ゆぎお | ナノ



始まり


※パロディ
※カオスの権化



見てるだけでよかったのに。でも人間は欲深い生き物で。
見てるだけで、話すだけ、そうやって"したい"が叶うだけで、どんどん欲が膨らんでいく。

遠くで見ているだけでよかった。
彼は有名なマジシャン。顔も良ければ明るくて、ヒーロー的存在。同い年というのは驚いた。それにそっくりな顔にも。
他人とは思えなかった、それが始まり。
しかしテレビで見る度に実際のショーを見かける度に、彼の笑顔と周りの笑顔に虜になっていた。追っかけをするほどに夢中になっていたのに、気づいたのは親友の指摘があったからだ。 今日の公演も終わり、皆が笑顔のまま会場を出ていく。
残っているのは同じく追っかけだろう数人の女性と、彼の姿。頬を染めながら花を渡す女性たちに、笑顔で受けとる彼。そんなやり取りをぼんやりと眺めていた。

女性たちもいなくなり、彼も花を持ちながら奥へと消えた。代わりにサーカスに似たステージに静寂がやってくる。
ああ、名残惜しいがそろそろ行かなくては。
ステージだけを照らすライトをぼんやり見つめていると、彼を見ている気分になる。我に返り会場を後にしようとした時、ふと視線を感じた。気配に敏感な為についつい周囲を見渡してしまった。 視線は、下から。
それに気付いたときには、動けなくなっていた。

「君、もしかしていつも来てくれてる人?」

何故そこまでわかるんだろうか。緊張で強ばった体と口は、動かない。
そんなことは知らず、彼は笑顔で観客席の下まで近づいてきた。

「やっぱり!私にそっくりなので、覚えてたんですよ!」

彼は観客1人1人をちゃんと見て演技をしているのか。そう知ったときに、また心から沸き上がる安堵と暖かさ。
彼は、皆のことを考えている。皆の笑顔は彼のそんな心遣いから生まれるものなのだ、と。 この人に興味を持ててよかった。
無意識に浮かんだ笑みに、彼が目を見開き柔らかくはにかんだ。
知っていてくれるだけで満足だ。そう出ていこうとした時だった。彼が手招きをしたのは。

「よかったらお話ししませんか?私、同年代の友人が少ないんです。」

緊張で硬直してしまったのは言うまでもない。顔が真っ赤なのも自覚はしている。しかしこのまま無言なのも失礼ではないか。それでも口は動いてくれない。
ぱくぱくと開閉を繰り返すだけしかできなかったが、彼は嫌な顔をせず微笑んでくれた。

「可愛い人ですね。」

彼は純粋なお世辞を口にしただけだ。でも心を乱されるのには十分だった。
真っ赤になり目を泳がせていると、誘うように下から差し出される手。フラフラと夢遊病のように誘われ、気がついた時にはさほど高くはないステージに落ちようとしていた。

「ぁ...っ」

サーカスのように客席が高くなっているステージだ、体制を立て直そうにも落ちた状態ではもう遅い。せめて、と客席に手を伸ばすが遠ざかるだけ。
落ちる。
そう覚悟して目を瞑るが、衝撃はこなかった。恐る恐る目を開けると、眩しい笑顔。そしてライトの光。
そう、彼に抱き止められていた。

「大丈夫ですか?」

尻餅をつきながら、まさか滑り込んでまで助けてくれたのだろうか。慌てて身を捩り抜け出そうとしたが、頬を滑る手によって阻まれた。
反射でゆっくりと閉じていた目。近付く熱い息。唇が重なるのも時間の問題だった。
温かい唇が離れ、ゆっくり目を開く。相変わらず煩いライトと、慌てた様子の彼。ゆっくりと地面に下ろされたと思えば、素早く背を向けられてしまった。ご丁寧に正座をしながら。

「ごっ!ごめんなさい!初めて話すのに、いきなり、こんな......」

小さくなる語尾に、震える背中。どうしたものか、こちらまで悪い気になってきてしまう。

「俺、こんなことするつもりで誘ったんじゃないんだ...ごめん、ごめんっ!」

ひたすら謝る彼に、罪悪感が沸き上がる。
紳士的な口調も砕けているが、これが本当の"彼"なのだろうか。不謹慎ながら、嬉しくなり笑ってしまった。
笑い声に恐る恐る振り返る彼。怒られて相手の機嫌を伺うを子供のような顔に、更に笑いが込み上げてしまった。
最初はむっすりとしていた彼だが、徐々に笑顔が戻り笑いが上がる。しばらく2人だけで笑い合うと、彼が立ち上がり手を差しのべてきた。

「さっきはごめんなさい。でも、こんな私でよかったら、...こ、いや、友達になってくれませんか?」

答えは、差し出した手で伝わっただろうか。引き上げてくれ、服の汚れも払い落としてくれたところで、改めて彼と見つめ合う。
本当にそっくり。そして、眩しい。
思わず顔を赤く染めて反らすと、嫌な顔もせずに微笑んでくれた。

「シャイなんですね。そして、もしかして...喋れないのですか?」

その言葉に反論しようとして、1つの考えがよぎる。
先程のキスは、もしかして不本意ながら"女"だと勘違いをされたからではないだろうか。ならば今声を出せば男だとバレる。決して高くも可愛らしくもない、寧ろ同年代からしても凄みのある低い声だ。もし男だと知れば彼はショックを受けるかもしれない。
嘘は苦手だが、この場をやり過ごすしかない。不自然なほど必死で頷いたが、彼は笑顔で流してくれた。

「ならお話しは無理ですね...。文通にしましょう。」

どこからともなく表れた紙に、器用に指の上で回されるペン。弧を描きながら彼の指に収まると、うって変わって馴れない動きで文字を書き始める。

「私の連絡先です。よかったら、貴方の連絡先も教えて貰えますか?」

答えなんて最初から決まっている。渡された紙とペンに、ケータイを取りだしぎこちない動きで連絡先を書き写す。
彼が慣れていない様子だったことから、あまり人に連絡先を教えないものなのだとわかる。それだけでも嬉しくてまた赤くなりそうだ。
顔を反らしながら渡すと、彼はそれはそれは嬉しそうに笑う。紙を大切そうに握り締めると、両手を握られ驚いた。

「これからよろしくお願いします!ユウ!」

思い付いきの偽名は彼のお気に召したようだ。複雑な思いを抱えながらも、彼の笑顔を見ているだけで幸せだった。

++++
【ゆやユト語り】人気芸能人と一般人になった2人(※元々その関係の場合は立場逆転で)について語りましょう。

お題元ェ

15.6.30



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