ゆぎお | ナノ



雨、時々恋模様4

※ 人間遊矢×猫ユート


家族である瑠璃や隼のこと、友人であるユーゴのこと。考えないといけないことはたくさんあった。それでも無我夢中に縦に振られた首には、躊躇いも後悔もなかった。
先の事を考えるなんて、怖くなるだけだ。なら猫らしく自由に、自分のやりたいことを見つめるのがいい。

再び前を見つめ直した時には、いつもより高い目線があった。目をかこうとして手を出せば、見慣れた黒い毛玉ではない。白い人間の指が見える。いつも隼が撫でて、瑠璃が抱き上げてくれる手だ。2本の手でまじまじと触れようとしたが、それは敵わなかった。
それが猫だった自分の手だから。

「これは……」

思ったよりも悠長に低い声が出る。服、というものも身につけており毛のように黒い。くるくる回って体を眺めているが、見慣れた尻尾はない。不可解な体に無邪気に首を傾げていると、ニヤニヤと笑う化け猫が塀の上から見下ろしていた。
同じ少年の姿をしているが、人間にしては邪気が強すぎる。恩は有るが警戒を解くことはできない。

「どう? 人間の姿は」
「立ちにくい」
「最初はそんなもんだよ。4足で歩く人間がいたら不気味だ」
「不気味の塊に言われたくないな」
「え? ありがとう」

取りつく島がないとはこのことだ。つかみ所がないのはマントと同じ。鼻をすんすんと動かしながら塀から飛び降りた。

「雨の匂いだね」
「……そうだな」
「じゃあ僕は帰る」

水が苦手なのは猫の共通点だ。ユートもユーリも例外ではない。だがユートは気性が高ぶるのを感じた。
遊矢と初めてあったときも「水の匂い」がした。彼の匂いがした気がした。両手を広げて迎え入れるように空を見上げると、額に雨が当たった。
ポツ、ポツ、ポツ。初めは蛇口を閉め忘れていた程度でも、一気にバケツがひっくり返された。
急いで走る人間たちの足音が聞こえる。バシャバシャと忙しなく聞こえる音にも見向きもせずユートは空を見上げていた。
目に入る水も、毛が濡れる事も気にしない。水の中から見た太陽を探して空を見る。
しかしそれも長くは続かなかった。突然赤に遮られて水の冷たさも感じない。太陽にしては強すぎる赤に驚き顔を降ろせば困った表情。

「大丈夫? 傘、忘れたのか?」

そこには太陽がいた。困ったように笑いながらも傘を片手に水から守ってくれる。まるで初めてあったときのようだ。走馬灯のように思い出が蘇り、思わず「にゃあ」と鳴く。
首は傾げられたが悪意はない。人間には猫の感謝の言葉が通じないとわかれば、ゆっくりと「ありがとう」と紡いでみる。言葉の意味はわからないが感謝の言葉だと言っていた。思った通りに少年は満面の笑みになり「どういたしまして」と答える。
初めて使う人の言葉なのに、初めから知っていたかのように紡がれるのが不思議だ。これもあの化け猫の力なのだろうか。感謝をしようと思う。

「家まで送るよ。どこ?」
「家?」

黒咲家への道のりを思い出そうとして、すぐに答えられず頭を抑えた。猫の時に歩いた道と人間の道は違う。自ずと道も変わってくる為にわからない。
唸っている姿をどう捉えたのか、少年は眉を下げて謝った。

「ごめん。余計な事言った?」
「そういうわけではない」
「とりあえず俺の家においでよ。今日は誰もいないから」

人の縄張りに入るのは気が引けるがこのまま帰る事もできない。
今の状況を理解していないのはユートも同じである。それに目の前の笑顔に絆されたとも言う。
手を差し出されたが、体が大きくて乗れない。意味がわからずに首を傾げていると、手招きをされた。どうやら先導してくれるようだ。素直に二本の足を踏み出せば、また笑顔。

「君は不思議だね」
「そうか」
「あの、ユーリと同じ雰囲気があるよ。なんだか他人とは思えない」

不気味の塊と同じ扱いを受けるのは何とも言えないが、親近感を抱いてくれたのなら警戒されなくていいかもしれない。「にゃあ」と小さく鳴くと、その小さく頼りになる背中を追いかけた。
言葉は慣れていても、歩くのはおぼつかない。少し引きずるようにしながらも、赤を見失わないように歩を進めていたが、徐々に距離が開き始める。
雨の中に消えていく後ろ姿に、不安を感じる。まるで水の中に落ちて、消えていくような恐怖を感じる。
あの日の光景は脳裏に良くも悪くも焼き付いてしまった。
澄んだ水の透明感、息が詰まり意識が遠のく感覚、引き上げてくれた太陽。どれをとっても感覚まで覚えている。ザアザアと激しくなる雨に消えていく足音。気は急くが、足はもつれて動かない。それがまた心をざわつかせて、足が滑って進まない。転びそうになり慌てて手を伸ばしたところで、突然腕を掴まれた。

「大丈夫?」

それは彼の腕だった。遅れていることに気がついてくれたらしい、傘も忘れて全身がずぶぬれだった。

「……悪かった」
「いいよ。それよりも風邪を引いたらマズイね。急ごうか」

遅れたら困る、と掴んでくれた手にゆっくりと引かれる。もし、猫の姿だったら抱き上げてくれたのだろうか。人間になれて、意思疎通が出来るようになったのは嬉しいが、接触は減ってしまったのなら意味がない。
後悔をするつもりはないが、ユーリのニヤケ顔が脳裏に浮かび眉を寄せる。

「覚悟は、していたつもりだ」
「ん?」
「なんでもない」

無い物ねだりはしても仕方はない。
不思議そうに振り返ってきた彼の手を取る事を決めた時には、もう他を捨てる覚悟はした。
黒咲家から背を向けて、彼の後へ必死に付いていく。
激しい雨は一向にやむ気配はなかった。

++++

17.5.4


[ 1295/1295 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -