ゆぎお | ナノ



雨、時々恋模様3


※現パロ
※人間遊矢×猫ユート



あの奇人、いや奇猫が何を考えているかなんて知らない。
それでももう一度あの人に会うためには、藁にすらすがりたい思いだった。

怪しい雲のかかった空。もしかしたらにわか雨でも降るのかもしれない。何度か通った道を、慣れた足取りで歩いていく。どこに野良犬が出やすいのか、どこでいつも小鳥が囀りあっているか、どの塀が脆くなっているのか。全て覚えてしまうほどにこの道には慣れてしまった。
しかし一度も彼には会っていない。
優しい緑の髪と、赤い目の彼に。
ユーリに言われるまでにも何度か探しに来た。しかしあの人は通らなかった。別に会ってどうなるというわけでもない。言葉が通じるわけでもない。
それでも気が付けば、約束の場所に来ていた。
紫色の化け猫はまだいない。確かに日程の約束はしていない、あの猫がずっと待っているとは思えない。それでも石段に腰を降ろし、灰色の空を見上げていた。
ふと、遠くから子供の声が聞こえてくる。会話までは聞き取れないが、2人の少年だ。今日は、無償に通行人に興味が湧いてしまう。この数時間で何人も見ていたが、本命の人はまだ来ない。それでも、それでもと希望を抱いてしまう。

「別に取って食おうってわけじゃないんだから」
「いや、でもお前が言うと冗談に聞こえないんだよな……」

近づいてきた2人の顔を眺めて、目を見開いた。
一人は胡散臭いオーラをまとった、紫色の少年。もう1人はずっと探していたあの少年ではないか。思わず声を上げると、2人が気が付いて近づいてきた。

「あ……あの時の」

あれからどれだけ経ったかなんて、わからない。それでもかなりの時間が経ったことだけはわかる、いや勝手に長い月日が流れたと勘違いしているだけかもしれない。
それでも覚えていてくれたのだろうか。
感情が溢れ、にゃーにゃーと無我夢中に鳴いて前足を上げると、体が宙に浮いた。

「ちょうどよかった。この子だよ、この子」

持ち上げたのは、本命の少年ではなくて胡散臭い少年の方だった。別に恨みはない、初対面であるがなんだか酷く腹が立った。顔をひっかこうとするが、腰を掴まれていては動けない。フーフーと威嚇をしても怯まないし、反対に鼻で笑われニヤニヤと見下してくる始末。
喧嘩なら自信はある、だが弱点を知っているかのように抑え込んでくるこの少年に一撃を入れることができない。手だけを動かしてもがいていると、また笑われた。そんなユートをまじまじと眺めてあの人は呟いた。

「お前が会わせたいって言ってた奴か? 猫が?」
「そう。ユートって言うんだ。よろしく」

何故名前を知っているのか、そんなことはどうでもいい。まるで人形劇をするかのように勝手に手を動かすことはやめてほしい。一瞬の隙を見て、体を腹筋だけで起こすと、頭に乗っかり後ろ足で蹴っ飛ばす。「いてっ」と心のこもらない声を残して、そのまま少年の腕の中へと飛び込んだ。突然の動きに驚きながらも、反射で受け取り抱きしめてくれた。どうやら運動神経はかなりいいようだ。

「痛いなー。恩人に対する態度がなってないんじゃない?」

誰が恩人だ、誰が。そういっても聞こえるはずがない。毛を逆立てていると、爪が立ってしまったらしい。小さな悲鳴が頭上から聞こえて体を強張らせた。腕からは一筋の血が流だす。そこまで深い傷ではないが、痛いものは痛い。最近爪を切ってもらっていなかったことも思い出し、思わず耳を垂れた。
ごめん、という意味を込めて鳴けば少し困った顔。嫌われてしまったかと思いきやそうでもなかった。

「今度は、触らせてもらってもいいかな?」

答えなんて今更である。「いいぞ」という意味を込めて擦り寄れば頭を撫でてくれた。それが心地よくて喉を鳴らすと、横から笑い声が聞こえてきた。

「こんなに甘えたユートなんて初めて見た」

純粋に笑う、というよりは悪意に満ちたからかいを込めた笑い。ひっかいてやろうと毛を逆立てるが、やめた。また彼を傷つけるのは嫌だ。笑い声を聞かないようにと、胸に強く抱き着けば応えるように抱きしめられた。

「この猫はユーリの飼い猫なのか?」
「なんでこんな凶暴な猫を飼わないといけないのさ」
「あ。首輪」

聞き覚えのある名前と失礼な言葉に思わず耳を疑った。振り返ってまじまじと見ようとしたが抱きしめられていてはそれもできない。喉を撫でられてそれどころでもない。

「まあこんなに綺麗だから、飼い猫なのは当たり前か」
「飼うつもりだったの、遊矢」
「え? うーん、それもいいかなとは思ったけど」
「気に入ったとか?」
「まあ、可愛いし美人だよね。子猫も助けてたし優しい」

遊矢、彼は遊矢という名前だったのか。誇張するように言ったこのユーリという男には感謝しておくことにする。
遊矢、遊矢。確かめるように何度も呟くが、猫のニャーニャという鳴き声にしかならない。それでも遊矢は笑顔で返事をしてくれる。思わず手を振り払って近くの塀の影に隠れていた。
突然肩を震わせて笑い出したが、遊矢も首を傾げるばかり。「美人、そうか美人かぁ」と腹を抱える姿にやっと合点がいき声を上げた。「雄なの?」と。答えはせずに笑い続けるユーリはもう放っておくことにした。

「うーん、もしかして俺、嫌われてる?」
「そんなわけないけどね」

「そんなわけない」と鳴き声で邪魔をしようとすれば、先に男が遮った。再び抱き上げられたが、もう抵抗はしないでおこう。せめてもの礼として。
感じは悪いが、嫌いではない。ただ、信用は出来ないだけで、あの化け猫を見ている気持ちになる。

「あ、ごめん。もう行かないと塾だ」
「そ。じゃあまたね」
「お前はいつ会えるかわからないけどさ」

もっと一緒に居たかったが仕方ない。名前を聞けただけでも進歩だろう。姿が見えなくなるまで手を振ってくれた遊矢への小さい返事は、強い抱擁のせいで唸り声に変わる。

「やっと来たね。待ちくたびれたよ」

約束なんてしただろうか、それよりも腕の力を弱めてほしい。正当防衛で爪を立てると、素早く手を掴まれてしまった。この男の野生の勘のような反射はなんなのだろうか。関心を通り越して腹が立ってきた。

「あれえ? ユート、もしかして気づいてない?」
『何を』
「僕だよ、ユーリだよ」
『ユーリなんて、猫にしか知り合いはいない』
「その猫のユーリなんだけどな。ユーゴ元気?」

何故ユーゴのことを知っているのか、やはりあの紫色の化け猫なのだろうか。いつも首に巻いている色と同じ細くピンク色の趣味のいいリボンまでついている。怪しい点はいろいろあるが、なによりも猫の言葉も理解している。これが何よりの証拠だろう。

『とりあえず、仮にお前がユーリだとしよう』
「まだ信用してないの? 頭が堅いのは相変わらずだ」
『御託はいい。どういうことだ。何故今人間の姿をしている?』

言いたいことは山ほどあるが、とりあえずは“何故猫が人の姿を取り、人間の言葉を喋っているのか”だ。脇を支える両手に爪を立てながら問いただすと、「痛い痛い」と笑いながらおどけられる。腹ただしいが、ユーリだという確証が増えて安心してしまうのが今の心境だ。

「僕は化け猫だからね」

答になっていないが、十分すぎる答えではある。自信満々に、怪しく光る赤い目にゾッとした。初めて会った時も言いしれない恐怖を感じたが、あの時よりも得体のしれないおぞましさがある。細くなる目に負け、視線を逸らすと「で、どうする?」と突拍子も主語もない質問が投げかけられる。

『何が』
「“人間の姿に興味があるか”。君がどういう答えを出したか、だよ」
『……本当に出来るのか』
「証拠がここにいるでしょ? 長年生きてるからねー。別に他人を助けるために力を使おうなんて、思ったこともないから実験もかねて、だよ」

「面白そうなのが一番かな」別に善意で動くような猫だとは思っていなかったし、予測もしていた。
さらりと不穏な言葉が聞こえてきたが、いつものことだ。瞳孔が細く、猫のものに変化する。背中が丸まり、徐々に小さくなっていく。輪郭が圧縮されるように縮み、滑らかだった肌に紫の毛が生え始め、毛の奥から深く赤い眼が覗く。後ろでは二本の尾が風もなくゆらゆらと揺れ動く。
いつも見慣れた猫の姿に安堵した。疲れているのか欠伸を漏らすと、石垣に上り丸くなる。いちいち見上げるのも面倒だと、同じく塀に上がれば億劫な目が向けられ、すぐ閉じられた。

『もし望むなら試してみよう。ただし元の生活には戻れない。人間になれる猫なんて、化け物そのものだ。異端なものははじかれる、それが世界だ』

寝言のように呟かれているが、かなり重要なことを言っていないだろうか。後ろ足で頭をかくと、同時にリボンが揺れる。もちろん首輪なんてついていない。

『その覚悟が君にはある?』

ここで聞くべきなのは「戻れるか否か」が正解だった。しかし、言葉よりも先に首肯をしてしまった。目を細めて口端を裂くと、くすくすと笑い声が漏れる。
答えなんて、可能性が見えた瞬間から決まっていた。

+END

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16.8.15



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