたいと思うくらいには。
 もっと、彼の事を知りたいと思った。しかし月はゆっくりと空で弧を描いて、天頂にあったものがもう西の山へと消えていくところである。
朝の修行に間に合わなければ怒られてしまう。睡眠は修行中に取っているからいいが、どやされるのは勘弁である。名残惜しいが、体を檻から離すとと小さな声が漏れた。
「行かないで」心の声が聞こえてくるが、心を鬼にしなければならないのだ。

「すまぬ。もう行かねば」
「あ……」

 あまりに寂しそうな声を漏らすものだから、後ろ髪を引かれる思いだ。
彼を知ればただの甘えたがりの子供である。離れたくないのは同じだ。想いのまま手を伸ばせば、細い指がゆっくりと伸びてきて掌を滑る。いびつな節が応えるように折れ曲がり、手を包み込み、逃がさないとすがりついてきた。
化粧を施されたかのような色鮮やかな紫の唇が薄く開かれたのが見て取れたが、いくら待てども言葉はでない。困らせたくない、そう顔にはくっきりと浮かび上がっていたのだ。

「……また、遊びにきてくれる?」
「無論だ」
「じゃあ、最後に、手をギュッとさせて?」

 ゆっくりと握りこぶしに力を込めると、形を確かめるように手を包み込んでは照れくさく笑う。
笑顔を脳裏に焼き付けて、誓うのだった。「また、彼に会いにこよう」と。
 妖怪の子に会うと、分かれるまで手を握っているのは日課になった。
孤独の恐怖は、誰よりもわかっているつもりである。幼い頃に家族を亡くし、居場所を失い、仙人界に拾われなければ、怒りに捕われて死んでいただろう。修行が恩返しになるとわかっているが、感謝はしている。本当である。
 失った、なら諦めも付くが、この子供の場合は意思と反して親と引き離されたのだ。ひとりぼっちは同じでも、境遇が全然違う。そう思うと、年上としてもっと優しくしてやりたいと。
 小さな手に収まるくらいでもいい、寂しいから誰かの温もりを求めて手を伸ばしてくる。他人の温かさに飢えてしまうのは、人間でも妖怪でも同じであろう。
ぬくもりならば、抱き合ってお互いの熱を分かち合ったほうが早い。その為にも、自分が頑張らなければ、と思う。
そう決意したならば早い方がいい。その日からは、病気を疑われるほど真面目に修行に打ち込んだ。

「太公望。何故いきなりやる気を出したのだ?」
「元始天尊様。気分ですよ、気分」
「……病気でなければいいがの」
「失礼な!!」

 普段隠れている、皺だらけの瞼を見開く姿は、いくらなんでも失礼ではないだろうか。愛弟子がやる気になったのだから、褒めてくれてもいいと思う。いや、褒められたところで、嬉しいとは思わないから別に構わない、という矛盾した心があるが、それとこれとは別である。
フンと鼻を鳴らして背を向けると、真剣な声と髭を梳く軽い音。

「楊ゼンが関係しておるのか」

 隠しておく事でもないし、咎めている声色でもない。ただ、確認をしている視線と声が突き刺さり、周囲の空気が凍てついた気がした。青い目を空と負けぬように光らせて振り返ると、この狐爺が真剣に、驚いた顔を見せた。

「……わかりますか」
「夜な夜な通っているのを見ると、な」
「ならば話が早いです、私と約束をしてくれませぬか」
「楊ゼンは、まだ解放できぬぞ」
「何でもお見通し、という奴ですか」

 何を考えているかわからない、狸爺ではあるが師である。師を信じずに何を信じろというのだろうか。ため息を1つ付いて、人差し指を目の前にずい、と突き出した。別に攻撃をするわけではない。取引の為だ。
眉1つ動かさずに元始天尊は長い袖の中に両手を組んで隠したままだ。「ふぉっふぉっ、ふぉっ」と意味深長に笑われ、まるでこの決意を笑われたような被害妄想に駆られてしまった。
 わかっている。勝手にタイムリミットをもうける事で、焦燥感に追われているのは自分だ。決してあざ笑われたわけではない。目を閉じて、深呼吸を繰り返すことで落ち着きを取り戻すと、真っ直ぐ師の微笑みを見つめる。相も変わらず長く伸ばしきっているヒゲに触れて、見えない目を細くして弟子の成長を見守っている。その余裕が憎らしくて、自分の理想の姿とも言えた。

「あの子に執着する理由はなんじゃ。同情か」
「そんなものではありませんよ」
「では、何故?」
「理由が必要ですか?」

 質問に質問で返すのは失礼に当たるだろうか。いや、そのような礼節を気にするよりも先に楊ゼンのことだ。なりふり構っていられない。
ピクリと眉が動いたが、気づかないフリをする。唇を尖らせた澄まし顔をで見つめ返せば、深い嫌みなため息をつかれた。性格的に、こうなれば冷戦状態になると知り、師が折れてくれたのだ。

「すぐには無理じゃが、お前が仙人ほどの力をつければ……あの妖怪仙人を、楊ゼンを任せよう」
「二言はありませんね!?」

 飽きれた声とともに聞こえてきたのは、太公望に取って最大の吉報だった。
撤回されてはたまらない、とまくしたてると、目を剥いて凝視をされた。そんなに鼻息が荒かっただろうか。それとも予想外の熱意だったのだろうか。なんだか不本意ではあるが、本気も本気、大真面目なのである。

「儂が信用できんのか」
「出来ませんね」
「こやつめ……」

 さすがに言い過ぎて、この後にどやされながもなんとか約束をつけることができた。彼が人間の姿をとれるようになり、太公望が楊ゼンに負けない力をつけた暁には、楊ゼンを自由にする、と。
彼の為と言えども、そんな恥ずかしい事は面と向かって言えない。

「じゃあ、貴方は人間界を正す為に、修行をしているのですか?」
「そうだ。すごかろう!」
「自分で言う事ですか、それ」

 一体何日の夜を共に過ごしただろうか。もうすっかり心を開いてくれたのか、減らず口や笑い顔を見せてくれるようになった。
肩に入っていた力も抜けたし、気を許して減らず口も利くようになった。時折甘えた素振りを見せるところはまだまだ子供、妖怪の幼年期がどれだけの歳月なのかはわからないが、幼い印象を受けてしまう。
 それに、自分の事で手一杯な危うい雰囲気が和らぎ、太公望について興味を示すようになっていた。
好物、趣味、暇の潰し方、特に人間関係には興味津々に探りを入れてくるほどだった。

「ところで。貴方には意中の人はいるのでしょうか」
「なんじゃいきなり」
「毎晩欠かさずボクの元にいるのですから、いないとは思いますが」
「イヤミな奴だ」

 「そういうお前も居ないであろう」と返そうとしたが、もしかして、彼にはもう相手がいるのだろうか。公主の息子である。許嫁と言える存在は居てもおかしくないだろう。
予想は出来る事なのに、何故こんなにも胸が痛い?
いい知れない危機感を覚えてゆっくりと顔を上げると、長い指で口元を覆いクスクス笑う姿があった。

「フフ。なら、今は僕が一番大切な存在ですか?」
「そうなるな」
「フフっ」

 それはもう愉しそうに、悪巧みを考えた子供のような純粋な笑顔は、見ていて不思議に思うほどだ。何がそんなに楽しいのだろうか。肩を小さく揺らしながら、決して大笑いという下品な笑い方ではない、品のある笑い方に思わず顔を赤らめてしまった。

「僕にも居ませんよ。勿論、許嫁もいません。安心しましたか?」
「何故安心、なのだ」
「貴方にもまだチャンスはありますから」
「まったく、何の話だ」
「えへへ」

 幸せそうに笑われては、止める義理もないし可愛いとも思う。月光が傾き強い光りに照らされた彼の髪が銀の光りを放ち、青白い肌が一層白く見える。
 ああ、綺麗で可愛らしい。

「師叔」
「な、なんだ」
「ずっと一緒に、いてくださいね」

 ああ、可愛い。愛らしい。
 そんなこと、頼まれなくてもやるに決まっている。離れて欲しいと言われても、遠くから見守っていたい。
答えの代わりに手を伸ばせば、何も言わずに頬を寄せてくる。目を閉じてすり寄る姿は、羊を思い出すのだ。手に馴染む小さく肌色の桃の感触に、ただ心を奪われてしまった。雑念に心を鷲掴みにされ、煩悩を払う為にも静かに目を閉じた。
手の触覚が研ぎすまされ、後悔したのはその後の笑い話である。

 楊ゼンは日に日に大きくなり、人間の姿に近づいていった。
長い白髪も色が付き始めた、角も小さく、頭の左右に伸びる2本のみなった。浅黒かった肌も顔から順に肌色へと近づきなり、今や肌手足の先のみに元の面影がある。
綺麗好きな彼は毎晩体を清める事を望んだから、たまに元始天尊から鍵を盗んでは拭いてやった。決してやましい事ではない。野暮な話ではあるが、男の尊厳とも言える幹もスクスク大きくなり、今や負けているかもしれないと冷や汗すら流れる。
 もう、白く乱雑な髪も、犬のような尖った牙も丸くなった。人間に近づいてきた姿を見ると彼の涙ぐましい努力が伝わってくる。きっと、昼間に白い月を無心で浴びながら瞑想をしているのだろう。身動き1つ取らずに。
褒めるように、確かめるように無言で銀の長髪に手を這わせると、目を細めて愉しそうに笑う。子供扱いされているが、抵抗はなく、むしろもっと触ってくれと甘えてくる姿は可愛らしい。
「頭の角と手足と牙さえ完全になれば、人間として生きていけるだろう」元始天尊からも言質はとってある。人間として生きれるという事は、自由になれるということだ。さぞかし彼は、大きな目を丸くして喜んでくれるだろう。
 もう何度目の逢瀬かはわからない。何十年もの間通い続けた満月の夜、いつもの別れの挨拶を交わしながら手を強く握った。

「もう少しの辛抱だ。必ず自由にしてやるからの」

 凛々しい目がだんだん満月のようになっていく。そのまま弧を描いて微笑み、「ありがとう」と一言を発する、それだけ。
それが見たいと思って告げたのに、目はいつまでたっても弧を描かない。代わりに眉が困ったように垂れて、首が横へとゆっくり動いた。

「……ダメです」

 しかし、聞こえてきたのは予想外の言葉だった。きっと、喜んでくれる、そう思っていたのに。自由になりたいはずの子供は首を横に降り続ける。まるで、親からの言いつけを一途に守るような、頑固さ。
素直で大人びていることはわかったが、強要されて縛り付けられるのはやはり可哀想で。どうして、と聞き返す前に、心を呼んだかのような間で彼が低く呟いた。

「ボクが出たら、皆怖がります」
「自由になりたくないのか?」
「なりたいけど、人に嫌われる方が、嫌なんです」
「妖怪なのに、どうしてだ?」
「人間と、貴方と、仲良くしたいから」

 見た目は禍々しい、心優しい妖怪はうつむく。
親から人間の中を生きる出世術として教わったことではなく、この気持ちは本心からだろう。優しい瞳は幼く、周りの表情を伺い怯えきっていた。奥に眠る野心も、攻撃性もない。ただ、好奇心と持ち前の優しさで、純真な思いを口にしただけだ。

「大丈夫だ。皆、お主を嫌いになったりしない」
「本当、ですか?」
「ああ。万が一のことがあれば、わしが守ってやる」

 唐突で、真剣な面持ちの宣言に目を丸くして、瞬いていたが、それでも彼は成長した少年の顔で、柔らかく微笑んだ。
守られるほど弱い力はない子ではあるが、守らずにはいられない。そんな彼が、好きなのだから。

「なら、待ってます。貴方が、迎えにきてくれる日を」

 この笑顔が見たかった。もっと眺めていたかった。修行を真面目にする理由も出来たし、明確な目標も増えた。少しでも早く力をつけて、喜ばせてやりたい。逸る気に任せて体が動き、白鶴童子にも体調が悪いのかと心配されてしまうほどだ。誠に遺憾である。
 ここまで彼に尽くしてしまうのは、同情からではない。彼ともっと長く共に時間を歩みたい、妖怪の事を、いや彼の事を知りたいという欲望という我儘。
一晩では足りない。朝目が覚めて、日が暮れるまで話していてもまだ足りない。ずっと一緒にいれたら、いや、それでは家族になるということになってしまう。それでも、いいかもと思う。見た目も性格も似ていない2人は、周りからどんな関係に見られるだろうか。義兄弟? 養子? まさか、恋人ということはないだろう。1人妄想が捗って小さな笑いが漏れた。
早く、彼を迎えに行きたい。早く会いたい。どんどん朝から夕方までの時間が伸び、夜が短くなっていくと体感する。皆とは同じ時間を歩んでいるのに、そんな馬鹿な。慌てて薄暗い石を飛び越えて、闇に沈んだ洞窟へと入っていった。
 しかし、牢はもぬけの殻となっており、その日以来彼の姿を見初めることができなくなってしまった。
元始天尊に訪ねても「秘密じゃ」と長く蓄えられた髭の前で、細くもやしのような指を1本立てるだけ。「可愛くない真似はやめろクソじじい」と殴り合いに発展してしまったのは、1度や2度ではない。
もしや、衰弱して療養を受けているのかとも思ったが「それはない」と、それだけははっきりとした口調で言われたら信じるしかない。
 姿は見えずとも、毎晩通うのはやめられなかった。いつか、彼が笑顔で出迎えてくれて、共にこの牢を出られる事を信じて。不老になった今では、待つ事なんて慣れている。何年何十年経っても、彼が忘れさえしなければ必ず会える。そう、自分は絶対に美しい妖怪の姿を忘れないのだから。
 そうして、どれだけの歳月が過ぎただろう。もう仙術も一通り覚えて、同門の普賢真人は十二仙に選ばれてしまった。皆、遠くへ離れていく感覚に、太公望は静かに目を伏せる。置いていかれることも慣れている。家族なんて、遠い昔に逝ってしまった。祝辞だから涙を流す事も出来ないし、今生の別れというわけでもない。「簡単には、会えなくなるけどね」と普賢の寂しそうな笑顔を見せられては、太公望も笑顔を見せるしかなかった。
 寂しいのは自分だけではない、相手も同じく寂寥感を覚えてくれているのは救いだ。忘れられる事と、一方通行なのが一番辛く心を抉り取る。青い空を見上げると、いつしか見ていた、小さな天井と月を思い出す。横にはいつも、温もりがあって、失ってからもうどれだけになるだろうか。顔も薄らいでしまった。

「楊ゼン」

 返事がないのはわかっている。彼は姿を消してしまった。仙界において神隠しという物が存在するのかはわからないが、そう例えるしかないだろう。もしかして金鰲島に帰ってしまったのだろうか。確かにその可能性はあり得る。
ならば、会う為には妖怪たちの跋扈するライバルの島まで乗り込まなければいけないのだろうか。いや、それも悪くない。そんな危険な場所でも、引けを取らないように修行をしているのだから。
 それでも、すぐに会いたい。前は名前を呼んだら返事をしてくれたのに、風の音以外の答えはない。彼はいないのだと自覚させられてしまい、拳を握りしめる。

「楊、ゼン」
「貴方、は?」

 再び、か細く名前を絞り出した時だった。人の言葉が返ってきたのは。まさか人の声が返ってくると思わなかった。振り返ると、そこには蒼天と似た髪を持つ青年が、突き匙の形をした宝具を持ち、白い犬を携えて立ち尽くしていた。
こちらを注視しているが、美しい顔は惚けている。名前を呼んだ相手が誰なのか、わかっていないようだ。それは太公望も同じである。
 「楊ゼン」と呼んで反応が返ってきたので、彼なのかと期待に胸を高鳴らせたのだが、彼は銀髪で黒い頭骨を冠ったような容姿をしていた。目の前の好青年に面影はあれども同一人物かまではわからない。唯一、同じなのは翠の目である。
深く、深く、森のようで自然に愛されているような色。見ているだけで癒されて吸い込まれそうになったが、体が地面に叩き付けられる事はない。突然激しく吠え始めた犬に背中を押され、慌てて近づいてきた彼に抱き留められていたから。

「貴方、大丈夫ですか?」

 ああ、この優しい翠の光に覚えがある。闇の中でも真っ直ぐ前を見つめて輝いていた、あの宝石のような、希望に満ち溢れている爛々とした瞳。
彼も、思い当たったのだろうか。真剣な目がどんどん丸くなり、視線を逸らす事を一切しない。ゆっくりと頬へと手を伸ばして微笑むと「あ!」と吃逆のような音が耳に響いた。

「太公望!? 太公望師叔なのですか!?」
「あ、ああ。お主は」
「楊ゼンです! コンゴウから来た、妖怪仙人の……忘れてしまいました、か?」

 ああ、本当に彼だったとは。
すっかり垢が抜けて青年の姿をした彼。羊のような角の生えていた可愛らしくも懐かしい姿ではなく、どの角度から見ても人間の姿が保てるようになっているのは、自分の事のように嬉しい。これが、月の魔力なのだろう。
溢れてきた涙を見せないように肩口に抱きついて、涙が触れないように手で境を作る。しかしそれ以上の力で抱きしめられて、思わず自らの腕が胸へと食い込んできたが、咳き込むだけで難なきをえた。

「そんなわけ、なかろう。待っておったぞ」

 力をゆるめ、優しく肩を抱いてくれたし、耳元で鼻をすする音がする。きっと、彼も感涙を流してくれている。会うのが嫌になって姿を消した訳ではなかったことに安堵し、また涙腺が緩んでしまう。
忘れられなかっただけでも奇跡であるのに、こう再会を喜んでくれるとは思わなかった。故に、心の準備ができておらず、涙が湯水のように溢れてくる。

「ずっと、貴方に会いたかった……!」

 抱きしめる力が強くなり、だんだん苦しくなってきたが離れたくはない。
今まで離れていたつけだ。このままずっと引っ付いたままでも許されるのではないだろうか。しかしそんな事は出来ない。名残惜しいがこの辺にしておこう。背中をゆっくりと叩けば、敏い彼はすぐに意味を理解した。不承不承な表情は整った顔では幼さが誇張されるだけであり、愛おしさがわき上がる。

「しかし、どうして姿を消したのだ」
「ボクだって残りたかったですよ。しかし、元始天尊様から聞いたのです。早く変化を身につけるのはいい方法がある、と」
「いい方法?」

 一瞬、あのクソじじいが最近修行に精を出している理由を、告げ口したのかと思って眉間に皺を寄せてしまった。別段、ばれたところで問題はないのだが、勝手に人の努力をばらされる事に対しては腹正しさを覚えるものだ。
不機嫌なオーラを出した事で、小首を傾げる彼の姿が見れたから、冤罪ではあるが許すとしよう。

「月光浴に適した場所があると聞いたのです。白鶴童子も使用している場所だとか」

 そういえば、妖怪が人間の姿を写せるようになるのは、数年間月光を浴び続けなければならないと聞いた。仙人界では雲の上であるし、夜は彼の元に通っていたから月光を浴びるには集中力が足りなかったのだろう。だから、別の場所に移って人間になることに専念したのだろう。他ならぬ、太公望に会う為に。
 しかし、それは本末転倒ではないだろうか。会う為ならば毎晩会っていた訳だし、会えなかった数十年間が酷く長く感じられたのだ。ならば時間をかけてでも檻越しで毎晩談笑していたかった。それでも彼はきっぱりと首を横に振った。

「だって、それでは貴方と、その……」
「だって?」
「貴方と、早く、触れ合いたくて」

 想いは同じであった、それだけでも嬉しい。太公望がした努力と同じくらい、楊ゼンも血のにじむ努力をしてくれていた。
いつか見た月よりも、眩しく儚い笑顔が目の前にある。彼の背中から風が吹き、髪を掬い上げる。まるで運命を紡ぐ糸のように伸びてきたので、一房とって指に絡めて鼻へと寄せてみる。なるほど、甘い匂いがする。桃の匂いだろうか、陽や月がよく当たる場所は、さぞかし美味しい桃が実るだろう。
 引き合わされるように近づいてくる彼の表情は柔らかく、しかし視線を合わせてくれない。紅潮した頬に自分がどれだけキザな事をしたのか自覚して、つられて赤くなってしまう。
だが、顔を反らそうとしても、いっそう強い季節風に背中を押されて、楊ゼンの体が傾いた。
咄嗟に、腕を掴もうとした。下心なんてない。バランスを正そうと引っ張ろうとしただけである。しかし彼の腕は前に突き出されており、飛びついてくる体勢に反応できなかった。抱きつかれて、臀部には岩の冷たい感覚。しかし腹部から胸部にかけては、温かい感触に包まれている。
 そんな可愛い甘える姿よりも気になった事があった。彼の体つきである。
前と変わらぬ彼である、だがどうも違和感を感じてしまう。こんなに体が丸かっただろうか。睫毛は長かっただろうか。ふっくらと視覚で弾力性を訴えてくる唇は、果たして男の物なのだろうか。

「楊ゼン。お主、女だったか?」
「もう。ずっと一緒だったのに、失礼なお人だ」

 クスクス笑いながら胸を腕で持ち上げられ、すぐに信じ込めない自分がいる。
細い腰も、相反して女体を強調する胸と腰も、長く艶やかな髪も、白い肌も。いつも見ている男たちとは違う。女のものである。
確かに出会ったのは、人間で言う年端もいかない見た目であったし、体つきを見るにもマントが邪魔をしていた。何よりも違和感がない。
 もしかして、ボクという一人称に騙されて、とんでもない勘違いをしていたのだろうか。謝ろうと思い女へと向き直って、首を傾げた。確か、元始天尊は言っていなかっただろうか。公主の息子、だと。

「はて。お主、男であろう」
「まだ言いますか。だからボクは」
「公主の愛息子。王子様」
「……なんだ、つまらないですね」

 意地っ張りの彼だから、あっさりばれた事を認めるのは意外だった。もしかしたら飽きていたのかもしれない。だが、頑に体の変化は起こらずに、誇張される胸部の丘を時折気にするだけである。
もしかして、誰かに追われているのだろうか、それとも何を企んでいるのだろうか。相も変わらず摩訶不思議な王子様に頭を抱えていると、にっこりと妖艶に微笑み唇と頬を赤く染めてきた。

「どうですか? 性別を操れるほどに変化も巧くなったでしょう?」
「なんじゃ。いいから早く戻らんか」
「嫌です」

 どうやら、女の姿をしているのは趣味であるらしい。モデルのように頭を腰に手を当てて、体をくねらせて胸を誇示してくる姿には頭が痛くなったが、元男とは思えない美貌にはため息しか漏れない。
やはり、大きくなっても楊ゼンは楊ゼン。間髪入れずにノーと反論すると、ゆっくりと歩を進めるて体を隙間なく寄せてきた。

「貴方と会えるから、粧し込んできたのです。こんなところに居ると思わず、準備不足でしたが」

 「ドレスを着て、驚かせたかったのに」彼の言葉には強い感情が込められていた。心底残念に思い、憂いを帯びた言霊に、放っておけば本当にやったであろうことはわかる。途端に鳴き声を上げて存在をアピールする猛犬は、ひょっとしなくとも嗅覚で探し人を見つけたのだろう。いつの間に匂いのする物を取られていたのかはわからないが、確実に太公望の軌跡をたどってきたということはわかる。
 ふと、美しいレースを見にまとった彼の晴れ姿を見たいと思ってしまったが、彼は男。列記とした男である。結婚をする為に、女装まがいで男の尊厳を踏みにじらせるような事をしたくない。
彼が女装趣味でなければ、だ。
 やっと諦めて男の姿に戻ると、髪をまとめて隣へと座り込んだ。正座を崩してペタリと地面に座る姿は、また女性のようで可愛らしい。空に負けない、明るく青い髪が太公望を照らし、思わず目を細めた。

「かっこ悪いところを見せてしまいましたが、貴方よりはマシですよね」
「おい」
「そんなところも、何も変わっていない」

 そんな貴方が愛おしい、と春の陽気のように眩しく温かい笑顔が物を言う。

「貴方の心も、変わっていませんか?」
「当たり前だ。ずっとお主との約束を守ろうと」
「そうではありません」
「では、何の話だ」

 自信満々だった彼の唇が戦慄き、やっと言葉を紡ぐのを止める。一体どうしたのだろうか、と林檎のような可愛らしい顔を晒していた。「あの、その」意味もないこそあど言葉が辿々しく繰り返されて、ゆっくりと単語となり文を作り出していく。
 僕は、ひと時も。貴方を、忘れた事が、ありません。
 ずっと、ずっと。独り冷たい月光の下、太陽に、貴方の笑顔に焦がれていました。
 ならば、貴方は?

「ボクのことを、いつも想っていてくれましたか?」

 時が止まった気がした。
そんなこと、決まっている。だが、正直に答えていいものだろうか。
だがそんな事を考えるだけ無駄だ。彼の事を考えれば、答えなんて1つしかないだろう。そう、「無論、だ」と真っ直ぐ翡翠の目を見つめ返すだけだ。
 男同士だなんて関係がない。性別を変えてまで求婚してくれているのだ。答えなければ鬼というものであろう。ゆっくりと手を取り、何か言葉を紡ぐ前に手の甲へと口づけを落とす。
 白い犬がワンワンと甲高く吠え、咥えてきたピンクの花を楊ゼンがゆっくりと手に取った。ここに咲いている花と言えば桃である。確か、花言葉は。

「ボクは前から、あなたの虜です」

 花束でも、情熱の赤いバラでもない素朴な1本の花。それでも彼が持つだけでこんなに世界が色づいて見えるのだ。機械的に受け取ると、彼は湯気が出るほどに赤くなった。安いプロポーズではあるが、受け取ってしまったと気がついたのは、彼の幸せそうな涙を見つけてしまったからだ。

「修行中、ずっと貴方の事が頭から離れませんでした。これは、恋というものですよね?」
「いや、それは、そのだな」
「離れている間、ずっと辛かった。月を見ても太陽を見ても、貴方が浮かんでしまうから」

 透明な想いの雫は、頬を伝って鎖骨へ、胸へと伝っていく。同じ気持ちでいてくれたのは嬉しい、男同士で人間と妖怪との不毛の恋ではあるが、感情を受け入れてくれたことも驚きを隠せない。
唖然と涙を見つめていると、反応をしない事へ疑念が浮かんだのかぎょっと目を剥き噛み付いてきた。

「まさか、貴方に限って恋人が出来たのですか?」
「おい。どういう意味じゃ」
「サボリ癖があって、いい加減で、背が低くて男らしくもない貴方に?」
「失礼な奴だのう!!」
「でも、優しくて、温かくて、犠牲になることも厭わない強さがあって……」

 貶されているのか、褒められているのかわからないが、どうやら自惚れていいようだ。
夜だけの逢瀬で、楊ゼンは真っ直ぐ太公望の心を、本質を見てくれた。褒め言葉も毒も、体裁を守る猫かぶりではない。息をするように、風と共に自然と駆け抜けた言葉は、真っ直ぐ太公望の心を揺らす。なんと心地の良い風だろうか。我が子を見守るように目尻を緩めて微笑めば、薔薇のように赤い頬で真っ直ぐ見据えられる。

「太公望師叔。改めて、ボクと結婚してください」

 風に巻き上げられた桃色の花びらが、まるでシャワーのように降り注ぐ。2人だけの秘めた式場は、情愛を込めたキスとともに閉会。
 離れたときも病める時も、常に貴方を想う事を、誓います。

++++
19.7.10



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