パニック!女子編
A杏&舞編
さてさて。家族にユウギについて事情を説明してからやるべきは、衣服の調達だ。
いつまでも裸と言うわけにもいかないし、遊戯の服はサイズが合えども下着は合わない。それに遊戯に遠慮しがちなユウギである。ずっと服を借りるのも気が引ける。
『知り合いに出会ったら直ぐに逃げる』という条件で外にでたのはいいが、早速約束が破られようとしていた。
「あら、遊戯じゃない!」
人通りの多いショッピング街に出て、数分もしない内に杏にばったり出会ってしまったのだ。しかも一緒に舞もいるではないか。ユウギは慌てて遊戯の背中に隠れてしまった。
「杏!おはよう。」
「おはよう。どうしたの?ショッピングなんて珍しいわね。」
「うん、ちょっとね。」
背後に隠れているユウギを見やると、必然的に2人も視線をやる。ユウギから非難の視線を感じるが、仕方あるまい。
「あら、その子誰?」
遊戯のTシャツとパーカーを借りているユウギ。フードを深く被ってしまってるため、バレてはいないが、2人の興味を完全に引いてしまった。もしフードを外せば、独特な髪型で感づかれてしまう。それだけは避けたかった。
『すぐ離れよう』と遊戯の裾を引くが、遊戯は振り返って微笑むだけ。
「そうだ。ちょっと2人に相談があるんだけど。」
「相談?」
そしてあろう事か2人に同行を持ちかけた。これにはユウギは驚くばかり。
「相棒!?」
「大丈夫だよ。君の服のアドバイスを貰うだけだから。」
女の服なんて、男である遊戯と元男のユウギにはわかるはずもない。それ故の行動だったが、ユウギは勿論気に入らなかったらしい。小声で呼ばれて強く腕を引かれたが、遊戯は笑顔で丸めこんだ。
「今から舞さんと買い物に行くんだけど…。」
「あら、いいじゃない。聞いてあげる変わりに、荷物持ちをして頂戴」
舞の提案に賛同する杏。舞のウインクを受けながら「予想外だったな」と、遊戯は苦笑いを浮かべた。
*
人通りのまばらな街中の歩道をスタスタ歩くと、テケテケ離れないようについてくる。
追いつくと落ち着かずに周囲を見回しまた遊戯から意識が外れる。そして慌てて再び早歩き。その繰り返しに遊戯は笑いながらユウギを見つめた。このループは約25回目。いい加減飽きてきたしはぐれるのも困る。手を握ってやるとユウギの頬に朱が差した。
「どうしたの?」
ユウギに挙動不審なワケを訪ねると、俯き上目遣いになりながら遊戯を見つめる。
「知ってる奴に会わないか不安だぜ…」
「髪を隠して堂々としてたら大丈夫だよ。だから安心して、ね?」
フードを被っているいることが、もう目立ってるが、安心させる微笑みに肩の力が抜けていく。そんなアテムに笑顔を送るが、周囲には厳しい視線を走らせた。
杏子や舞を見ている男たちもいるがユウギのほうを見てる輩もいる。フードが目立つこともあるが、顔が気になるのだろう、覗き込もうとしてるのまでいる始末だ。
「もう一人の僕に手を出そうなんて……バカなことを考える奴もいるね。」
「何か言ったか?」
「んーん。別に?」
ユウギに気付かれないように毒を吐き、笑顔でアテムの手を取った。
「絶対離れちゃいけないよ。バレたくないんでしょ?」
焦って手を強く握り返してくる様が可愛くて。遊戯は満面の笑みで握り返した。
**
それからは怒涛であった。
杏と舞の買い物時の行動は凄まじく、まず歩くスピードが道を歩いていた時の倍だ。次に人ごみをかき分ける手際の良さに素早さ。これには遊戯たちてんてこ舞い。荷物は勿論全て遊戯。時計は昼を指しファーストフード店に入った時には、ぐったりと机にへばりついてしまった。
「遊戯、大丈夫?」
「だらしないわね。男でしょ?」
杏は心配してくれるが舞はそっけないものだ。そんな二人の声にゆっくり顔を上げて力ない笑顔で返すと、慌てたユウギが覗き込んできた。
「相棒…だ、大丈夫か?」
笑顔で答えて手を机の下で手を握ってやる。不安な表情は消えないが、少し落ち着きを取り戻したユウギが肩を下ろす。
運ばれてきたジュースのストローをくわえて、舞が「そういえば」と声を上げた。
「ところで遊戯、アンタの相談ってなんなの?」
舞の問いに遊戯はゆっくりと体を起こした。
「…この子に服買ってあげたいけど、女の子の服は何を買ったらいいのかなって……」
「なるほどね。アンタの私服を見てたらセンスのなさも頷けるわ。」
今もシンプルなTシャツにシルバーバングルというなかなか不釣り合いな組み合わせだ。杏も否定も肯定もせず、力なく笑っている。遊戯の言葉に、ユウギから慌てた声が上がった。
「相棒!俺は別にいいぜ!」
「ん?」
「"相棒"?」」
「あ。」
無意識とは言え見事な自爆である。咄嗟に口を押さえたが、2人の耳にはしっかりと届いてしまった。
「遊戯の事を"相棒"なんて呼ぶのは…」
「もう1人のユウギしかいないわよね?」
2人の困惑と疑いの目が突き刺さる中、最後の砦であるフードが落ちないように必死である。困ったように遊戯を見るが遊戯も力なく笑うだけ。
「しょうがない。本当のことを話すよ。」
2人を落ち着かせてユウギの手を優しく包む。「大丈夫だよ」と落ち着かせてゆっくりとフードを下ろした。現れたのは見覚えある髪型。隣の遊戯とそっくりな個性的な髪型だ。そして意志の強い赤い瞳。
この瞳で杏は確信を得た。
「ユウギ!」
杏は嬉しそう口を押さえ、舞はただ驚いて目を見開く。ユウギは2人の表情を伺うように上目遣いをしていた。
最初に動いたのは杏だった。ユウギの手を握ると「ユウギ、ユウギ…」と譫言のように呟いく声も掠れ始めた。
「帰ってきたのね…」
「転生したんだぜ。」
嬉しくて涙ぐむ杏に見つめられ、照れくさくなったユウギは頬をかきながら目をそらす。舞は頭の先から足の先までをじっくりと観察した後に、目を細めた。
「なんで今まで隠してたのよ?」
「こんな姿だし、見られたくなかったんだぜ。」
恥ずかしそうに俯く姿に、2人はキョトンとした。
「こんな姿?」
「そういえば遊戯も『女の子の服』って…」
「そうなんだよ。もう一人の僕が女の子になっちゃって。」
苦笑しながら言い切り、遊戯は「あ」と声を上げた。再び墓穴である。
「ユウギ。ちょっときなさい。」
思わぬ展開で初恋に敗れショックを受ける杏の腕を引きながら、舞はユウギに手招きをする。
舞の真剣な目に後込みしていると、腕を掴まれてトイレまで引きずられてしまった。
ただただ唖然と見ていた遊戯だが、数分もしないうちに3人は戻ってきた。
「遊戯、今日はとことん付き合うわよ!」
「何が似合うかな……ユウギなら何でも似合いそう。」
舞は生き生きとした目で力説し、杏はもう服について考え始めている。ユウギはやつれた顔でよたよたと歩いてきて相棒に抱きついた。
「……怖かったぜ。」
遊戯は何があったかあえて聞かないようにした。何やら怖い目にあったらしい背中をさすってやるが、目の前の2人は止まらない。
「スカートとかいいんじゃない?」
「それにワンピースとか?」
「男装でもいいわね。」
話が弾んでいく女性陣に対し遊戯は「これでよかったのかなぁ…」ともう一人の自分をぼんやりと眺めていた。
++++
初の舞
15.3.7
修正16.5.4
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