しんげき | ナノ



大きな我が儘と小さな理由

※時間軸不明



最近、子供が妙な知恵を付けた。
巨人の力を制御できたとかなんとかと言い訳をして、「重いものを持つため」や「食料調達のため」と許可をしない巨人化を行うようになった。
問題が起きているわけではない。むしろ仕事がはかどって楽になったくらいだ。
彼の自負通り、巨人の力を使いこなせているのは事実ではある。
それでも兵士の第一の仕事は“命令を聞くこと”。それを怠った以上、上司からのお小言は避けられないのである。


「おいガキ。てめえらに耳は付いてんのか。でかいのは肝っ玉だけか」

晴れた夕暮れの空に、大きな影が一つ。周りを覆う木々すらも物ともしない巨体に、森の動物たちも恐れおののき近づこうとしない。巨体が動くたびに、木が悲鳴を上げて体を捩じらせた。驚き飛び立った鴉に視線を向け、満足そうに長い耳を動かす。
今日も今日とて子供たちのおかげで、リヴァイが執務室から駆り出されることになった。
「屋上へ物を運ぶ必要があった」と弁解をする共犯者の悪ガキどもを一瞥し、大きな子供を睨みあげる。
おとなしく座り込んで、グウ、と唸る。別に弁解することもなければ、暴れる理由も抵抗する理由もない。今日もおとなしく、不機嫌な上司を見守っていた。

「まあいいじゃないかリヴァイ。私はこういう事件は大歓迎だよ」
「うるせえよ。潰されても同じこと言えんのか」
「…………言え……る。重さを自分で体感できるなんてすごいじゃないか!」
「変人通り越して変態じゃねえか」

横で興奮するハンジは流さないと話は進まない。ベタベタと体を触られて不快だが、今は言葉が通じない。唸るだけのエレンに、容赦ない蹴りが脛にとんできた。痛くはないが、変な感覚に小さく声が上がる。巨人の鳴き所なのだろうか。

「で。前に注意したのはいつだ」
「ググウ」
「わかるように喋れ。ガキか」
「無理言わないでよ。ガキなんだし」

言い訳もなにもない。
まともに姿を見ていなかったし、兵士長様は缶詰状態だったようだ。ハンジがかんでいるのは明らか、怒りを孕んだ視線が全てを物語っている。
ストレスが溜まっている蹴りはいつも一段と鋭い。的確に関節を狙ってくる辺り相当イラついているのだろうが、痛みは感じないのが巨人のいいところだ。

「早く戻れ。クソみたいな言い訳でも一分は聞いてやる」
「いや戻らなくていいよ! リヴァイも出てきたし、そのまま実験に付き合って!」
「一人でやりやがれ。戻れエレン」

大きく首肯すると、煙を上げて巨体が前のめりになった。周囲の木々を焼かないように、小さくなる体から更に小さい姿が現れた。すぐさまリヴァイが項に飛び移り、駄々っ子を引きずり出し、抱きかかえられた。
久しぶりの空気が冷たい。久しぶりの体温が温かい。二つの矛盾した感覚に体が安堵し、小さくくしゃみを漏れる。

「お疲れさまです、兵長……」
「今は静かにしてろ。体力が戻ったら尋問だ」

冷たい言葉と優しい言動。思わず苦笑すれば「薄気味悪い」と悪態を吐かれた。弱った体を抱え直しながら。

「あと、どれくらいで終わります?」
「あ?」
「今の書類です」
「クソメガネに聞け」

立体起動と自然が生む冷たい風に身を震わせ、思わず目の前の体に擦り寄った。怪訝な顔はされたが、短い労いの言葉がかかる。
目の隈は、前にあった時より深くなった。
記憶が正しければ、偶然トイレに行く姿を見た昨日だろう。疲労が色濃く出ていたためにろくに会話はしてないが、しっかりと悪くなっている顔色と目つきを見止めた。

「たまにはちゃんと休んでください」
「クソメガネに言え」
「ハンジさんに言っても、ハンジさんが言っても、貴方は聞かないでしょう」
「お前が言っても聞くとは限らねえぞ」

近づいてきた部下たちの労いも適当に流し、リヴァイはエレンを抱えたまま城へ向かう。降りようと思って身を捩ったが、強い力で締め付けられた。これでは逃げることも、離れることもできない。

「でも聞いてくれるでしょう?」
「……」
「“いつも”こうやって貴方は来てくれる」

巨人になる理由は、楽だからが一番。それは皆の一番であって、エレンの一番ではない。
一番はいつも大切な人の為だ。皆は気づいてはいないが、巨人化する時期にはいくつか条件がある。
三つ。エレンの体調がいい。
二つ。仲間に頼まれる。
一つ。リヴァイが忙しく、ろくに休めていない。
一が当てはまらなければ、エレンは絶対に巨人化をしない。仲間に頼まれても断っている。それを知っているのは同期だけであり、ハンジやリヴァイはそれを知らない。
怒られるのも我慢できる、痛みも我慢できる、重労働も我慢できる。それでも大切な人が、リヴァイが無理をするのだけは我慢できない。
別にその旨を伝える気もないし、伝えたところで怒られるに決まっている。
これはただの子供の我儘であり、悪戯なのだ。

「仕事だからだ」

ぶっきらぼうに、目は真っすぐを城を見つめている。夕日に照らされて、顔色はよくなったように見える。それでもまだ足りない。

「俺を抑えるのは大変でしょう? だから今日はもう休んでください」
「自分で言うな」
「だって、図体のでかいガキなんて、厄介な代物早々いませんよ」
「確かにな」

ああ、やっと笑ってくれた。
再び抱え直そうとして、体が浮いた瞬間に短くキスをする。特に何も言わないが、頬は夕日よりも赤い。
動物たちがくさむらの影から、遠巻きに眺めていた。

++++
16.7.1


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