1.蟹がやってきた
1.蟹がやってきた。
「遊戯さん、お届け物でーす。」
始まりは、ある朝から聞こえた宅配便の届いた声だった。
武藤遊戯、18歳。一年前にファラオの魂と共に、千年アイテムを探しデュエルに明け暮れた日々を送っていた少年も、立派に高校を卒業して大学生活をおくっていた。
今は、通学と諸事情で一人暮らし。家事に慣れないながらも、充実した毎日をおくっていた。
このお話しの説明はここまでにしておこう。
話を戻して、宅配便だ。ネットで買い物をしたわけでもなければ、実家からなにか届く予定もない。一体誰からだろうか。遊戯は首を傾げながらも判子を手に早足で玄関へ向かった。
「ありがとうございました!」
「ご苦労様です。」
笑顔で扉を閉め、遊戯は改めて箱を見た。
差出人は不明。
益々意味深である。
「また海馬君?暇なら仕事しなよ…」
だが遊戯は即答である。というか決めつけである。溜め息混じりで友人の株が下がる一言を漏らしながらリビングへと戻ろうとすると、トテトテと軽い足音が近づいてきた。
「相棒?どうしたんだ??」
現れた少年はアテム。
一年前に儀式を終え今生の別れをしたと思いきや、未練たらしくも転生してきたのだ。
しかし、変化が一つ。年齢が著しく下がっているのだ。今は大体小学生三年生。見た目は子供、メンタルは豆腐。その名もアテム。ここテストに出ます。
先ほどの"諸事情"というのが、このアテムの存在。別に実家暮らしでもよかったのだが、あまりに遊戯がアテムを溺愛しすぎて、見せられない状態が起きてしまった。それが原因である。これはひどい。
「その箱は?」
「海馬君からみたい。差出人不明の暇人はあの人しかなさそうだし。」
「ハッ!自分の名前を忘れたのかも知れないぜ!」
「さすがにそれは……、いやでも……」
どこまでも海馬への扱いは悪いらしい。
「またアテムと僕に対する嫌がらせか知らないけど。…取り敢えず開けようか。」
"また"ということは、前科があるらしい。だが躊躇わず開ける遊戯も恐ろしい。箱が下に降ろされると、アテムは目を輝かせて覗きこんだ。
まず包装紙を破る。
すると出てきた段ボールには、"蟹"と書いている。
嫌な予感しかしない。
「…相棒。これは何て読むんだ?」
額に皺を寄せるのは仕方がない。ここまで密度のある漢字など、知らないとただの線の密集した図である。
「『かに』だね。赤くて、甲羅がある八本足の海の生き物だよ。美味しいんだぜー。」
蟹の鋏を真似るように、チョキを動きしてやればアテムも無邪気に真似をする。しかし動きの意味はわかっていないらしい。
「で、相棒。その蟹は…人間くらいの大きさなのか?」
問題はココである。
人間ほどの大きさはある巨大なダンボール。しかも重い。軽々と人が持てるものではない。
何者なんだろう。……にこやかに遊戯へ手渡そうとした、郵便配達のお兄さんが。
「いや、こんな巨大な蟹をタダで送ってくるのは間違いなく詐欺だよ。普通ありえないよ。」
言われて露骨なまでに警戒した遊戯は、箱を玄関に置きリビングの柱から様子を見る。問題はなさそうだ。
次にまず箱を布団たたきでつついてみる。問題なさそうだ。
「相棒。気にせず開けても大丈夫だと思うぜ?お腹もすいたし。」
「そうかなぁ…念のため、アテムは僕の後ろに来てね。」
「何かあるのか?」
「蟹に襲われたら危ないでしょ?」
「い、いや相棒は俺が守るぜ!」
「蟹は主に小さい子に襲いかかってくるんだ…」
わざと声のトーンを下げて言ってやれば、アテムは後込みした。深刻な顔で箱を見つめて遊戯の背に隠れた辺り、本気にしたらしい。
「可愛い」と言えば難しい年頃の彼は拗ねてしまう。クスクス微笑みながら段ボールを開けた遊戯だったが、次の瞬間。
すごい勢いで蓋を閉じた。
「どうしたんだ相棒?」
遊戯の異常な行動に、恐る恐る顔を覗き込むと、無表情。
「ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない」
暗示をかけるような、しきりに同じ言葉を繰り返す遊戯にアテムはちょっと、いやかなり引いた。
だが恐怖より好奇心が勝った。箱をさわる勇気はないが、遊戯に状況を問うことにした。
「か、蟹が襲ってきたたのか!?」
「ありえない…」
遊戯は聞いているのかわからないが、会話にならない。目の前の出来事が余程信じられなかっただけのようだが、アテムは不安になるばかりだ。
ついに遊戯の様子を伺いながら、箱を開けることにした。気を張り巡らしながら、一歩ずつ足を踏み出し箱に近づく。少しつついても、反応はない。チャンスだと思い切って箱を開けると。
「……これが蟹?」
ではなく、人間。
蟹という表現は、あながち間違ってはいないが、食べ物の蟹ではなかった。
「………」
箱の蓋は再び閉じられた。
「相棒。あれは誰なんだ?」
アテムの反応は淡白だった。容赦なく箱を閉めると遊戯の元へと駆けて戻る。助ける気は0だ。
「知ってたらここまで驚かないよ!知ってても朝っぱらから人が送られてきたらビックリするけど!」
もっともな意見である。
遊戯が大声で叫んだのと、何度も蓋を開けた事で中の"蟹"が目を覚ましたらしい。箱の中で転がる音とぶつかる音、「狭い」と低音の愚痴が聞こえてきた。
再び静寂が訪れたことで、動いたのはアテムである。遊戯を守るように、だが恐る恐る箱へ近づくと、先に箱が開かれた。これは予想をしていても驚かざるを得ない。
"蟹"もとい、箱詰めにされていた人間は、上半身を起こしまず周囲の確認。遊戯とアテムに見覚えはない。目を擦ると周囲に目を走らせた。
「ここは…」
自分の見知った場所ではないことがわかったらしい。双子のようにそっくりな二人へ目を戻した。アテムは警戒心は丸出しだが、遊戯の後ろへと隠れてしまっている。遊戯は苦笑するばかりだ。
「そしてお前たちは誰だ?俺は…連れ去られたのか?」
飲み込みが早いのは助かるが、説明するのに時間は要するだろう。まずは警戒心を露わにする彼を箱から取り出し、リビングへとあげたのだった。
***
「で、改めて。僕は武藤遊戯。こっちはアテム。この子は居候だよ。」
「相棒!俺たちは相棒じゃないのか!?」
「もー、そういう意味じゃないの!」
泣きそうなアテムを抱き留めていたら、男は口を開いた。
「…不動遊星だ。」
「遊星君か。よろしくね。」
ニコリと笑うと、面食らったらような顔。
少しずつではあるが、警戒心は解かれてきたようだ。
「ところでここは何処だ?サテライトではないが……」
「サテライトは知らないけど、ここは童実野町だよ。」
「童実野町?ネオ童実野シティではないのか?」
「ネオ…強そうな響きだぜ…」
アテムと遊星の気の抜ける会話に、遊戯は苦笑い。随分と落ち着いてきた遊星に、一安心である。
そこで、前々から聞きたかったことを訪ねることにした。
「それより最大の疑問が。何で箱に入ってたの?」
最大の問題かつ、最大の謎である。
「気付いたら、としか……。覚えてるのはイラッとする高笑いが聞こえたような…」
高笑い、謎の行動、拉致好き。
「海馬だな。」
「海馬君だね。」
彼に対する信頼感は最早皆無である。
「もう一人の僕にフラれ続けて、別の年下に手を出すとは……ショタコンなのかな、あの人。」
「フってないぜ?むしろ告白もされてないぜ!」
「君のその可愛いところは、時に凶器になるよね。」
心外だ、と力説するアテムに遊戯は力なく笑う。ニパッという笑いは、天使の笑みというべきか、小悪魔というべきか。とりあえず、遊戯の心の大半を占めるのは。
海馬君ざまあみろ。
「でも、何でここに送られて来たんだ?海馬が犯人なら、会社に行くはずだぜ?」
「さぁ?ネジが数本飛んでる海馬君の考えはわからないよ。間違ったんじゃない?人をクール便で送ることすら間違いだし。」
「普通は死んでるよな。この世界は普通じゃないけど。」
アテムがメタ発言をしましたが、特に突っ込まない二人。よいキャラはメタ発言なんてしてはいけません。
そんな二人の会話に、遊星は始終首を傾げていた。『海馬』という人物は知らないが、似ている人物なら知っている。どこでも困った君はいるんだな、と変な納得をして流すことにした。
わからないことだらけだが、腐ってもデュエリスト。は無駄な死線を越えまくってきたため、この程度のことでは驚かない。デュエリストすげえ!
「遊星君。帰り方がわからないなら、しばらく家に泊まっていく?」
「しかし……」
「君はデュエル好き?」
「!お前達もデュエリストか?」
興奮気味で目を輝かせる彼の反応が、何よりわかりやすい返事である。
「じゃあ決まりだね☆」
「楽しくなりそうだぜ!早速デュエルやろうぜ!」
見事カードで蟹を釣り、次元を越えた不思議な同居生活が今始まった。
+
●オマケ●
表「チューナーモンスター?」
アテ「シンクロ召喚?」
星「知らないのか?」
表「初めてだよね・・・・・聞いたの・・・・・」
アテ「意味不明だぜ・・・・・」
+++++
昔の前作まぜこぜネタをまた掃除してみました。
あとがきのテンションが高すぎて、うざかったのでカット。若いってすげぇ。
修正:14.9.5
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[mokuji]
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