しんげき | ナノ



貴方だけに聞こえる言葉

※ネタバレ
※エレン視点




「え、巨人から戻れなくなったのかい?」

ハンジの狂乱と期待の混ざった嬉々とした声に、エレンは尖った耳を垂れさせながら低い唸り声をあげた。
「連続して実験を繰り返していた結果、巨人の姿で定着してしまった」 そうハンジが興奮ぎみで執務室を叩いたのはつい先程のことだった。
他の巨人のように一体化したわけではないのか、"エレン"としての意識があるのは不幸中の幸いで。仲間の「お座り」の命令を素直に聞き入れて実験場所で座り込んでいた。

「エレン。大丈夫エレン。辛くはない? 苦しいところは? お腹はすかない?」

世界の中心はエレンだ、と豪語するミカサは相変わらずエレンの心配ばかりする。「なんともない」と首を横に振るが、周囲をぐるぐる回りながら同じ言葉を繰り返す。聞く耳を持たない、とはこのことだ。
きっと元に戻るまで、いやどちらかが結婚するまでミカサの過保護は続くだろう。

「すげー。相変わらずでっけーよなー、お前」
「ミカサに心配されやがって......削ぐぞテメェ!」
「腕や足は切っても生えてくるんですよね? じゃあ、じゃあエレンが元に戻るまでに切って焼いて......に、肉が食べ放題!?」
「やめなよサシャ!! エレンなんて食べても美味しくないよ!」
「それより......巨人って食べられるの?」

好き勝手騒ぐ104期生達にうんざりして鼻を鳴らすだけで、遠くにいる親しくない隊員たちが肩を震わせブレードを構える。
わかっていた。
人間の姿をしている時から、巨人化の力を制御出来てきた今ですら怯える者はいる。数々の死線を共に潜ってきた同期たちは今更こんなことでは怯まない。自分以外の生き物に怯える、それは人間として当たり前のことだ。ましてや、敵である巨人の力を宿す者に心を開くはずはない。
遠巻きに眺める兵士たちを鼻で嘲笑うと、やけにはっきりとしたブーツの音が聞こえてきた。

「おいガキ共。ピーピーうるせーぞ。遠くにいても堪に障る甲高い声が聞こえてきやがる」

ブーツの音を鳴らしながら、眉間の皺を三割増しさせたリヴァイが、今にもスキップをしそうなハンジの胸ぐらをつかんで引きずってくる。
「痛い、痛いよリヴァイー!」そういう目も声も楽しそうにエレンを映していた。
慌てて人垣を分けて道を作ると、リヴァイがエレンを見上げてくる。元から小さい体は更に小さく見える。今なら握り潰せるだろうか。いや、きっとその前に項に痛みが走って終わりだろう。人類最強の男はだてじゃない、強い眼光が項を睨み付けてくるのが痛いほど伝わってくる。

「なんだ。本当に戻れねーのか」
「出てくるように言っても、何故か急所だけが硬化していて刃が通らないんです」
「なんだ引きこもりか? 新しい方法だな。流行らねえし流行らさねえから、さっさと出てきやがれ」

「中で野糞なんてたれやがったら出してやれねえだろ」と冗談か本気かわからない事を言いながらもエレンの膝を執拗に蹴りつける。咄嗟に拳を握るミカサはアルミンが押さえ付け、それでもエレンは首を振るしかなかった。出たくても、上から蓋をされているみたいに動けないのだから。おまけというか、体にまとわりつく筋繊維すら鎧化したように固まっている。取り込まれる心配ばかりなさそうだが、迷惑きわまりない。「力を使いこなせていないための後遺症のようなものかな?」とハンジは言っていたが、その通りだと思う。

(確かに引きこもりみたいだ、拗ねたガキじゃあるまいし)

項を引っ掻いても変化は起きない。かゆみと鎧がとれるわけでもなく、ただただ指が痛い。
盛大に溜め息を吐くだけで、実験に使っていた丸太が紙くずのように転がっていく。「くせえ」と罵る声は無視しておくとして、ゆっくりと立ち上がるとまとわりついていた仲間たちが退いていく。

「しょーがねぇな。ガキ共。もう日がくれるからお前らは戻れ」

エレンに寄り添いながらも億劫にしっしっと手を振るリヴァイに皆が首を傾げた。

「兵長はどうするんです?」
「見張るしかねえだろ。いつ我を忘れて暴れるかわからねえのに」
「なら私も、」
「お前は皆についてやれ。コイツが万が一、俺をも殺した時に働いてもらう」
「なら兵長たちは今晩はどこに......」
「ここに残る。根城の近くにコイツを置いてみろ。暴れた瞬間全員潰されちまうぞ」

最悪の事態を想像して、苦い顔をする一同にリヴァイは強気に笑いかける。

「俺がこんなケツの青いガキに殺られるわけねえだろ。安心して飯食って糞して寝てろ。ハンジ、あとは任せる」
「りょーかい」

一人一人、頭に手をおいて安心させる姿はまるで父親のようだった。納得のいかない者もいたが、皆安心してハンジの後について去っていく。その姿が見えなくなって、リヴァイを見下ろせば安心した顔をしている。

「ゲィ、ガァ」
(兵長、)

人間の言葉は話せない。伝わるはずのない名前を呼ぶが、ゆっくりと黒曜石の瞳がエレンを捉える。

「なんだ」

「皆が羨ましかった」なんて今のこの姿では言うことができない。何でもない、と目を反らせばまた爪先を蹴っ飛ばされた。

「基本的寝たら何でも治るんだよ。寝るぞ」

洞窟に入ることを促されてすごすごと巨体を丸めて洞窟へとねじ込む努力をする。この図はまるで牛飼いと牛ではないか、家畜のようで面白くない。しかしその怒りも背中から聞こえてきた可愛い音で和らいだ。

「......」

無言で腹を押さえるリヴァイに、エレンは耳をピクリと動かした。前のめりになって耳を近づけると乱暴に叩かれた。理不尽である。

「てめえのせいで1日飯を食いっぱぐれるんだよ……。やめろ。キラキラした目で見んじゃねぇよ。見せもんじゃねぇぞ」

それは昼から実験をしていたエレンも同じではあるが、言ったところで通じるわけもない。

猫のように鼻をこすりつけようとすれば、靴の裏で押し返された。ぐりぐりと敏感な部分を蹴られてはくすぐったくなる。小さくくしゃみをしたつもりが突風となりリヴァイを襲った。

「てめぇ……」

鼻の頭をぬぐいながら、額の皺は5割増し。その辺の子悪党でも視線だけで殺せそうな凶悪面だが、ずっと一緒にいたら親の顔よりも見慣れた光景。それでも怒らせたら厄介なのは知っている。手足がそぎ落とされる未来が頭をよぎり、慌てて周囲を見回した。
見つかったのは大きな木。緑の葉の間からは赤く点々とあかりが見える。夕日に照らされて、一掃輝くその点に優しく手を伸ばすと、落とさないように枝をいで手渡してみた。今は巨人だからわかりずらかったが、リヴァイが完全に隠れてしまうことより改めて木が大きかったことを確認する。しかめっ面は相変わらず、それでも部下の気持ちは無碍にしないところは流石というか甘いというか。赤く光る実を一つとると、迷いなく口へと運び咀嚼する。知っている実だったのかどうかは知らないが、渋い表情をしていないということは、悪くはないのだろう。皺も2割にまで減った。

「水もとってこい。近くに川があっただろ」
「ア゛イ」

見張りをすると言ったのは誰だっただろうか。近くの岩に座り込んだにも飽き足らず、木を引き寄せると次から次へと食べ始める。

顎で使われて面白くはないが、逆らえないのも確かである。耳を動かし出来るだけ体を低くして、音の方向へと向かった。


実験で使っていた鉄の板を凹ませ、即席で作った器いっぱいに水を入れ。戻った頃には赤い宝石の小さな山が出来ていた。この神経質な人は器用なことをする。まさか枝についていた綺麗な木の実だけを全て、分けてしまうとは。傷んでいる木の実を求めて小動物が集まっている様は、いつしか読んだ童話にそっくりだ。
きっとこのことを言おうものなら、今度は意識が吹っ飛ばされそうである。

「ガガギア、」
(ただいま戻りました)

「おう、そこに置いとけ」

丁寧にむしっては乱暴に投げ捨てる。矛盾した作業を終えてリヴァイはやっと顔をあげた。この満足顔は掃除の後に見ているものだ、いつもの顰めっ面に見えて少し口角が上がっている。エレンですら最近ようやくわかってきた変化なのだ。
水を器から躊躇わずに口に含む。警戒しないのは信頼されている証か、嬉しくなって耳を動かせば睨まれてしまった。理不尽な。機嫌を直すために偶然見つけた猪を出せば「お前にしては上出来だ」と悪い顔で笑った。この顔すら見慣れてしまい、かっこいいと思えるのはある種の病気なのだと自分でも思う。

「なにボーッとしてんだ。残りの実はてめえの分だ。食え」

煙が上がらないようにと石を熱し始めたリヴァイの気遣いに胸は締め付けられたが、エレンは静かに首を横に振った。

「ガガア、ガアゴォ」
(俺はいいです)

リヴァイはしかめっ面でエレンを睨み付けてくる。捌いた肉にナイフを突き立てると、ドスを効かせて睨みあげてくる。いくらメンチをきったところで、小さいこともあり可愛いだけだが言うわけにはいかない。言葉が通じなくとも、きっと夕飯の一部にされてしまうだろう。

「まさか肉じゃないと嫌だ、と贅沢ぬかすんじゃねえだろうなぁ?」
「ガガウ、ゲガガ、ガァ」
(全部貴方のですけど)

同じように朝は抜き、吐かないようにと昼も軽食だけだったのに。驚くほどに腹が減らないのは何故だろう。巨人化の影響かどうか真実は定かではない。
断固として首を縦に振らず座り込んでいると、先に折れたのはリヴァイだった。肉の香ばしい匂いに背を向けて、突然服を脱ぎ始めたのだ。

「行水してる間に食いたきゃ食え」

それがリヴァイの不器用な優しさなのは知っている。焼けていく肉を見ながら心が暖かくなるのを感じ、リヴァイを見て体が熱くなるのを感じ、慌てて首を振った。

(興奮してどうするんだ俺!)

歴戦の傷に、無駄のないしなやかな筋肉。淡々と全裸になる姿を見るだけで落ち着かなくなってきた。
鼻を鳴らしながら、視線を往復させる。こんなに無防備に、罠でもなくご馳走があるなんてそうそうない。肉なんて食べられる時は限られている。欲を誘う美味しそうな香りに我慢できず、鼻を近付けるとすぐ傍で舌打ちとドスのきいた声が聞こえてきた。

「なにしてんだテメェ......」

顔を上げようとすると固くもすべすべしたものが鼻に当たる。思わず擦るつけると、ため息とも吐息ともとれる声がする。

「やめろ。じゃれつくんじゃねえよ」

そうはいいながらも何も抵抗を示さない。くすぐったそうに体をよじる姿にまた興奮してきた。

「暇なら邪魔する前に頭から水をかけろ。全身が濡れるくらいでいい」
「ア゛イ」

汲んできた水をひと掬い、ゆっくりと頭から打たせ湯のようにかけてみる。「もっと一気にやれ」「そんなに急にすんじゃねえ」と怒られながらもなんとかコツが掴めて、何も文句を言われなくなった。目を閉じて気持ち良さそうにしているのは嬉しい。全身くまなく塗らしたころには、飛んだ水で火も消えていた。
そこで改めて状況を理解する。濡れた肢体におりた髪、水も滴るいい男とはこのことなのだろう。絵に掻いたような肉体美が夕日に照らされて思わず感嘆の声が漏れた。

(触りたい)

暴走した欲のままに舌を出すと、背中へと這わせる。水を嘗めとるように味わうように、先程注意されたことに気を使いながらも執拗に背中を舐めまわした。
初めは何が起こっているのか理解できていないリヴァイだったが、我に返りエレンを睨み付けてきた。

「盛ってんじゃねえよクソガキ! お前の舌でベトベトになるだろうが!!」

怒声にも怯むほどエレンの肝は繊細ではなかった。構わずにリヴァイに正面を向かせて全身に舌を這わせ出した。顔、首、肩、右腕、左腕、胸、腹、股間、足。興奮した熱い吐息が舌に触れたが、それすら興奮剤となりエレンを煽る。力の抜け始めたリヴァイを持ち上げて、もっと堪能しようと舌を伸ばした時だった。いきなり甲高い声が響いたのは。

「何かいい匂いがしたと思えば! お肉! お肉じゃないですか!」

興奮したサシャが駆けてきて、獣のように濡れた肉をかっさらう。さっき根城へと戻ったはずだ、と二人で目を丸くしていたら他にも人影が近づいてきた。

「エレン。大丈夫? エレン」

毛布を手に駆けてくるのはやはりミカサだった。後ろからはウエイトレスのようにハンジが一人分の食事を持っていた。勝手に肉を食べ始めるサシャはおいておくとして、一体なんの騒ぎだろうか。服を拾い上げて被せてやれば、リヴァイも簡単に羽織って掌から覗きこんだ。

「なにやってるのさリヴァイ。そこを代わってくれないかな、羨ましいねチビ」
「握り潰されちまえクソメガネ。なんの用だ」
「朝も昼もまともに食べてないし、ぶっ倒れてるかと思ったけど......私たちよりいいもん食べてるじゃねーか。食われちまえ」
「刻んで野犬の餌にされてえか。 躾のたまもんだ 」

相変わらず仲がいいというかなんというか。ハンジからの得たいの知れない悪寒からは目をそらす。

「大丈夫? チ、兵長に変なことされてない?」
「ギギ、ガギア、ガガ」
(チビっていうのやめろよ)
「大丈夫? 本当に大丈夫??」

相変わらずベタベタしてくるミカサは、項まで上がってきてブレードで叩く始末。痛いわけではないがくすぐったいし気持ちも悪い。「やめろ」と抗議してもとんちんかんなとこを言ってやめる気配はない。

「もうすぐで出られそうな気もする。少し、鎧が剥げてきた」
「くすぐったいって言ってるだろ。降りてやれ」
「......わかりました」

ミカサが汚いものを見る目をしている気がして、咄嗟にリヴァイに蓋をする。渋々降りるミカサに安堵しながら項を掻いてみたが、確かに硬化が剥がれている。

「出られそうならリヴァイ、頼んだよ」
「ちょっと待て。水浴びしてたんだよ」
「悠長だねぇ......。とりあえず、オッサンの裸なんて拷問だから服着て」
「うるせえ」

ふっと目を反らすミカサに、勝手に肉を焼いて食べており、こっちに興味すら向けないサシャ。これ以上夕飯を奪われてはたまらない、と声を上げたが怯みながらも手は止まらない。ここまで食への執念が強くては、逆に感動を覚えてしまう。
とりあえずサシャはいい、リヴァイだ。

「ガァ、ギギウ?」
(大丈夫ですか?)
「気にすんな。こっち見んな。それより出られそうか?」
「ガガア、ガウガア」
(明日までかかりそうです)

意味もない音にリヴァイは無表情のままだ。

「明日までかかりそうだ。憲兵には気を付けろ」
「わかったよ!」

叫びながら指の死角でズボンを脱ぎ締めるということは、余程気持ち悪かったのだろう。手伝おうと指で擦るが「くすぐったい」と一喝された。

「ところでリヴァイ」
「なんだクソメガネ」
「君、さっきからエレンの言葉を理解してるの?」

そういえばさっきからリヴァイとは意思疏通がちゃんとできているかのような感覚で、気付かなかった。瞬かせ視線で問えば、乱雑に頭をかいている。
何故ばつの悪そうな顔をしているのだろうか。首を傾げて口を開けば小さな手が邪魔をする。

「んなわけねえだろ。いいから戻ってろ。サシャ、肉は持ってっていいからいやしい真似はやめろ」

野犬のように肉を貪るサシャから一枚だけでもと肉を死守すれば、反射で弓を構えられた。項が硬化していなければ射抜かれていたかもしれない、彼女の目は本気だった。
後ろ髪を引かれるミカサとサシャを連れて去っていく三つの背中を見送り、再びリヴァイへと視線を戻す。真っ赤な顔に、今更ながら服を着ようと動く素足。

(兵長だけは、俺の言葉をわかってくれてるのかな)

嬉しくなって剥き出しの背中に舌を這わせれば鋭い裏拳が牙を叩いた。

+END

++++
あなたは『母国語以外の言語を巧みに操る』エレリのことを妄想してみてください。

巨 人 語
エレンが戻れなくなって、言葉が通じなくなってもどかしい二人

16.4.11

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